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最悪の許婚 1
しおりを挟む女学校を終え、帰宅した桜子は玄関先に見慣れない軍靴を目にし顔を顰めた。
(まさかとは思うが、あの男がきているのか?)
敏正が商いで家を空ける前に、もう一度掛け合うつもりだった桜子は予想外の訪問者の存在が邪魔をするのではないかと気をもむ。
「ああ、お帰りなさいませ桜子様。今日の女学校はいかがでしたか?」
急ぎ足で奥の方から姿を見せたツユがいつもと変わらぬ笑みで桜子を出迎えた。
「今帰った。どうもこうも、許婚の存在が他の令嬢にも知れ渡っていたぞ!?なんだこの噂の出回りの速さは!?私だって昨日会ったばかりだぞ!!」
帰り際に令嬢たちに囲まれた桜子は、興味深々と言わんばかりにあることないことを含め色々な野次に翻弄されることとなった。
しばらくは令嬢たちの話のネタにされることはいうまでもない。
「当たり前じゃありませんか。侯爵家のご令嬢ともあろう方がご婚約なさったんです。そりゃ、噂にもなるでしょうに。」
「ちょっと待て、婚約とはなんだ!?そんなものした覚えはないぞ!?」
ツユの口から出た婚約と言う言葉に桜子は声を荒げる。
「旦那様が許婚として連れてきたんですから、婚約者と同義でしょうに。家のもは皆周知しておりますよ。遅いか早いかの違いじゃありませんか。今日から東条様がこのお屋敷に住まわれるんですよ。ただの許婚にそのような事を許すわけがありませんでしょうに。ああ、東条様が身支度を整えたら客間の書斎の方に来るようにとのお達しですよ。」
桜子は耳を疑った。
(今なんといった?今日からあの男が家に住む?なんの冗談だそれは)
それだけではない。女中や家人達の間では婚約する事が決まっているような口ぶりである。
このままでは許嫁の解消どころではなくなるどころか、直ぐにでも籍を入れられそうな勢いに桜子の顔に焦りが浮かぶ。
確かに家を出る前に、敏夫が留守をあの男に任せると言っていたがまだ先の話だろうと高を括っていたのだ。
昨日の今日で何を考えているのだと桜子の口から出かけたがそれをグッと呑み込む。
ツユの反応を見る限り女中たちはこの縁談に積極的であるように思う。
もしかしたら、敏正から何か聞いているのかもしれない。今ここで言い争っても時間の無駄になる事は容易に想像できた。
「待て、あの男が来ているのは分かった。だがその前に父上はどこだ!?父上に合わせろ!!」
この騒ぎの元凶ともいえる敏正を問い質さなければ桜子は気が済まなかった。
(なぜ、一日家を空けただけで許婚が婚約者に化けるのだ!!私は許婚ですら納得していないのだぞ!?それを婚約者などと、父上は私を馬鹿にしているのか!)
許嫁と認められていないのに婚約者になるなど桜子の中ではありえない事だった。
腹に据えかねた憤りを向けるつもりで、敏正の書斎へと向かう。
「旦那様なら東条様と入れ替わりに商いに向かわれましたよ。何でも予定が早まったとか・・・・・・。東条様には無理を言って予定を前倒しにして来てもらったんですよ。後でちゃんとお嬢様からもお礼を差し伸べて下さいましね。さあさあ、お召替えいたしましょう。」
(なんだと!?)
敏正の書斎に向かおうとしていた桜子の足が止まる。
呆気にとられ、呆然と立ちすくむ桜子の手を引きツユは笑顔で廊下を歩いていく。
ツユに手を引かれ自室に戻った後も、行き場のなくなった憤りだけが桜子の中でいつまでも燻っていた。
――――――
時計の心音が響く中、書斎と呼ばれるには十分すぎるほどの広い間取りの部屋に若い男女が顔を見合わせていた。
前日と変わらぬ、カーキ色の軍服を身に着けている男は桜子の見合い相手の東条明仁である。
明仁は一人掛けの椅子に腰を下ろし、机に両の肘をつき、その腕に顔をのせながら桜子を凝視していた。
そんな視線に耐えかねるかのように桜子は慎ましかに目を伏せている。
その姿はさながら、軍人に睨みつけられか弱く怯えるいたいけな少女である。
若い男女が密室で顔を合わせるなど逢引のような甘い雰囲気が流れてもいいようなものだが、二人の間に流れている空気は重苦しいものであった。
あの後、ツユに手を引かれ自室へと連れて行かれた桜子は部屋着に着替え脱走を試みた。っが、部屋の前で待ち構えていた女中たちに連れられこの部屋に押し込まれてしまったのだ。
部屋に入るや否や、先日顔を見合わせた男が「かけたまえ」と偉そうに命令してきたのはつい先ほどの事である。
その口調にむっとしたが、立っているのも癪なので素直に黒の革製のソファーへと腰を下ろす。
来客用の机と、書斎の机を挟み対自した男は先日と変わらぬ端正な顔立ちをしていた。違うところと言えば、中庭で会った時のような人当たりの良い笑みが浮かんでいないことぐらいだろうか。
(なぜ私がこの男の顔を立て続けに拝めばならんのだ。色男だのなんだのと、ただの女顔ではないか)
自身の指先へ視線を向け、先ほど桜子を遠慮なく部屋に押し込めた女中たちの黄色い声を思い出す。
この部屋に着くまでの間、延々と桜子の許婚の容姿がいかに素晴らしいかを褒めちぎっていたのである。
しばらく沈黙が続く中、感情が読めない顔で桜子を見つめていた明仁の口が不意に開かれる。
「君は婚約をなかったことにしたいそうだな」
思わぬ言葉に興を突かれた桜子は直ぐに返答することが出来なかった。
それを肯定と取らえたのか、少し苛立ちを見せた顔で明仁が続ける。
「一つ言っておこう。この見合いに関しては五年も前に両家で話が済んでいる。今更、君の一存でどうにか出来るものではない。君は知らないかもしれないが、君の父君が携わっている商いは軍から回しているものだ。これがどういう意味か分かるか?」
腰掛けていた椅子に背を預け威圧的に話す明仁に伏せていた目線を上げる。
少し考える素振りを見せた後、愛らしい少女の笑みを貼り付け桜子は口を開いた。
「それは、貴方様とのお話を断れば父の商談が上手くいかなくなるということでしょうか?」
顏には無害そうな少女の仮面を被りながら、口から出る言葉に刺を含む。
「上手くいかなくなるだけならいいがな。」
そんな桜子の言葉に冷ややかな空気を纏った明仁は失笑を浮かべた。
「なにも私は、貴方様との見合いが嫌というわけではありません。ただ早急すぎて戸惑っているのです。五年も前から決まっていると仰られても、私はつい最近耳にしたことですし、お会いしたのは昨日今日ではありませんか。互いの事を知る時間が欲しいんですの。ダメかしら?」
頬に手を当て、愛らしく首をかしげてみせる。
世間知らずの華族の令息だったならば、その愛らしさに頷いていたに違いない。だが、明仁はそこらの為体な令息たちとは理由わけが違う。
軍に身を置きながら上手く立ち回れる器量を持ち合わせている切れ者にその手は通じない。
なんなら、先日の顔合わせの席での激しい憤りを目にしているのだ。
いくら桜子が取り繕うと、今更騙されろという方が無茶である。
「悪いが、少女の夢見物語に付き合っている暇はない。このさいはっきりしておこう。君の意思などさして重要ではない。健康な男児が産める腹があればそれでいい。子を作るのに互いのことを知る必必要はない。・・・・・・ああ、それとも身体の相性の事をいっているのか。」
なんの恥じらいもなく言ってのける明人に桜子は目を見開く。
「誰がそんな事を言った!!私はもう少し先延ばしにしたいと言ったんだ!私とて、お前の事など露ほどの興味もない!!勘違いするな!」
思わずソファから立ち上がり顔を赤らめながら桜子は叫ぶ。
その瞳には明仁への軽蔑の色が浮かんでいた。
跳ね返り令嬢と言っても桜子は腐っても侯爵令嬢である。華族の令嬢の中ではスレているように見えているだけで世間から見た彼女は立派な箱入り娘だった。
下賤な話など彼女の耳に入るはずもなく、男女の駆け引きなどしたことがないのだ。
その為、今のように少しでもその手の話をされるとどうすればいいのか分からなくなる。
結果、強がって声を荒げる事しか出来ないのだ。
「君にはまず、その男言葉を直してもらおう。妻がそのような品のない者だと知られては困る。」
桜子の癇癪に表情を変えることなく明仁は言い放つ。
「なんだと!?なぜ、私がお前に指図されなければいけないんだ!!それに私はお前の妻になった覚えはない!!」
「君は目上に対する者の礼儀がなっていないな?ましてや自身の主君になる者に向かいお前呼ばわりは感心しない。」
冷静な明仁の態度が余計に腹正しく感じ、桜子は更に捲し立てる。
「私とて、敬意を払う相手にはきちんと礼儀を尽くす!!お前はそれに値しないと判断したまでのことだ!!」
憤る桜子を見つめていた明仁が腰掛けていた椅子から静かに立ち上がる。
「従順な人形には興味はないが生意気すぎるのも困りものだな。そんなつもりはなったが・・・・・・少し、躾けた方が良さそうだ。」
言うや否や、軍服の上着を脱ぎ、更に下に着こんでいたシャツをはだけさす明仁に桜子は困惑する。
(躾だと?犬猫じゃあるまいし、この男はどこまで私をコケにすれば気が済むのだ!!)
距離を詰める明仁に睨みをきかせていた桜子だったが、その顔が不敵に微笑まれた瞬間に本能的に踵を返した。
逃げ出そうと扉に向かう桜子だったが、いとも簡単に捕まってしまう。
後ろから抱きしめられるような形になり桜子の背中に冷や汗が浮かんだ。
「・・・・・・・手を放せ。」
「放せば君は逃げるだろう。それでは困る」
直ぐ側で聞こえた明仁の声に落ち着きを無くした桜子は少しでも距離をとろうと身をよじる。
だが、明人の腕は強く硬くビクともしない。
チュッ・・・・・・
「!!!!!!!!・・・・・・なっ!!」
無駄な抵抗を続けていた桜子の首筋にふいに、柔らかいものが触れる。
驚きのあまり顔を後ろに向けた。
「・・・・・・躾だと言っただろ。」
振り向くとそこには、ほんの少し身動きしただけで唇が触れ合うのではないかという距離に明仁がいた。
明仁の瞳に浮かぶ激情に桜子の胸が高鳴る。
「・・・・・・!!」
驚きのあまり身を引こうとするが、明仁に両手を掴まれソファへと引きずられる。
「おい、何をする!手を放せ!!」
流れるままにソファへと押し倒された桜子に焦りの表情が浮かんだ。
「・・・・・・私は無駄なことが嫌いだ。一度言われたら覚えろ。その男言葉を直せと、私は言ったはずだが?」
先ほどまで激情を浮かべていた明仁の瞳が冷徹な色に変わる。
「分かっ・・・・・・分かったから!!。・・・・・・頼むから・・・・・・っつ・・・・・・お願いですからそこを退のいてください」
ソファに押し倒され、馬乗りにされている状況では桜子にはどうする事も出来ない。
今はただ、早くこの場をやり過ごしたい一心で明仁の命に従う。
その様子を伺い、桜子の腕を放し体を引く明仁にホッとしたのも束の間、体が反転する。
ソファに背を預けた明仁の足に挟まれるように後ろから抱きかかえられた桜子は息を呑み、体を硬直させる。
そんな桜子の緊張を感じ取った明人は再び首筋へと唇を宛がった。
「っ、!・・・・・・。」
抵抗しようと無我夢中で振り上げた腕は弧を描き、難なく明仁に束ねられてしまう。
明仁は自身のサーベルを外すとそれを桜子の腕へと巻き付ける。
「あまり暴れるな。傷をつけるようなことはしない。」
首筋にかかる吐息が桜子を総毛だたせる。
言葉を発したいのに、あまりの出来事に桜子は理解が追い付かない。
そうこうしている間に桜子の着物の身八つ口から差し入れられた明仁の手が乳房に触れた。
「辞めろ!!触るな・・・・・・っつ」
思わず反射的に桜子が叫ぶ。
成長するにつれ膨らみを増しているソコは知識のない桜子にとってもどこか卑猥で恥ずかしいものだった。
そのため普段から意識をしないように、自身が身体を洗う時でさえ必要最低限にしか触らないように注意を払っていた秘箇所だった。
それなのに、明仁は大きさや弾力を確かめるかのようにまだ控えめな両の乳房を揉みし抱き、やわやわと捏ね回す。
「あぁ、思ったよりも育っているな。これなら少しは楽しめそうだ」
そんな明仁の言葉にカッと桜子の頬が赤く染まる。
昨日出会ったばかりの男に、自分の身体を好き勝手に蹂躙されていることが桜子には耐え難かった。
桜子の瞳が悔しさと屈辱で潤む。
「ああ、安心しろ、まだ手は出さん。今日は別のことを覚えてもらおう」
不敵な笑みを浮かべ、桜子の眼尻に浮かぶ涙を吸い上げる明仁は更なる行為をするために体制を変える。
桜子の着物の擦れる音が静かに書斎に響き渡った。
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