婚約破棄をされ、父に追放まで言われた私は、むしろ喜んで出て行きます! ~家を出る時に一緒に来てくれた執事の溺愛が始まりました~

ゆうき

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第四十二話 思わぬ手助け

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「シエル様!!」

 マーヴィン様のナイフが、目前まで迫ってきている。もう少し離れているか、早く気づいていれば逃げられたかもしれないけど、すでに手遅れだった。

 私って、本当に最後の最後までバカだなぁ。魔法が使えるようになって調子に乗るから、こんなバカな結末に終わるんだ。

「……えっ?」

 これはもうダメだと思った矢先、私とマーヴィン様の間に、突然人が現れ、マーヴィン様の手を抑えてくれた。そのおかげで、ナイフが私に届くことは無かった。

 い、一体何が起こったの? さっきまでは人なんていなかったのに! 文字通り、本当に突然出てきたんだけど!? それにこの後ろ姿……まさか!?

「はーっはっはっはっはっ!! ヒーローとは遅れて登場するものさ!!」

 しんと静まり返った会場に、聞き馴染みのある高笑いが響き渡る。それは、突然現れた人の声だった。

「なぜここにいるんですか……姉上!?」

 いつも冷静なラルフを驚かせたその人物は、ナディア様だった。こんな状況だというのに、胸を張って立つその姿は、威厳すら感じてしまう。

「何やらきな臭いパーティーだと思っていたが、やはりあなた達が関与していたのですね。シエル、早く君の魔法で彼を救うんだ!」
「は、はい!」

 そうだよね、呆気に取られてないで、早くマーヴィン様を元に戻さないと! このままだと、ナディア様まで危険に晒してしまう!

「これでよし……もう大丈夫です!」
「うっ……ここは、会場? いつの間に私は戻って来て……そうだ、シエルとラルフは!?」
「マーヴィン様、正気に戻ったんですね!」
「シエル! 良かった、無事だったのか!」

 無事に元に戻ったマーヴィン様は、私の肩を掴みながら、安堵の息を漏らす。

 これでマーヴィン様も助けられた……本当に良かった。それに、マーヴィン様が犯罪者にならなくて、本当に良かった!

「いや待て、なんだこのナイフは? まさか、私は……私は……!!」
「いえ、何もありませんでした。そのナイフは、たまたまそこに落ちていただけです!」

 マーヴィン様に自分を責めてほしくなくて惚けてみせたけど、簡単に見破られたみたいで……何度も謝られてしまった。

「ちょ、ちょっとお姉様……不意打ちも失敗しちゃってるけど!?」
「くっ……! さっきまでは誰もいなかったというのに!」
「おやおや、折角の美人が随分と悔しさで歪んでしまっているようだね! 醜い心をもつ人間には、その方がお似合いだよ!」
「貴様、私の愛娘を侮辱するつもりか!」

 焦りと怒りを隠せない家族達とは対照的に、ナディア様は余裕たっぷりに髪を耳にかけていた。

「ナディア様は、どうしてここに? それにいつからここに?」
「仕事だよ。彼らに話があってね。今回の件に、彼らがほぼ確実に絡んでると思い、そしてここにいると踏んで来たんだが、何やら大騒ぎになっていたからね。君達がピンチになった時に助けられるように、最高のタイミングを見計らっていたのさ。ちなみに君とラルフが格好良く会場に入った時くらいに、私もここに来たのさ」

 ナディア様は、手に持っていた紙の束を見せながら、簡単に説明をしてくれた。

 なんで私の魔法を知っているのか疑問だったけど、そのタイミングでここにいたのなら、私の魔法についてわかっているのは当然だね。

「ところでナディア様、その書類は?」
「とある契約書さ。手元にあるこれは、主に食品を扱ったものだ」

 ……? どういうことだろうか。さっき話に出てきた仕事に関係しているのかな?

「簡単に言ってしまうと、法外とも言えるような契約をしている証拠といったところかな」
「まさか、それは我々が交わした契約書か!?」
「ご名答ですよ、マーチャント卿。私は最近の市場が著しく荒れている原因を調査しておりましてね。その調査でマーチャント家が怪しいという情報を手に入れた私は、あなたの書斎に入り、こちらを拝借しました」
「バカな、書斎には誰も入れないように、厳重に警備をしていたのだぞ!?」

 お父様の言っていることは正しい。私がまだマーチャント家にいた時、お父様の書斎は多くの兵によって守られていて、家族すら入れない場所だった。

 そんな場所に入るのも、そこから書類を持ってくるのも、一体どんな方法を取ったんだろう?

「ふふっ……なに、簡単なことですよ」
「……あれ?」

 今まで私の隣にいたナディア様の姿が、全く見えなくなってしまった。

 私の目がおかしくなってしまったのだろうか?  そう思って目をゴシゴシと擦ってみると、そこにはナディア様の姿があった。

「驚いたかな? 私はとある魔法が使えてね」
「な、ナディア様も魔法が使えるの!?」
「姉上、いつの間に魔法を?」
「ラルフが家を出てから、少し経った頃にね。隠していたわけではないんだが、どうも話すタイミングがなくてね」

 ラルフも知らないんだから、私が知っているはずもないよね。って、別に私が知っているとか、今はどうでもいいかな?

「この魔法は、他人に自分の姿や触れている物を、認識できなくなる魔法さ」
「それってつまり、透明になれるってこと!? なにそれズルじゃん!」
「少々違うが、その認識で結構だよ。おかげでここに潜入するのも簡単にできたし、便利な能力さ。潜入したら、こんな騒ぎになっていたのは想定外だったけどね」

 認識……そうか! 今までナディア様が突然現れたり、誕生日のパーティーの時に突然料理の山が出てきたのは、その魔法を使っていたってことなんだ!

「話を戻しましょう。この書類以外にも、衣服や土地、果てには取引自体が禁止されているような薬物や人身売買まで……随分と色々な商売に手を出しているようですね。一体どうやっているのかと思ってましたが、まさか魔法で洗脳していたとは。今回の騒動とこれが世間に明かされたら……あとは言わなくてもわかるでしょう?」
「ぐっ……ぐぐっ……!!」

 完全に打つ手が無くなってしまったお父様は、ゆっくりと後ずさりをするが、会場は正気に戻った兵や貴族達に囲まれている。逃げることなんて……出来るわけがない。

「なるほど、最近良い品が出回ってないのは、これが原因だったのか……しかし姉上、私の知らないうちに、一体どうやって情報を集めたのですか?」
「ふっ、人間には一つや二つ、秘密があるものさ。さあ、もう逃げ場はありません。大人しくお縄についてもらいましょうか!」

 パチンっとナディア様が指を鳴らすと、この屋敷の兵達よりも立派な装備をした人たちが、会場の中になだれ込んできた。

 この人達って……確かリマール国の自警団だよね? 何度か町で見たことがあるよ。

 とにかく、これでもう完全に逃げ場はなくなった。さすがにこの状況では、もう諦めて抵抗はしてこないだろう。

「や……やだやだ! 捕まって牢屋行きなんて、死んでもヤダ! お父様、ヴィオラお姉様、なんとかしてよ!」

 ……前言撤回。少なくとも、リンダはまだ全然諦めてなさそう。よく見ると、お父様もヴィオラお姉様も、全く諦めている素振りは見せていない。

 そう思っていたんだけど、ヴィオラお姉様はその場で両手を上げて、降伏の意を示した。

「シエル、私達の負けよ。このまま潔く捕まるから、あなたは先に家に帰りなさい。疲れたでしょう? おいしいものを食べて、ゆっくり寝て、今日のことは忘れるの」
「ヴィオラお姉様……」

 手を上げたまま、私の前まで来たヴィオラお姉様の、語り掛けるような優しい声と共に、何かが頭の中に入ってくる感覚を覚えた。

 この感じ……凄く気持ちが悪い。自分の意識が書き換えられているような……これがヴィオラお姉様の魔法の力!?

 ……でも、そうするのは読めていたよ!

「残念ですが、私が家に帰るのは……あなた達が自警団に連れていかれるのを見た時です!」
「なっ……どうして私の魔法が効かないの!?」
「ヴィオラお姉様、随分と焦っているんですね。いつものヴィオラお姉様なら、こんな間抜けな手は使いませんもんね」

 きっぱりと反抗の意思を示すと、ヴィオラお姉様は苦虫を噛み潰したような表情になった。

 自分で言うのはあれだけど、私は魔法にすぐに負けないくらいの意志は持っている。だから、いくら魔法の力を強くしたとしても、すぐに操られたりはしない。

 それによって生まれた短い時間で、私は自分に魔法を使って、洗脳魔法を消したの。自分に使うのは初めてだったけど、上手くいってよかった。

「シエルお姉様のくせに、偉そうに言ってるんじゃないよ!」
「……リンダ、あなたが後ろから来るのも、読んでいたよ!」

 背後に回って拳を振り上げるリンダの頬に、思い切りビンタをすると、その衝撃でリンダは倒れて目を回した。

 これでもリンダとは、数えきれないくらい武術の訓練をさせられたからね。リンダの行動のパターンなら、私にもわかるよ。

「り、リンダ!」
「次はヴィオラお姉様の番だよ」
「ふ、ふざけるんじゃないわよ! シエルみたいな落ちこぼれは、私に快楽を提供していればいいのよ!」
「負け惜しみなんて聞かないよ」

 私は全力の力を込めて、ヴィオラお姉様にもビンタをすると、リンダと同じ様に気絶した。

 さっきは私が裁きを下すことを諦めたけど、やっぱり一発はお返ししないと、気が済まないからね! 全然足りないけど、少しだけスッキリした!

「この親不孝者め……絶対許さんぞ!」
「許さなくて結構ですし、私の親は、クリスティア様だけです。もう魔法が使える二人は気絶してしまいました。大人しくお縄についてください」
「おのれぇ……ここまでか……」

 膝から崩れ落ちたお父様を見て、これで終わったんだと確信できた――
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