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第七話 一難去ってまた一難
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「お腹すいたなぁ……」
湖に放り出されてから三日後の夜、私は騒ぎ続けるお腹の虫に耐えながら、オールを動かしていた。その隣では、ラルフが静かに寝息を立てている。
交代で進んでいるというのに、いまだに陸地は影も形も見えてこない。方角は合っているはずだけど、所詮は素人が操縦しているから、思った以上に進めていないのだろう。
食料も、既に半分以上が無くなってきている。だから、かなり節約をしているせいで、お腹もペコペコというわけだ。飲み水に関しては、湖の水があるから困らないのが、唯一の救いかな。
「せっかく自由を手に入れたというのに、このままずっと湖の上をさまよい続けて……お魚のエサになっちゃうのかなぁ……」
「……ぐぅ……」
「ラルフ……ごめんね、私がバカなせいで、こんなことに巻き込んじゃって」
小さな毛布を掛けて丸くなるラルフの頬を、そっと撫でながら呟く。
この漂流の旅の間、ラルフは私のために食事を減らし、私を長い時間寝かせて、夜中はずっと漕いでくれていた。それを続けていたから、私が強く言って、半ば無理やり寝かせたの。
そんな優しいラルフを、私は巻き込んでしまった――
私がもっとしっかりしていれば、もっと計画的だったら、もっとお父様達の行動を先読みできていれば……もっと、もっと私が……。
「……って、何を弱気になっているの私は! 本当に情けないよ!」
自分で自分を叱りながら、首を大きく横に振る。空腹と疲れと不安のせいで、弱気になっちゃってた。
弱気になったところで、状況は何も好転しない! 今するべきことは、弱気になることよりも、一回でも多くオールを動かすことだよ!
反省も後悔も、後ですればいい! 絶対に諦めてたまるもんか! お父様達の思い通りになんてなるもんか! こちとら、散々厳しいしつけといじめのおかげで、体力と根性だけは自信があるんだから!!
「えぇぇぇぇい!!」
隣でラルフが寝ていることなどお構いなしに、雄たけびをあげながらオールを動かす! 動かす! 動かす!!
負けない、絶対に負けない! 私はラルフと一緒に自由で幸せになるんだから!!
****
いつの間にか空がほんのりと明るくなってきた中、私は一切休まずに漕ぎ続けていた。それでも、まだ陸地は見えてこない。
さすがに夜中の間、ずっと休まずに漕ぎ続けるのは、体に負担がかかるなぁ……体力に自信があると思っていたけど、まだまだみたいだ。
「んっ……シエル様……?」
「あっ、おはようラルフ。よく眠ってたね」
「はい、おかげさまで……もしかして、ずっと漕いでいらしたのですか?」
「そうだよ。少しでも早く目的地に着きたいからね」
「いけません。早くお休みになられてください。あとは私がやりますから」
「えぇ~……それをラルフが言う? 初日の夜、私を起こさないで朝まで漕いでたよね?」
「私は良いのです」
あまりにも理屈にかなっていない反論過ぎて、思わず吹き出してしまった。
いつも冷静で、何か聞いても的確に返してくれると思っていたから、この子供みたいな返し方が、なんだかすごく面白く感じちゃった。
「とにかく交代してください。シエル様は、朝食をとりながら休憩していてください」
「わーいごはんー! って、ラルフも食べないとダメだよ」
「私は後でいただきますので、ご心配は不要です」
「本当に? 約束だよ。破ったら……うーん……デコピンの刑だから!」
「それは恐ろしいですね」
ラルフはふふっと微笑んでから、私と交代をして漕ぎ始める。一方の私は、ラルフが用意してくれたリンゴに噛り付いた。空腹の私には、ただのリンゴでも最高のご馳走だ。
「こうして改めて見ると、ラルフが一回漕いだ時と、私が一回漕いだ時の進み方が、全然違うね」
「その辺りは、やはり筋力の差があるでしょう。それに、私は多少は経験があるので、その差もあるでしょう」
「それは確かに……って……あ、あれは……?」
ラルフの説明に納得していると、進んでいる方向にぼんやりと何かがあるのが見えてきた。
それは……今までずっと見えなかった、陸地だった。
「あれって、陸地だよね!?」
「そのようですね。シエル様が諦めずに行こうとしたおかげで、無事にここまで来れましたね」
「何を言っているの? たくさん漕いでくれたあなたのおかげだよ!」
「さあ、一体何のことでしょう?」
もう、ラルフったら……あくまで知らないフリをするんだね。本当は主として、もう無理をしないように、注意をしないといけないんだけど……ラルフの意思を尊重して、これ以上追求しないでおこう。
「ラルフ、オールをちょうだい。あなたを巻き込んだ責任として、最後までやり遂げたいの!」
「いえ、シエル様は夜中に頑張られていたのですから、朝食を食べながら、ゆっくりしていてください」
「ダメ! これは主の絶対命令! 言うことを聞けないなら……うーん、どうしよう……?」
デコピン以外の何か重い罰を与えようと思ったけど、良い案が思いつかない。唯一思いついたのは、くすぐりの刑くらいだよ。
「……シエル様は、こうと決めたら曲げませんよね……わかりました」
「うん、後は私に任せて!」
私は腕をまくって気合を入れると、再び漕ぎはじめる。
気合と疲労のせいでオールの動きが乱れて、小舟がその場でまたクルクル回るだけなんて事件もあったけど、私達は無事にリマール国の港町に到着した。
港には、多くの漁師達やその関係者の人達、そして少し離れた所から聞こえてくる威勢の良い声で、とても活気に満ち溢れている。
「凄い、これが港町の光景なのね!」
「リマール国で一番栄えている港町です。シエル様は、リマール国の港は初めてですか?」
「うんっ。ラルフと出会う前にも来たことがないんだ。いつも屋敷で勉強とか習い事をしてて、後は社交界に出たりとかだったからね」
「なるほど、そうだったのですね」
自分の過去を思い出しても、本当につまらない人生を送ってきたなとしか思わない。貴族の家に生まれた宿命と言われたら、それまでだけどね。
「おいあんたら、あんな小舟で来るなんて、どこのもんだ? もしかして、密売人じゃないだろうな?」
「えっと……?」
この辺りを行き交ってた人達の中の一人が、私達に話しかけてきた。筋骨隆々で白い捻じり鉢巻きをしているその姿は、まさに漁師ですって感じだ。
「我々は怪しい者ではございません。のっぴきならない事情で、スンリー国からやってきたものです」
「事情だぁ? ますます怪しいな……」
ど、どうしよう!? これ、完全に怪しまれちゃってるよ! 不審者に間違われて、牢屋行きとかになったら、せっかくここまで頑張ってくれたラルフの苦労が水の泡だし、自由なんて夢のまた夢になる!
「では、あなた方の代表者……この町の町長とお話させていただけませんか? 彼ならきっとわかってくれるはずです」
「ふん、まあいいだろう。町長もさっき漁が終わって一息ついてたし、今なら大丈夫だろう。ただし、この嬢ちゃんと荷物はここに置いていってもらう」
えっ、私を……? 一体どういうこと?
「あんたが変なことをしないための予防だ」
「なるほど、かしこまりました。ですが、もし私がいない間に彼女に何かあったら、その時は……」
「それはあんた次第だな。ほら、こっちだ」
「シエル様、ここでのんびりと町を眺めていてください。すぐに戻りますから」
完全に話に置いてけぼりになってしまった私は、反射的にラルフに頷いて見せると、漁師の人とどこかに行ってしまった。
のんびりと言われても……ラルフが大丈夫かどうか心配で、呑気に町並みを眺めてなんていられないって!
「大丈夫かな……無事に戻ってきますように……無事に戻ってきますように……!」
私はその場でしゃがみ込むと、両手をこすり合わせてラルフの無事を祈る。
この行動に何の意味もないのは分かりきっているけど、何もしないよりはきっと良いはずだよね!
「戻ってきますように……戻ってきますように……」
「あの子、なにしてんだ……?」
「さぁ……? 誰か漁から戻ってくるのを祈ってるのか……?」
通りすがりの漁師の人の視線も、背中に照り付けるお日様の熱も一切気にせず、私はただその場で祈り続けた――
湖に放り出されてから三日後の夜、私は騒ぎ続けるお腹の虫に耐えながら、オールを動かしていた。その隣では、ラルフが静かに寝息を立てている。
交代で進んでいるというのに、いまだに陸地は影も形も見えてこない。方角は合っているはずだけど、所詮は素人が操縦しているから、思った以上に進めていないのだろう。
食料も、既に半分以上が無くなってきている。だから、かなり節約をしているせいで、お腹もペコペコというわけだ。飲み水に関しては、湖の水があるから困らないのが、唯一の救いかな。
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「……ぐぅ……」
「ラルフ……ごめんね、私がバカなせいで、こんなことに巻き込んじゃって」
小さな毛布を掛けて丸くなるラルフの頬を、そっと撫でながら呟く。
この漂流の旅の間、ラルフは私のために食事を減らし、私を長い時間寝かせて、夜中はずっと漕いでくれていた。それを続けていたから、私が強く言って、半ば無理やり寝かせたの。
そんな優しいラルフを、私は巻き込んでしまった――
私がもっとしっかりしていれば、もっと計画的だったら、もっとお父様達の行動を先読みできていれば……もっと、もっと私が……。
「……って、何を弱気になっているの私は! 本当に情けないよ!」
自分で自分を叱りながら、首を大きく横に振る。空腹と疲れと不安のせいで、弱気になっちゃってた。
弱気になったところで、状況は何も好転しない! 今するべきことは、弱気になることよりも、一回でも多くオールを動かすことだよ!
反省も後悔も、後ですればいい! 絶対に諦めてたまるもんか! お父様達の思い通りになんてなるもんか! こちとら、散々厳しいしつけといじめのおかげで、体力と根性だけは自信があるんだから!!
「えぇぇぇぇい!!」
隣でラルフが寝ていることなどお構いなしに、雄たけびをあげながらオールを動かす! 動かす! 動かす!!
負けない、絶対に負けない! 私はラルフと一緒に自由で幸せになるんだから!!
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いつの間にか空がほんのりと明るくなってきた中、私は一切休まずに漕ぎ続けていた。それでも、まだ陸地は見えてこない。
さすがに夜中の間、ずっと休まずに漕ぎ続けるのは、体に負担がかかるなぁ……体力に自信があると思っていたけど、まだまだみたいだ。
「んっ……シエル様……?」
「あっ、おはようラルフ。よく眠ってたね」
「はい、おかげさまで……もしかして、ずっと漕いでいらしたのですか?」
「そうだよ。少しでも早く目的地に着きたいからね」
「いけません。早くお休みになられてください。あとは私がやりますから」
「えぇ~……それをラルフが言う? 初日の夜、私を起こさないで朝まで漕いでたよね?」
「私は良いのです」
あまりにも理屈にかなっていない反論過ぎて、思わず吹き出してしまった。
いつも冷静で、何か聞いても的確に返してくれると思っていたから、この子供みたいな返し方が、なんだかすごく面白く感じちゃった。
「とにかく交代してください。シエル様は、朝食をとりながら休憩していてください」
「わーいごはんー! って、ラルフも食べないとダメだよ」
「私は後でいただきますので、ご心配は不要です」
「本当に? 約束だよ。破ったら……うーん……デコピンの刑だから!」
「それは恐ろしいですね」
ラルフはふふっと微笑んでから、私と交代をして漕ぎ始める。一方の私は、ラルフが用意してくれたリンゴに噛り付いた。空腹の私には、ただのリンゴでも最高のご馳走だ。
「こうして改めて見ると、ラルフが一回漕いだ時と、私が一回漕いだ時の進み方が、全然違うね」
「その辺りは、やはり筋力の差があるでしょう。それに、私は多少は経験があるので、その差もあるでしょう」
「それは確かに……って……あ、あれは……?」
ラルフの説明に納得していると、進んでいる方向にぼんやりと何かがあるのが見えてきた。
それは……今までずっと見えなかった、陸地だった。
「あれって、陸地だよね!?」
「そのようですね。シエル様が諦めずに行こうとしたおかげで、無事にここまで来れましたね」
「何を言っているの? たくさん漕いでくれたあなたのおかげだよ!」
「さあ、一体何のことでしょう?」
もう、ラルフったら……あくまで知らないフリをするんだね。本当は主として、もう無理をしないように、注意をしないといけないんだけど……ラルフの意思を尊重して、これ以上追求しないでおこう。
「ラルフ、オールをちょうだい。あなたを巻き込んだ責任として、最後までやり遂げたいの!」
「いえ、シエル様は夜中に頑張られていたのですから、朝食を食べながら、ゆっくりしていてください」
「ダメ! これは主の絶対命令! 言うことを聞けないなら……うーん、どうしよう……?」
デコピン以外の何か重い罰を与えようと思ったけど、良い案が思いつかない。唯一思いついたのは、くすぐりの刑くらいだよ。
「……シエル様は、こうと決めたら曲げませんよね……わかりました」
「うん、後は私に任せて!」
私は腕をまくって気合を入れると、再び漕ぎはじめる。
気合と疲労のせいでオールの動きが乱れて、小舟がその場でまたクルクル回るだけなんて事件もあったけど、私達は無事にリマール国の港町に到着した。
港には、多くの漁師達やその関係者の人達、そして少し離れた所から聞こえてくる威勢の良い声で、とても活気に満ち溢れている。
「凄い、これが港町の光景なのね!」
「リマール国で一番栄えている港町です。シエル様は、リマール国の港は初めてですか?」
「うんっ。ラルフと出会う前にも来たことがないんだ。いつも屋敷で勉強とか習い事をしてて、後は社交界に出たりとかだったからね」
「なるほど、そうだったのですね」
自分の過去を思い出しても、本当につまらない人生を送ってきたなとしか思わない。貴族の家に生まれた宿命と言われたら、それまでだけどね。
「おいあんたら、あんな小舟で来るなんて、どこのもんだ? もしかして、密売人じゃないだろうな?」
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「事情だぁ? ますます怪しいな……」
ど、どうしよう!? これ、完全に怪しまれちゃってるよ! 不審者に間違われて、牢屋行きとかになったら、せっかくここまで頑張ってくれたラルフの苦労が水の泡だし、自由なんて夢のまた夢になる!
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「ふん、まあいいだろう。町長もさっき漁が終わって一息ついてたし、今なら大丈夫だろう。ただし、この嬢ちゃんと荷物はここに置いていってもらう」
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「それはあんた次第だな。ほら、こっちだ」
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完全に話に置いてけぼりになってしまった私は、反射的にラルフに頷いて見せると、漁師の人とどこかに行ってしまった。
のんびりと言われても……ラルフが大丈夫かどうか心配で、呑気に町並みを眺めてなんていられないって!
「大丈夫かな……無事に戻ってきますように……無事に戻ってきますように……!」
私はその場でしゃがみ込むと、両手をこすり合わせてラルフの無事を祈る。
この行動に何の意味もないのは分かりきっているけど、何もしないよりはきっと良いはずだよね!
「戻ってきますように……戻ってきますように……」
「あの子、なにしてんだ……?」
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