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一章
彼は草食動物です
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いくら思い悩もうとも、朝は誰にだって平等にやってくる。
結局シリルは眠ることができずに朝を迎えてしまった。
朝日がとても目に染みるが致し方ない。
目の下を黒くしつつも、学園へと向かう。
しかしその足取りはとても重かった。
「……会いたくない」
クリフに会いたくない。
どんな顔をしたらいいのかわからないのだ。
昨日はあのまま泣き叫んで帰ってきてしまった。
大変気まずい。
「誰に会いたくないんだ? まさか、俺じゃないよな?」
「びっ――くりしたぁ……! レオン、いたのか」
「おはよー」
なんとか自分の教室の前までたどり着いたシリルの隣に、突然レオンがやってきたのだ。
彼は軽く手を上げると、そのままシリルとともに教室に入ろうと扉に手をかけた。
「シリル知らないだろうから伝えとくけど、昨日のヤバかったからな?」
「昨日の? 一体なんの話――」
教室の扉を開けたその時だ。
賑やかだった室内は一瞬で静まり返り、女生徒たちの鋭い視線がシリルへと向けられた。
のちにレオンは彼女たちのことを肉食動物のようだったと語っている。
「昨日王太子殿下と揃って出て行っただろう? あれに女生徒たちがすごい反応してたから、気をつけたほうがいいぞ?」
「…………もう少し早く伝えることできなかったのか?」
ドン引きしているシリルに向かって、女生徒たちが殺到してくる。
あまりの恐ろしさに五歩は下がったほどだ。
しかし彼女たちにはシリルが怯えていようと関係ないらしく、あっという間に囲まれると四方八方から声きけられた。
「王太子殿下と知り合いなの!?」
「王太子殿下を紹介してくれない!?」
「王太子殿下と昨日なんの話したの!?」
「王太子殿下の好みって知ってる!?」
どいつもこいつも口を開けば王太子、王太子って、それしか言えないのかと、シリルは口端をひくつかせた。
クリフが関係してなければ、俺にもモテ期が……なんて喜べたのかもしれない。
しかし相手は今、ただの肉食動物だ。
下手なことをすれば盛大に反感を買うだろうし、なによりシンプルに恐ろしい。
どうしようかとあわあわしていると、そんなシリルに業を煮やしたのか、女生徒の目つきが変わってくる。
「ちょっと! 質問に答えなさいよ!」
「そうよ! 王太子殿下と知り合いなのかって聞いてんのよ!」
「ちんたらしてんじゃないわよ!」
「お、おれ…………っ」
怖すぎる。
元よりあまり異性と話したことがないシリルだ。
若干涙目になっていると、さすがにまずいと思ったのか、レオンが止めようとしてくれた。
「おい、お前たち一旦――」
「待った」
しかしレオンの言葉を遮るように声が聞こえたかと思えば、シリルの肩が何者かに掴まれた。
そのまま引っ張られると、反対側の肩が固いものにぶつかる。
その瞬間香った甘い香りに、シリルの脳内に昨日の出来事が再生された。
深く交わしたあの口付けを思い出して、一瞬で顔が赤く染まる。
見なくてもわかる。
誰がきたのかが。
「質問なら僕が受けよう。……落ち着いて」
「お、王太子殿下……!」
先ほどまでの獰猛さはどこへやら。
穏やかな淑女となった女生徒たちの変貌ぶりに、シリルはまたしても口角を震わせた。
一体なんなのだとため息をつきつつも、ちらりと横を見る。
するとやはりいたクリフが、同じようにシリルへと視線を向けていた。
「おはよう」
「…………お、はょぅ……」
記憶と香りは強く結びついているというが、この匂いを嗅ぐだけで顔に熱が集まるのはやめて欲しい。
気づけばシリルは、自らの手で口元を押さえていた。
「………………」
「……………………」
なんだこの時間。
「お、俺もう教室入るから――!」
顔を赤くしながら唇を気にするシリルと、そんなシリルの肩を抱きながら見つめるクリフ。
そしてそれを眺めるクラスメイトたち。
意味がわからないと、シリルはクリフの腕を振り払うと、女生徒たちをかき分け自分の机へと向かう。
そして真っ赤な顔を見られたくないと、机に突っ伏した。
(馬鹿か俺は! なに反応してんだ!)
なかったことにしてしまえばよかったのに。
昨日の意味のわからない時間を、シリルの中ではあり得ないことですませてしまえば楽だったはずだ。
それなのにクリフの香りを嗅いだ瞬間、昨日の出来事が鮮明に思い出されてしまったのだ。
唇に触れた柔らかさ、ぬくもり。
口の中を弄ばれる感覚。
「やめろ馬鹿! 思い出すな俺!」
頭を抱えて小さく叫ぶ。
何度も何度も頭を振れば、いつの間にか前の席にきていたレオンがドン引きしていた。
「お前何やってんだ……?」
「レオン! 俺を殴ってくれ!」
「はぁ!? やるか馬鹿!」
「記憶を失いたいんだよ!」
「頭大丈夫か?」
説明はできない。
できないけれど今すぐ殴って欲しい。
そう懇願したがレオンは紳士だ。
結局殴ってはくれなかった。
「……記憶をなくす薬とか持ってないか?」
「アホ」
「………………くそっ!」
ゴンッ!
と音を立てて机に向かって額を落とした。
なかなかの衝撃だったが、残念ながら記憶がなくなることはない。
「……ちくしょう」
どんな顔してクリフと話せばいいのかわからない。
もういっそ話したくないのだが、そうもいかないよなとシリルは唇を噛み締める。
謝罪はしたい。
罪を償いたい。
けれどそのためには、彼の気まぐれに付き合わなくてはならない。
「……過去の俺をぶん殴りたい」
調子に乗っていたあの時さえなければ。
そんなふうに過去の懺悔をしていたシリルは知らない。
入り口で女生徒に囲まれているクリフと、シリルの頭を撫でるレオン。
その二人が、射殺さんばかりに互いを睨みつけていることを――。
結局シリルは眠ることができずに朝を迎えてしまった。
朝日がとても目に染みるが致し方ない。
目の下を黒くしつつも、学園へと向かう。
しかしその足取りはとても重かった。
「……会いたくない」
クリフに会いたくない。
どんな顔をしたらいいのかわからないのだ。
昨日はあのまま泣き叫んで帰ってきてしまった。
大変気まずい。
「誰に会いたくないんだ? まさか、俺じゃないよな?」
「びっ――くりしたぁ……! レオン、いたのか」
「おはよー」
なんとか自分の教室の前までたどり着いたシリルの隣に、突然レオンがやってきたのだ。
彼は軽く手を上げると、そのままシリルとともに教室に入ろうと扉に手をかけた。
「シリル知らないだろうから伝えとくけど、昨日のヤバかったからな?」
「昨日の? 一体なんの話――」
教室の扉を開けたその時だ。
賑やかだった室内は一瞬で静まり返り、女生徒たちの鋭い視線がシリルへと向けられた。
のちにレオンは彼女たちのことを肉食動物のようだったと語っている。
「昨日王太子殿下と揃って出て行っただろう? あれに女生徒たちがすごい反応してたから、気をつけたほうがいいぞ?」
「…………もう少し早く伝えることできなかったのか?」
ドン引きしているシリルに向かって、女生徒たちが殺到してくる。
あまりの恐ろしさに五歩は下がったほどだ。
しかし彼女たちにはシリルが怯えていようと関係ないらしく、あっという間に囲まれると四方八方から声きけられた。
「王太子殿下と知り合いなの!?」
「王太子殿下を紹介してくれない!?」
「王太子殿下と昨日なんの話したの!?」
「王太子殿下の好みって知ってる!?」
どいつもこいつも口を開けば王太子、王太子って、それしか言えないのかと、シリルは口端をひくつかせた。
クリフが関係してなければ、俺にもモテ期が……なんて喜べたのかもしれない。
しかし相手は今、ただの肉食動物だ。
下手なことをすれば盛大に反感を買うだろうし、なによりシンプルに恐ろしい。
どうしようかとあわあわしていると、そんなシリルに業を煮やしたのか、女生徒の目つきが変わってくる。
「ちょっと! 質問に答えなさいよ!」
「そうよ! 王太子殿下と知り合いなのかって聞いてんのよ!」
「ちんたらしてんじゃないわよ!」
「お、おれ…………っ」
怖すぎる。
元よりあまり異性と話したことがないシリルだ。
若干涙目になっていると、さすがにまずいと思ったのか、レオンが止めようとしてくれた。
「おい、お前たち一旦――」
「待った」
しかしレオンの言葉を遮るように声が聞こえたかと思えば、シリルの肩が何者かに掴まれた。
そのまま引っ張られると、反対側の肩が固いものにぶつかる。
その瞬間香った甘い香りに、シリルの脳内に昨日の出来事が再生された。
深く交わしたあの口付けを思い出して、一瞬で顔が赤く染まる。
見なくてもわかる。
誰がきたのかが。
「質問なら僕が受けよう。……落ち着いて」
「お、王太子殿下……!」
先ほどまでの獰猛さはどこへやら。
穏やかな淑女となった女生徒たちの変貌ぶりに、シリルはまたしても口角を震わせた。
一体なんなのだとため息をつきつつも、ちらりと横を見る。
するとやはりいたクリフが、同じようにシリルへと視線を向けていた。
「おはよう」
「…………お、はょぅ……」
記憶と香りは強く結びついているというが、この匂いを嗅ぐだけで顔に熱が集まるのはやめて欲しい。
気づけばシリルは、自らの手で口元を押さえていた。
「………………」
「……………………」
なんだこの時間。
「お、俺もう教室入るから――!」
顔を赤くしながら唇を気にするシリルと、そんなシリルの肩を抱きながら見つめるクリフ。
そしてそれを眺めるクラスメイトたち。
意味がわからないと、シリルはクリフの腕を振り払うと、女生徒たちをかき分け自分の机へと向かう。
そして真っ赤な顔を見られたくないと、机に突っ伏した。
(馬鹿か俺は! なに反応してんだ!)
なかったことにしてしまえばよかったのに。
昨日の意味のわからない時間を、シリルの中ではあり得ないことですませてしまえば楽だったはずだ。
それなのにクリフの香りを嗅いだ瞬間、昨日の出来事が鮮明に思い出されてしまったのだ。
唇に触れた柔らかさ、ぬくもり。
口の中を弄ばれる感覚。
「やめろ馬鹿! 思い出すな俺!」
頭を抱えて小さく叫ぶ。
何度も何度も頭を振れば、いつの間にか前の席にきていたレオンがドン引きしていた。
「お前何やってんだ……?」
「レオン! 俺を殴ってくれ!」
「はぁ!? やるか馬鹿!」
「記憶を失いたいんだよ!」
「頭大丈夫か?」
説明はできない。
できないけれど今すぐ殴って欲しい。
そう懇願したがレオンは紳士だ。
結局殴ってはくれなかった。
「……記憶をなくす薬とか持ってないか?」
「アホ」
「………………くそっ!」
ゴンッ!
と音を立てて机に向かって額を落とした。
なかなかの衝撃だったが、残念ながら記憶がなくなることはない。
「……ちくしょう」
どんな顔してクリフと話せばいいのかわからない。
もういっそ話したくないのだが、そうもいかないよなとシリルは唇を噛み締める。
謝罪はしたい。
罪を償いたい。
けれどそのためには、彼の気まぐれに付き合わなくてはならない。
「……過去の俺をぶん殴りたい」
調子に乗っていたあの時さえなければ。
そんなふうに過去の懺悔をしていたシリルは知らない。
入り口で女生徒に囲まれているクリフと、シリルの頭を撫でるレオン。
その二人が、射殺さんばかりに互いを睨みつけていることを――。
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