じゃじゃ馬令嬢とむっつり軍人の攻防明治記~お前の言いなりに誰がなるものか!!~

江村 歩々里

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花園2

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息を整えてからしばらく、桜子達は散切り頭の少女と共に昼食をとっていた。

地面にハンケチ―フを敷きその上に腰掛けている姿は、教師や他の生徒が見たら慎みがないと非難される事だろう。


(ツユにでも見られたらすごい剣幕で怒られそうだ)


「まぁ、なぁに桜子さん。何か面白いことでもあったの?」


桜子のそんな表情の変化に気づいた美代子は尋ねる。


「別にたいしたことじゃない。ただ、こうやって地面に座って飯を食うなど女中たちがみたら卒倒しそうだと思っただけだ。」


「ああ、確かにそうね。でも欧米ではこうして地面に風呂敷を敷いてご飯を食べるそうよ。ピクニックといったかしら?私たちだってお花見のときは地面に座るじゃあないの。」


「それもそうだな。それにここには口うるさいお咎め役もいない。」


西洋文化を積極的に取り入れている華族はある程度寛容ではあるが、西洋の文化が浸透していない平民の女中や家人たちは別である。

西洋のマナーは日本の作法とは大きくかけ離れているため、度々女中達から咎を受けることも少なくかった。女学校はそんなお見付役から離れられる唯一の場所と言ってもいい。

顔を見合わせ年頃の少女らしく笑う二人に、唐突に声がかかる。


「さっぎば助けてくれであんがどうです。」


強い薩摩鉛の言葉で謝礼を口にし、深々と頭を下げる少女は津田亜湖つだあこと名乗った。最近女学校に入ったばかりの四年生だそうだ。右も左も分からぬ中、親切に声をかけてくれて令嬢たちについていくと出自を馬鹿にされたというのだがら難儀なことだ。

「まぁ、そうだったの。先ほどは令嬢たちがごめんなさいね?でも、旧華族の中でも貴女たち薩摩の者と仲良くしたいと思っている令嬢もいるのよ。だから、私達のことを嫌いになったりなさらないでね。」

ね?と可愛らしく首をかしげる美代子に亜湖は折れそうな勢いで首を縦に振る。


「オラも初めての東京さでどうしていいがが、分からなかっただぁ。お互い様だでね。」

屈託のない笑みを浮かべる亜湖は確かに成り上がりらしく、令嬢の礼儀は身に備わっていないようである。

だが、話を聞いていくと亜湖の家は男爵と爵位こそ高くはないが、祖父が先の明治維新の功績者で陸軍少将を務めているというではないか。薩摩の出自の中でもエリート中のエリートである。

「じゃぁ、津田さんはお爺様に呼ばれてご家族で東京に出てきなさったのね。遠いところから大変だった出でしょう?」

亜湖の祖父が陸軍少将と聞くや、無邪気な女学生から公家の令嬢への顔へと様変わりする美代子を桜子は見逃さなかった。

かく言う桜子の頭にも打算的な考えが浮かぶ。

(なるほど、軍関係者と繋がりを持ついい機会だな。あいつの情報も何か仕入れられるかもしれん。)

数日前に顔を合わせた、いけ好かない許婚の顔が頭を過る。

「ねぇ津田さん。いいえ、亜湖さん。私達はもうお友達よね。こうしてお喋りもして、ご飯も一緒に食べてるんですもの。だからこそ言うけれど、その薩摩鉛直した方がよろしいわ。貴女もこれから東京で暮らしていくのでしょう?」

美代子の中で亜湖は側に置く価値があると判断したのだろう。

今後の付き合いを考え、令嬢としての最低限の嗜みを彼女に教える事を決めたようだ。

「なんでだ?他人の目さ気にして、言葉治すなんてオラ嫌だ。この喋りでずっときてんだ。今更治せるもんでもねぇ。それども、江戸っ子さはやっぱり薩摩だからって馬鹿にすんろか。」

美代子の言葉に亜湖が強く反応する。

上級生に向かい、それも自身の家の爵位よりも高い身分の者に接する態度にしてはあまりにも非礼である。だが成り上がりの彼女はそれを非礼とは理解していないようだった。

そんな亜湖に怒るわけでもなく美代子は優しく諭すように話しかける。

「ああ、そこからなのね。ねぇ亜湖さん、私たちは何もあなたの出自を馬鹿にしてるんじゃあないわ。そうね、殿方が戦場で戦うように女性には女性の戦うべきところがあるものよ。夜会なんかもそうね。亜湖様のお家も少し前の騒動で爵位をたまわたのでしょう?だったらこれからはたくさん夜会に招かれるわね。お年頃でもありますもの。私や桜子さんみたいに決まった相手がいるのなら話は別だけれども、夜会で見初められることも珍しくないのよ。そんな中で薩摩鉛の言葉で喋ってごらんなさい。一晩で田舎者と貴女だけじゃくお家が笑われることになるわ。」


誰もが見惚れるような愛らしい笑みを浮かべ、厳しい華族社会を話す少女は長年その世界に身を置いてきた者だからこそ響く重みがあった。

また彼女は自分の微笑みが相手にどう見られるかを熟知していた。

そんな美代子の話を黙って聞いていた亜湖は少し不安そうに袴の裾を握り、桜子達に視線を向ける。

「オラのせいでお家が笑いもんにされんのは嫌だぁ。だども、オラ東京の娘ごさ見たいになれる自信がねぇ。」

弱気になる亜湖に今まで黙って話を聞いていた桜子が口を開く。

「努力するしかあるまい。東京に来るのを決めたのはお前だろう?華族の世界に踏み込んだんだ、いつまでも田舎の芋だのと馬鹿にされたくはないだろう。夜会に限らず女の世界で自分を守る刀は言葉だ。何も薩摩の言葉を忘れろと言っているんじゃない。本当の自分は隠しておいて何重にも仮面を被れと言っているんだ。何も知らない無邪気な少女の笑みを浮かべ微笑んでみろ。男どもは自分たちの都合の良いように勝手に捉えてくれる。」

馬鹿にするでもなく、ありのままの事実を伝える。成り上がりと呼ばれる新華族が旧華族に嫌われる理由は何もパッと出だからだけはない。

旧華族の家の者はそれこそ平安から続く由緒正しい家柄の者も多い。古い家や高貴な家の間がらには古くから守ってきた習わしがある。そんなことを知るはずもない新参者は、悪びれるわけでもなくその習わしを無碍にするのだ。それは長年守ってきた家に土足で上がり込まれ好き放題されているのと同じぐらいに旧華族の者にとっては我慢ならないのである。

凛とした佇まいで毅然と話す桜子は、言葉こそは乱暴ではあるがきちんと教養を受けている令嬢であることが伺えた。

「ふふ、ちょっとゾッとするぐらいにシャンじゃない、桜子さんて。ああ、シャンっていうのはね欧米で美しい人のことを言うんですって。普段はこんな男言葉をお使いになっているのに、夜会では立派な淑女になりなさるんですもの。桜子さんがちょっと微笑えむだけで、会場にいた殿方ときたらみ~んな、その微笑みの虜になるんですのよ。まりにも馬鹿馬鹿しくて、私そのとき思ったわ。ああ、世の中って美損得ね、って。」

そんな桜子に見惚れていた亜湖は美代子の声にはっとしたようにボソッと呟いた。

「んだども、おらからみた東京の娘ごさぁ、みな綺麗だ。


それは心からの本心なのであろう。

散切りに切られた髪は女性にしては勇ましくお世辞にも美しいとは言えないからである。

明治に入り断髪が許され、男性に関わらず当時は女性も髪を切る者が多くいたと聞く。だが、今では女性が髪を切ることは禁止されているのだ。

それでも亜湖のように散切り髪にしたいという場合は罰金さえ払えば断髪が許される。

罰金を払ったからと言って、好奇な目で見られることには変わらないし、貴族なら後ろ指をさされるどこではないのだが、最近まで平民だった亜湖にはどうしようもないだろう


「亜湖さんは素直でとっても可愛らしいわ。私、亜湖さんが気に入っちゃったわ。ねぇ、亜湖さん私達と姉妹の和を結びましょうよ。あっ、姉妹の和っていうのはね、上級生と下級生の中で一番仲がいい者同士のことをいうのよ。私の親友は桜子さんだけだけど、妹はまだ誰もいないの。ねぇ、私達の妹になって頂戴な。」

桜子にしてみれば姉妹の和が何なのか知る由もないのだが、美代子の中では決定事項であるらしい。

桜子と同様、困惑している亜湖の指をとり指切りまでしている始末だ。

「だども、おらなんかでいいがけ。」

「貴方だからいいのよ亜湖さん。私達が華族の嗜みを教えて差し上げるわ。それに、私の家は公爵ですの。桜子さんのお家も侯爵。きっと亜湖さんの力になるわ。だから亜湖さんも私達が困っているときは助けてね。きっとよ。」

美代子に押し切られるように頷いた亜湖は戸惑いながらもそれを受け入れた。

それからすぐに野外授業の準備に向け下級生のクラスへと駆けていく亜湖は、覚えたばかりのぎこちない「ご機嫌よう」を言い残しその場から姿を消す。

――――――




「ふふ、ほんとうに愛らしい子だったねぇ。でもあの頭はいただけないね。せっかくの可愛いらしい顏が台無しじゃぁないかい。言葉遣いだけじゃなく、御髪も教えないとだめねぇ。」


亜湖の姿が完全に見えなくなったころ、先ほどとは打って変わって砕けた口調になる美代子に桜子は意地悪な笑みを浮かべる。


「なんだ、もう猫かぶりは終わりか?自慢のご令嬢の顔が剥がれているぞ。」


「無粋なこというんじゃないよ。ここには私とあんたしかいないじゃないか。いつもお嬢様なんてしてたら、息が詰まっちまうよ。あんたはいいわよ。その男言葉で喋ってても孤高の貴公子何て呼ばれてんだからね。家が公家ってだけでこうもお嬢様のイメージを押し付けられちゃたまんないよ。」



可愛らしい顔をしかめっ面に変え、江戸訛りが残る言葉で話すこの姿こそが彼女の素なのである。

女学校でも高嶺の華として一目置かれている美代子だが、教師や他の女学生がこの姿を見たら卒倒しかねないほどの変わりようである。

美代子に会ったばかりの頃は桜子もこの猫かぶりに騙されたものだが、銀座でばったり出くわしたときに幸か不幸かこの本性を知ることになったのは全くの偶然である。

公家のお嬢様と言えば蝶よ花よと育てられるイメージだがそれは悪しからずそうだったようで、そんな生活がつまらないという理由で美代子は、夜な夜な銀座に繰り出し身分を隠し遊んでいたと言うのだから大したものである。

江戸訛りの言葉はその時につるんでいた連中の言葉が染みついたというのだから、あまり褒められた相手ではなさそうであるが。


「そんなことより、あんたの婚約者のことだよ。いつの間にそんな話になってたんだい?詳しく教えておくんなよ。相手にはもう会ったんだろう?どうだった?美男だったかのかい?歳は?お家柄はどうなんだい?」


間を置かず詰め寄る美奈子に少し落ち着けと制する。


「いつのまにも何も、だいぶ前に流れたと思っていた話が二日ほど前にいきなり湧いてでたんだ。私だって驚いているんだぞ!?顔はいけ好かない顔だったな。少なくとも女より花が似合う男など御免だ。歳は知らん。聞いていないからな・・・・・・家柄も知らんな。あぁ、そういえば軍服を着ていたな。階級持ちのようだったぞ。」


先日顔を合わせた婚約者の記憶をたどりながらありのままを伝える。

と言っても、顔合わせの途中で部屋に籠った桜子には許婚と呼ばれる男の情報など何もなく、いけ好かない無礼な男という事しか知らないのだが。



「軍人ってあんた、えばりんぼうの見栄っ張りじゃんないか。とんだ相手を掴まされたもんだねえ。あぁ、でも、侯爵家の一人娘のお相手となればそれなりの階級を約束された男かい。にしてもあんたのおとっさんも粋なことしなさるねえ。よっぽど相手の事が気に入ったんやろうね。なんにしても、醜男じゃなくて良かったじゃないか。」


縁談のせいで女学校に通えなく可能性のある桜子にとっては何も良くないのだが、そんな事を知る由もない美奈子の口からは気の抜けた言葉が返ってくる。


「そういうお前はどうなんだ?許婚とは上手くいっているのか?」


銀座を放浪しているような型破りの公家のお嬢様でも、然るべき相手はきちんとお家から宛がわれているらしく流石にそれから逃れることは出来ないようである。

美代子の場合は家柄が家柄のため、幼初期の頃からきちんとした身元の者を宛てがわれていると聞く。女学校を卒業した後に籍を入れることも決まっていたはずである。


「どうもこうも、相変わらずの真面目くさった堅物だよ。ありゃ、頭中に石でも詰まってんのかね。そのくせ肝心な所で気も弱くてね、うちのおとっさんの言いなりさ。あぁ、あんなのが旦那何て今から先が思いやられるよ。」


桜子同様に許婚に不満がある美代子は盛大な溜息を吐く。

華族の令嬢は当主が宛てがった相手に嫁ぐのが一般的である。

当主の言いつけは絶対で、いくらはねっかえりの桜子と美代子であろうと当主が決めたことを覆せるほどの力など持ちわせてはいないのだ。

ひいてはお家のためにお国のために夫によく使え子を孕むのが彼女たちの役目である。

それを理解しているからと言って一応に認めることも出来ず、かといって役割を投げ出すことも出来ない彼女たちは少しでもそんな世に抗おうと勤勉になるのだが、そんな彼女たちをあざ笑うかのように時は流れていく。


「私達の結婚なって博打みたいなものだからね。お互いに割り切るしかないね。」


そんな美代子の言葉桜子は何も答えない。

その後、他愛もない話で昼休み時間を過ごした桜子と美代子は時間擦れ擦れに教室へと駆け込んだ。

午後の授業も終え帰路に着こうとした桜子を同級生たちが囲み、今一度許婚の存在を至極丁寧に説明する羽目になったのは言うまでもない。

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