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8 突然の求婚
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《side:フィリップ》
お茶会の会場となる庭園に一歩入ってきた時から、その令嬢は目立っていた。
緩くカーブを描くピンクブロンドの艶やかな髪を靡かせて、童顔の割に意志の強そうなラズベリーの瞳が印象的。
砂糖菓子みたいに可愛らしいドレスの令嬢だらけの中に、一人だけシュッとしたシンプルなシルエットのドレスを着ている彼女は目を引いた。
子供っぽい顔立ちに大人っぽいドレス。
それなのに、瞳と色を合わせているせいか、その装いは彼女にとても似合っていた。
(あれが、成金子爵家と呼ばれているエイヴォリー家の令嬢だろうか?)
彼女の顔に見覚えは無かったので、おそらく高位貴族の娘では無いだろう。
だがドレスの生地が妙に高級そうなので、きっとエイヴォリー家だろうと当たりを付けた。
驚いた事に、彼女の所作は完璧で、とても十代前半の、しかも子爵家の令嬢とは思えない程だった。
彼女が気になり、つい、目で追ってしまう。
この手の茶会では筆頭公爵家に擦り寄ろうとする令嬢達に囲まれるのが常だった僕は、今日もくだらない集まりに参加しなければならない事に辟易していたのだが、興味深い人物を見つけた事に少し嬉しくなった。
だが、彼女は、茶会が始まると直ぐにハンターの様な眼差しで、高位貴族の令息に目を止めると、さり気なく近寄っていく。
(なんだ、彼女もそういう類の人間か)
一瞬そう思いかけたのだが・・・。
あちこちの令息にアピールしている割には、彼女の瞳からは一方的な恋情を押し付ける様な、気持ちの悪い熱っぽさを感じない。
権力や財力への欲望にギラついた感じも受けない。
他の令嬢と何がどう違うのかと問われれば、具体的には説明できないのだが・・・。
彼女から受ける印象と、その行動がチグハグで、上手く結び付かない。
なんとなく感じる違和感に、更に彼女が気になって仕方なかった。
例の如く熱心に話し掛けてくる令嬢達におざなりな返事をしながら、さりげなく観察を続けた。
彼女は、興味を持った人物の近くに寄っては行くが、決して自分からは声を掛けない。
目が合えば軽く微笑む程度だ。
相手も興味を示して話しかけてくれば、二、三言葉を交わす。
彼女は目立っているので、声を掛ける令息は多い。
会話の最中に相手が自分への興味を失ったり、少しでも不快そうな気配を出せば、深追いはしない。
すぐに丁寧な辞去の挨拶をして、踵を返す。
しかも、婚約者が決まっている令息の事は、上手に避けているのだ。
侯爵家以上の殆どの令息に挨拶を終えると、今度は伯爵家の中でも上位の家柄の令息達の近くに寄った。
多くの令息達と会話を交わせば、他の令嬢達が面白くないと感じるのは必然で・・・・・・。
「ちょっと、貴女!
殿方に色目を使うなんて、みっともない!
恥を知りなさい!」
「そうよ!
たかが子爵家の令嬢の癖に!」
「成り上がりの娘が!」
複数の令嬢に囲まれて、口々に罵倒されている。
これは泣くんじゃ無いか?
止めた方がいいだろうか?
だが、僕が介入すれば、余計に令嬢達の怒りが彼女に向く可能性もある。
僕は少し様子を見る事にした。
意外な事に、彼女は令嬢達へ美しい微笑みを見せた。
「ご不快になられたのでしたら申し訳ありません。
なにしろ私は、皆様が仰る通り、しがない子爵家の娘なので、皆様と違って高位貴族の方とお話出来る機会など滅多に無いのですよ。
ですから本日は、どうしても我が家に利を齎してくださる様な方とお知り合いになりたいのです」
「なっ・・・・・・!!
開き直るなんて、生意気なっ!」
臆する事なく微かな嫌味を交えて答えた彼女に、リーダー格の令嬢がワナワナと震えている。
「アンタなんて、商人の真似事をしている卑しい家の娘じゃない!」
取り巻きの一人が発した言葉に、彼女は急に冷ややかな表情になった。
「・・・卑しい?
聞き捨てなりませんね。
成金の低位貴族である事は、純然たる事実なのでなんと言われても仕方ありませんが、卑しいなどと言われる筋合いはありません。
私は父の仕事を誇りに思っております。
物を売る商売の人間が全て居なくなれば、貴女方の豊かな生活も成り立たないのですよ?
それを感謝もせずに貶める発言をするとは・・・。
そもそも本日のお茶会は、同年代の子供同士、有益な出会いを求める為の物だと聞いております。
私の様な小物にわざわざ貴重なお時間を割いて忠言をして下さった事は光栄ですが、皆様もご自身のお家の為に人脈作りをなさった方が宜しいのでは無いでしょうか?」
彼女の言う事は間違ってはいない。
これはそういう目的の茶会なのだ。
令嬢達は、男性とばかり知り合おうとする様子に反感を覚えたのだろう。
だが、僕から見れば、強引に僕に話しかけて来て、迷惑だと伝えても無視して離れようとしない令嬢達に比べたら、彼女の振る舞いなど全く問題ない。
彼女が断られてもしつこく付き纏っているとか、迷惑を掛けているのであれば問題かもしれないが、一応のマナーを守っている以上、糾弾される筋合いは無い。
令嬢達は、まさかここまで反論されるとは思っても見なかったのだろう。
悔しそうに歯噛みをしながらも、その場を後にした。
そして、茶会も終盤。
つまらない茶会だと思っていたが、なかなか面白い物が見れた。
そう思いながら、知り合いの令息と挨拶を交わしていると・・・・・・
「お願いします!
私と婚約して下さい!!」
直ぐ後ろから、今日何度も聞いていた彼女の声で呼び掛けられた。
先程迄は、マナーを重んじて、高位の者から声を掛けられてから丁寧な挨拶をしていたのに、いきなりの求婚まがいの言葉に驚かされる。
振り向いた僕を見て、彼女は『しまった』という顔をした。
(・・・・・・僕に声を掛けたのは間違いだとでも言いたげだな)
その困った様な表情に、何故か無性に苛立ちを感じた。
その苛立ちの理由を自覚するのは、もう少しだけ後の事。
お茶会の会場となる庭園に一歩入ってきた時から、その令嬢は目立っていた。
緩くカーブを描くピンクブロンドの艶やかな髪を靡かせて、童顔の割に意志の強そうなラズベリーの瞳が印象的。
砂糖菓子みたいに可愛らしいドレスの令嬢だらけの中に、一人だけシュッとしたシンプルなシルエットのドレスを着ている彼女は目を引いた。
子供っぽい顔立ちに大人っぽいドレス。
それなのに、瞳と色を合わせているせいか、その装いは彼女にとても似合っていた。
(あれが、成金子爵家と呼ばれているエイヴォリー家の令嬢だろうか?)
彼女の顔に見覚えは無かったので、おそらく高位貴族の娘では無いだろう。
だがドレスの生地が妙に高級そうなので、きっとエイヴォリー家だろうと当たりを付けた。
驚いた事に、彼女の所作は完璧で、とても十代前半の、しかも子爵家の令嬢とは思えない程だった。
彼女が気になり、つい、目で追ってしまう。
この手の茶会では筆頭公爵家に擦り寄ろうとする令嬢達に囲まれるのが常だった僕は、今日もくだらない集まりに参加しなければならない事に辟易していたのだが、興味深い人物を見つけた事に少し嬉しくなった。
だが、彼女は、茶会が始まると直ぐにハンターの様な眼差しで、高位貴族の令息に目を止めると、さり気なく近寄っていく。
(なんだ、彼女もそういう類の人間か)
一瞬そう思いかけたのだが・・・。
あちこちの令息にアピールしている割には、彼女の瞳からは一方的な恋情を押し付ける様な、気持ちの悪い熱っぽさを感じない。
権力や財力への欲望にギラついた感じも受けない。
他の令嬢と何がどう違うのかと問われれば、具体的には説明できないのだが・・・。
彼女から受ける印象と、その行動がチグハグで、上手く結び付かない。
なんとなく感じる違和感に、更に彼女が気になって仕方なかった。
例の如く熱心に話し掛けてくる令嬢達におざなりな返事をしながら、さりげなく観察を続けた。
彼女は、興味を持った人物の近くに寄っては行くが、決して自分からは声を掛けない。
目が合えば軽く微笑む程度だ。
相手も興味を示して話しかけてくれば、二、三言葉を交わす。
彼女は目立っているので、声を掛ける令息は多い。
会話の最中に相手が自分への興味を失ったり、少しでも不快そうな気配を出せば、深追いはしない。
すぐに丁寧な辞去の挨拶をして、踵を返す。
しかも、婚約者が決まっている令息の事は、上手に避けているのだ。
侯爵家以上の殆どの令息に挨拶を終えると、今度は伯爵家の中でも上位の家柄の令息達の近くに寄った。
多くの令息達と会話を交わせば、他の令嬢達が面白くないと感じるのは必然で・・・・・・。
「ちょっと、貴女!
殿方に色目を使うなんて、みっともない!
恥を知りなさい!」
「そうよ!
たかが子爵家の令嬢の癖に!」
「成り上がりの娘が!」
複数の令嬢に囲まれて、口々に罵倒されている。
これは泣くんじゃ無いか?
止めた方がいいだろうか?
だが、僕が介入すれば、余計に令嬢達の怒りが彼女に向く可能性もある。
僕は少し様子を見る事にした。
意外な事に、彼女は令嬢達へ美しい微笑みを見せた。
「ご不快になられたのでしたら申し訳ありません。
なにしろ私は、皆様が仰る通り、しがない子爵家の娘なので、皆様と違って高位貴族の方とお話出来る機会など滅多に無いのですよ。
ですから本日は、どうしても我が家に利を齎してくださる様な方とお知り合いになりたいのです」
「なっ・・・・・・!!
開き直るなんて、生意気なっ!」
臆する事なく微かな嫌味を交えて答えた彼女に、リーダー格の令嬢がワナワナと震えている。
「アンタなんて、商人の真似事をしている卑しい家の娘じゃない!」
取り巻きの一人が発した言葉に、彼女は急に冷ややかな表情になった。
「・・・卑しい?
聞き捨てなりませんね。
成金の低位貴族である事は、純然たる事実なのでなんと言われても仕方ありませんが、卑しいなどと言われる筋合いはありません。
私は父の仕事を誇りに思っております。
物を売る商売の人間が全て居なくなれば、貴女方の豊かな生活も成り立たないのですよ?
それを感謝もせずに貶める発言をするとは・・・。
そもそも本日のお茶会は、同年代の子供同士、有益な出会いを求める為の物だと聞いております。
私の様な小物にわざわざ貴重なお時間を割いて忠言をして下さった事は光栄ですが、皆様もご自身のお家の為に人脈作りをなさった方が宜しいのでは無いでしょうか?」
彼女の言う事は間違ってはいない。
これはそういう目的の茶会なのだ。
令嬢達は、男性とばかり知り合おうとする様子に反感を覚えたのだろう。
だが、僕から見れば、強引に僕に話しかけて来て、迷惑だと伝えても無視して離れようとしない令嬢達に比べたら、彼女の振る舞いなど全く問題ない。
彼女が断られてもしつこく付き纏っているとか、迷惑を掛けているのであれば問題かもしれないが、一応のマナーを守っている以上、糾弾される筋合いは無い。
令嬢達は、まさかここまで反論されるとは思っても見なかったのだろう。
悔しそうに歯噛みをしながらも、その場を後にした。
そして、茶会も終盤。
つまらない茶会だと思っていたが、なかなか面白い物が見れた。
そう思いながら、知り合いの令息と挨拶を交わしていると・・・・・・
「お願いします!
私と婚約して下さい!!」
直ぐ後ろから、今日何度も聞いていた彼女の声で呼び掛けられた。
先程迄は、マナーを重んじて、高位の者から声を掛けられてから丁寧な挨拶をしていたのに、いきなりの求婚まがいの言葉に驚かされる。
振り向いた僕を見て、彼女は『しまった』という顔をした。
(・・・・・・僕に声を掛けたのは間違いだとでも言いたげだな)
その困った様な表情に、何故か無性に苛立ちを感じた。
その苛立ちの理由を自覚するのは、もう少しだけ後の事。
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