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10 予言と婚約
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《side:フィリップ》
「バークレイ侯爵が、先日、投資に失敗して借金を抱えているのはご存知ですか?
それを踏まえると、あながち只の妄想だとも言えないと思いませんか?」
その言葉に驚いた。
バークレイ侯爵の借金は、たった半月程前の事である。
侯爵家は当然その事実をひた隠しにしているし、ウチの様に特別な情報網を持っていればともかく、金があるとはいえ権力の無い子爵家が簡単に掴める情報では無いのだ。
「まあ、全く根拠の無い話でもなさそうかな」
彼女の言う通り、それまで彼女の話を妄言としか思っていなかったのだが、子爵家は、もしかしたら確かな情報源を持っているのかもしれない。
確かに、金に困ったバークレイ家が、エイヴォリー家の持参金目当てに婚約を打診する可能性はありそうだ。
バークレイ家には男子は一人しかいない。
マーティン・バークレイ。
女好きで有名で、控えめに言ってクズだ。
ディアナ嬢は僕と同じ歳だそうだから、マーティンとは七歳もの歳の差がある。
そんな男と無理矢理婚約させられて、巨額の持参金まで奪われる可能性があるのならば、そりゃあ避けたいだろうな。
そう考えると、あの茶会の時の彼女の行動に妙に納得がいった。
積極的に令息達に近付く割には、熱も欲も感じなかった瞳の理由も分かった気がする。
「それで、協力して頂けませんか?
クラックソン様と婚約しようなどと言うのは流石に恐れ多いので、お知り合いの方でどなたか私に見合った身分の方を、公爵家の勧める縁談という形でご紹介頂けないでしょうか?」
「ふ~ん・・・。ガッカリだなぁ。
あんなに情熱的に求婚してきたクセに、誰でも良かったと言う事か?」
揶揄う様にそう言うと、彼女の肩が震えた。
「あの時は必死で、つい・・・。
本当に申し訳ありませんでした」
恐縮した様に頭を下げる彼女が、少し気の毒になった。
まあ、乗りかかった船なので、協力してあげてもいいだろう。
資金が豊富なエイヴォリー子爵家との縁談なら、歓迎する家も多い。
高位貴族は難しいが、子爵家か下位の伯爵家などならば、直ぐに希望者は見つかるし、上手くいけばどちらの家にも恩を売る事が出来る。
ウチにとっても悪い話じゃ無い。
僕は遠縁の家の嫡男や、ウチの派閥の家の嫡男などを何人か頭に思い浮かべていた。
「まだ約束は出来ないが、検討はしてみよう」
僕がそう言うと、彼女は安堵の表情を浮かべた。
その後は、茶会の終わりまで色々と雑談を続け、思いの外楽しい時間を過ごしたのだが、予定していた茶会の終了時刻が近付いた時、彼女が急にソワソワし始めた。
何か言いかけては口を噤んだり、迷っているみたいな素振りを見せる。
「どうした?
何か言いたい事があるのだろう?」
僕が促すと、意を決した様に彼女は口を開いた。
「あの・・・・・・。
今から私がする話は、とても非常識な話なんです。
でも、決してふざけている訳ではありません」
「話してみて」
「はい・・・。
半年後位に、この国に大きな台風が上陸します。
その時、クラックソン公爵領内にある橋が崩落するかもしれません」
は?
このご令嬢は何を言っているのだろうか?
未来に起こる気象災害を、まるで決定事項の様に・・・。
「子爵家の情報源は、予言者か何かなのか?」
「情報源は明かせません。
・・・済みません、自分がとても胡散臭い事を言っているのは分かっているんです。
ですが、人の生死に関わるかもしれない事なので、黙っていられませんでした。
崩落するのはベイジル橋。
真ん中の橋脚の経年劣化が原因です。
疑うのは当然でしょうけれど、一度、橋脚の点検だけでもしてみては如何ですか?」
彼女の言っている事は荒唐無稽だ。
だが、真剣過ぎる様子に、なんだか胸騒ぎがする。
しかも、点検するべき箇所もピンポイントで指定して来た。
非常に具体的な内容だし、橋脚を点検させるだけならば、大した手間では無い。
エイヴォリー嬢が、事前に何か橋脚に細工をした可能性はあるだろうか?
いや、秘密裏にそんな事をするのは、まず無理だろう。
それに、そんな大それた事をする動機が無い。
いずれにしても、謎が多いこの令嬢がとても気になる。
一緒に居たら退屈しないで済みそうだ。
「そうか・・・。
では、賭けをしてみようか。
取り急ぎ、橋脚の点検だけはさせてみる。
それで、貴女の言う通りだったら、僕が貴女と婚約してあげるというのはどうだろう?」
そんな提案をしてしまったのは、ちょっとした遊び心と言うか、軽い気持ちからだった。
「点検後に・・・ですか。
とても有難いですが、三週間後に間に合いますか?」
「間に合わせる」
そして、二十日後。
僕は彼女に正式に婚約を申し込む事になる。
見た目は何も問題無さそうだった橋脚は、内側から腐食が進んでいたらしい。
但し、クラックソン公爵家の名前に気後れした彼女がどうしてもと言うので、バークレイ侯爵家との婚約の危険性が無くなったら、僕達の婚約を円満に解消するという契約書も同時に作成された。
その直後にタッチの差で、エイヴォリー子爵家には、バークレイ侯爵家からの婚約の打診が届いたという。
「バークレイ侯爵が、先日、投資に失敗して借金を抱えているのはご存知ですか?
それを踏まえると、あながち只の妄想だとも言えないと思いませんか?」
その言葉に驚いた。
バークレイ侯爵の借金は、たった半月程前の事である。
侯爵家は当然その事実をひた隠しにしているし、ウチの様に特別な情報網を持っていればともかく、金があるとはいえ権力の無い子爵家が簡単に掴める情報では無いのだ。
「まあ、全く根拠の無い話でもなさそうかな」
彼女の言う通り、それまで彼女の話を妄言としか思っていなかったのだが、子爵家は、もしかしたら確かな情報源を持っているのかもしれない。
確かに、金に困ったバークレイ家が、エイヴォリー家の持参金目当てに婚約を打診する可能性はありそうだ。
バークレイ家には男子は一人しかいない。
マーティン・バークレイ。
女好きで有名で、控えめに言ってクズだ。
ディアナ嬢は僕と同じ歳だそうだから、マーティンとは七歳もの歳の差がある。
そんな男と無理矢理婚約させられて、巨額の持参金まで奪われる可能性があるのならば、そりゃあ避けたいだろうな。
そう考えると、あの茶会の時の彼女の行動に妙に納得がいった。
積極的に令息達に近付く割には、熱も欲も感じなかった瞳の理由も分かった気がする。
「それで、協力して頂けませんか?
クラックソン様と婚約しようなどと言うのは流石に恐れ多いので、お知り合いの方でどなたか私に見合った身分の方を、公爵家の勧める縁談という形でご紹介頂けないでしょうか?」
「ふ~ん・・・。ガッカリだなぁ。
あんなに情熱的に求婚してきたクセに、誰でも良かったと言う事か?」
揶揄う様にそう言うと、彼女の肩が震えた。
「あの時は必死で、つい・・・。
本当に申し訳ありませんでした」
恐縮した様に頭を下げる彼女が、少し気の毒になった。
まあ、乗りかかった船なので、協力してあげてもいいだろう。
資金が豊富なエイヴォリー子爵家との縁談なら、歓迎する家も多い。
高位貴族は難しいが、子爵家か下位の伯爵家などならば、直ぐに希望者は見つかるし、上手くいけばどちらの家にも恩を売る事が出来る。
ウチにとっても悪い話じゃ無い。
僕は遠縁の家の嫡男や、ウチの派閥の家の嫡男などを何人か頭に思い浮かべていた。
「まだ約束は出来ないが、検討はしてみよう」
僕がそう言うと、彼女は安堵の表情を浮かべた。
その後は、茶会の終わりまで色々と雑談を続け、思いの外楽しい時間を過ごしたのだが、予定していた茶会の終了時刻が近付いた時、彼女が急にソワソワし始めた。
何か言いかけては口を噤んだり、迷っているみたいな素振りを見せる。
「どうした?
何か言いたい事があるのだろう?」
僕が促すと、意を決した様に彼女は口を開いた。
「あの・・・・・・。
今から私がする話は、とても非常識な話なんです。
でも、決してふざけている訳ではありません」
「話してみて」
「はい・・・。
半年後位に、この国に大きな台風が上陸します。
その時、クラックソン公爵領内にある橋が崩落するかもしれません」
は?
このご令嬢は何を言っているのだろうか?
未来に起こる気象災害を、まるで決定事項の様に・・・。
「子爵家の情報源は、予言者か何かなのか?」
「情報源は明かせません。
・・・済みません、自分がとても胡散臭い事を言っているのは分かっているんです。
ですが、人の生死に関わるかもしれない事なので、黙っていられませんでした。
崩落するのはベイジル橋。
真ん中の橋脚の経年劣化が原因です。
疑うのは当然でしょうけれど、一度、橋脚の点検だけでもしてみては如何ですか?」
彼女の言っている事は荒唐無稽だ。
だが、真剣過ぎる様子に、なんだか胸騒ぎがする。
しかも、点検するべき箇所もピンポイントで指定して来た。
非常に具体的な内容だし、橋脚を点検させるだけならば、大した手間では無い。
エイヴォリー嬢が、事前に何か橋脚に細工をした可能性はあるだろうか?
いや、秘密裏にそんな事をするのは、まず無理だろう。
それに、そんな大それた事をする動機が無い。
いずれにしても、謎が多いこの令嬢がとても気になる。
一緒に居たら退屈しないで済みそうだ。
「そうか・・・。
では、賭けをしてみようか。
取り急ぎ、橋脚の点検だけはさせてみる。
それで、貴女の言う通りだったら、僕が貴女と婚約してあげるというのはどうだろう?」
そんな提案をしてしまったのは、ちょっとした遊び心と言うか、軽い気持ちからだった。
「点検後に・・・ですか。
とても有難いですが、三週間後に間に合いますか?」
「間に合わせる」
そして、二十日後。
僕は彼女に正式に婚約を申し込む事になる。
見た目は何も問題無さそうだった橋脚は、内側から腐食が進んでいたらしい。
但し、クラックソン公爵家の名前に気後れした彼女がどうしてもと言うので、バークレイ侯爵家との婚約の危険性が無くなったら、僕達の婚約を円満に解消するという契約書も同時に作成された。
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