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第二章 Redemption -レデンプション-
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誰も動けなかった。
倒れた男の体が、ゆっくりと傾き、地面に沈む。
床を、血が静かに流れていく。
「……え」
綾辻の喉から、息のような声が漏れた。
――そこに立っていたのは、真木だった。
黒いスーツ。
鋭い目つき。
いつものゆるりとした服装も、気の抜けた笑みもない。
夜風が吹くたび、濡れた前髪が頬をかすめて揺れる。
その姿は、まるで別人のようだった。
銃口からはまだ、かすかに煙が立ちのぼっている。
真木は一言も発さない。
その目は、感情を閉ざした氷のように静かだった。
「ま……木……?」
綾辻の声が震えた。
だが、彼は応えない。
ただ、わずかに首を傾ける。
その一瞬の隙を、男たちは逃さなかった。
「てめぇ、どこから――!」
怒号が響く。
次の瞬間、ひとりの男が腕を振り抜いた。
空気が唸り、風の刃が真木に襲いかかる。
しかし、真木は動かない。
ただ、静かに息を吐き――引き金を引いた。
銃声。
風が裂けた。
弾丸は男の手首を正確に撃ち抜き、血の弧を描く。
続けざまに一人の男が氷の槍を放った。
だが、それも一瞬で砕け散る。
倒れ伏す男たち。
真木は動かず、銃を下ろすこともない。
その姿は、夜の中に溶け込む影のようだった。
真木は銃口をゆっくりと下ろし、インカムに指先で触れた。
「――対象、鎮圧しました」
短く、冷たい声だった。
まるでそれだけで、夜が静止するような響き。
直後、遠くからサイレンの音が近づいてくる。
赤の光が路地を染め、数台の車が次々と止まった。
「警察です! 全員、動くな!」
重い靴音。
黒い制服の群れが押し寄せ、倒れた男たちを次々に取り押さえる。
拘束具の金属音が連なり、手際よく現場が整理されていく。
ほんの数秒の出来事だった。
あれほどの混乱が、まるで最初から仕組まれていたかのように、あざやかに収束していく。
綾辻は、ただ呆然とその光景を見ていた。
雨に濡れた肩が震える。
足が動かない。
目の前の真木が――自分の知る真木ではない。
「神藤一等裁判官、現場制圧完了しました」
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