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第六話 最初の思い出

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 思い出話に花を咲かせた私は、ラルフと交代しながら目的地に向かって小舟を進めていると、いつの間にかお日様は沈み、お月様とお星様が空の主役となっていた。

 それと同時に……とある問題に直面した。

「へっくしゅん! はくしゅん! うぅ……さ、寒い……」

 夜になったことで、昼間よりも一気に寒くなっていた。

 湖の上ってこんなに寒くなるんだね……これが陸だったら、焚火でもして暖を取れるけど、こんな小舟の上で火なんて付けたら、火が燃え移って沈没してしまうだろう。

 だからって、このままこうしていたら風邪を引いちゃうだろうし……。

「シエル様、毛布を持ってきているので、使ってください」
「食べ物だけじゃなくて、そんな用意もしていたの!?」
「むしろ、防寒具も無しで野宿をするつもりだったのですか?」
「……えへっ」
「笑って誤魔化さないでくださいませ」

 やや呆れながらも、ラルフは荷物の中から毛布を取り出し、私の肩にかけてくれた。

 たかが毛布一枚と思うかもしれないけど、ラルフが用意してくれた毛布はとてもモコモコしていて暖かかった。

「ねえ、ラルフの分は?」
「用意しておりません。シエル様が寒さを凌げればいいので」
「えぇ!? ならこの毛布はあなたが使って!」
「それでは用意した意味がありません。先程から小舟を漕いで体が火照っておりますから、大丈夫です」

 私の提案も虚しく、ラルフはお構いなしに再び漕ぎ始める。

 ラルフって、基本的には優しくて話を聞いてくれる人だけど、たまに頑固な一面を見せる。今がまさにそれかも……いくら言っても、この毛布は使ってくれなさそうだ。

 どうすれば……あっ、そうだ!

「なら、あなたの魔法で出せばいいじゃない!」
「私の魔法、ですか」
「大丈夫! 私が強く思っていれば、きっと上手くいくよ!」
「かしこまりました。シエル様の優しさに甘えさせていただきます」

 ラルフが右手で握り拳を作ると、その手を包むように、白い光が生まれた。そしてその光は手から離れていき、私達の前でとある物体に形を変えた。

 その物体とは……とても大きな毛布だった。

「大成功だよ! まさに私が欲しかったものだよ!」
「上手くいって何よりです。それにしても、随分と大きな毛布をお望みになられたのですね……」

 ラルフが驚くのも無理はない。なぜなら、私達の前に出てきた毛布は、今使っているのと比べて、三倍くらいの大きさがあるからだ。

 ……ラルフが使える魔法。その正体は、私が強く望んだ物を出す魔法だ。私が望めば、今みたいな毛布を作れるし、食べ物を出したりできる。

 それだけ聞けば、最高の魔法のように聞こえるけど――欠点はある。

 私が心の底から望んだものしか出せないし、回数制限の他にも、しばらくしたら出したものは消えてしまう。だから、食べ物とか出してもお腹の中で消えてしまうから、意味がない。

 それと、お金を作ったり、現実に存在しないものは作れない。例えば、時間を止める道具だったり、空間を自由に移動できる道具みたいな、現実に無いものは作れない。

「では、この大きな毛布はシエル様がお使いください。私は小さい方を使いますので」
「うん、絶対そう言うと思ったよ! だから大きな毛布が欲しいって思ったんだよ!」

 私はラルフに背中に毛布をかけてから、ラルフのすぐ前に座ると、毛布の裾を持って自分の前に持ってきた。

 こうすれば、二人で一つの毛布に包まれるし、くっついて暖かいという寸法だよ!

「なるほど、さすがシエル様ですね。これなら効率よく暖を取れます」
「えへへ、そうでしょ!」
「ですが、これでは漕ぐことが叶いませんね」
「…………………………あっ」

 冷静に指摘された私は、数秒程考えてから、とても間抜けな声を出してしまった。

 そうだよ! これだと両手が毛布の中に入っちゃってるから、オールを動かすことが出来ない! これくらいちょっと考えればわかることなのに……私ってば、どれだけバカなの!? こんなんだから、家で散々バカにされるんだよ!

「ご、ごめん! 私、そこまで頭が回らなくて!」
「いえ、私のことを考えてくれた結果なのでしょう? そのお気持ち、とても嬉しく思います」
「で、でも……」
「では暖を取りながら、夕食といたしましょう。それならこの状態でも問題ございません」
「ラルフ……ありがとう」
「いえいえ。そこの荷物の中に、小分けされた袋が入っているので、出していただけますか?」

 私は言われた通りに、荷物の中から袋を取り出して中身を確認すると、中には燻製されたお肉が入っていた。

 私はお肉が大好物だ。いつもは鳥やシカのお肉をよく食べているけど、お肉なら何でもおいしくいただける。前に十人前くらい食べて、ラルフに食べ過ぎだと怒られたくらいには大好物!

「お肉! やったー! さすがラルフ、私の好みをわかってる!」
「主の好みを把握するのも、執事の務めですから。燻製の他にも、果物や飲み水も用意してあります。ですが、あまり食べすぎませんように。この船旅がいつまで続くかわからない以上、食べ物はなるべく節約しなければいけません」
「うっ……わ、わかってるよ?」

 あ、危なかった……ラルフに釘を刺されていなかったら、はしゃぎすぎてたくさん食べちゃうところだったよ。

 ……これは内緒の話だけど、荷物の中にあったお肉くらいの量なら、多分一回で食べちゃうと思う……あっ、もちろん我慢するよ? あくまで食べられるってだけだから!

「それじゃあさっそくいただこう……って、私は大丈夫だけど、ラルフは毛布から手を出せる?」
「……なんとかなるでしょう」
「それ、何とかならないやつだよね? うーん……それじゃあこうしよう!」

 私はお肉を食べやすい形に切ると、ラルフの口の前に持っていった。

「はい、あーん!」
「シエル様、そこまでしていただく必要は……それに、主のあなたより先にいただくなんて出来ません」
「いいの! 私のためについて来てくれて、しかもずっと漕いでくれたんだから、これくらいはさせて!」
「……わかりました。では、失礼して」
「はい、召し上がれっ」

 私が用意したわけじゃないんだから、偉そうに召し上がれなんて言える立場じゃないんだけど、自然と口から出てしまった。

「どう、おいしい?」
「はい、とても」
「よかった。それじゃあ私もいただこっと!」

 私は自分の分のお肉を口に運ぶ。すると、お肉の旨味と燻製の独特な香りが、口いっぱいに広がった。それが本当においしくて、手に持っていたお肉を一瞬で平らげてしまった。

「気に入っていただけたようで、何よりです」
「ええ、とっても! それで、相談なんだけど……」
「もう一つと仰りたいのでしょう?」
「わ、わかっちゃった?」
「仕方ありませんね。多めに持ってきておりますので、どうぞ」
「えへへ、やったー!」

 ラルフのお言葉に甘えて、もう一つお肉を頬張った。二回食べてもそのおいしさに感動してしまい、思わず顔を空に向けた。

 すると……様々な色に輝くお星様と、それを見守るように傍に寄り添う、お月様の姿があった。

「綺麗……こんな状況になったのは想定外だったけど、二人きりでこの景色を見られたのは、とても良い経験だよ」
「ええ、そうですね。私もあなたと見られて、とても嬉しく思います」
「えへへ、ラルフも私と同じ気持ちで良かった! またいつか、一緒に見ようね!」
「はい、必ず」

 ラルフと約束を交わしてから、私達は今日の分の食事を全て平らげた。

 ラルフと同じ気持ちで嬉しいけど、喜んでばかりもいられない。この思い出を後で良い経験だったねと言えるように、頑張ってラルフの故郷に行かないとね!

「さて、食事も済んだことですし、明日に備えて今日は休みましょうか」
「そうだねって言いたいけど……小舟の様子を見てないで大丈夫かな? 起きたら転覆してて、お魚のご飯になってたら笑えないよ?」
「では交代で様子を見つつ、余裕があれば進みましょう」

 それなら万が一の事故が起きた時も、対処できそうだね。そうと決まれば、どちらが先に寝るかを決めないと。

「それじゃあ、私が起きてるからラルフは寝てていいよ」
「いえ、私は少々やらなければいけないことがあるので、先にお休みになってください」
「こんな所でなにかあるの?」
「昔から日記を書いているので、それを書きたいんです」
「きょ、今日くらいは休んでもいいんじゃない? 暗くて書きにくいよね?」

 今ある光源は、ラルフが用意してくれた小さなランプと、星空だけだ。これで文字を書くのはちょっと……いや、凄く難しそうだ。

「何とかなりますよ。日記を見られるのは恥ずかしいので、先にお休みになってもらえると嬉しいです」
「うーん、そういうことなら……書き終わったら、ちゃんと起こしてよ?」
「もちろんです。さあ、横になってください」

 私はラルフに促されて、硬い小舟の上で丸くなった。寝心地はお世辞にも良いとは言えないけど、元々は野宿するつもりだったんだから、これくらいへっちゃらだ。

「おやすみなさい、シエル様。良い夢を」
「うん。おやすみなさい、ラルフ」

 ゆっくりと目を閉じると、すぐに睡魔が訪れてきた。自分が思っている以上に、疲れていたのかも……?

 そんなことを思っていると、なにかが私の頭を優しく撫でた。それがとても気持ちよくて、安心できて……そのまま私は眠りについた。
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