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第七章:花が舞うように
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ぐ、ぱ、ぐ、ぱ。
手を開いたり、閉じたり、開いたり、閉じたり。
モアはたまにそんなことをしていた。
イリスと繋いだ手は、未だに温かいような気がする。もう、あれからしばらく経つというのに。繋いだあの感覚が忘れられなくて、思い出すたびに胸がきゅーっとなる。
――恋。
イリスのことを想うと胸がきゅーっとなって、苦しくて、けれども心のなかは温かくて。これはドロテアが言っていた「恋」の症状と似ているような気がした。
私は普通の女の子じゃないのに。
恋をしてきらきらと輝いていたドロテアのことを思い出す。
私はあんなにきらきらしていない。それなのに……恋を、しているの? 私は、恋を、していいの?
――わからない。
本当に恋なのかどうかもわからない。
「おっと、来客だね」
モアがキッチンでガリガリとミルを挽いていると、ガンガンと玄関の扉が叩かれる音がした。リビングでくつろいでいたイリスが立ち上がり、玄関の扉を開ける。
「――きみは……」
「お久しぶりです、イリスさん! モアはいますか?」
やってきたのはドロテアだった。名前を呼ばれて玄関までやってきたモアは、ドロテアの顔を見て驚く。ドロテアのことを考えていたところだったからだ。
「ドロテア……どうしたんですか?」
「べつにい。今日、モアは何をしているのかなあって」
「? ところで……その花はいったい……」
ドロテアは花束を持っていた。
イリスにプレゼントするのだろうか? とモアは思ったが、違うようだ。
「知らないの? 今日は花まつりだよ?」
「花……まつり?」
二人の会話を聞いていたイリスが、「ああ、そういえば今日だったか」と呟いた。
「なんですか、花まつりとは」
「花まつりはね、この街で年に一回開かれるお祭りのこと。街中に花が飾られていて賑やかだから、モアも行ってみなよ」
「盛大なお祭りなんですね……」
「そうそう。あと花まつりの日は、カップルが生まれやすいんだって。大切な人にお花を渡す日でもあるから、花まつりの勢いで告白する人が多いんだよ」
「……大切な人、」
大切な人、と聞いて、モアはちらっとイリスのことを見上げる。
もしも自分がお花を渡すとしたら――イリスにあげたい。そんなことを思ったからだ。
「モア、イリスさんと行かないの?」
「へっ?」
ドロテアに不意を突かれて、モアは素っ頓狂な声をあげてしまった。心を読まれたのかと思ってしまったのだ。
びっくりしたのは、イリスもである。イリスもドロテアの言葉は想定外だったのか「俺?」と声をあげてしまっていた。
「だから、私はモアが今日何をするのかなあって様子を見に来ただけだよ。私はダニエルと一緒に回るんだもん」
「えっ、えっ、でもっ。わ、私となんて……」
モアはおろおろとドロテアを見つめたり、イリスを見つめたりとせわしない。そんなモアを見て、イリスはクスッと笑った。
「じゃあ、俺と一緒に行こうか。モア」
「……私と……いいんですか?」
「俺じゃダメ?」
「いっ、いいえっ! そんな……」
モアはカアッと顔を紅くして、わたわたと首を振る。ドロテアがモアの顔をのぞき込んでニヤニヤとしていたので、モアは彼女の視線から逃げだした。ぴゅーっと玄関から離れていってしまったので、その背中をドロテアとイリスは眺めるばかり。
「イリスさん。本当に花まつり忘れていたんですか?」
「俺は引きこもりだからねえ。世俗には疎くて。この街に来てからそんなに経っていないし」
「そうなんだ! ここにずっと住んでいるのかと!」
「この屋敷は、もともと別荘だったんだよ。今は俺が住んでいるけど」
「別荘? もしかしてイリスさん、いいところのおぼっちゃんだったり?」
そのとき、モアがこそっと戻ってきた。
ふんわりとした白いワンピースを着て、頭には髪飾りを付けて。イリスの妹の服は自由に使っていいと言われていたので、少し借りておめかししてみたのだった。
着替えて戻ってきたモアを見て、イリスがぽかん……としてしまう。イリスが固まっているそばで、ドロテアが「かわいいーっ! 似合っている!」とはしゃいでいた。
「も、モア……」
イリスが言いよどんでいると、ドロテアがツンツンとイリスをつつく。イリスが「やめてくれ……」と困ったように呟くと、ドロテアがヒヒヒッと笑った。そんな様子を、モアは「?」と小首をかしげて眺めていた。
手を開いたり、閉じたり、開いたり、閉じたり。
モアはたまにそんなことをしていた。
イリスと繋いだ手は、未だに温かいような気がする。もう、あれからしばらく経つというのに。繋いだあの感覚が忘れられなくて、思い出すたびに胸がきゅーっとなる。
――恋。
イリスのことを想うと胸がきゅーっとなって、苦しくて、けれども心のなかは温かくて。これはドロテアが言っていた「恋」の症状と似ているような気がした。
私は普通の女の子じゃないのに。
恋をしてきらきらと輝いていたドロテアのことを思い出す。
私はあんなにきらきらしていない。それなのに……恋を、しているの? 私は、恋を、していいの?
――わからない。
本当に恋なのかどうかもわからない。
「おっと、来客だね」
モアがキッチンでガリガリとミルを挽いていると、ガンガンと玄関の扉が叩かれる音がした。リビングでくつろいでいたイリスが立ち上がり、玄関の扉を開ける。
「――きみは……」
「お久しぶりです、イリスさん! モアはいますか?」
やってきたのはドロテアだった。名前を呼ばれて玄関までやってきたモアは、ドロテアの顔を見て驚く。ドロテアのことを考えていたところだったからだ。
「ドロテア……どうしたんですか?」
「べつにい。今日、モアは何をしているのかなあって」
「? ところで……その花はいったい……」
ドロテアは花束を持っていた。
イリスにプレゼントするのだろうか? とモアは思ったが、違うようだ。
「知らないの? 今日は花まつりだよ?」
「花……まつり?」
二人の会話を聞いていたイリスが、「ああ、そういえば今日だったか」と呟いた。
「なんですか、花まつりとは」
「花まつりはね、この街で年に一回開かれるお祭りのこと。街中に花が飾られていて賑やかだから、モアも行ってみなよ」
「盛大なお祭りなんですね……」
「そうそう。あと花まつりの日は、カップルが生まれやすいんだって。大切な人にお花を渡す日でもあるから、花まつりの勢いで告白する人が多いんだよ」
「……大切な人、」
大切な人、と聞いて、モアはちらっとイリスのことを見上げる。
もしも自分がお花を渡すとしたら――イリスにあげたい。そんなことを思ったからだ。
「モア、イリスさんと行かないの?」
「へっ?」
ドロテアに不意を突かれて、モアは素っ頓狂な声をあげてしまった。心を読まれたのかと思ってしまったのだ。
びっくりしたのは、イリスもである。イリスもドロテアの言葉は想定外だったのか「俺?」と声をあげてしまっていた。
「だから、私はモアが今日何をするのかなあって様子を見に来ただけだよ。私はダニエルと一緒に回るんだもん」
「えっ、えっ、でもっ。わ、私となんて……」
モアはおろおろとドロテアを見つめたり、イリスを見つめたりとせわしない。そんなモアを見て、イリスはクスッと笑った。
「じゃあ、俺と一緒に行こうか。モア」
「……私と……いいんですか?」
「俺じゃダメ?」
「いっ、いいえっ! そんな……」
モアはカアッと顔を紅くして、わたわたと首を振る。ドロテアがモアの顔をのぞき込んでニヤニヤとしていたので、モアは彼女の視線から逃げだした。ぴゅーっと玄関から離れていってしまったので、その背中をドロテアとイリスは眺めるばかり。
「イリスさん。本当に花まつり忘れていたんですか?」
「俺は引きこもりだからねえ。世俗には疎くて。この街に来てからそんなに経っていないし」
「そうなんだ! ここにずっと住んでいるのかと!」
「この屋敷は、もともと別荘だったんだよ。今は俺が住んでいるけど」
「別荘? もしかしてイリスさん、いいところのおぼっちゃんだったり?」
そのとき、モアがこそっと戻ってきた。
ふんわりとした白いワンピースを着て、頭には髪飾りを付けて。イリスの妹の服は自由に使っていいと言われていたので、少し借りておめかししてみたのだった。
着替えて戻ってきたモアを見て、イリスがぽかん……としてしまう。イリスが固まっているそばで、ドロテアが「かわいいーっ! 似合っている!」とはしゃいでいた。
「も、モア……」
イリスが言いよどんでいると、ドロテアがツンツンとイリスをつつく。イリスが「やめてくれ……」と困ったように呟くと、ドロテアがヒヒヒッと笑った。そんな様子を、モアは「?」と小首をかしげて眺めていた。
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