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75 久し振りの王都へ

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 もうすぐ元モーリアック公爵が玉座についてから一年が経過する。

 今回の王位の交代は急遽行われたせいで色々と慌ただしかったこともあり、更に新国王が中継ぎの王である事も考慮した結果、即位の式典などを行わない異例の対応が為された。

 ただ、周辺諸国に向けた正式なお披露目は、やはり必要である為、丁度様々な問題が落ち着いて来たこのタイミングで、他国の賓客を招いた、即位一周年を記念する大規模な夜会が催される事となって、国内の全ての貴族が招待された。

 特に伯爵家以上の成人した貴族は余程の事情がない限り、全員強制参加が基本である。

 乳飲み子を抱えた私でも例外では無い。

『何故こんな時に?』と、王位簒奪の黒幕(?)であるクリス様と義実家には厳重に抗議したい所だが、私の妊娠時期は予測出来なかっただろうし、元国王を引き摺り下ろすのにも最適なタイミングという物がきっとあったのだろう。

 ヴァレールを領地に置いて行くのは心配だが、一歳の彼はまだ長距離移動には耐えられない。
 仕方無く、子供達は置いて、旦那様と王都へ出る事となった。

 本来、貴族夫人は自分で子育てをせず、乳母に任せる事が多い。
 だから、妊婦や産褥期の女性は夜会などの出席が免除されるが、授乳期は免除対象外なのだ。
 でも、よく考えてみれば、資金繰りが苦くて乳母が雇えない家だってあるはず。
 爵位はあってもお金が無いと言う家は意外と多い。
 子育て中の夫人の扱いについては、見直しが必要そうだ。



 今回の同行者はジャックさんを含んだ三名の護衛騎士と、チェルシーに決まった。
 因みにレオは、騎士の中で一番子供達に懐かれているので、今回は子供達の方の護衛の為に残ってもらう事になっている。

 子供達と半月も離れ離れになるのはとても不安だし、淋しい。

「父上と母上がいない間は、僕がヴァレールの面倒をしっかり見ますから、心配は要らないですよ!」

 私達を見送りに玄関前まで出て来たジェレミーが、胸を張りながらそう言う。
 弟が生まれ、めっきりお兄さんらしくなったジェレミーは、いつの間にか私の事を『母上』と呼ぶ様になった。

 フワフワの髪を揺らしながら『母様っ!!』と満面の笑みで駆け寄って来た小さな男の子はもう居ない。

 急激にしっかりして来た彼を見ていると、そんなに急いで大人にならないで欲しいと言う気持ちと、息子の成長を喜ぶ気持ちが、私の中でせめぎ合う。


「そうですよ。私たちも居ますしね」

 今回息子達と留守番をしてくれる予定のグレースが、自身のふくよかな胸をドンと拳で叩いた。
 同意を求める様にグレースが隣に立つ若い女性に視線を移すと、彼女は「勿論です!」と答えてしっかりと頷いた。
 ヴァレールを抱いて微笑むその女性は、二年前までロメーヌと共にお義母様の専属侍女をしていた人で、偶然にも私より少しだけ早い時期に懐妊し、出産育児の為休職中だった。
 丁度良いタイミングだったので、今はヴァレールの乳母としてウチで働いてもらっている。

「そうね、皆さんよろしくお願いします」

 集まってくれた使用人や騎士達に頭を下げると「お任せ下さい」と、頼もしい返事が返って来た。


「ジャック、母上をしっかり守ってね。
 もしもの時は、父上よりも母上が最優先だよ」

「勿論です!
 言われなくともそうしますのでご安心下さい、ジェレミー坊ちゃん」

 ジェレミーの無茶なお願いを、ジャックさんは満面の笑みで快諾した。

「いや、何頷いてるの?
 ダメでしょ!?
 どう考えても侯爵家当主のクリス様が優先でしょ!?」

 慌てて訂正する私の肩を、クリス様が抱き寄せた。

「私は自分で戦えるから、どう考えてもミシェルが最優先だ。
 ジャックは君に忠誠を誓っているから今回の護衛に選んだんだよ。
 ミシェルが安全じゃないと、私は心配でどうにかなってしまうからな。
 私に無事で居て欲しいなら、まず自分の安全を一番に考えてくれ」

 クリス様の言葉にその場に居る全員が深く頷くので、私は渋々「わかりました」と答えた。

「母上、くれぐれもお気を付けて」

 先程まで『弟の面倒を見る』と、力強く宣言していたジェレミーだが、別れの時が近付くと、少し泣きそうな顔でそう言った。
 しっかりして来たとは言っても、まだまだ幼い子供なのだ。

「ええ、ジェレミーも、皆んなの言う事をよく聞いて、体に気を付けてね。
 なるべく早く帰って来るから」

 ジェレミーとヴァレールの額に、それぞれキスを贈る。

 離れようとする私に、ヴァレールは必死に手を伸ばし、「やぁー、まま、まま」と、不安そうな顔で訴える。

「ほら、大丈夫だよー。にぃにがいますからね」

 そう言いながらジェレミーは音の出るおもちゃを振って、ヴァレールの気を引いてくれた。

 その隙に私は彼等から離れ、後ろ髪を引かれる思いで王都へ向かう馬車へと乗り込んだ。




 侯爵邸がどんどん遠ざかって行くのを馬車の窓に張り付いて見ていると、隣に座っているクリス様が私の腰に片腕を回してグイッと引き寄せた。

「そんな淋しそうな顔をするな。私が居るじゃないか」

「それはまた別です。
 いくらクリス様が一緒でも、子供達と離れるのはやっぱり淋しいですよ。
 クリス様は淋しくないのですか?」

 少し拗ねた様子のクリス様に問うと、彼は艶っぽい笑みを浮かべながら、私の頬に触れた。

「そりゃあ淋しいよ。
 だが、ウチに仕える者達は皆、優秀で信頼出来るから、子供達の安全は心配要らない。
 それに、少し楽しみでもある」

「楽しみ?」

「今日から君を独り占め出来るだろう?」

 耳元で囁かれて、一気に頬に熱が上がった。

 私と旦那様が結婚した時には、既にジェレミーが居たので、普通の新婚夫婦の様に二人きりの甘い日々を過ごす機会は無かった。
 ジェレミーの事は可愛くて仕方ないので、それを不満に思った事は無いけれど、たまには二人きりで過ごすのも、悪く無いのかも……。

「ゴホンッッ!!!」

 豪快な咳払いでハッと我に返ると、向かいの席に座ったジャックさんとチェルシーが、生温かい目で私達を見ていた。

 今度は羞恥で全身がカアッと熱くなり、顔が上げられなくなった。

「それ以上イチャつくのは私達が見ていない時にして下さいね」

 チェルシーは呆れた様な顔で旦那様を睨んだ。

 私との触れ合いを邪魔されたクリス様は、溜息をつきながら不機嫌そうな顔をしている。

「普通こういう時は、護衛や侍女は見て見ぬ振りをしてくれるもんだろ?」

「しませんよ。奥様が困っておられるじゃないですか」

 チェルシーにキッパリと否定されながらも、クリス様は私の腰を離してくれなかった。

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