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91 《番外編》悪女も天使に恋をする?③

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「次の週末には、デュドヴァン領に一緒に行かないか?」

 学園からの帰宅途中に立ち寄ったカフェのテラス席にて。
 突然のジェレミーの提案にエリザベートはチョコレートケーキを食べる手を止めた。

「長期休暇の時じゃなくて週末ですか?
 王都からデュドヴァン領までは、馬車で片道五日間位かかるのでは?」

「結婚祝いに伯父上から最新式の転移の魔道具をプレゼントされたんだ」

「え? あの王家と聖女様達しか持っていないと言うやつですか?」

 昔から、瞬間的に移動する事が出来る『転移の魔道具』は存在したが、以前の物はとても大きくて持ち運びが出来ない上に、燃費も悪かった。
 人ひとりを辺境から王都まで移動させるだけで、大きな魔石を何個も使わねばならず、実用性の低い代物だったのだ。

 だが、三年程前から流通が始まった最新式は、手の平サイズで持ち運びが出来るだけでなく、小さな魔石一個で大人五人を同時に転移出来る優れ物。
 魔道具開発の功績で陞爵した公爵家が、全く新しい術式で作り上げた魔道具だ。


「少しずつだが貴族達への流通も始まっているよ。
 まだまだ手に入り難い状態ではあるけど、伯父上は開発に投資をしていた関係で、簡単に入手出来るんだって。
 ウチの母にも何個か贈ったらしいよ」

「凄いですね」

(デュドヴァンとシャヴァリエが勢いのある家門だという事は知ってたけど、入手困難な魔道具を当たり前みたいに複数所持しているなんて……)

 改めて、とんでもない家に嫁いでしまったなぁと、エリザベートは実感した。

「皆んな君に会いたがってるんだよ。
 特に母は、直ぐにでも会いに行きたいって言ってたんだけど、先日妊娠が判明してね。
 本当は転移の魔道具も体質に合わないみたいで、乗り物酔いみたいな症状が出る癖に、どうしても会いに行くって聞かなくて、父達が必死で止めてるらしいんだ」

「まあっ、ご懐妊ですか!? それはおめでとうございます」

「ありがとう。
 そんな事情もあって、こちらから会いに行けたら良いなと思ってるんだ。
 魔道具を使えば直ぐに行き来出来るから。
 でも、母みたいに転移が体質に合わない事が心配なら、長期休暇に入ってからでも良いんだけど……どうかな?」

「私は三半規管は強い方なので、多分大丈夫だと思いますよ。
 ジェレミーはお母様のお体の事もご心配でしょうし、今週末に会いに行きましょう。
 そうと決まれば、何かお祝いのプレゼントを用意しなくちゃ」

「急だったから、僕が用意していたプレゼントを連名で渡せば良いよ。
 出産祝いの時にはリズも一緒に選んでよ」

「うーん……、では、花束くらいは用意させて下さい」

 エリザベートはミシェルの事を何も知らないので、今回のプレゼントはジェレミーに任せる事にした。
 だが、自分でも少しはお祝いの気持ちを形にしたい。香りの少ない花を選べば、妊婦の負担にもならないだろうと考えた。

「ありがとう。そんなに気を使わなくても良いのに」

「気は使いますよ。
 私のせいで、ご両親にご挨拶もせずに入籍してしまいましたし、申し訳無くて……」

「事情は話してあるし、許可ももらってるから、その点は心配しなくて良いよ。
 それに父も母も、リズの事は気に入ると思うし。なぁ、パトリック」

 ジェレミーに話を振られたパトリックは、焼き菓子を齧りながら頷きを返す。

「エリザベート様の性格は、デュドヴァン家に合ってますからねぇ。
 侯爵様は奥様以外の女性が苦手なので、最初はちょっと冷たく見えるかも知れませんが、実は愛妻家で子煩悩な良い人ですよ。
 奥様のミシェル様は、優しくて包容力のある方です」

「そうなのね。ちょっと緊張するけど、お会いするのが楽しみだわ。
 それに、デュドヴァン家には立派な私設の騎士団があるんでしょう?」

 珍しく弾んだ声を出すエリザベートに、ジェレミーは胡乱な視線を投げた。

「騎士に興味が?
 早速の浮気宣言?」

「違いますっっ!!
 絵本の影響で、女性騎士になりたいと思っていた時期があったのです。
 とても幼い頃の事だし、剣術は習わせて貰えなかったけど。
 それに、出来れば今からでも攻撃魔法を習ってみたいと思っていて……」

 国境付近は危険が多いと聞く。
 この年齢から剣術を身につけるのは難しいけれど、エリザベートは魔力量が多いので、攻撃魔法を扱える様になれば、自分の身くらいは自分で守れる様になるかと思ったのだ。

「攻撃魔法なんて習わなくても、僕が守るのに。
 まあ、やりたいって言うなら止めないけどさぁ……」

 その言葉に、エリザベートは嬉しそうにパッと瞳を輝かせる。

「リズは風属性だったよね? 僕が教えてあげられると良かったけど、残念ながら僕は水属性だからなぁ……」

「風魔法ならレオさんが居るでしょ」

 パトリックがそう言うと、ジェレミーは渋い表情になった。

「レオは……、なんか嫌。
 アイツ、もういい歳なのに未だに結構モテるんだよなぁ。
 父上もいつも警戒してるだろ」

「侯爵様はレオさんに限らず、誰にだって嫉妬剥き出しじゃないですか」

「まあ、そうなんだけど」

 愛妻家で嫉妬深い父親に、優しい母親。そして、二人に振り回されながらも楽しそうな周囲の人々。
 明るくてほのぼのした家庭が想像出来て、エリザベートは思わずクスリと笑った。

「ジェレミーのご両親は本当に仲がよろしいのね。
 そんな家族の一員になれるなんて、とても楽しみです」

「いや、とっくに一員でしょ?
 入籍したんだから、今更嫌だって言っても逃さないし」

「エリザベート様。
 ジェレミー様も侯爵様に負けないくらい嫉妬深いですが、どうか嫌わないであげて下さいね。
 八つ当たりされる俺が大変なんで」

 冗談めかしたパトリックの言葉に苦笑いを浮かべながら頷く。


 最悪の家族から逃げ出した先で、更に面倒な相手に捕まってしまった様な気がしないでも無い。
 だが、それが少しだけ嬉しかったりもするのだから、自分でも不思議だ。


『近い将来、僕は貴女の事を深く愛する様になると確信しています』

 ジェレミーにそう言われた時は、『未来は分からない』と答えたエリザベートだが、今はあの時の彼の気持ちが分かる気がしていた。


 ───近い将来、きっと私は、貴方に恋をするんだわ。



 そんな幸せな未来を確信しながら、エリザベートはティーカップに口を付ける。


(ジェレミーの家族に受け入れて貰えると良いけれど……)

 ほんの一瞬だけ頭をよぎった小さな不安は、熱い紅茶と共に飲み干した。





【ジェレミー&エリザベート編・終】


────────────────


ジェレミー編をお読み頂いた皆様、ありがとうございました。
書いている内にどんどん長くなってしまい、気付けば短編一本分くらいの長さに……(^^;

読者の皆様は既にお察しだと思いますが、エリザベートの小さな不安は完全な杞憂です。


お次はディオン兄のお話♪
ジェレミー編から少し時間が遡って、本編終了から5年後くらいのエピソードです。
時系列が前後して申し訳ありません。


引き続き、お楽しみ頂けると嬉しいです。
よろしくお願い致しますm(_ _)m

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