雨と晴

やすを。

文字の大きさ
23 / 59

23話 ジモティー

しおりを挟む
 「とりあえず、明日帰るで良いよね。」

 「私は全然大丈夫だけど、翔太平気なの?」

 「まあ……何とかなると思う。」

 この旅行に来るにあたって、一切の勉強道具を持ってこなかった。だから、三日も参考書に手をつけないという不安感をすごく感じていた。

 「翔太にさ、私の故郷を紹介したい。」

 「してくれるのか? 是非ともお願いしたい。葵の故郷に興味あったんだよね。」

 「本当? 嬉しいな。翔太が住んでる所みたいに、若者が好きそうな所は少ないけど、自然の豊富さには自信があるよ!」

 この風景を見て、どう考えても僕の家の周りの自然に負ける訳がない。空気は綺麗だし、蝉の鳴き声は何倍も大きいし、何より涼しい。

 「でもさ、大丈夫なのか?」

 「まあ、その時はその時で。」

 確かに、お父さんとは和解できたし、これから旅館の経営も以前の盛り上がりを見せるだろう。しかし、葵の誤解が解けたのは今さっき。まだ誤解したままの地域住民が葵を傷つけかねない。

 「そっか。じゃあお願いするよ。」

 それでも、言われた時には胸を張って否定すれば良い。私はそんな事してないと、大きな声で堂々としていれば、相手も引き下がるだろう。

 僕らは外行きの格好に着替えて、旅館を後にした。流石に葵の中にも不安が残っているよえだった。

 建物から出て、駐車場の出入り口に何やら人だかりが出来ていた。僕にはそれが何を指しているのか、見当もつかなかった。

 「おーい! 葵と白馬の王子様の登場だぞー!」

 白馬の王子様? 僕のことか?

 「君たちは一体何者?」

 僕らは、謎の集団の前に立った。背格好や洋服などを総合的にみると同い年ぐらいに見える。そんな人達が僕らに何のようだろう。

 「先に言わせてくれ、葵。」

 僕はその男子の声に驚いてしまった。そして、咄嗟に一歩下がった。

 「葵、あの時は本当にごめんなさい!!」

 「えっ、何々? 何これ?」

 葵は突然の謝罪に混乱の表情を隠せないでいた。

 「約半年前、俺らは葵のことを勝手な決めつけで傷付けてしまっただろ。それを皆んなで謝りに来たんだ。」

 いつかに葵が話してくれた。高校の友達について、あの出来事の後から強い疎外感を味わったと。恐らく、ここにいる皆んなは葵の友達で、嘘の情報に踊らされてしまった、一種の被害者達だ。

 到底悪気があったようには思えない。それは、葵の口調からも汲み取れたことだった。葵を傷つけないよつに、上手く嫌悪感を出さずに接していたそうだ。葵には気づかれてしまっていたが、そこからは、皆んなの優しさを感じた。

 「……ありがとう……本当にありがとう。」

 葵の口からそれ以上の言葉は出てこなかった。涙で顔を濡らし、同級生達はその涙を拭いてあげていた。僕はまた一歩距離を取った。

 その美しい画角に僕はいらない。ここにいる全員で作り上げた絆が今、こうして花開いていた。

 「本当に苦しい思いをさせてごめんね……。」

 感極まる同級生達。その輪の中心には葵がいた。中心にいる女子達は葵の親友達だろう。声が出せないほどに嗚咽を発していた。それほどに、あの出来事は葵だけでなく、ここにいる皆んなまでもを苦しめたのだ。

 「……もういいよ。」

 「良くないよ……。私は聞いたよ、葵が自殺しようとしたって……。それを止めてくれたのは、私たちの誰でもなくて、見ず知らずのその男子だったって……。」

 僕はふと、あの頃を回想していた。曇り空の下、冷たい北風が僕の顔を殴るように吹いていた。その中で、フェンスに登る一人の少女。それが雨森葵だった。

 「私たちは、取り返しのつかないことをしたの……。自殺しようが未遂で終わろうが関係ない……。そういう気持ちにさせた時点で友達失格よ……。」

 僕はその女子の発言を傍観する事しか出来なかった。

 「ううん……。もういいよ……。それは全て過去の話だから……。これからまた、楽しい思い出を作っていこう……。」

 葵は一言それを言って口を閉じた。みんなに対して、葵自身を苦しめた事について一切の非難をしなかった。それは葵の人間性の素晴らしさが現れた部分だったのだろう。

 それから僕は皆んなが落ち着くまで、気長に待っていた。みんなの談笑に時々笑いながら、眺めていた。

 「翔太くんだっけ。同じ学年だから敬語は無しでいこう。」

 「うん。分かったよ。」

 「葵の自殺を止めてくれて本当にありがとう。」

 「僕は当然のことをしただけだから。そんなに感謝されることでもないよ。」

 僕はいつかに同じような返答をした覚えがあるが、もうその記憶は無かった。

 「うわっ。カッコ良すぎるでしょ、葵の彼氏。こりゃ女子もイチコロだわ~。」

 「まって、翔太は私の彼氏じゃ……。」

 「いいよそんな照れ隠し。二人の顔見てれば分かるよ。」

 葵の親友はそうやって冗談ぽく言った。

 「私たちの葵をどうか末永くよろしく。」

 「まって、お前誰目線だよ!?」

 後ろから、今度は男子がツッコミに入った。そしてそれが起爆剤となって、大きな笑いが起こった。こんな平和な集団に葵がいたと考えると、僕は羨ましく思った。

 「これから二人はどこ行くの?」

 「私が、ここら辺を案内しようと思ってさ。皆んなも一緒に来てよ。」

 「それはできないよ。二人の時間を邪魔するわけにはいかないしさ。」

 「来てくれよ。みんなで行った方が楽しそうだしさ。」

 「いいの、本当に。私たちも同行して。」

 「いいよ。また、みんなとも話したいし、」

 「僕もみんなと仲良くなりたいしさ。」

 僕は、笑顔でそう言った。

 「嬉しいこと言ってくれるね、葵の彼氏は。」

 「だから違うって……。」

 「はいはい。じゃあ行こっか。」

 その女子を先頭に、僕らは歩き出した。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

『まて』をやめました【完結】

かみい
恋愛
私、クラウディアという名前らしい。 朧気にある記憶は、ニホンジンという意識だけ。でも名前もな~んにも憶えていない。でもここはニホンじゃないよね。記憶がない私に周りは優しく、なくなった記憶なら新しく作ればいい。なんてポジティブな家族。そ~ねそ~よねと過ごしているうちに見たクラウディアが以前に付けていた日記。 時代錯誤な傲慢な婚約者に我慢ばかりを強いられていた生活。え~っ、そんな最低男のどこがよかったの?顔?顔なの? 超絶美形婚約者からの『まて』はもう嫌! 恋心も忘れてしまった私は、新しい人生を歩みます。 貴方以上の美人と出会って、私の今、充実、幸せです。 だから、もう縋って来ないでね。 本編、番外編含め完結しました。ありがとうございます ※小説になろうさんにも、別名で載せています

自業自得じゃないですか?~前世の記憶持ち少女、キレる~

浅海 景
恋愛
前世の記憶があるジーナ。特に目立つこともなく平民として普通の生活を送るものの、本がない生活に不満を抱く。本を買うため前世知識を利用したことから、とある貴族の目に留まり貴族学園に通うことに。 本に釣られて入学したものの王子や侯爵令息に興味を持たれ、婚約者の座を狙う令嬢たちを敵に回す。本以外に興味のないジーナは、平穏な読書タイムを確保するために距離を取るが、とある事件をきっかけに最も大切なものを奪われることになり、キレたジーナは報復することを決めた。 ※2024.8.5 番外編を2話追加しました!

処理中です...