雨と晴

やすを。

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10話 葵の「幸せ」について

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 一学期の期末テストが終わり、僕にも少しだけゆとりができた。

 とはいえ、大学受験のために、まだまだ勉強に対して手を抜くなんて事は微塵もできない。少しずつでもいいから、参考書には触れておく事が大切である。僕はそう考えていた。

 葵にも少しずつ変化が見られるようになってきた。最近では笑顔が増えてきたように感じる。僕に対しても徐々にだけど、心を開いてきてくれているようだった。

 「翔太。今日も沙耶香ちゃんと巧くんきてくれるの?」

 その表情は、家におじいちゃんとおばあちゃんを楽しみに待つ子供のような表情だった。買い物から数週間が経ち、沙耶香と更に仲を深めた葵は、巧も同じような接し方で、いつも家に来た時は会話をしていた。

 あれだけ怖がっていた葵が、こんなにも二人に懐くとはね。予想はしてたけど、その何倍も上をいく結果だったな。二人は意識なんかしてないだろうけど、二人の力は凄すぎる。

 「今日はな、二人とも予定があって無理っぽいんだよね。」

 「そっか。今日こそはさ、巧くんに勝ちたかったんだけどな……。」

 「また、今度来た時にすればいいさ。」

 「そうだね。それまで楽しみにしてよ~と!」

 僕は彼女の楽しげな表情を見て、少し泣きそうな気持ちになっていた。出会った頃はこうして隣に座ることを許してはくれなかったし、会話だって微々たるものだった。

 そんな葵が今、こんなにも明るく楽しそうな表情で二人のことを話している。こんな未来が来るなんて誰が想像しただろうか。

 でも、ふと考える事もある。彼女の中にはもう「自殺」という二文字が残っているのかどうか。考えたくはないが、もしその気持ちが残っているのなら、また全力で止めにいく。

 「葵。最近、楽しいか?」

 「うん! 毎日がワクワクするよ。」

 「悩み事はないか?」

 「別にないよ? だって今が一番楽しいもん。」

 葵の浮かべた屈託のない笑顔に、僕は胸を撫で下ろした。その顔に嘘はない。そう僕の中で納得できたからだった。

 「なあ、葵。久々に二人で買い出しに行かないか?」

 「あ。そういえば、冷蔵庫の中も減ってきてて、ピンチなんだった。うん、いこう!」

 洋服の買い物の後から、何度か二人で出かけた。各々が買った服を着て、ちゃんと身だしなみも整えて。巧に言われた、「失礼のないように」という言葉通りに、自分の思う最大のおしゃれはして行ったつもりだ。

 「やっぱり、翔太がそれ着るとカッコいいね。」

 「本当? ありがとう。葵だって相変わらず可愛いよ。」

 「ふふ。ありがとう。」

 室内着は葵の優しさで、僕の洋服でいいと言ってくれていた。だから、出かける時の服装がいつもとのギャップでらとても女の子っぽく見えるのだ。

 行き慣れたスーパーに着いて、カートを押しながら食料品を入れていく。テキパキ動く葵には動きに無駄がなく、買うものだけを迅速に運んでくる。

 その様子を見ていても、もう外の世界に恐怖心は無さそうだ。あの時、勇気を振り絞って外に連れ出して良かったと、今になって思う。

 チンピラに絡まれた時には、「あっ、終わった。」と心の底から思ったけど、それを乗り越えるほどに葵の心が強かったのだ。

 葵が自殺を図った理由を僕はまだ聞けていない。僕が聞く事もないし、聴きたいとも思っていない。彼女が話してくれるまで、待つと決めたのだ。だから、いつかその日が来てくれたらいいなって、僕は願っている。

 買い物も滞りなく終わり、僕らは帰路を横並びで歩いていた。勿論彼女に荷物を持たせる訳もなく、僕の両手は一杯のビニール袋で埋まっていた。

 「ねえ、翔太。」

 「ん? どうした?」

 唐突に葵が話を振ってきた。

 「夏休み期間中にさ、付き合って欲しい所があるんだけど、いいかな?」

 「いいけど、そんな改まってどうしたんだよ。」

 葵は不安げな面持ちで僕を見ていた。僕には葵の気持ちが理解できなかった。

 「どうしたんだよ。」

 「わ、私の実家に一緒に来て!」

 「お、おい……。どうしたんだよいきなり。」

 僕はそう返すが、葵からの反応はなかった。

 「私の幸せに付き合ってよ。これは、私が自分の人生に、ケジメをつけるために行く。」

 「だから、翔太には側にいて欲しいし、見届けて欲しい。」

 葵は僕の目から逸らす事なくそう言った。

 「分かった。とことん付き合うよ。」

 僕の返事は既に決まっていた。僕の中に行かないという選択肢は無かった。

 「ありがとう。詳細は追って教えるね。」

 「ああ。あんまり詮索しないでおく。」

 「そうしてくれると、凄い助かるよ。」

 いきなりのお願いで驚いたが、何か葵の中で葛藤があったのだろう。葵の表情を見れば、手にとるようにわかった。

 それにしても、実家に行きたいだなんてどうしていきなり。そういえば、出会った頃に親御さんの話を聞いた時、いないって言ってなかったっけ? あれ、そこら辺どうなってんだろう。

 まあ、僕は葵の幸せのためならなんだってやるつもりだ。だから自分の選択に疑いは無いよ。

 僕らは無言のまま帰路を歩いた。久方ぶりに雰囲気が重たかった。



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