42 / 56
42 新婚旅行
しおりを挟む
静かな湖面に木漏れ日が差し込み、澄んだ水底は青にも緑にも見える複雑な色合いで輝いている。
私達は手を繋いで、小鳥の囀りに耳を傾けながら、時折魚が跳ねて波紋が広がる水面をのんびりと眺めつつ散歩をしていた。
「新婚旅行をしないか」
ウィルがそんな提案をしたのは、王太子殿下の即位の夜会まで二ヶ月を切ったある日の事。
「新婚旅行?」
「そう。
元々は西の隣国の文化なのだが、あちらでは、結婚したばかりの夫婦が長期休暇を取って、二人きりで旅行をするんだよ。
最近、我が国でも夫婦の仲を深めるのに有効だと言われ始めて、主に若い新婚カップルの間で広がりつつある。
ほら、俺達は入籍を済ませたばかりだし」
「おやおや、旦那様はまだご自分が若いと思っていらっしゃるのですか?」
面白そうに口を挟んだ執事に、ウィルは一瞬だけ鋭い視線を投げて、すぐに私に向き直った。
「ここから王都までは急げば十日で往復出来るけど、それではフェリシアが疲れてしまうだろう?
だから、夜会に参加するだけじゃなく、途中の地で観光をしながら、旅気分で移動したら良いんじゃ無いかと思って。
それに、向こうで実家の家族とものんびりしたいだろうし。
だから、ひと月くらいは休める様に調整しているんだ」
「ひと月ですか!?」
かなりの長期休暇である。
「敬語」
なかなか慣れなくてつい敬語が出てしまう私に、ウィルはいちいち訂正を入れてくる。
ちょっとだけ面倒臭い。
「旅行は楽しそうだけど、ひと月も留守にしてお仕事は大丈夫なの?」
「ああ、今は魔獣の被害も落ち着いているし、国境警備団の奴らは優秀だから、暫く俺がいなくても問題ない。
邸の方は、生意気だけど有能な執事が仕切ってくれるだろうし。
なぁ、ロバート」
「何勝手な事言ってるんですか?」
胡乱な眼差しを向けるロバート。
「大丈夫!お前なら出来る」
「……はぁ……仕方ありませんね。
旦那様の為じゃなく、フェリシア様の為ですよ」
溜め息をつきつつ渋々ながらも頷いてくれたロバートは、なんだかんだ言ってもウィルに甘いのだと思う。
結局ウィルは驚異的なスピードで、今手元にある仕事を全て終わらせ、先々の事まで予測しながら不在中の細かい指示書を作り上げ、四十日間の超長期休暇をゲットした。
二週間掛けて観光しながら王都へ向かい、コールドウェル家のタウンハウスに一週間ほど滞在しながら私の実家へ何度か顔を出し、夜会に参加した後、また二週間掛けてゆっくりと領地へ戻るという計画らしい。
因みに余った五日間は予備日である。
そんな訳で、流石に立場上、二人きりとはいかなかったが、私達夫婦は少人数の護衛とミアを連れて、湖畔の別荘地に滞在中なのだ。
「この場所は気に入ってくれた?」
「華やかな都会も良いけど、こういう静かな場所も素敵ですね…じゃなくて、素敵だわ。
今回は釣りが出来なかったから、次に来る時は是非挑戦したい」
「そうか、良かった。
落ち着いたらまた来よう」
湖畔に敷物を敷いて座り、ミアが買って来てくれたテイクアウトの軽食を食べながら、たわいも無い話をする。
「明日から、また移動よね?
次はどんな街に行くの?」
「次は芸術の都へ寄ろうと思っているんだ」
王都から西へ馬車で一日半くらいの場所に位置する、とある侯爵家の領地は、いつの頃からか『芸術の都』と呼ばれている。
先代の侯爵夫人の趣味が高じて、領地内に劇場や音楽ホールや美術館などを次々と建設した結果、芸術家のみならず、観光客も多数集まるようになった。
今では王都に先駆けて最先端の演目が上演される事もあり、社交界でも大注目の都市なのだ。
翌日から二日かけて移動し、予定通り次の目的地『芸術の都』へと到着した私達。
到着した日は宿でゆっくり休み、翌日から観光の為街へ出た。
「今日の演目は、きっと君も気に入ると思うよ」
ウィルに案内されたのは、この街の中でも一際大きく立派な劇場だった。
その日の演目は、私が好きな作家が脚本を手掛けた舞台だった。
もしかすると、この舞台を私に見せるのが目当てで芸術の都に立ち寄ったのかもしれない。
ウィルと愛読書の話をした覚えは無いのだが、なぜ私がこの作家の事を好きだと知っているのか?
情報源はミアか?それともマリリンさんか?
どちらにしても、自分好みの演目を王都での公演よりも先に見られる事にワクワクしつつ、ウィルにエスコートされて貸切の豪華なボックス席へと向かった。
私達は手を繋いで、小鳥の囀りに耳を傾けながら、時折魚が跳ねて波紋が広がる水面をのんびりと眺めつつ散歩をしていた。
「新婚旅行をしないか」
ウィルがそんな提案をしたのは、王太子殿下の即位の夜会まで二ヶ月を切ったある日の事。
「新婚旅行?」
「そう。
元々は西の隣国の文化なのだが、あちらでは、結婚したばかりの夫婦が長期休暇を取って、二人きりで旅行をするんだよ。
最近、我が国でも夫婦の仲を深めるのに有効だと言われ始めて、主に若い新婚カップルの間で広がりつつある。
ほら、俺達は入籍を済ませたばかりだし」
「おやおや、旦那様はまだご自分が若いと思っていらっしゃるのですか?」
面白そうに口を挟んだ執事に、ウィルは一瞬だけ鋭い視線を投げて、すぐに私に向き直った。
「ここから王都までは急げば十日で往復出来るけど、それではフェリシアが疲れてしまうだろう?
だから、夜会に参加するだけじゃなく、途中の地で観光をしながら、旅気分で移動したら良いんじゃ無いかと思って。
それに、向こうで実家の家族とものんびりしたいだろうし。
だから、ひと月くらいは休める様に調整しているんだ」
「ひと月ですか!?」
かなりの長期休暇である。
「敬語」
なかなか慣れなくてつい敬語が出てしまう私に、ウィルはいちいち訂正を入れてくる。
ちょっとだけ面倒臭い。
「旅行は楽しそうだけど、ひと月も留守にしてお仕事は大丈夫なの?」
「ああ、今は魔獣の被害も落ち着いているし、国境警備団の奴らは優秀だから、暫く俺がいなくても問題ない。
邸の方は、生意気だけど有能な執事が仕切ってくれるだろうし。
なぁ、ロバート」
「何勝手な事言ってるんですか?」
胡乱な眼差しを向けるロバート。
「大丈夫!お前なら出来る」
「……はぁ……仕方ありませんね。
旦那様の為じゃなく、フェリシア様の為ですよ」
溜め息をつきつつ渋々ながらも頷いてくれたロバートは、なんだかんだ言ってもウィルに甘いのだと思う。
結局ウィルは驚異的なスピードで、今手元にある仕事を全て終わらせ、先々の事まで予測しながら不在中の細かい指示書を作り上げ、四十日間の超長期休暇をゲットした。
二週間掛けて観光しながら王都へ向かい、コールドウェル家のタウンハウスに一週間ほど滞在しながら私の実家へ何度か顔を出し、夜会に参加した後、また二週間掛けてゆっくりと領地へ戻るという計画らしい。
因みに余った五日間は予備日である。
そんな訳で、流石に立場上、二人きりとはいかなかったが、私達夫婦は少人数の護衛とミアを連れて、湖畔の別荘地に滞在中なのだ。
「この場所は気に入ってくれた?」
「華やかな都会も良いけど、こういう静かな場所も素敵ですね…じゃなくて、素敵だわ。
今回は釣りが出来なかったから、次に来る時は是非挑戦したい」
「そうか、良かった。
落ち着いたらまた来よう」
湖畔に敷物を敷いて座り、ミアが買って来てくれたテイクアウトの軽食を食べながら、たわいも無い話をする。
「明日から、また移動よね?
次はどんな街に行くの?」
「次は芸術の都へ寄ろうと思っているんだ」
王都から西へ馬車で一日半くらいの場所に位置する、とある侯爵家の領地は、いつの頃からか『芸術の都』と呼ばれている。
先代の侯爵夫人の趣味が高じて、領地内に劇場や音楽ホールや美術館などを次々と建設した結果、芸術家のみならず、観光客も多数集まるようになった。
今では王都に先駆けて最先端の演目が上演される事もあり、社交界でも大注目の都市なのだ。
翌日から二日かけて移動し、予定通り次の目的地『芸術の都』へと到着した私達。
到着した日は宿でゆっくり休み、翌日から観光の為街へ出た。
「今日の演目は、きっと君も気に入ると思うよ」
ウィルに案内されたのは、この街の中でも一際大きく立派な劇場だった。
その日の演目は、私が好きな作家が脚本を手掛けた舞台だった。
もしかすると、この舞台を私に見せるのが目当てで芸術の都に立ち寄ったのかもしれない。
ウィルと愛読書の話をした覚えは無いのだが、なぜ私がこの作家の事を好きだと知っているのか?
情報源はミアか?それともマリリンさんか?
どちらにしても、自分好みの演目を王都での公演よりも先に見られる事にワクワクしつつ、ウィルにエスコートされて貸切の豪華なボックス席へと向かった。
960
あなたにおすすめの小説
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】彼の瞳に映るのは
たろ
恋愛
今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。
優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。
そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。
わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。
★ 短編から長編へ変更しました。
[完結]思い出せませんので
シマ
恋愛
「早急にサインして返却する事」
父親から届いた手紙には婚約解消の書類と共に、その一言だけが書かれていた。
同じ学園で学び一年後には卒業早々、入籍し式を挙げるはずだったのに。急になぜ?訳が分からない。
直接会って訳を聞かねば
注)女性が怪我してます。苦手な方は回避でお願いします。
男性視点
四話完結済み。毎日、一話更新
愛する夫にもう一つの家庭があったことを知ったのは、結婚して10年目のことでした
ましゅぺちーの
恋愛
王国の伯爵令嬢だったエミリアは長年の想い人である公爵令息オリバーと結婚した。
しかし、夫となったオリバーとの仲は冷え切っていた。
オリバーはエミリアを愛していない。
それでもエミリアは一途に夫を想い続けた。
子供も出来ないまま十年の年月が過ぎ、エミリアはオリバーにもう一つの家庭が存在していることを知ってしまう。
それをきっかけとして、エミリアはついにオリバーとの離婚を決意する。
オリバーと離婚したエミリアは第二の人生を歩み始める。
一方、最愛の愛人とその子供を公爵家に迎え入れたオリバーは後悔に苛まれていた……。
愛されなかった公爵令嬢のやり直し
ましゅぺちーの
恋愛
オルレリアン王国の公爵令嬢セシリアは、誰からも愛されていなかった。
母は幼い頃に亡くなり、父である公爵には無視され、王宮の使用人達には憐れみの眼差しを向けられる。
婚約者であった王太子と結婚するが夫となった王太子には冷遇されていた。
そんなある日、セシリアは王太子が寵愛する愛妾を害したと疑われてしまう。
どうせ処刑されるならと、セシリアは王宮のバルコニーから身を投げる。
死ぬ寸前のセシリアは思う。
「一度でいいから誰かに愛されたかった。」と。
目が覚めた時、セシリアは12歳の頃に時間が巻き戻っていた。
セシリアは決意する。
「自分の幸せは自分でつかみ取る!」
幸せになるために奔走するセシリア。
だがそれと同時に父である公爵の、婚約者である王太子の、王太子の愛妾であった男爵令嬢の、驚くべき真実が次々と明らかになっていく。
小説家になろう様にも投稿しています。
タイトル変更しました!大幅改稿のため、一部非公開にしております。
愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。
ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。
子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。
――彼女が現れるまでは。
二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。
それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる