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93 《番外編》馴れ初めはバイオレンス①
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※今更ですが、やっと義父母の名前が出て来ます。
義父:オスカー・シャヴァリエ
義母:アデライド・フィネル(旧姓)
※3話完結予定。時系列的には、ジェレミー編の最終話の後からのスタートです。
朝の爽やかな空気が漂う庭園で、仲睦まじくお茶を飲んでいた前辺境伯夫妻の元へ、執事のヴィクトルが銀色のトレーを手にしてやって来た。
「大旦那様、ジェレミー坊っちゃまからのお手紙をお持ちしました」
二年前に、息子ディオンに爵位を譲った前辺境伯のオスカーは、以前よりも忙しくなくなり、最愛の妻との時間が増えた事をとても喜んでいる。
そんな二人きりの甘い時間を邪魔される事を嫌う主に、ヴィクトルはやや緊張気味に声を掛けたのだが、主は孫の名を聞いた途端に相好を崩した。
「おお、そうか。ありがとう」
オスカーは、トレーの上の手紙とペーパーナイフを受け取ると、直ぐに封を切る。
武人らしい強面のオスカーが、手紙を読み進める内に微かに口角を上げたのを見て、妻のアデライドもフワリと微笑んだ。
「良い知らせみたいですわね」
「ああ、例の彼女とは上手くいっているみたいだな。
それから、君に頼み事がある様だよ」
「頼み事?」
「どうやらジェレミーの嫁は、身を守る為の攻撃魔法を習いたいらしい。
風属性だから、君に指導してもらいたいと言って来た。
まあ、実際に教え始めるのは、二人が卒業して領地に住む様になってからだろうけど」
ジェレミーからの依頼に、アデライドは瞳を輝かせた。
「あらまあ! 嬉しいお願いですね。
やっぱり、これからの時代は、女性も戦える様にならなくちゃ。
でも、風魔法の使い手はデュドヴァンの騎士団にも居るでしょうに、どうして私に?」
「あのクリストフくんの息子だぞ。
自分の妻の指導役を、男性騎士に任せる訳が無いだろう」
「ふふっ。それもそうですわね。
ああ、楽しみだわ。何から教えようかしら……。
やっぱり、ナイフ投げかしら?」
投げたナイフや石の礫を風魔法でコントロールすれば、正確に狙った場所に命中させられるし、スピードを上げて殺傷力を高める事も出来る。
風魔法攻撃の基礎的な技である。
鋭い風だけで相手の皮膚を切り裂く事も可能だが、それはアデライドの様な上級者向けのテクニックなので、初心者に教えるには向かない。
「ナイフ投げの話をすると、君と初めて出会った時の事を思い出すなあ」
そう呟いたオスカーは、若かりし頃に思いを馳せた。
当時、学園を卒業したばかりのオスカーは、なかなか婚約者が決まらずに困っていた。
卒業と同時に、かねてから体調を崩していた父に爵位を譲られたオスカーは、若くして辺境伯となった。
辺境伯と言えば、侯爵にも匹敵する高い地位である。
しかし、当時のシャヴァリエ家は王家との折り合いが良くなかったので、あまり良い嫁ぎ先とは言えないと考える者が多かった。
辺境は娯楽が少ない上に、治安も悪く危険が多い。
そもそも、若い女性が好んで住みたがる場所では無いのだ。
それに、何より、オスカーの顔は厳つい。
決して醜男では無いし、同性には憧れの眼差しを向けられることも多いが、異性には大抵怖がられる。
実際、何度か見合いに挑戦するも、連戦連敗中である。
フィネル伯爵家からの縁談が舞い込んだのは、そんな時だった。
「何の交流も無かったフィネル家が、何故、突然ウチに縁談を?」
「ご本人の強い希望で、婚約の打診をなさったそうです」
ヴィクトルの言葉に、オスカーは益々訝し気な顔になる。
「フィネル嬢が!?
何かの間違いじゃないか?」
今回の縁談の相手であるアデライド・フィネルと言えば、細身で儚げな容姿の美しいご令嬢で、社交界でもかなり人気が高かった。
彼女は自領の近くの学園に通っていたらしく、王都の学園に通ったオスカーとは直接の面識は無い。
しかし、夜会の際などに遠巻きに見た彼女は、いつも涼し気な美丈夫達に囲まれていた。
(そんな彼女が、わざわざ条件の悪い辺境に嫁ごうとするなんて……)
「何かの罠か?」
真剣な顔で馬鹿馬鹿しい事を呟く主に、ヴィクトルは呆れた視線を投げる。
「旦那様をそんな罠に掛けて、誰が何の得をすると言うのですか?」
「まあ、それもそうか」
少し冷静になったオスカーは、取り敢えず本人に会って、直後話を聞いてみようと考え、顔合わせの日取りを相談する為の手紙を認めた。
そして、待ちに待った顔合わせの当日。
不穏な知らせは、突然に齎されたのだ。
自邸でいそいそと見合い相手を迎える準備をしていたオスカーの元へ、シャヴァリエ家の騎士が息を切らせて駆け込んで来た。
「た、大変ですっ!!
東側の森に、例の盗賊団が出ました!」
半年ほど前、隣領にタチの悪い盗賊団が頻繁に出没していると言う情報が入った。
いち早く巡回を強化したお陰か、幸いシャヴァリエ領では昨日まで被害報告は無く、ついでに他の犯罪も減り、ホッとしていた所だったのに……。
「それで、被害は?」
「商家の荷馬車が襲われ、積み荷は奪われましたが、被害者の怪我は比較的軽いようです。
巡回の騎士が駆け付けましたが間に合わず、犯人達は現在逃走中です」
人的被害が少なかったのは不幸中の幸いではあるが、盗賊団が捕まらなければ被害が広がる恐れがある。
「直ぐに現場に向かう。待機中の騎士も出動を。
ヴィクトル!
もしも私が戻る前にフィネル嬢がここに到着したら、事情を説明して謝罪を。見合いはまた日を改めてと伝えておいてくれ」
オスカーはそう指示をすると、少しでも早く問題を片付ける為に、ヴィクトルの返事も待たずに邸を飛び出した。
上着を羽織りながら、急ぎ足で厩へと向かったオスカーは、愛馬に飛び乗り腹を蹴った。
(よりによって、今日、その場所に出るとは。
何事も無ければ良いのだが……)
東の森は、フィネル伯爵領からシャヴァリエ邸に来る場合に必ず通る場所でもある。
オスカーはアデライドの無事を祈りながら、東の森を目指して全力で馬を走らせた。
義父:オスカー・シャヴァリエ
義母:アデライド・フィネル(旧姓)
※3話完結予定。時系列的には、ジェレミー編の最終話の後からのスタートです。
朝の爽やかな空気が漂う庭園で、仲睦まじくお茶を飲んでいた前辺境伯夫妻の元へ、執事のヴィクトルが銀色のトレーを手にしてやって来た。
「大旦那様、ジェレミー坊っちゃまからのお手紙をお持ちしました」
二年前に、息子ディオンに爵位を譲った前辺境伯のオスカーは、以前よりも忙しくなくなり、最愛の妻との時間が増えた事をとても喜んでいる。
そんな二人きりの甘い時間を邪魔される事を嫌う主に、ヴィクトルはやや緊張気味に声を掛けたのだが、主は孫の名を聞いた途端に相好を崩した。
「おお、そうか。ありがとう」
オスカーは、トレーの上の手紙とペーパーナイフを受け取ると、直ぐに封を切る。
武人らしい強面のオスカーが、手紙を読み進める内に微かに口角を上げたのを見て、妻のアデライドもフワリと微笑んだ。
「良い知らせみたいですわね」
「ああ、例の彼女とは上手くいっているみたいだな。
それから、君に頼み事がある様だよ」
「頼み事?」
「どうやらジェレミーの嫁は、身を守る為の攻撃魔法を習いたいらしい。
風属性だから、君に指導してもらいたいと言って来た。
まあ、実際に教え始めるのは、二人が卒業して領地に住む様になってからだろうけど」
ジェレミーからの依頼に、アデライドは瞳を輝かせた。
「あらまあ! 嬉しいお願いですね。
やっぱり、これからの時代は、女性も戦える様にならなくちゃ。
でも、風魔法の使い手はデュドヴァンの騎士団にも居るでしょうに、どうして私に?」
「あのクリストフくんの息子だぞ。
自分の妻の指導役を、男性騎士に任せる訳が無いだろう」
「ふふっ。それもそうですわね。
ああ、楽しみだわ。何から教えようかしら……。
やっぱり、ナイフ投げかしら?」
投げたナイフや石の礫を風魔法でコントロールすれば、正確に狙った場所に命中させられるし、スピードを上げて殺傷力を高める事も出来る。
風魔法攻撃の基礎的な技である。
鋭い風だけで相手の皮膚を切り裂く事も可能だが、それはアデライドの様な上級者向けのテクニックなので、初心者に教えるには向かない。
「ナイフ投げの話をすると、君と初めて出会った時の事を思い出すなあ」
そう呟いたオスカーは、若かりし頃に思いを馳せた。
当時、学園を卒業したばかりのオスカーは、なかなか婚約者が決まらずに困っていた。
卒業と同時に、かねてから体調を崩していた父に爵位を譲られたオスカーは、若くして辺境伯となった。
辺境伯と言えば、侯爵にも匹敵する高い地位である。
しかし、当時のシャヴァリエ家は王家との折り合いが良くなかったので、あまり良い嫁ぎ先とは言えないと考える者が多かった。
辺境は娯楽が少ない上に、治安も悪く危険が多い。
そもそも、若い女性が好んで住みたがる場所では無いのだ。
それに、何より、オスカーの顔は厳つい。
決して醜男では無いし、同性には憧れの眼差しを向けられることも多いが、異性には大抵怖がられる。
実際、何度か見合いに挑戦するも、連戦連敗中である。
フィネル伯爵家からの縁談が舞い込んだのは、そんな時だった。
「何の交流も無かったフィネル家が、何故、突然ウチに縁談を?」
「ご本人の強い希望で、婚約の打診をなさったそうです」
ヴィクトルの言葉に、オスカーは益々訝し気な顔になる。
「フィネル嬢が!?
何かの間違いじゃないか?」
今回の縁談の相手であるアデライド・フィネルと言えば、細身で儚げな容姿の美しいご令嬢で、社交界でもかなり人気が高かった。
彼女は自領の近くの学園に通っていたらしく、王都の学園に通ったオスカーとは直接の面識は無い。
しかし、夜会の際などに遠巻きに見た彼女は、いつも涼し気な美丈夫達に囲まれていた。
(そんな彼女が、わざわざ条件の悪い辺境に嫁ごうとするなんて……)
「何かの罠か?」
真剣な顔で馬鹿馬鹿しい事を呟く主に、ヴィクトルは呆れた視線を投げる。
「旦那様をそんな罠に掛けて、誰が何の得をすると言うのですか?」
「まあ、それもそうか」
少し冷静になったオスカーは、取り敢えず本人に会って、直後話を聞いてみようと考え、顔合わせの日取りを相談する為の手紙を認めた。
そして、待ちに待った顔合わせの当日。
不穏な知らせは、突然に齎されたのだ。
自邸でいそいそと見合い相手を迎える準備をしていたオスカーの元へ、シャヴァリエ家の騎士が息を切らせて駆け込んで来た。
「た、大変ですっ!!
東側の森に、例の盗賊団が出ました!」
半年ほど前、隣領にタチの悪い盗賊団が頻繁に出没していると言う情報が入った。
いち早く巡回を強化したお陰か、幸いシャヴァリエ領では昨日まで被害報告は無く、ついでに他の犯罪も減り、ホッとしていた所だったのに……。
「それで、被害は?」
「商家の荷馬車が襲われ、積み荷は奪われましたが、被害者の怪我は比較的軽いようです。
巡回の騎士が駆け付けましたが間に合わず、犯人達は現在逃走中です」
人的被害が少なかったのは不幸中の幸いではあるが、盗賊団が捕まらなければ被害が広がる恐れがある。
「直ぐに現場に向かう。待機中の騎士も出動を。
ヴィクトル!
もしも私が戻る前にフィネル嬢がここに到着したら、事情を説明して謝罪を。見合いはまた日を改めてと伝えておいてくれ」
オスカーはそう指示をすると、少しでも早く問題を片付ける為に、ヴィクトルの返事も待たずに邸を飛び出した。
上着を羽織りながら、急ぎ足で厩へと向かったオスカーは、愛馬に飛び乗り腹を蹴った。
(よりによって、今日、その場所に出るとは。
何事も無ければ良いのだが……)
東の森は、フィネル伯爵領からシャヴァリエ邸に来る場合に必ず通る場所でもある。
オスカーはアデライドの無事を祈りながら、東の森を目指して全力で馬を走らせた。
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