【完結済】婚約者である王子様に騙され、汚妃と馬鹿にされて捨てられた私ですが、侯爵家の当主様に偽物の婚約者として迎え入れられて幸せになります

ゆうき

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第一話 婚約者に捨てられました

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「ふっ、愛しているぞ……」

 柔らかな月明かりが照らすお城の庭園――風に揺られてサワサワと音を立てる草花が、優しいメロディを奏でている。

 その庭園では、私の婚約者であり、国の第一王子のマルク・プロスペリ様が、甘い声で愛を囁きながら、口付けを交わしていた。

 でも、それは私に対してではない。相手は見知らぬ女性だ。私はそんな二人が一緒にいるのを偶然見つけてしまい、こうして物陰で息を潜めて見つめている。

 ――今日はマルク様の、弟様の誕生日を記念して、パーティーが開かれていた。私もマルク様の婚約者として、招待されていた。

 パーティーに来たのはいいけど、私……セーラは貧民の出身の為、身分の高い方の知り合いなんて誰もいないし、話しかけてくる人もいない。

 だから居心地が悪くなって……外で休んでいたら、マルク様の浮気現場を見てしまった。

 相手の方は……誰だろう。ここからだと、絹のように美しい金の髪と、整った顔立ちという事くらいしかわからない。

 マルク様も負けないくらい金の髪が綺麗だし、あのエメラルドグリーンの目で見つめられたら、誰でもイチコロだろう。

 ……私なんかじゃ……足元にも及ばなさそうだ。私の髪はあんな輝いた金じゃなく、真っ白。顔だって綺麗じゃないし、身長だって小柄で子供みたい。

 まさに美男美女でお似合いな二人を邪魔するのも悪いよね……見てるのも辛いし、早く離れよう……。

「…………」

 会場に戻ってきたはいいけど、さっきの現場を見てしまったせいで、気分がすぐれない。今すぐ帰りたい。

 でも、一応私はマルク様の婚約者なんだから……ちゃんと最後までいないと、マルク様に迷惑をかけてしまう。それが、たとえ浮気をされていたとしても。

「マルク様……少し言葉遣いは悪かったけど、たまに会う時は優しくしてくれたのになぁ……」
「あの方……」
「どなたなのかしらね……?」

 まただ。パーティーに来てから、参加されている貴族が、私の事を話しているのをよく耳にする。その誰もが、私が誰なのかと話しているようだった。

 確かに私はこういう……社交界? というのに参加したのは初めてだ。だって私は、仕事でたまたまお城に来た時に、マルク様に気に入られて求婚されただけの貧民だ。

 突然求婚された時は驚いたけど、私の事を認めてくれて、綺麗だって褒めてくれて、それが嬉しくて……求婚を受けたという経緯だ。

 ……それにしても、誰も私を知らないのも不思議な話だ。普通なら、マルク様が私の事を紹介してもいいはず。それどころか、今日は一緒に行動すらしていない。

「……マルク様……」

 マルク様の事を考えていたら、さっき見た光景を思い出してしまい、自然と涙が零れてしまった私は、ハンカチを取り出そうとしたが、どこにもハンカチが無かった。

 おかしい、さっきまではあったはずなのに……どうしよう。あれは私の大切なハンカチなのに……!

「セーラ。少しいいか」

 会場の隅っこで慌てていると、マルク様が何食わぬ顔で私の元へとやってきた。隣には、あの綺麗な女性もいる。

「マルク様……こ、こんばんは」
「ああ。これはセーラのハンカチか?」
「あ、それ……! はい、私のです! どうしてわかったんですか?」
「庭に落ちていたから、拾ってきた。名前も刺繍されているから、馬鹿でも見ればわかる」

 そういえば、ハンカチには、セーラと刺繍がされてあったのを忘れていた。私ってば、色々あったからって、混乱しすぎだよ……。

「随分とボロボロだな。俺様の妻となるのなら、もう少し良い物を持つと良い。では、適当にパーティーを楽しんでいけ」
「あ、はい……」
「そうだ、一つ聞きたい。いつ外に行った?」
「え? その……つい先ほど……」
「まさかとは思うが、見てないだろうな?」

 周りに聞こえないような小さい声、しかし少しドスの効いた声で私に問うマルク様。その姿に怯えてしまった私は、体を震わせながら頭を下げた。

「ご、ごめんなさい! ちょっと休憩で庭に行ったら、偶然二人がいる所を……!」
「そうか。なるほどな……」

 マルク様はじっと私の事を見つめてから……急にフッと息を噴き出してから、高らかに笑い始めた。

「アハハハハハ! なんだ、もう少し遊べると思っていたのに、見られてしまっていたとはな!」
「え? えっと……それって……?」
「彼女は俺様の婚約者だ。婚約者と一緒にいて、何が悪い?」

 こ、婚約者? それはおかしい。だって、マルク様は私と婚約を結んでいるはずなのに……。

「何だ、その間抜け面は」
「だ、だって……マルク様は私と……」
「お前は本当に馬鹿だな。お前と婚約を結んだというのは、全て嘘だ」
「う、嘘……??」
「正確に言えば、俺様の暇つぶしだ」

 全く予想もしていなかった言葉に、私は同じ単語を返す事しか出来なかった。

 だって、浮気とか以前に……私との婚約自体が嘘だったなんて言われても、はいそうですかなんて言えない。

「お前が仕事で城に来た時に、暗くて騙しがいがありそう女がいるって思ってな。それでちょっと声をかけたら、簡単にその気になって。本当にお笑い種だ」
「……そ、そんな……そんなの信じない……マルク様は、私と結婚してくれるって……」
「少し優しい言葉をかけただけで、そこまで本気にするか? よほどの馬鹿だなお前」

 ショックでその場に立ち尽くし、涙を流す事しか出来ない私の事を、完全に馬鹿にするように、くぐもった笑い声を漏らすマルク様の姿は、私にはあまりにも辛かった。

「そもそも、いずれ王になる俺様が、お前みたいな貧民で、更に根暗で汚い女を選んだと知られたら、他の連中に汚い女を妃にしたと馬鹿にされるだろう? それこそ、汚妃おきさきにならずに済んだのを、感謝してもらいたいくらいだ」
「うぅ……ぐすっ……」

 悲しくて俯きながら、声を殺して泣いていると、マルク様に無理やり顎を上げられて、先程一緒にいた女性の方へ視線を向けさせられた。

「それに比べて、見ろ彼女の美しさを。一挙一動からにじみ出る、洗礼された所作を。これぞ俺様の婚約者に相応しい。馬鹿なお前に言ってもわからないだろうがな」
「マルク様。それ以上はおよしになってくださいませ。さすがに可哀想ですわ」
「……もう少し遊んでやろうと思ったけど、仕方ない。ほら、もう用は無いからとっとと消えろ、汚妃のなりそこない」

 マルク様に続いて、周りの人達もクスクスと笑う。

 裏切られ、馬鹿にされ、周りの人達に笑われ……悲しくて、恥ずかしくて……気づいたら、さっきまでショックで動かなかったのが嘘のように、私は会場から一目散に逃げ出した……。
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