婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき

文字の大きさ
6 / 44

第六話 最初の思い出

しおりを挟む
 思い出話に花を咲かせた私は、ラルフと交代しながら目的地に向かって小舟を進めていると、いつの間にかお日様は沈み、お月様とお星様が空の主役となっていた。

 それと同時に……とある問題に直面した。

「へっくしゅん! はくしゅん! うぅ……さ、寒い……」

 夜になったことで、昼間よりも一気に寒くなっていた。

 湖の上ってこんなに寒くなるんだね……これが陸だったら、焚火でもして暖を取れるけど、こんな小舟の上で火なんて付けたら、火が燃え移って沈没してしまうだろう。

 だからって、このままこうしていたら風邪を引いちゃうだろうし……。

「シエル様、毛布を持ってきているので、使ってください」
「食べ物だけじゃなくて、そんな用意もしていたの!?」
「むしろ、防寒具も無しで野宿をするつもりだったのですか?」
「……えへっ」
「笑って誤魔化さないでくださいませ」

 やや呆れながらも、ラルフは荷物の中から毛布を取り出し、私の肩にかけてくれた。

 たかが毛布一枚と思うかもしれないけど、ラルフが用意してくれた毛布はとてもモコモコしていて暖かかった。

「ねえ、ラルフの分は?」
「用意しておりません。シエル様が寒さを凌げればいいので」
「えぇ!? ならこの毛布はあなたが使って!」
「それでは用意した意味がありません。先程から小舟を漕いで体が火照っておりますから、大丈夫です」

 私の提案も虚しく、ラルフはお構いなしに再び漕ぎ始める。

 ラルフって、基本的には優しくて話を聞いてくれる人だけど、たまに頑固な一面を見せる。今がまさにそれかも……いくら言っても、この毛布は使ってくれなさそうだ。

 どうすれば……あっ、そうだ!

「なら、あなたの魔法で出せばいいじゃない!」
「私の魔法、ですか」
「大丈夫! 私が強く思っていれば、きっと上手くいくよ!」
「かしこまりました。シエル様の優しさに甘えさせていただきます」

 ラルフが右手で握り拳を作ると、その手を包むように、白い光が生まれた。そしてその光は手から離れていき、私達の前でとある物体に形を変えた。

 その物体とは……とても大きな毛布だった。

「大成功だよ! まさに私が欲しかったものだよ!」
「上手くいって何よりです。それにしても、随分と大きな毛布をお望みになられたのですね……」

 ラルフが驚くのも無理はない。なぜなら、私達の前に出てきた毛布は、今使っているのと比べて、三倍くらいの大きさがあるからだ。

 ……ラルフが使える魔法。その正体は、私が強く望んだ物を出す魔法だ。私が望めば、今みたいな毛布を作れるし、食べ物を出したりできる。

 それだけ聞けば、最高の魔法のように聞こえるけど――欠点はある。

 私が心の底から望んだものしか出せないし、回数制限の他にも、しばらくしたら出したものは消えてしまう。だから、食べ物とか出してもお腹の中で消えてしまうから、意味がない。

 それと、お金を作ったり、現実に存在しないものは作れない。例えば、時間を止める道具だったり、空間を自由に移動できる道具みたいな、現実に無いものは作れない。

「では、この大きな毛布はシエル様がお使いください。私は小さい方を使いますので」
「うん、絶対そう言うと思ったよ! だから大きな毛布が欲しいって思ったんだよ!」

 私はラルフに背中に毛布をかけてから、ラルフのすぐ前に座ると、毛布の裾を持って自分の前に持ってきた。

 こうすれば、二人で一つの毛布に包まれるし、くっついて暖かいという寸法だよ!

「なるほど、さすがシエル様ですね。これなら効率よく暖を取れます」
「えへへ、そうでしょ!」
「ですが、これでは漕ぐことが叶いませんね」
「…………………………あっ」

 冷静に指摘された私は、数秒程考えてから、とても間抜けな声を出してしまった。

 そうだよ! これだと両手が毛布の中に入っちゃってるから、オールを動かすことが出来ない! これくらいちょっと考えればわかることなのに……私ってば、どれだけバカなの!? こんなんだから、家で散々バカにされるんだよ!

「ご、ごめん! 私、そこまで頭が回らなくて!」
「いえ、私のことを考えてくれた結果なのでしょう? そのお気持ち、とても嬉しく思います」
「で、でも……」
「では暖を取りながら、夕食といたしましょう。それならこの状態でも問題ございません」
「ラルフ……ありがとう」
「いえいえ。そこの荷物の中に、小分けされた袋が入っているので、出していただけますか?」

 私は言われた通りに、荷物の中から袋を取り出して中身を確認すると、中には燻製されたお肉が入っていた。

 私はお肉が大好物だ。いつもは鳥やシカのお肉をよく食べているけど、お肉なら何でもおいしくいただける。前に十人前くらい食べて、ラルフに食べ過ぎだと怒られたくらいには大好物!

「お肉! やったー! さすがラルフ、私の好みをわかってる!」
「主の好みを把握するのも、執事の務めですから。燻製の他にも、果物や飲み水も用意してあります。ですが、あまり食べすぎませんように。この船旅がいつまで続くかわからない以上、食べ物はなるべく節約しなければいけません」
「うっ……わ、わかってるよ?」

 あ、危なかった……ラルフに釘を刺されていなかったら、はしゃぎすぎてたくさん食べちゃうところだったよ。

 ……これは内緒の話だけど、荷物の中にあったお肉くらいの量なら、多分一回で食べちゃうと思う……あっ、もちろん我慢するよ? あくまで食べられるってだけだから!

「それじゃあさっそくいただこう……って、私は大丈夫だけど、ラルフは毛布から手を出せる?」
「……なんとかなるでしょう」
「それ、何とかならないやつだよね? うーん……それじゃあこうしよう!」

 私はお肉を食べやすい形に切ると、ラルフの口の前に持っていった。

「はい、あーん!」
「シエル様、そこまでしていただく必要は……それに、主のあなたより先にいただくなんて出来ません」
「いいの! 私のためについて来てくれて、しかもずっと漕いでくれたんだから、これくらいはさせて!」
「……わかりました。では、失礼して」
「はい、召し上がれっ」

 私が用意したわけじゃないんだから、偉そうに召し上がれなんて言える立場じゃないんだけど、自然と口から出てしまった。

「どう、おいしい?」
「はい、とても」
「よかった。それじゃあ私もいただこっと!」

 私は自分の分のお肉を口に運ぶ。すると、お肉の旨味と燻製の独特な香りが、口いっぱいに広がった。それが本当においしくて、手に持っていたお肉を一瞬で平らげてしまった。

「気に入っていただけたようで、何よりです」
「ええ、とっても! それで、相談なんだけど……」
「もう一つと仰りたいのでしょう?」
「わ、わかっちゃった?」
「仕方ありませんね。多めに持ってきておりますので、どうぞ」
「えへへ、やったー!」

 ラルフのお言葉に甘えて、もう一つお肉を頬張った。二回食べてもそのおいしさに感動してしまい、思わず顔を空に向けた。

 すると……様々な色に輝くお星様と、それを見守るように傍に寄り添う、お月様の姿があった。

「綺麗……こんな状況になったのは想定外だったけど、二人きりでこの景色を見られたのは、とても良い経験だよ」
「ええ、そうですね。私もあなたと見られて、とても嬉しく思います」
「えへへ、ラルフも私と同じ気持ちで良かった! またいつか、一緒に見ようね!」
「はい、必ず」

 ラルフと約束を交わしてから、私達は今日の分の食事を全て平らげた。

 ラルフと同じ気持ちで嬉しいけど、喜んでばかりもいられない。この思い出を後で良い経験だったねと言えるように、頑張ってラルフの故郷に行かないとね!

「さて、食事も済んだことですし、明日に備えて今日は休みましょうか」
「そうだねって言いたいけど……小舟の様子を見てないで大丈夫かな? 起きたら転覆してて、お魚のご飯になってたら笑えないよ?」
「では交代で様子を見つつ、余裕があれば進みましょう」

 それなら万が一の事故が起きた時も、対処できそうだね。そうと決まれば、どちらが先に寝るかを決めないと。

「それじゃあ、私が起きてるからラルフは寝てていいよ」
「いえ、私は少々やらなければいけないことがあるので、先にお休みになってください」
「こんな所でなにかあるの?」
「昔から日記を書いているので、それを書きたいんです」
「きょ、今日くらいは休んでもいいんじゃない? 暗くて書きにくいよね?」

 今ある光源は、ラルフが用意してくれた小さなランプと、星空だけだ。これで文字を書くのはちょっと……いや、凄く難しそうだ。

「何とかなりますよ。日記を見られるのは恥ずかしいので、先にお休みになってもらえると嬉しいです」
「うーん、そういうことなら……書き終わったら、ちゃんと起こしてよ?」
「もちろんです。さあ、横になってください」

 私はラルフに促されて、硬い小舟の上で丸くなった。寝心地はお世辞にも良いとは言えないけど、元々は野宿するつもりだったんだから、これくらいへっちゃらだ。

「おやすみなさい、シエル様。良い夢を」
「うん。おやすみなさい、ラルフ」

 ゆっくりと目を閉じると、すぐに睡魔が訪れてきた。自分が思っている以上に、疲れていたのかも……?

 そんなことを思っていると、なにかが私の頭を優しく撫でた。それがとても気持ちよくて、安心できて……そのまま私は眠りについた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者を譲れと姉に「お願い」されました。代わりに軍人侯爵との結婚を押し付けられましたが、私は形だけの妻のようです。

ナナカ
恋愛
メリオス伯爵の次女エレナは、幼い頃から姉アルチーナに振り回されてきた。そんな姉に婚約者ロエルを譲れと言われる。さらに自分の代わりに結婚しろとまで言い出した。結婚相手は貴族たちが成り上がりと侮蔑する軍人侯爵。伯爵家との縁組が目的だからか、エレナに入れ替わった結婚も承諾する。 こうして、ほとんど顔を合わせることない別居生活が始まった。冷め切った関係になるかと思われたが、年の離れた侯爵はエレナに丁寧に接してくれるし、意外に優しい人。エレナも数少ない会話の機会が楽しみになっていく。 (本編、番外編、完結しました)

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

行き遅れ令嬢の婚約者は王子様!?案の定、妹が寄越せと言ってきました。はあ?(゚Д゚)

リオール
恋愛
父の代わりに公爵家の影となって支え続けてるアデラは、恋愛をしてる暇もなかった。その結果、18歳になっても未だ結婚の「け」の字もなく。婚約者さえも居ない日々を送っていた。 そんなある日。参加した夜会にて彼と出会ったのだ。 運命の出会い。初恋。 そんな彼が、実は王子様だと分かって──!? え、私と婚約!?行き遅れ同士仲良くしようって……えええ、本気ですか!? ──と驚いたけど、なんやかんやで溺愛されてます。 そうして幸せな日々を送ってたら、やって来ましたよ妹が。父親に甘やかされ、好き放題我が儘し放題で生きてきた妹は私に言うのだった。 婚約者を譲れ?可愛い自分の方がお似合いだ? ・・・はああああ!?(゚Д゚) =========== 全37話、執筆済み。 五万字越えてしまったのですが、1話1話は短いので短編としておきます。 最初はギャグ多め。だんだんシリアスです。 18歳で行き遅れ?と思われるかも知れませんが、そういう世界観なので。深く考えないでください(^_^;) 感想欄はオープンにしてますが、多忙につきお返事できません。ご容赦ください<(_ _)>

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

婚約破棄は別にいいですけど、優秀な姉と無能な妹なんて噂、本気で信じてるんですか?

リオール
恋愛
侯爵家の執務を汗水流してこなしていた私──バルバラ。 だがある日突然、婚約者に婚約破棄を告げられ、父に次期当主は姉だと宣言され。出て行けと言われるのだった。 世間では姉が優秀、妹は駄目だと思われてるようですが、だから何? せいぜい束の間の贅沢を楽しめばいいです。 貴方達が遊んでる間に、私は──侯爵家、乗っ取らせていただきます! ===== いつもの勢いで書いた小説です。 前作とは逆に妹が主人公。優秀では無いけど努力する人。 妹、頑張ります! ※全41話完結。短編としておきながら読みの甘さが露呈…

傷物令嬢シャルロットは辺境伯様の人質となってスローライフ

悠木真帆
恋愛
侯爵令嬢シャルロット・ラドフォルンは幼いとき王子を庇って右上半身に大やけどを負う。 残ったやけどの痕はシャルロットに暗い影を落とす。 そんなシャルロットにも他国の貴族との婚約が決まり幸せとなるはずだった。 だがーー 月あかりに照らされた婚約者との初めての夜。 やけどの痕を目にした婚約者は顔色を変えて、そのままベッドの上でシャルロットに婚約破棄を申し渡した。 それ以来、屋敷に閉じこもる生活を送っていたシャルロットに父から敵国の人質となることを命じられる。

悪役令嬢は調理場に左遷されましたが、激ウマご飯で氷の魔公爵様を餌付けしてしまったようです~「もう離さない」って、胃袋の話ですか?~

咲月ねむと
恋愛
「君のような地味な女は、王太子妃にふさわしくない。辺境の『魔公爵』のもとへ嫁げ!」 卒業パーティーで婚約破棄を突きつけられた悪役令嬢レティシア。 しかし、前世で日本人調理師だった彼女にとって、堅苦しい王妃教育から解放されることはご褒美でしかなかった。 ​「これで好きな料理が作れる!」 ウキウキで辺境へ向かった彼女を待っていたのは、荒れ果てた別邸と「氷の魔公爵」と恐れられるジルベール公爵。 冷酷無慈悲と噂される彼だったが――その正体は、ただの「極度の偏食家で、常に空腹で不機嫌なだけ」だった!? ​レティシアが作る『肉汁溢れるハンバーグ』『とろとろオムライス』『伝説のプリン』に公爵の胃袋は即陥落。 「君の料理なしでは生きられない」 「一生そばにいてくれ」 と求愛されるが、色気より食い気のレティシアは「最高の就職先ゲット!」と勘違いして……? ​一方、レティシアを追放した王太子たちは、王宮の食事が不味くなりすぎて絶望の淵に。今さら「戻ってきてくれ」と言われても、もう遅いです! ​美味しいご飯で幸せを掴む、空腹厳禁の異世界クッキング・ファンタジー!

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

処理中です...