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第三十四話 失態
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■ヴィオラ視点■
「我々から提示する条件は以上です。いかがでしょうか?」
「…………」
今日も商談に参加する私は、お父様と共にリマール国にある、とある工房にやって来て、そこで職人として切り盛りをしている男性と話をしておりました。
このお方は、とても綺麗な布を作れるのですが、何故か卸しているのが、とある裁縫店だけという情報を手に入れたので、独占契約をしようと計画しているのです。
「俺の布を、こんなに安く仕入れようだなんて……」
「お聞きください。あなたにはお安く見えるかもしれませんが、相場よりも数段高い値段設定なのですよ」
……なんて、嘘ですわ。私達が提示した値段は、相場の六割程度の値段です。ちなみに売るときは、相場の三割増し程度で売る予定ですの。
そんなの成り立つはずが無いとお思いの方が多いでしょうが……そこはご心配なく。私の話を聞いた方は、もれなく納得して契約をしてくださる、優しい方ばかりですわ……くすくす。
「ぐっ……うっ……」
「取引先が一つでは、この先も続けて行くのは、おつらいでしょう。我々は、スンリー国では名の知れた商人です。きっとあなたの今後に役立つでしょう」
「お父様の仰る通りですわ。我々と手を組めば、よりよい未来が――」
「……ダメだ! 俺の布は、兄貴だけに卸すと決めているんだ! いくらいい条件を出されても、どこの馬の骨かわからねえ連中に、一枚たりともやらん!」
なっ……嘘でしょう? 私の言葉を受け入れられないなんて、どこの馬の骨かもわからない男に出来るというの?
「あれ、なんか面白いことになってるじゃん」
「リンダ……!」
目の前で起こっていることにたじろいでいると、珍しく一緒に来たリンダが、無邪気な子供の様な笑顔で入ってきた。
この商談が終わるまで、適当に遊んで待ってると言ってたのに、どうしてここに?
「工房にいるのって、オッサンばかりでつまんないから見に来たんだけど、まさかこんなことになってるなんてね。ヴィオラお嬢様ってば、なさけなーい!」
「う、うるさいわね!」
「そんな情けないヴィオラお嬢様のために、あたしが力を貸してあげる」
そう言うと、リンダは交渉相手の男の隣に座ると、その無駄に太い腕に抱きついた。
「ねえ、そんなイジワルなこと言わないで、二人のお願いを聞いてあげてよぉ。そうすれば、あたしが……イイコト、してあげるよ?」
「うぐっ……お、俺は……あ、頭が……あ、あぁ……!?」
「……さあ、この契約書にサインを。私達と契約をすれば、あなたの工房にも、そしてあなたのお兄様にも、繁栄の道が示されるでしょう」
「……わかった」
さっきまでとは違い、力なく返事をした男性は、素直に契約書にサインをした。それをしっかりと見届けた私達は、速やかに馬車へと戻ってきた。
「やれやれ、随分と頑固な男だったな。まさか突っぱねられるとは……ヴィオラ、まさか適当に交渉をしたわけではあるまい?」
「私は仕事の時に、一秒たりとも手を抜いたりしませんわ」
「まあいい。結果的に契約が結べたから、それでいい。ここにいても時間の無駄だから、さっさとあそこに寄ってから、家に帰るぞ」
「はい」
あくまで平静を装う私は、お父様とリンダと馬車に乗りこんで、とある場所に向かう。その途中、私の心の中はとても荒れておりました。
……まさか、私の言葉を聞き入れない人間がいるなんて……それほどの意志があの男にあったんですの?
私の言葉が……力が、あんな男に負けた。それに、リンダに借りまで作って……こんな屈辱はありませんわ! なんという屈辱……常に完璧な私にとって、あるまじき失態ですわ!
「……っ!」
むしゃくしゃした気持ちを抱えたまま、私は予定通りの時刻に、大きな屋敷に到着した。
この屋敷の主に、とあることをさせるように言っていて、その結果がどうなったかの確認に伺いましたの。口頭で聞く必要は無いのだけど、先程の案件があって近くまで来たので、こうして寄ったということですわ。
「お待ちしておりました、ヴィオラ様」
「余計な挨拶は不要ですわ、ダニエル。私は虫の居所が悪いんですの」
私達を出迎えた長髪の男性……ダニエル・グリゼルは、失礼しましたと謝罪を述べてから、深々と頭を下げた。
彼とは昔から付き合いがあり、尚且つ利用しやすい性格の男でもあったから、言葉巧みに操って利用しておりますの。
「例の話はどうなった?」
「はい。ラルフから直々に返事の手紙をいただきました。シエルも参加するという記載もございました。ラルフの筆跡でございました」
本当に生きていたのね。バーランド家に転がり込んでいたのも、ラルフがそこのご子息だったのも、正直想定外だったと言わざるを得ませんわね。
「わかりました。では、全て予定通りに進めてくださいませ。それがグリゼル家の繁栄に繋がるのです」
「かしこまりました。全てヴィオラ様のお言葉通りに」
ダニエルは私の言葉を一切疑わずに、素直に頷いて見せた。
死んでいたと思っていた人間が生きていたのは、やや不服ですが……あの時よりも、さらに深い絶望を与えられると思うと、少しは今日のイライラが消えていくような気がしますわ。
さて、こうしてはいられませんわ。これからのために準備をしておかないと。あと、心底嫌ですけど、リンダの協力も得ておかないと。
私一人でも出来ないことはありませんが、リンダの力があれば、更に進めやすくなりますからね……うふふ。
「我々から提示する条件は以上です。いかがでしょうか?」
「…………」
今日も商談に参加する私は、お父様と共にリマール国にある、とある工房にやって来て、そこで職人として切り盛りをしている男性と話をしておりました。
このお方は、とても綺麗な布を作れるのですが、何故か卸しているのが、とある裁縫店だけという情報を手に入れたので、独占契約をしようと計画しているのです。
「俺の布を、こんなに安く仕入れようだなんて……」
「お聞きください。あなたにはお安く見えるかもしれませんが、相場よりも数段高い値段設定なのですよ」
……なんて、嘘ですわ。私達が提示した値段は、相場の六割程度の値段です。ちなみに売るときは、相場の三割増し程度で売る予定ですの。
そんなの成り立つはずが無いとお思いの方が多いでしょうが……そこはご心配なく。私の話を聞いた方は、もれなく納得して契約をしてくださる、優しい方ばかりですわ……くすくす。
「ぐっ……うっ……」
「取引先が一つでは、この先も続けて行くのは、おつらいでしょう。我々は、スンリー国では名の知れた商人です。きっとあなたの今後に役立つでしょう」
「お父様の仰る通りですわ。我々と手を組めば、よりよい未来が――」
「……ダメだ! 俺の布は、兄貴だけに卸すと決めているんだ! いくらいい条件を出されても、どこの馬の骨かわからねえ連中に、一枚たりともやらん!」
なっ……嘘でしょう? 私の言葉を受け入れられないなんて、どこの馬の骨かもわからない男に出来るというの?
「あれ、なんか面白いことになってるじゃん」
「リンダ……!」
目の前で起こっていることにたじろいでいると、珍しく一緒に来たリンダが、無邪気な子供の様な笑顔で入ってきた。
この商談が終わるまで、適当に遊んで待ってると言ってたのに、どうしてここに?
「工房にいるのって、オッサンばかりでつまんないから見に来たんだけど、まさかこんなことになってるなんてね。ヴィオラお嬢様ってば、なさけなーい!」
「う、うるさいわね!」
「そんな情けないヴィオラお嬢様のために、あたしが力を貸してあげる」
そう言うと、リンダは交渉相手の男の隣に座ると、その無駄に太い腕に抱きついた。
「ねえ、そんなイジワルなこと言わないで、二人のお願いを聞いてあげてよぉ。そうすれば、あたしが……イイコト、してあげるよ?」
「うぐっ……お、俺は……あ、頭が……あ、あぁ……!?」
「……さあ、この契約書にサインを。私達と契約をすれば、あなたの工房にも、そしてあなたのお兄様にも、繁栄の道が示されるでしょう」
「……わかった」
さっきまでとは違い、力なく返事をした男性は、素直に契約書にサインをした。それをしっかりと見届けた私達は、速やかに馬車へと戻ってきた。
「やれやれ、随分と頑固な男だったな。まさか突っぱねられるとは……ヴィオラ、まさか適当に交渉をしたわけではあるまい?」
「私は仕事の時に、一秒たりとも手を抜いたりしませんわ」
「まあいい。結果的に契約が結べたから、それでいい。ここにいても時間の無駄だから、さっさとあそこに寄ってから、家に帰るぞ」
「はい」
あくまで平静を装う私は、お父様とリンダと馬車に乗りこんで、とある場所に向かう。その途中、私の心の中はとても荒れておりました。
……まさか、私の言葉を聞き入れない人間がいるなんて……それほどの意志があの男にあったんですの?
私の言葉が……力が、あんな男に負けた。それに、リンダに借りまで作って……こんな屈辱はありませんわ! なんという屈辱……常に完璧な私にとって、あるまじき失態ですわ!
「……っ!」
むしゃくしゃした気持ちを抱えたまま、私は予定通りの時刻に、大きな屋敷に到着した。
この屋敷の主に、とあることをさせるように言っていて、その結果がどうなったかの確認に伺いましたの。口頭で聞く必要は無いのだけど、先程の案件があって近くまで来たので、こうして寄ったということですわ。
「お待ちしておりました、ヴィオラ様」
「余計な挨拶は不要ですわ、ダニエル。私は虫の居所が悪いんですの」
私達を出迎えた長髪の男性……ダニエル・グリゼルは、失礼しましたと謝罪を述べてから、深々と頭を下げた。
彼とは昔から付き合いがあり、尚且つ利用しやすい性格の男でもあったから、言葉巧みに操って利用しておりますの。
「例の話はどうなった?」
「はい。ラルフから直々に返事の手紙をいただきました。シエルも参加するという記載もございました。ラルフの筆跡でございました」
本当に生きていたのね。バーランド家に転がり込んでいたのも、ラルフがそこのご子息だったのも、正直想定外だったと言わざるを得ませんわね。
「わかりました。では、全て予定通りに進めてくださいませ。それがグリゼル家の繁栄に繋がるのです」
「かしこまりました。全てヴィオラ様のお言葉通りに」
ダニエルは私の言葉を一切疑わずに、素直に頷いて見せた。
死んでいたと思っていた人間が生きていたのは、やや不服ですが……あの時よりも、さらに深い絶望を与えられると思うと、少しは今日のイライラが消えていくような気がしますわ。
さて、こうしてはいられませんわ。これからのために準備をしておかないと。あと、心底嫌ですけど、リンダの協力も得ておかないと。
私一人でも出来ないことはありませんが、リンダの力があれば、更に進めやすくなりますからね……うふふ。
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