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第六章:雨と虹
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イリスとモアは、二人でひとつの傘をさして歩いていた。屋敷にひとつの傘しかなかったので、こうするしかなかったのだ。
「早く屋敷に帰らないとね」そう言ってイリスは歩く。
ずぶ濡れのモアはがくがくと震えながらイリスの隣を歩いた。その様子に気付いたイリスは、パッと上着を脱いでモアの肩にかける。
「イリス……?」
「寒いでしょ? 屋敷まであと少しだから……ごめんね、人間二人を転移させる魔法はまだ俺は使えなくて」
「……なぜ、イリスが私に上着を貸してくれるのですか?」
「? 寒そうだからかな?」
「いえ……イリスが、私に上着を貸してくれる……メリットがありません」
「メリットなんてものじゃないよ」
イリスが困ったように笑う。
「俺はモアに寒い思いをして欲しくない。だから、上着を貸したんだ」
「……イリスは、私に寒い思いをして欲しくない……」
「そう」
「でも、私もイリスに寒い思いをして欲しくありません……」
モアがぽそ、と呟くと、イリスは少し驚いたような表情を浮かべた。そして、ふ、と零れるような微笑みを浮かべる。
「じゃあ……早く帰ろう。モアも、俺も。寒い思いはしたくないよね」
「はい」
「……あ」
さあさあ、振っていた雨が――小雨になって。そして、ぽつぽつ、と止み始めた。イリスは傘をたたんで、空を見上げる。
「さっきまであんなに降っていたのに。急にやむこともあるんだね」
「……ほんとだ」
「ねえ、モア」
モアがイリスを見上げれば、イリスははにかむように笑っていた。
「手、繋がない?」
「えっ?」
「手、寒くて」
イリスの提案に、モアは胸が跳ねるような心地を覚えた。
わっと身体中が熱くなって、視界がくらくらとする。自分に何がおこってしまったのだろうかと、少し怖くなった。
モアの顔は、はたからみても一目でわかるくらいに真っ赤。そんなモアを見たからか、イリスも少し頬を赤らめた。
「あっ、あの、……て、……手、……つ、つつ、繋ぐのですか?」
「……いや?」
「いっ、いえ……その、その……」
モアは胸の前できゅっと拳を握る。
胸がドキドキして、苦しい。きゅーっとなる。
――あれ、胸がきゅーっとなって、苦しくなって……でも、辛くはなくて。これ、ドロテアから聞いたことがある。
――恋。
――いや、そんなことがあるわけない。
――だって私は……ドロテアのような普通の女の子じゃないから。
――私は……たくさん、穢れたことをしてきたのだ。
ぐ、と胸が苦しくなる。それでも。差し伸べてくれたその手に、そっと触れる。きゅ、と手を掴まれて――わあっと視界が明るくなった。ああ、私、今――嬉しいんだ。イリスと手を繋いで、嬉しいんだ。
「見て、モア」
「あ……」
イリスが空を指す。高く高くの空を。
そこには、虹が架かっていた。
――まるで、モアの心のなかのように。
「早く屋敷に帰らないとね」そう言ってイリスは歩く。
ずぶ濡れのモアはがくがくと震えながらイリスの隣を歩いた。その様子に気付いたイリスは、パッと上着を脱いでモアの肩にかける。
「イリス……?」
「寒いでしょ? 屋敷まであと少しだから……ごめんね、人間二人を転移させる魔法はまだ俺は使えなくて」
「……なぜ、イリスが私に上着を貸してくれるのですか?」
「? 寒そうだからかな?」
「いえ……イリスが、私に上着を貸してくれる……メリットがありません」
「メリットなんてものじゃないよ」
イリスが困ったように笑う。
「俺はモアに寒い思いをして欲しくない。だから、上着を貸したんだ」
「……イリスは、私に寒い思いをして欲しくない……」
「そう」
「でも、私もイリスに寒い思いをして欲しくありません……」
モアがぽそ、と呟くと、イリスは少し驚いたような表情を浮かべた。そして、ふ、と零れるような微笑みを浮かべる。
「じゃあ……早く帰ろう。モアも、俺も。寒い思いはしたくないよね」
「はい」
「……あ」
さあさあ、振っていた雨が――小雨になって。そして、ぽつぽつ、と止み始めた。イリスは傘をたたんで、空を見上げる。
「さっきまであんなに降っていたのに。急にやむこともあるんだね」
「……ほんとだ」
「ねえ、モア」
モアがイリスを見上げれば、イリスははにかむように笑っていた。
「手、繋がない?」
「えっ?」
「手、寒くて」
イリスの提案に、モアは胸が跳ねるような心地を覚えた。
わっと身体中が熱くなって、視界がくらくらとする。自分に何がおこってしまったのだろうかと、少し怖くなった。
モアの顔は、はたからみても一目でわかるくらいに真っ赤。そんなモアを見たからか、イリスも少し頬を赤らめた。
「あっ、あの、……て、……手、……つ、つつ、繋ぐのですか?」
「……いや?」
「いっ、いえ……その、その……」
モアは胸の前できゅっと拳を握る。
胸がドキドキして、苦しい。きゅーっとなる。
――あれ、胸がきゅーっとなって、苦しくなって……でも、辛くはなくて。これ、ドロテアから聞いたことがある。
――恋。
――いや、そんなことがあるわけない。
――だって私は……ドロテアのような普通の女の子じゃないから。
――私は……たくさん、穢れたことをしてきたのだ。
ぐ、と胸が苦しくなる。それでも。差し伸べてくれたその手に、そっと触れる。きゅ、と手を掴まれて――わあっと視界が明るくなった。ああ、私、今――嬉しいんだ。イリスと手を繋いで、嬉しいんだ。
「見て、モア」
「あ……」
イリスが空を指す。高く高くの空を。
そこには、虹が架かっていた。
――まるで、モアの心のなかのように。
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