死神

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死神

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 面白くない授業も終わり、彼は大学から出た。石川は雨が多い。空は昨日から変わらず鈍色にびいろで、それを見て彼はため息を吐いた。





 彼のスマホが鳴った。見ると、一通のメールが届いていた。それには住所と名前が書いてあった。それを見て彼はまた、ため息を吐いた。




 彼の仕事だ。





 彼は死神だ。名前はコンシデラ。死神にはいくつか種類があるが、コンシデラは死神の中でも最弱だ。
 時々、死神の仕事が重なる時がある。そういうときは弱いほうが譲るもしくは、そうしなければ殺されるくらいまで追い詰められる。コンシデラ弱者はそうなったとき喜んで仕事を譲っている。



 彼の今回の仕事場所は広島のある病院だった。















 彼女は友達と静岡の高校から帰宅していた。友達との会話は絶えず続き、その間彼女らの熱が冷めることはなかった。



 そんな楽しい雰囲気の中、無機質なスマホの通知が鳴るのは面白くない。しかし、それが鳴ってしまったからには無視するわけにもいかない。見ると一通のメールが届いていた。
 そこには住所と名前が書いてあった。それを見て彼女は落胆した。楽しい時間はあっという間だ。




 彼女の仕事だ。




 彼女は死神だ。名前はイヴ。イヴは死神の中でも強い分類だ。他の死神と仕事が重なっても、困ることはない。
 しかし、彼女は死神の仕事が嫌いだ。理由は悲しいからだ。死神の仕事は人の死に関わる。その死が他人事であるからとはいえ、彼女にとって後ろ向きな仕事であることに変わりはない。



 今回の彼女の仕事場所は広島のある病院だった。









 コンシデラは病室の番号と名前を入念に確認して部屋に入った。そして絶望した。
 部屋のベッドでは男の子が寝ていた。今回の客はコンシデラが想定していたより遥かに若かった。
「こんにちは。」
 と、コンシデラが、その子に挨拶をした。
「死神のコンシデラです。………僕が来たってことは、君の死期が近い。」
 その子は怯えている。






 その子の警戒を解くため、コンシデラは自分のことを話した。
「僕は死期が近い人のちょっとした手伝いをするのが仕事だ。君に害は与えないからそんなに警戒しないで。」
「僕はもうすぐ死ぬの?」
「うん、残念ながら。」
 コンシデラはその子が病院にいることから、その子の死因は病死になるだろうと考えていた。
「どんなお手伝いをしてくれるの?」
 と、その子がコンシデラに聞いた。
「人にできる範囲なら何でも。生憎、僕は死神の中でも一番弱いからそんくらいの手伝いしかできない。」
「…そっか。人の病気は直せる?」
「……医者じゃないから無理だね。」
「医者は人じゃないの?」
「人だけど……人並みの人じゃ医者は務まらないよ。」
 しばらくコンシデラはその子と話をしていた。
「シデラさんっていい人なんだね。」
「コンシデラだけど…それでいいや。あそうだ、じゃあ君のことソラくんって呼んでいい?」
 その子は笑顔で親指を上に立てた。
 二人はそれなりに仲良くなった。そんなとき、病室の扉が開いた。シデラはソラくんの家族か看護師が来たのだろうと思った。



 死神はその客か同業者にしか見えない。シデラは今ここにいても何も不思議に思われないどころか、感知すらされない。シデラにはソラくんの来客を気にする必要がない。しかし、入ってきた女性と目があった。しばらく見つめ合って、シデラは気付いた。女も同業者であると。そして、怯えた。コンシデラは死神の中でも一番弱い種類だ。女が死神である以上、女はシデラの上にいる。
「シデラさんの友達?」
 と、ソラくんが言った。シデラはまた驚いた。ソラくんもその女が見えている。つまり、シデラと女の死神の仕事が被ってしまった。おそらく、ここで女に仕事を譲ればソラくんの死因は病死ではなくなる。シデラは決心した。ソラくんは死守すると。


 普段なら違った。苦しくはあったが、こういうときシデラは仕事を譲っていた。理由はいくつかある。死神の上下関係がその一つで、もう一つはシデラが死神だからだ。シデラが死神である以上、女を返り討ちにできたとしても、ソラくんの死期が近いことには変わりない。過去にシデラが仕事を放棄したことがあるが、シデラの客になる予定だった者は結局、早くに亡くなった。
 しかし、今回のシデラはそう諦めきれなかった。今まで死期が近い人の死を待つことしかできなかったことや、死神の上下関係に対するシデラのフラストレーション欲求不満も相まって、シデラはソラくんを守ると決心した。











 イヴはスマホを触りながらメールに書かれていた通りの病室に入った。そして驚いた。部屋には男の子ともう一人男性が居た。その男性はイヴを視認出来ていることから、イヴはその男が死神であると分かった。状況的に男の子が今回の客で、隣の死神と仕事が重なったと思った。男はイヴを見ていた。彼は怯えている。イヴはそれを不思議に思った。
「シデラさんの友達?」
 男の子がそう言った。どうやら二人は仲が良いみたいだ。そして、「シデラさん」から彼がコンシデラと名乗っていることも分かった。先ほどの疑問も愚問だということが分かった。
 死神コンシデラは最弱で有名なようだ。










 「シデラさんの友達?」
「………そうだよ。」
 女がそう答えた。シデラはそれを聞いて混乱したが、次の言葉を聞いて納得した。
「だからちょっと借りて良い?」
 女がソラくんに聞いた。今の女の言葉はシデラの耳には、
「だからちょっと狩って良い?」
に聞こえた。彼はとんでもない聞き間違いをしているが、今の女の言葉が間違いなく聞き取れていたとしても同じようにシデラは背筋を凍らしただろう。シデラは女が借りたものを返すような人には見えない。シデラの想像上の女は借りたものは自身が死ぬまで借り続ける返さない。そもそも、シデラの想像上の死神にいいやつなど居なかった。




 これは無理がない考えだ。そもそも、死神は死神によって仕事内容が違う。シデラの死期が近い人のお手伝いはコンシデラしかやっていないことだ。しかし、ほとんどの死神は人を狩って生計を立てている。死神の「人を借りる」という言葉は、最弱のシデラにとって「人を狩る」と同義になるのは仕方ない。


 シデラは死神が嫌いだ。


 「少しだけなら良いよ。」
 ソラくんは女にそう答えた。それを聞いてシデラはさみしくなった。







 二人は病院を出て近くの自販機の前まで移動した。


 「名前は?」
 と、イヴはシデラに聞いた。
「……コ、コンシデラです。」
 シデラは気弱な返答をした。
「本当に?それを名乗るメリットは?」
「無いですよ。」
「アンタが私より強いって可能性は?」
「ほ、本当に無いです。」
「…」
 こんな質疑応答を展開したが、イヴは彼がコンシデラであることを確信していた。ほとんどの死神は自信家だからだ。自分の強さを主張したら向こうも自分の強さを主張するだろう。それと比べ、シデラは本当にイヴを恐れている。今、イヴが彼に一歩近づいたら彼は逃げるだろう。イヴが二歩前に進んだら彼は逃げてつまずいて転ぶだろう。名前も知らない死神に恐怖を抱く死神は普通ではない。


 



 「信じるよ?『シデラさん』。」
 と、女は言った。女が口を開けて言葉を発するたびにシデラの肺と心臓は大きく膨れ上がって、しぼみ方を忘れてしまう。シデラはソラくんが女に自身を狩っても良いと言った時から、いざとなったら逃げる気でいた。シデラの決意はソラくんの一言で弾けて消えてしまった。
 女がシデラに聞いた。
「ところで、アンタの仕事は何なの?」
「ぼ、僕の仕事は、死期が近い人のお手伝いです。」
「……ふーん。」
「えっと、あの子を殺すんですか?」
「そのつもりだった、病室に入るまでは。」
「え…?子どもは不味いんですか。」
「別に最初から誰も食べる気なんて無いよ。私は私の仕事の内容的に、殺さないでおこうって思っただけ。」
「あなたの名前は……」
「私の名前はイヴ。自殺志願者の殺害が私の仕事。」
 女の名前を聞いてシデラは更に怯えた。イヴは死神の中でも強い分類、シデラから見ると強すぎる。
 シデラはイヴの名前を聞き怯えたのと同時に、イヴの仕事内容を不思議に感じた。
 「自殺志願者の殺害」ということは、イヴの客であるソラくんは自殺志願者だ。しかし、シデラはそのことに納得出来なかった。シデラはしばらくソラくんと話した。その間ソラくんは陽気にシデラに接していた。シデラはソラくんに余命わずかということを話したときも、シデラに怯えていただけでシデラと和んだ後も特に暗い様子も見せなかった。
 シデラはしまったと思った。ソラくんのように自分の気持ちを表に出せない子が自殺するのだろうと思ったからだ。

 シデラは見落としていた。



 シデラはまた、決心した。しかし今回の決心は前と違い、ソラくんを守るといった内容ではなく、ソラくんに死なせないという決心だった。シデラは死神だ。死神の客がソラくんになった以上、寿命が短くなったことに変わりはない。とはいえ、シデラはソラくんが自殺で死ぬのは面白くない。
 それはイヴも同じだった。
「あの子が私とアンタの客っていうことは、あの子は自殺志願者で、もうすぐ死ぬってことでしょ?」
「…そ、そうですね。」
「私はあの子に生きててよかったって思わせたい。死ぬならそう思ったあとが良い。」
 シデラはイヴの発言を変だなと思った。イヴが言った願いはソラくんにとって厳しいものだった。
もともと死にたくて、もうすぐでその願いが叶うソラくんにとって。
生きる幸せを感じたところでもうすぐ死ぬと分かっているソラくんにとって。
 しかし、シデラの願いも同じだ。自殺志願者は自身の命を軽視している。ソラくんはまだ子どもだ。死んでしまうのは悲しいことだが、変えられようのない未来だ。ならば、短いその余生だけはソラくんに幸せであってほしい。
「……僕もそう思います。」
 迷ったがシデラはイヴの願いに賛同した。






 イヴとシデラはソラくんとできるだけ一緒にいる時間を作った。二人は空いている時間はなるべく病室に行くようにしてソラくんが一人でいる時間をなるべく少なくした。これをする理由は、ソラくんは二人に陽気に接してくれるからだ。無理にでも陽気になる時間をソラくんに作れば、自殺という陰気な考えを見直すだろうと二人は考えた。


















 あれから二か月が経った。イヴとシデラは変わらずソラくんの居る病室に通っている。イヴがシデラに言った。
「ソラくんのゴールは私が見えなくなること。私が見えなくなったということは、私の客じゃなくなったってことで、自殺を諦めたってことになるんだけど…」
「まだソラくんはイヴが見えてるね。」
 この二か月の成果はシデラがイヴの警戒を解き、二人が仲良くなったくらいだった。シデラはたったの二か月で仲の良い死神ができたことに驚いた。シデラがイヴに言った。
「僕の客はどれだけ長くても来年を迎えられない。ソラくんがいつ死ぬのか詳しくは分からないけど、最高でもあと十か月もない。もしかしたら明日死んでしまうかもしれないし……」
 二人とも、この二か月の進捗状況と残された時間ではソラくんは自殺志願者のまま死んでしまうと分かったいた。

 シデラがのスマホが鳴った。見ると、名前と住所が書いてあった。
「京都だって、次の仕事。」
 また新たな仕事が入ってきた。シデラは仕事を無視できない。理由はコンシデラだからだ。死神の仕事には報酬がある。通貨、寿命、力の三つのどれか、あるいは全てがランダムで報酬として手に入る。通貨は普段は人として過ごしているシデラにとって必要不可欠なものだ。
 他の死神は通貨より寿命と力を欲しがる。報酬として獲得できる寿命は死神の老化を著しく止め、体を若返らせ、死神自身の力を維持させることができる。報酬として獲得できる力は死神の力を増幅させる。死神の力が増せば、他の死神から仕事を奪うことができるようになる。多くの死神は仕事を獲得するため自身の力を大きくし、それを維持するための寿命を得て若返るという流れを繰り返している。
 コンシデラは死神の中でも最弱だ。仕事自体少なく、あったとしても他の強い死神に奪われる。
 他の死神と比べシデラは報酬から得るお金が少なかった。シデラは仕事を断れない。


 イヴはそれを怒らなかった。イヴは死神の仕事への執着を知っていた。とはいえ、シデラがソラくんに顔を見せなくなるのはよくないと思い、シデラに
「空き時間があればソラくんの病室に来い。」
 と言った。それに対しシデラは
「『行けたら』行く。」
 と返したのでイヴに頭を殴られた。









 シデラは住所を頼りに次の仕事場所に向かった。



 シデラは住所通りの場所についた。そこは一軒家だった。シデラはその家に入って客を探した。客を探すのは簡単だ。空き巣に遭遇したような顔でシデラを見ている人が客だ。しかし、この家にはシデラが見える人はいなかった。おかしいと思ったシデラはその家の表札を見た。今回の客と名前が違う。



 シデラは住所をもう一度調べたが、住所はこの客が居ない家を指した。その家の近所の表札をみて回ると客と苗字が同じ表札の家があった。入ってしばらく探索していると、空き巣に遭遇したような顔でシデラを見ている女性が居た。シデラはその顔を確認してこう言った。
「死神のシデラです。僕が見えるということは君の死期が近い。」
 女性はそれを聞いてシデラから叫びながら逃げた。




 シデラにとってこれはよくあることだ。無理もない。自分の家に知らない男が入ってきて死神だなんて言ってきたら、シデラでも叫びながら逃げるだろう。中には立ち向かってくる人もいる。シデラはおじいさんに包丁を持って追いかけられたことがある。それに比べると良い方だとシデラは思った。




 女性は必死に逃げた。そして電話を手に取り、迷わず110と数字を押した。
「あ、ちょっと待って!」
 シデラは止めたがもう遅かった。
「空き巣にあいましたぁー!」
 女性は電話に向かって叫んだ。














 女性はシデラが死神であると信じた。理由は警察が家に来たとき、彼らがシデラを知覚できなかったからだ。
「死神だって言いましたよ。」
「な、なんで…」
「業務妨害で逮捕するぞって脅されてたね。」
 女性はシデラの顔を見て聞いた。
「死神だとしても、私に何の用?まさか、ころ…」
「僕の仕事は死期が近い人のお手伝いです。」
「お手伝い…死期が近い…」
 まだ女性は状況が分かっていない。
「残念ながら、あなたの死期が近い。」
「えぇ…」
 ソラくんがイレギュラーなだけで、みんな普通はこの女性のような反応をする。
「ただし、死ぬときの詳細は僕にも分からない。」
「回避できないの…?」
「……今まで僕の客は例外なく死にました。病死、事故、老衰、自殺、他殺どんな死に方であれ、僕の客は来年を迎えられない。」
 それを聞いた女性はしばらく泣いていた。









 「家から出なければいい。」
 女性はそう言い出した。シデラにとって、このようなことを言う客は初めてではない。
「オススメしません。」
 と、シデラは言った。
「誰に殺されるか分からない。殺されるのが怖いよ。」
「まだ死に方は分からないって言ったよ。それに、死ぬのには変わりない。」
「でも、」
「居ましたよ。そう言って本当に家に籠もったまま最期を迎えた客が。その人は病気になっても外が怖くなって家から出れず病死したよ。」
「病院には行くよ。」
「あっそう、それが君の最期かもね。」
 女性は何も話せなくなった。シデラは続けた。
「死を回避することは諦めなさい。君には残されてる時間が少ない。死を恐れ続けて迎える死は辛いだろう。」
 シデラは女性にそう言って、女性はソラくんと真逆だなと思った。
 ソラくんは死を恐れていなかった。それを見てシデラとイヴは良くないと思った。女性は死を恐れている。それを見てシデラは良くないと思った。
 シデラは矛盾してる自分に気がついた。しかし、道半ばの方向が違えど、目指している場所は同じだ。
「死は悲しいよ。だからって余生まで悲観することはないだろ。前向いて生きなさい。」
 女性は迷ったが、シデラを見て涙で濡れた顔を縦に振った。











 「『お手伝い』って何ができるの。」
 女性はシデラにそう聞いた。
「人が出来ることなら何でも。」
「人が出来ることって例えばどんな?」
「うーん…ひみつ道具を出したりはしないよ。」
「そこまで期待してないよ。」
「死神っていっても一番弱い死神だからなぁ…」
「普通の人と何が違うの?」
「僕が『死神』になってる間、人から知覚されなくなる。これは例外あり。他の死神には見えるし、客にも見られる。あとは、鍵がかかったドアは無視できる。」
「だから、私の家に入れたのか。」
「そうだね。」
 女性は何か考えている。シデラは女性に言った。
「ところで、君の家の住所調べたら近所の違う家が出てきたんだけど。」
「あぁ、よくあるよ。住所が一緒なんだ。ピザとかも頼んだら向こうに届くよ。」
「不便だね。名前見ないと分からないし、今度から名前も確認しないとな。」





 しばらく考えていた女性はシデラに言った。
「最期にしたいことって意外と無いんだな。」
 シデラはそれを聞いて仕事終わりの会社員のような気持ちになった。シデラは仕事中、ずっと気を張っている。理由は客の死期が近いからだ。女性がいつ死んでも不思議ではないことを知っているシデラにとって、女性はとても弱く感じてしまう。壊れぬよう、壊れた瞬間を見逃さぬように、シデラは女性に集中している。そんなシデラが見送るべき女性がそんな言葉を吐いた。シデラはこの言葉を前向きに捉えた。最期にやりたいことを考えることは最後を迎えてしまうことを考えるよりずっと気楽だ。女性はシデラが思っているより弱くなかった。シデラは肩の力が抜けて、自身の疲労と幸福が混ざった心情に混乱した。
「そうだね。」
 シデラは彼女にそう言った。






 女性は死期が近いと知ったが、特別なことをしようとしなかった。いつも通り学校に行き、友人に会い、愉快な話をして、時々愚痴をこぼして、ご飯を掻き込んだ。
 シデラは彼女を見て、安心した。









 今日も、彼女にとって平凡で希少な一日になるはずだった。











 女性は殺された。

 シデラはいつものように、彼女の帰りを家で待っていた。それを知るまではシデラの今日も平凡だった。シデラは帰ってきた死体彼女を玄関で迎えた。
 シデラはそれを見て、疲れた。帰ってきたのは顔色が悪く上半身だけの彼女だった。それを見てすぐわかった。彼女は死神にやられた。


 シデラの目がとらえたのは、知らない笑顔だった。こんな状況下で、彼女は笑っている。その顔は本当に死人の顔だったのだろうか。シデラは泣いた。シデラはこの状況を悲観してしまった。彼女はそれに納得できなかった。
「なんで泣いてるの。」
「いや…ちょっとそれは無いよ。」
 シデラは彼女の死因に納得できなかった。彼女は殺されることを恐れていたはずだ。
「……あなたが教えてくれたんでしょ、空き巣さん。」
 彼女もシデラも、こうなる日が近いことは分かっていた。彼女は最初、今日を恐れていた。しかし、シデラはその恐怖を遠ざけた。それは充実した余生を彼女に過ごしてほしかったからだ。
 死と余生は別だ。そして、生きている限り前者は経験できない。経験しないはずの恐怖のせいで後者を疎かにしてほしくない。
 あの日から、女性が首を縦に振った日から、彼女はこれを忘れなかった。というより、忘れられなかった。自身が今日まで大切にしてきた生きる理由を忘れて、不安だった余生を難なく生きられる訳がない。
余生を悲観する夜道で明かりを使わないのはタブーだ。
それを空き巣が今更、思い出した。
「……フフッ、業務妨害で訴えますよ?」
 だから彼も笑って見せた。



 女性は明るい余生を終えた。

 死体とその笑顔を遺して。















 こういう突然で、残酷な終わりを見るのは、いつも通りだ。それの原因が死神にあるのもいつものことだ。それでシデラが泣くのもいつものこと。



 シデラは死神が嫌いだ。


 死神はこの世に存在してはいけない、穢れた種族だ。
 誰に対しても強気で、配慮の欠片もない死神が嫌いだ。
 行動原理が私利私欲である死神が嫌いだ。


 そばにいるだけでなんの役にも立っていない死神が嫌いだ。
 それなのに報酬が少ないと嘆く死神が嫌いだ。


 シデラは死神が嫌いだ。その「死神」は彼自身も例外ではない。
 彼は自身が自殺志願者ということを自覚した。


「イヴの客になっちゃうなあ。」
シデラはそんな悲しい独り言をつぶやいた。








 シデラは勘違いをしていることに気が付いた。







 シデラは住所が被ることがあることを今回のことで知った。名前まで見なければ客を見つけるのは難しい。病院のベッドで寝ていたからと言って、余生が短いとか、自殺志願者だと決めつけるのは乱暴的だ。実際、あの病室にはソラくんと別に自殺志願者が居た。でも余生が短いことは事実のはずだ。シデラは名前も確認した。とはいえ、死神はその客か同業者にしか知覚されない。


 シデラとその客のソラくんは互いに知覚出来ていておかしくない。おかしいのは病室にいたイヴの客自殺志願者がシデラだったとしたら、イヴとソラくんは全く関係がないのに互いに知覚できることだ。



 ソラくんの態度が陽気なままであることに違和感を覚えていればもっと早くに気付いていたはずだ。

 シデラはイヴのために病院へ急いだ。














 病院の天井を見ていくらか時間が経った。本来ならこんな時間は作りたくない。とはいえ延命するには仕方がない。彼は病気にかかってしまった。余命三ヶ月。残された時間は長くない。ただし、それは彼が人間であれば。
 スマホの通知音が鳴った。病室は静かで、聞き逃す余地がない。見ると、住所と名前が書いてあった。









 彼の仕事だ。





 「ソラくん」は死神だ。本当の名前はペディーダ。彼の仕事の報酬は大抵、寿命だった。報酬としての寿命は単に寿命が延びるわけではなく、正確には年齢の分母が増えるものだ。つまり、それを受け取り続ければ年齢もどんどん小さくなる。彼が幼い姿をしているのはそういうことだ。しかし、当然ここまで幼くなってしまえば力も全盛期より弱くなる。
 彼の客はイヴという死神だ。「イヴ」はサヴァイヴという死神の略称。強い分類だ。しかし、本来ならペディーダの方が遥かに強い。彼は衰弱した。急激な年齢の引き下がりや、病気にかかってしまったことにより、彼は今イヴと同じくらいもしくはそれ未満の力しか持っていない。つまり、この仕事は彼にとって命懸けである。仕事を成功させれば報酬として寿命を受け取り、まだ少し生き残ることができる。失敗すれば、イヴに気付かれ彼の終わりが早まるだけだ。
 幸運にも住所はペディーダの現在地を指している。



 途中で「コンシデラ」という死神が混入したが、そのおかげでイヴから警戒されにくくなった。











 三ヶ月が経った。イヴは当然、客と勘違いしているペディーダから離れない。ペディーダから見れば、イヴは隙だらけだった。しかし、彼の力も相当弱まったため、その時を慎重に待っていた。















 シデラはそれに気付いた。急いでソラくんの病室、死神の巣に戻った。


 シデラは病室の戸を開けて、赤を見た。すぐ横に女性の上半身だけが転がっている。シデラはそれを確認してすぐに自身の心配をした。
「……クソ、寿命がもらえないとは。」
 あれは何か言っていた。ペディーダは不機嫌だ。報酬の寿命がもらえなかった。報酬は通貨、寿命、力がランダムに貰える。当然、寿命が欲しいからといって受け取れる仕組みではない。ペディーダはシデラを見た。もう長く生きられない。なら余生を楽しむ。そう思ったペディーダはシデラに襲いかかる。



 シデラは勘違いをしていた。彼が報酬として貰うお金が少ないのは、報酬自体が少なかったからではない。お金が貰えかった分、力が割り振られていた。しかし、シデラには今の今までそれと関係がなかった。知らなかった。知っていたのは自身が最弱の種族の末裔であることだけだ。

 現実には、他からみた時の見た目も種族も本人とはあまり関係が無い。





 ペディーダは暗闇の中で死んだ。

 死体は跡形もなく散った。
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