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9 公爵邸での密談
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目の前の高貴な男性は、私の突拍子も無い発言に驚きながらも、麗しい微笑みを浮かべた。
「先ずは、お名前を聞かせて頂けますか?」
一瞬、彼の笑顔に見惚れてしまった私はハッとして、強烈な羞恥に襲われた。
「申し訳ございませんでした。
私はエイヴォリー子爵家の長女、ディアナと申します。
突然声をお掛けてしまった無礼を、どうかお許し下さい」
慌てて淑女の礼を取り、名を名乗る。
羞恥と恐怖で指先が冷たくなった。
「気にしてませんよ。
どうか顔を上げてください。
僕はフィリップ・クラックソンです」
ええ。勿論、知っていますとも。
「初めまして、クラックソン様」
とても失礼な振る舞いをしてしまったにも関わらず、笑顔で許して下さるなんて、予想外である。
彼がご令嬢に冷たいと言うのは誤情報なのだろうか。
「ところで、先程のお話ですが・・・」
私の肩がビクッと震える。
そうだ。
いきなり婚約を迫ってしまったのだった。
「少し興味があります。
お話だけなら、聞いてみても良いですよ。
よかったら、後日、ウチの邸に招待しましょう」
信じられない展開に、私は目を瞬かせ、彼の美しい顔を見つめた。
クラックソン様から、二人きりのお茶会の招待状が届いたのは、それから僅か三日後だった。
突然の筆頭公爵家からの招待に、我が家は天と地がひっくり返った様な騒ぎになった。
両親は、恐れ多いが辞退する事も出来ないだろうと判断して、当日迄の一週間で、私に淑女の所作を詰め込もうと、臨時の講師を雇った。
だが、そのレッスンはたったの一度で中止になる。
「ディアナお嬢様に教える事など、何もありません」
高名なマナー講師にそう言われて、両親は目を白黒させていた。
一度目の人生では、ほぼ幽閉状態だったとはいえ、一応侯爵夫人として恥ずかしくない様に教育を受けたのだから、当然と言えば当然である。
かくして、その日はやって来た。
お世辞にも良い天気とは言い難い曇り空だったが、私は公爵邸の庭園に案内された。
フィリップ様は、先日お茶会で初めて言葉を交わした時よりも、少し砕けた口調でリラックスした様子だった。
きっと、これが素なのだろう。
「なんとか天気がもつと良いんだけど。
込み入った話になるかもしれないから、使用人にも聞かれない方がいいかと思ってね」
そう言われて周囲を見ると、侍女も護衛も、目は届くが声は聞こえない位に離れた場所に控えていた。
未婚の男女は密室に二人きりになる訳にはいかないので、屋内だとどうしても話を聞かれてしまうだろう。
「お気遣い頂き、有難うございます」
「実は、先日の茶会で貴女の行動が気になって、失礼かと思いながらも観察してしまったんだ。
階級の高い男性にばかり近寄っている様に見えたけど、どんな理由があるのだろうと思って。
そこへ来て、僕への婚約のお願いだから、そりゃあ益々興味が湧くだろ?」
なんと、見られていたとは知らなかった。
まあ、余り褒められた行動ではなかったので、思った以上に目立っていたのかもしれない。
身分の高い者ばかりを狙う尻軽女とでも思われているのかな。
「お見苦しい所をお見せして・・・」
「ああ、良いんだ。
貴女は婚約者の居る令息には近付かなかったし、ちゃんとマナーを守っていただろう?
だが、どうやって婚約者がいる者を見分けたんだ?」
「商売をしていると、人間関係についての噂は色々と耳に入ります」
「だが、貴女は高位貴族の子女との面識は、あまり無いだろう?
顔と名前が一致しないんじゃ無いか?」
「お会いした事はありませんが、お名前と合わせて、髪や瞳の色、その他の特徴も覚えておりますので」
「へぇ、記憶力が良いんだね」
それも侯爵夫人としての教育を受けた時の知識だが、子爵家の幼い娘がそんな知識を身に付けるのは珍しいのかもしれない。
彼の探る様な瞳に、曖昧な微笑みを返した。
「で、何故、あの様な振る舞いを?」
興味本位だとしても、今は話を聞いて貰えるだけでも有難い。
なんとか頼み込んで、協力して貰えないだろうか?
婚約が無理でも、他に適当な相手を紹介して貰うとか。
筆頭公爵家の勧める縁談ならば、侯爵家でも口出しはしないだろうし。
その為に、どう答えれば良いのかを思案する。
なんとなく、適当な嘘をついても、彼には通用しない気がした。
では、可能な限り真実を話そう。
「ある理由から、どうしても今から三週間以内に、どなたかと婚約を結ばなければならなくなりました。
高位貴族に限定したのは簡単には横槍が入らない様にする為で、その要件を満たしてさえいれば、高位貴族にこだわる必要は無いのですが」
「横槍・・・とは、どう言う意味だ?」
私は遠くに控えている使用人達にチラリと視線を向けた。
話が聞こえている様子は無いが、少しだけ声をひそめる。
「私は、バークレイ侯爵家とだけは、縁を結びたく無いのです。
その為に、バークレイ侯爵家と同等以上の発言権がある家との縁談を望んでいます」
「既にバークレイ侯爵家から縁談が来ていて、それを断りたいと言う事か?」
「いいえ。まだです。
ですが、確実に来ます。
約三週間後に」
「何故それを知っている?」
「済みません・・・。
それは、お教え出来ません。
バークレイ侯爵が、先日、投資に失敗して借金を抱えているのはご存知ですか?
それを踏まえると、あながち只の妄想だとも言えないと思いませんか?」
まさか、一度目の人生で経験しましたとは言えないので、情報源は濁すしかない。
頭のおかしい子だと思われてしまう。
クラックソン様は、私の言葉に微かに表情を変えた。
「先ずは、お名前を聞かせて頂けますか?」
一瞬、彼の笑顔に見惚れてしまった私はハッとして、強烈な羞恥に襲われた。
「申し訳ございませんでした。
私はエイヴォリー子爵家の長女、ディアナと申します。
突然声をお掛けてしまった無礼を、どうかお許し下さい」
慌てて淑女の礼を取り、名を名乗る。
羞恥と恐怖で指先が冷たくなった。
「気にしてませんよ。
どうか顔を上げてください。
僕はフィリップ・クラックソンです」
ええ。勿論、知っていますとも。
「初めまして、クラックソン様」
とても失礼な振る舞いをしてしまったにも関わらず、笑顔で許して下さるなんて、予想外である。
彼がご令嬢に冷たいと言うのは誤情報なのだろうか。
「ところで、先程のお話ですが・・・」
私の肩がビクッと震える。
そうだ。
いきなり婚約を迫ってしまったのだった。
「少し興味があります。
お話だけなら、聞いてみても良いですよ。
よかったら、後日、ウチの邸に招待しましょう」
信じられない展開に、私は目を瞬かせ、彼の美しい顔を見つめた。
クラックソン様から、二人きりのお茶会の招待状が届いたのは、それから僅か三日後だった。
突然の筆頭公爵家からの招待に、我が家は天と地がひっくり返った様な騒ぎになった。
両親は、恐れ多いが辞退する事も出来ないだろうと判断して、当日迄の一週間で、私に淑女の所作を詰め込もうと、臨時の講師を雇った。
だが、そのレッスンはたったの一度で中止になる。
「ディアナお嬢様に教える事など、何もありません」
高名なマナー講師にそう言われて、両親は目を白黒させていた。
一度目の人生では、ほぼ幽閉状態だったとはいえ、一応侯爵夫人として恥ずかしくない様に教育を受けたのだから、当然と言えば当然である。
かくして、その日はやって来た。
お世辞にも良い天気とは言い難い曇り空だったが、私は公爵邸の庭園に案内された。
フィリップ様は、先日お茶会で初めて言葉を交わした時よりも、少し砕けた口調でリラックスした様子だった。
きっと、これが素なのだろう。
「なんとか天気がもつと良いんだけど。
込み入った話になるかもしれないから、使用人にも聞かれない方がいいかと思ってね」
そう言われて周囲を見ると、侍女も護衛も、目は届くが声は聞こえない位に離れた場所に控えていた。
未婚の男女は密室に二人きりになる訳にはいかないので、屋内だとどうしても話を聞かれてしまうだろう。
「お気遣い頂き、有難うございます」
「実は、先日の茶会で貴女の行動が気になって、失礼かと思いながらも観察してしまったんだ。
階級の高い男性にばかり近寄っている様に見えたけど、どんな理由があるのだろうと思って。
そこへ来て、僕への婚約のお願いだから、そりゃあ益々興味が湧くだろ?」
なんと、見られていたとは知らなかった。
まあ、余り褒められた行動ではなかったので、思った以上に目立っていたのかもしれない。
身分の高い者ばかりを狙う尻軽女とでも思われているのかな。
「お見苦しい所をお見せして・・・」
「ああ、良いんだ。
貴女は婚約者の居る令息には近付かなかったし、ちゃんとマナーを守っていただろう?
だが、どうやって婚約者がいる者を見分けたんだ?」
「商売をしていると、人間関係についての噂は色々と耳に入ります」
「だが、貴女は高位貴族の子女との面識は、あまり無いだろう?
顔と名前が一致しないんじゃ無いか?」
「お会いした事はありませんが、お名前と合わせて、髪や瞳の色、その他の特徴も覚えておりますので」
「へぇ、記憶力が良いんだね」
それも侯爵夫人としての教育を受けた時の知識だが、子爵家の幼い娘がそんな知識を身に付けるのは珍しいのかもしれない。
彼の探る様な瞳に、曖昧な微笑みを返した。
「で、何故、あの様な振る舞いを?」
興味本位だとしても、今は話を聞いて貰えるだけでも有難い。
なんとか頼み込んで、協力して貰えないだろうか?
婚約が無理でも、他に適当な相手を紹介して貰うとか。
筆頭公爵家の勧める縁談ならば、侯爵家でも口出しはしないだろうし。
その為に、どう答えれば良いのかを思案する。
なんとなく、適当な嘘をついても、彼には通用しない気がした。
では、可能な限り真実を話そう。
「ある理由から、どうしても今から三週間以内に、どなたかと婚約を結ばなければならなくなりました。
高位貴族に限定したのは簡単には横槍が入らない様にする為で、その要件を満たしてさえいれば、高位貴族にこだわる必要は無いのですが」
「横槍・・・とは、どう言う意味だ?」
私は遠くに控えている使用人達にチラリと視線を向けた。
話が聞こえている様子は無いが、少しだけ声をひそめる。
「私は、バークレイ侯爵家とだけは、縁を結びたく無いのです。
その為に、バークレイ侯爵家と同等以上の発言権がある家との縁談を望んでいます」
「既にバークレイ侯爵家から縁談が来ていて、それを断りたいと言う事か?」
「いいえ。まだです。
ですが、確実に来ます。
約三週間後に」
「何故それを知っている?」
「済みません・・・。
それは、お教え出来ません。
バークレイ侯爵が、先日、投資に失敗して借金を抱えているのはご存知ですか?
それを踏まえると、あながち只の妄想だとも言えないと思いませんか?」
まさか、一度目の人生で経験しましたとは言えないので、情報源は濁すしかない。
頭のおかしい子だと思われてしまう。
クラックソン様は、私の言葉に微かに表情を変えた。
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