婚約破棄?むしろご褒美ですわね

冬木あやめ

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21話

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月が満ち、やがて欠ける夜。

王都上空には厚い雲がかからず、天文台が「完全なる月蝕」と告げる特別な夜だった。

この夜、二つの“儀式”が開かれる。

ひとつは、神殿による——**聖女任命の儀**。  
もうひとつは、レティシア=ヴェルディーユが主催する——**民意の集会**。

それはもはや、政治と信仰の“公開の戦”だった。

*

神殿・星影の回廊。

セシル=リーヴェルトは白銀の装束を纏い、祭壇の前に静かに立っていた。

「貴女がここに立つこと、それこそが“奇跡”です」

祭主の言葉に、セシルはほんのわずかに首を振る。

「違います。私はただの人間です。ただ、人のために祈りを続けてきただけ」

「だからこそ、貴女は選ばれるのです」

聖水が注がれ、香が焚かれ、儀式は始まった。

神官たちが古の言葉を唱え、星の位置と月の沈みを測る。  
そのすべてが、神の意志として記され、セシルを“聖女”として奉じる儀式の一環だった。

*

一方その頃——

王都中央広場では、レティシアが用意した“集会”が開かれていた。

特設された舞台。灯のともる広場。王宮からの正式な許可と、民間からの寄付により準備されたその場には、千を超える人々が集まっていた。

「今日、神殿では“選ばれし者”が任命されようとしています。  
けれど私は、ここで“選び取る者”たちに話をしたい」

月蝕を背景に、レティシアは壇上に立つ。

「神の名は尊いものです。けれどそれを盾にして“語る力”を封じるのは、違う」

「私は言葉を信じています。“理”という名の火、“意志”という名の風。  
神ではなく、“あなたたち自身”が未来を作ると信じている」

声は届いていた。  
誰に命じられたでもなく、誰かに押し付けられたのでもなく——  
“自分の足で集まった者たち”の心に。

「祈りを否定しません。けれど、それだけでは守れないものがある。  
だから私は、祈りではなく“選択”を語る。誰かに委ねるのではなく、自ら選ぶという自由を」

言葉の力が、夜の空気を震わせた。

そのとき、月が完全に隠れた。

*

神殿の祭壇では、セシルの手に“聖光の指輪”がはめられようとしていた。

けれど——その指先が、微かに震えていた。

(この儀式は……確かに必要なもの。けれど、レティシア様の言葉が、今も胸に残っている)

(本当に“祈り”だけで、私はこの国を導けるの……?)

*

その夜の終わり。神殿は“新たな聖女の任命”を静かに報じた。

だが同時に、王都のあらゆる紙面と噂はこう伝えていた。

──「ヴェルディーユ令嬢、月蝕の夜に“民意”を語る」  
──「祈りではなく、選択の時代が来るのか」  
──「神に対して“理”が語られた夜」

そして、翌朝。

セシルは鏡の前で、自分にそっと問いかけていた。

「私は……この“聖女”という役割に、何を望んでいるの?」

その問いの答えは、まだ彼女の中で揺れていた。

*

レティシアはその報せを受けながら、ただ静かに微笑んだ。

「良い夜だったわ。神が選んでも、人は“選び返す”ことができる。そう示せたのだから」

その手には、誰にも見せない次の原稿があった。

──それは、“法の再定義”に関する提案書。

次に彼女が挑むのは、神でも王でもない——  
**“国の枠組みそのもの”**だった。
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