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5 新郎を変更した挙式
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私達の婚姻の準備は異例の急ピッチで進められた。
そして婚約から約一月後、チャールズと挙げる予定だった挙式を、そのまま新郎だけ変更した形で強行する運びとなった。
チャールズは難病のため領地の離れで療養させる事になったと、表向きは説明されている。
このまま数年後には、彼の希望通り死んだ事にされるらしい。
ベニントン伯爵夫妻も彼には相当怒っているのだ。
チャールズが重い病気であれば、当然の事ながら家督は弟に継がせる事になる。
そのせいで婚約者が変更になるのは、貴族社会ではそれ程珍しい話では無い。
暫くは噂の的になるだろうけれど、実態がバレなければ、大きな醜聞になる事は避けられる。
・・・・・・あくまでも、バレなければの話だが。
ブライアンの婚約者だったリネット様が、社交に全く顔を出さなければ、様々な憶測が飛び交うだろう。
真実に気付く者が出て来るのは、時間の問題だ。
その前に、婚姻を成立させ、円満な夫婦である事をアピールする必要がある。
それが両家の評判を少しでも落とさない様にする為の、唯一の方法だ。
・・・・・・そう、頭では分かっているのだが。
その心中はとても複雑だ。
眩い純白のドレスを身にまとい、鏡を覗く。
少々とうが立っている上に老けて見える顔立ちの私に、白のドレスは余り似合わない。
だがこの国では、結婚式には新婦は白いドレスを着るのが慣例である。
(これでブライアンの隣に並ぶのか・・・・・・)
深い溜息が出そうになるのを、なんとか我慢する。
卑屈な自分が嫌になるが、チャールズに逃げられた事で、なけなしの女性としての自信は粉々に砕かれてしまった。
「アイリス。
今日の貴女は、いつにも増して素敵ですね。
女神が嫉妬するほどの美しさだ」
控室に私を迎えに来たブライアンは、歯の浮く様な台詞を吐きながら、嬉しそうに微笑んだ。
円満な夫婦を装う為の物だとしても、友好的な態度で接してくれる彼には感謝しか無い。
けれど、チャールズだって逃げ出す直前迄は友好的な態度だったのだと思うと、ブライアンの言葉を手放しで喜べない自分が居る。
「・・・ありがとう。貴方も素敵よ」
曖昧な微笑みを浮かべて、ブライアンの隣に並んだ。
いつの間にか立派な偉丈夫へと成長していたブライアンは、私なんかには勿体ない。
今更ながら、申し訳ない気持ちが込み上げて来るが、もう後戻りは出来ない状況なのだ。
「ごめんなさいね」
「何の事ですか?」
「だって・・・、貴方はリネット様を愛していたのでしょう?」
「彼女とは政略でしかありませんでしたよ。
俺は貴女と結婚出来て嬉しい」
(・・・・・・兄の愚行で立場が弱くなってしまった彼にこんな質問をした所で、そう答えるしか無いわよね)
また気を使わせてしまった。
衝動的に浅はかな発言をしてしまった自分を悔いたが、後の祭りである。
ブライアンが婚約者のリネット様を溺愛していると言うのは、社交界の共通認識だった。
リネット様は、婚約してからあまり夜会や茶会に顔を出さなくなったそうだ。
美しい婚約者を他の男の視線に晒したくないという、ブライアンの独占欲の所為だと言われている。
そして、稀に二人で出席する夜会では、ブライアンはリネット様の側を片時も離れようとしないのだから、溺愛していたのは疑いようもない。
ブライアンもチャールズと同じく、リネット様みたいなご令嬢が好みのタイプなのだから、私の様な女と結婚するのは本意では無いだろう。
リネット様が駆け落ちしたのは、勿論私の所為ではないが、ブライアンが私と結婚する羽目になってしまったのは、私にも責任があると言える。
せめて、妻になったら精一杯彼に尽くそうと決意した。
「新郎、ブライアン。
貴方はアイリスを妻とし、生涯をかけて愛する事を誓いますか?」
「はい。誓います」
「新婦、アイリス。
貴女はブライアンを夫とし、生涯をかけて愛する事を誓いますか?」
「・・・誓います」
「それでは、誓いの口付けを」
向かい合い、ブライアンが優しい手つきで私のヴェールを上げる。
グリーンの瞳が私を写すと、彼の表情が微かに歪んだ。
(ごめんね、ブライアン。
私が相手じゃ、嫌かもしれないけど・・・)
強く瞼を閉じたら、唇に軽く触れるだけのキスが落とされた。
その夜、私は侍女達に体の隅々までピカピカに磨き上げられた。
「とってもお綺麗です。
官能を高めると言われているアロマオイルも焚いておきましたので、今夜はバッチリですよ、奥様」
「それは、何と言うか・・・、ありがとう?」
お礼を言うべきなのか、余計な事をと言うべきなのか迷った。
官能を高めるアロマって・・・。
ヤル気満々みたいで恥ずかしいじゃないか。
ベッドの片隅に腰掛けて、結婚したばかりの夫を待つ。
緊張で汗ばむ手が少し震えていた。
やがて扉が開く音がして、私の肩がビクッと跳ねた。
ゆっくり振り返ると、困った顔のブライアンと目が合った。
彼は恐る恐ると言った感じで近付くと、一人分の空間を開けて私の隣に座った。
「あー・・・、アイリス。
もしも嫌だったら、無理しなくても良いんですよ?」
目を逸らしながら、気まずそうに伝えられた言葉の真意は何処にあるのだろう。
彼は、私を気遣っているのか、それともやっぱり私では嫌なのだろうか。
急に決まった結婚に戸惑っているのはお互い様だが、もうここまで来たら覚悟を決めるしかない。
ブライアンは二人で幸せになろうと言ったじゃないか。
それならば、白い結婚のつもりではなかったはず。
私は結婚が遅かったのだから、直ぐにでも子作りをする必要がある。
子宝になかなか恵まれなかった場合に、理不尽に責められるのは、いつだって女性なのだから。
だから、貴方がリネット様を忘れられないのだとしても───。
「私達は結婚しなきゃいけなかったんだから、これは避けて通れない事よ。
もう諦めて、覚悟を決めてくれない?」
(もう諦めて、私で我慢して)
彼の精悍な顔が、とても辛そうに歪む。
愛されていないと分かっているのに、行為を強請るなんて・・・。
悔しくて情けない気持ちと、彼に対する申し訳なさで胸が苦しい。
「・・・・・・・・・って良いから」
ブライアンが呟いた言葉は、私の耳には殆ど届かなかった。
「え?」
聞き返したが答えは返って来ず、その代わりに、深く深く、唇が重なった。
そして婚約から約一月後、チャールズと挙げる予定だった挙式を、そのまま新郎だけ変更した形で強行する運びとなった。
チャールズは難病のため領地の離れで療養させる事になったと、表向きは説明されている。
このまま数年後には、彼の希望通り死んだ事にされるらしい。
ベニントン伯爵夫妻も彼には相当怒っているのだ。
チャールズが重い病気であれば、当然の事ながら家督は弟に継がせる事になる。
そのせいで婚約者が変更になるのは、貴族社会ではそれ程珍しい話では無い。
暫くは噂の的になるだろうけれど、実態がバレなければ、大きな醜聞になる事は避けられる。
・・・・・・あくまでも、バレなければの話だが。
ブライアンの婚約者だったリネット様が、社交に全く顔を出さなければ、様々な憶測が飛び交うだろう。
真実に気付く者が出て来るのは、時間の問題だ。
その前に、婚姻を成立させ、円満な夫婦である事をアピールする必要がある。
それが両家の評判を少しでも落とさない様にする為の、唯一の方法だ。
・・・・・・そう、頭では分かっているのだが。
その心中はとても複雑だ。
眩い純白のドレスを身にまとい、鏡を覗く。
少々とうが立っている上に老けて見える顔立ちの私に、白のドレスは余り似合わない。
だがこの国では、結婚式には新婦は白いドレスを着るのが慣例である。
(これでブライアンの隣に並ぶのか・・・・・・)
深い溜息が出そうになるのを、なんとか我慢する。
卑屈な自分が嫌になるが、チャールズに逃げられた事で、なけなしの女性としての自信は粉々に砕かれてしまった。
「アイリス。
今日の貴女は、いつにも増して素敵ですね。
女神が嫉妬するほどの美しさだ」
控室に私を迎えに来たブライアンは、歯の浮く様な台詞を吐きながら、嬉しそうに微笑んだ。
円満な夫婦を装う為の物だとしても、友好的な態度で接してくれる彼には感謝しか無い。
けれど、チャールズだって逃げ出す直前迄は友好的な態度だったのだと思うと、ブライアンの言葉を手放しで喜べない自分が居る。
「・・・ありがとう。貴方も素敵よ」
曖昧な微笑みを浮かべて、ブライアンの隣に並んだ。
いつの間にか立派な偉丈夫へと成長していたブライアンは、私なんかには勿体ない。
今更ながら、申し訳ない気持ちが込み上げて来るが、もう後戻りは出来ない状況なのだ。
「ごめんなさいね」
「何の事ですか?」
「だって・・・、貴方はリネット様を愛していたのでしょう?」
「彼女とは政略でしかありませんでしたよ。
俺は貴女と結婚出来て嬉しい」
(・・・・・・兄の愚行で立場が弱くなってしまった彼にこんな質問をした所で、そう答えるしか無いわよね)
また気を使わせてしまった。
衝動的に浅はかな発言をしてしまった自分を悔いたが、後の祭りである。
ブライアンが婚約者のリネット様を溺愛していると言うのは、社交界の共通認識だった。
リネット様は、婚約してからあまり夜会や茶会に顔を出さなくなったそうだ。
美しい婚約者を他の男の視線に晒したくないという、ブライアンの独占欲の所為だと言われている。
そして、稀に二人で出席する夜会では、ブライアンはリネット様の側を片時も離れようとしないのだから、溺愛していたのは疑いようもない。
ブライアンもチャールズと同じく、リネット様みたいなご令嬢が好みのタイプなのだから、私の様な女と結婚するのは本意では無いだろう。
リネット様が駆け落ちしたのは、勿論私の所為ではないが、ブライアンが私と結婚する羽目になってしまったのは、私にも責任があると言える。
せめて、妻になったら精一杯彼に尽くそうと決意した。
「新郎、ブライアン。
貴方はアイリスを妻とし、生涯をかけて愛する事を誓いますか?」
「はい。誓います」
「新婦、アイリス。
貴女はブライアンを夫とし、生涯をかけて愛する事を誓いますか?」
「・・・誓います」
「それでは、誓いの口付けを」
向かい合い、ブライアンが優しい手つきで私のヴェールを上げる。
グリーンの瞳が私を写すと、彼の表情が微かに歪んだ。
(ごめんね、ブライアン。
私が相手じゃ、嫌かもしれないけど・・・)
強く瞼を閉じたら、唇に軽く触れるだけのキスが落とされた。
その夜、私は侍女達に体の隅々までピカピカに磨き上げられた。
「とってもお綺麗です。
官能を高めると言われているアロマオイルも焚いておきましたので、今夜はバッチリですよ、奥様」
「それは、何と言うか・・・、ありがとう?」
お礼を言うべきなのか、余計な事をと言うべきなのか迷った。
官能を高めるアロマって・・・。
ヤル気満々みたいで恥ずかしいじゃないか。
ベッドの片隅に腰掛けて、結婚したばかりの夫を待つ。
緊張で汗ばむ手が少し震えていた。
やがて扉が開く音がして、私の肩がビクッと跳ねた。
ゆっくり振り返ると、困った顔のブライアンと目が合った。
彼は恐る恐ると言った感じで近付くと、一人分の空間を開けて私の隣に座った。
「あー・・・、アイリス。
もしも嫌だったら、無理しなくても良いんですよ?」
目を逸らしながら、気まずそうに伝えられた言葉の真意は何処にあるのだろう。
彼は、私を気遣っているのか、それともやっぱり私では嫌なのだろうか。
急に決まった結婚に戸惑っているのはお互い様だが、もうここまで来たら覚悟を決めるしかない。
ブライアンは二人で幸せになろうと言ったじゃないか。
それならば、白い結婚のつもりではなかったはず。
私は結婚が遅かったのだから、直ぐにでも子作りをする必要がある。
子宝になかなか恵まれなかった場合に、理不尽に責められるのは、いつだって女性なのだから。
だから、貴方がリネット様を忘れられないのだとしても───。
「私達は結婚しなきゃいけなかったんだから、これは避けて通れない事よ。
もう諦めて、覚悟を決めてくれない?」
(もう諦めて、私で我慢して)
彼の精悍な顔が、とても辛そうに歪む。
愛されていないと分かっているのに、行為を強請るなんて・・・。
悔しくて情けない気持ちと、彼に対する申し訳なさで胸が苦しい。
「・・・・・・・・・って良いから」
ブライアンが呟いた言葉は、私の耳には殆ど届かなかった。
「え?」
聞き返したが答えは返って来ず、その代わりに、深く深く、唇が重なった。
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