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2. 愛情「シーセスヴァー・メイ」

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 太陽の匂いが溢れるフカフカのベット、全く重さを感じない掛け布団に優しく包み込まれる安心感。
 そして、いつになく触り心地のいいシーツが僕の体を何の抵抗もなく受け入れている。
 寝心地の良さを極限までに追求したベットで僕は目を覚ました。

 ──あぁ、気持ちがよすぎる。こんな目覚めがいいのは生まれて初めてだ。

 まさか、ベットに対してここまで感動するとは思ってもいなかった。
 僕が今まで寝ていたベットとは、なんだったのか。
 去年、福引きで運良く引き当てた景品「高級三つ星ホテル珊瑚の宿泊券」、そこで星が付く高級ホテルのベットを経験したが、それでさえも足元に及ばない寝心地だった。
 これが、異国による素材で作られたベットなのか、と一通りベットに感動し終えると今の現状を思い出した。

 そうだ、僕は異世界転生してしまったかもしれないんだった。
 異世界転生と言えばネット小説では王道の設定で定番になりつつある。
 チートスキルで無双する話がおもだが、色々な能力スキルの違いや著者の書き方によって様々な"俺TEEEE"を体感できるのが魅力である。
 ちなみに僕も異世界転生物が大好物でよく見ていたりする。
 まぁ、そのせいで今の状況を"異世界転生"したと結び付けているのだが.....あまりに稚拙な考えか? しかし、今の状況をそれ以外で説明しようがない。
 
 自分なりに異世界転生についての仮説を立てていると、部屋の大きな二枚扉から中肉中背の太った叔母さんが入ってきた。

 「マッシュ様~? やっと、お目覚めですか?」

 一瞬、なんだここは日本か・・・と勘違いしてしまう程に日本にありふれているオバさんだ。おっと、これでは少し人聞きが悪いか。
 典型的なオカン体型。顔も日本人特有の全体的に平面で、鼻もそれほど高くなく、掘りも深くなく、目は大きめ、唇は中程度、頬骨はそれほど出ておらず、いたって特徴のない普通の顔のお姉さんだ。

 「おばさん、だぁれ?」

 僕は気がつくと無意識に言葉を発していた。せっかくお姉さんと訂正したのに本能が、自発的に本音を言ってしまったようだ。
 しかし、めちゃくちゃ可愛い言い方だったぞ。ってなんで今、勝手に言葉が出たんだ? まるでもう一人の自分が......ってそれは少し考えすぎか。
 おばさんはというと、僕が声を発したと事に口を開けてビックリした表情を浮かべている。一瞬、見つめ合いながら沈黙の間が生まれた。気まずい。
 
 「やっぱり奥様が言われてた事は本当だったのですねぇ。しかし、私の顔をお覚えになられていないのは、少しばかりショックで御座います。」

 おいおい、この叔母さん質問に全く答えてないじゃないか。
 あんなにも可愛い言い方で「だぁれ?」と聞いてるのに名乗らない事と、一歳にもなってない子供に対して、顔を覚えている事を期待している事が気に食わない。
 
 ──・・・・・・

 あれ? 僕の性格ってこんなに悪かったっけ?
 こんなにもズバズバと毒を吐くキャラではなかったはずだ。
 日本の現代社会という闇に呑み込まれ、社畜のように仕事をしていた時の社会や会社に対しての不満を溜め込み過ぎていた反動で、こんな性格になってしまったのか? しかし、ここは柔軟に対応すべきだな。
 
 「ごめんなさい、覚えてなくて......」

 取り敢えず、当たり障りのない言い方をしてみた。
 すると、おばさんは穏やかな表情で少し食い気味に話し掛けてきた。

 「まぁまぁ、いいですのょん! 私の名前は、シーセスヴァー・メイ。クルーシオ家に仕えているメイド長ですわ。娘のマスティアもクルーシオ家に仕えておりますが、覚えになっていないかもしれませんね」

 あれ、このおばさん......そんな悪い人じゃない気がする。
 気を使わせないためにか優しい物言いで、わざと砕けた話し方で話してくれた。それに加えて、母親のような穏やかな表情は、不思議と安心感を与えてくれる。

 「あ、ちなみに私の愛称はシスヴァー。それと娘のマスティアの愛称は、メイと呼ばれています」

 メイって転生してすぐに会ったメイドか・・・って全然似てないっ!
 まるで「月とすっぽん」っと言ってしまったら失礼か。だがしかし、この言葉以外に当てはまる言葉は、この世に存在していないのだ。

 
 ──僕の性格が悪いのは置いておきましょう。

 
 それから僕は、シスヴァーに家族の話や王国の話など様々な話を聞いた。
 会話を重ねる毎に、シスヴァーの人の良さが伝わってくる。
 マッシュの事を心の底から可愛がってくれており、大事にしてくれている事が話しているだけで分かった。
 最初に反感的な感情を持っていたことに後悔していると、シスヴァーは優しく微笑みながら胸元へと僕を引き寄せる。
 暖かい。凄く暖かい。自然と熱いものが頬を伝って零れ落ちてきた。
 シスヴァーは、そんな僕の背中を優しく撫でながら、子守唄を歌い始めた。その優しい歌声は、どこか懐かしく僕の乾いた心を潤すように染み渡っていた。

 
 あぁ、これがというものなのか。



 この出来事以来、僕とシスヴァーは、「愛情」という強い絆で結ばれた。



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