2 / 45
第二話 一人ぼっちの私と、ボロボロのハンカチ
しおりを挟む
パーティー会場から逃げるように出ていった私には、当然帰りの馬車など用意されてるわけもなく……暗くて人通りが少なくなった道を歩いて帰宅した。
マルク様に迷惑をかけないようにと、今日の為に無理して買ったドレスのせいで歩きにくく、家に着くまでかなりの時間を費やしてしまった。
「ただいま……」
誰もいない真っ暗な家の中に、私の声が虚しく響く。
ここが私の家。プロスペリ国の城下町の外れにある、貧民街に住んでいる。家は壁の至る所に穴が開き、雨が降れば雨漏りが酷い。隙間風が入ってくるのも日常茶飯事だ。
……はっきり言って、人が住めるような家ではないけど、引っ越そうにも、私はお金が無い。働いて稼いではいるが、日々の生活で殆ど消えてしまっている。
「お父さん……お母さん……」
私はポケットから、先程マルク様に拾われたハンカチを取り出しながら、小さく呟く。ハンカチは汚れて茶色くなってしまっていて、お世辞にも綺麗とは言えない。
このハンカチは、炭鉱の街に出稼ぎに行ったきり、音信不通になったお父さんと、病気で亡くなったお母さんが、私の誕生日にプレゼントしてくれた形見だ。
……もうハンカチとして使えないと言ってもいいくらいボロボロだけど、絶対に捨てる事は出来ない。
「私……マルク様に捨てられちゃったよ……ううん、最初から結婚する気なんて無かったんだから、捨てられたっていうのは……おかしい、かな……えへへ……」
無意識にハンカチを握る手に込める力を強めながら、虚しく笑い声を響かせる。すると、また涙が溢れてきた。
「わ、私……ずっと、騙され……う、うぅ……ぐすっ……」
誰かに認められて、幸せになれると思っていた。マルク様の事は好きではなかったけど、それでも嬉しかった。それなのに……こんな仕打ちなんて、あんまりだ。
「起きてても辛いだけだし……もう……寝よう……」
慣れないパーティーなんかに行って疲れてしまった私は、ギシギシと音を立てるクローゼットにドレスをしまってから、部屋着に着替えて横になった。
もちろんすぐに寝る事なんて出来るわけもなく……私はずっと一人ぼっちですすり泣いて過ごした。
****
「……うぅ……」
……一人で泣いていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
帰ってきたのが遅かったのと、なかなか寝付けなかったせいか、外は既にお日様が高く昇っているどころか、既に少し傾いてしまっている。
「今日は仕事だから……そろそろ準備しなきゃ……」
私は疲れて重いままの体を何とか起こすと、所々割れてしまっている鏡で身支度をする。
……なんだろう、マルク様と、その婚約者の女性を見たからなのだろうか。自分の姿を見るのが、凄く嫌だ……。
この変に白くて長い髪も、少し垂れた大きな緑色の目も、痩せてて貧相で小柄な体も、全部好きじゃない。
「早く着替えなきゃ」
部屋着をクローゼットに戻し、ドレスとは別に入っていたエプロンドレスに着替える。この服もボロボロだけど、動きやすさでこれに勝るものは無い。
「それじゃ……行ってきます」
誰からも返事が返ってくるはずもないのはわかってるけど、昔からの癖でいってきますを言った私は、慣れない靴でお城から帰ってきたせいで痛む足を引きずりながら、なんとか職場へと到着できた。
そこは、いろんな飲食店が並ぶ場所にある、小さな酒場。私はここで仕事をして、生計を立てるのと共に、ある目的の為に、コツコツお金を貯めている。
「お、おはようございます」
「ああ、おはよう」
裏口から酒場に入ると、厨房で料理の仕込みをしている一人の男性がいた。
彼はこの店のマスターだ。身長は私より頭一つ分くらい大きく、目の大きな傷と、ツルツルの頭が特徴的な人だ。
正直、凄く怖い見た目だとは思う。でも、以前勤めていた仕事をクビになり、色々な所を面接しても落とされ続けていた私の事を雇ってくれた。口数は少ないけど、いつも私を気にかけてくれる、とても優しい人だ。
「元気無いな」
「え、そんな事……私、暗いから……いつもこんなですよ」
「これを食べろ」
マスターはそう言うと、大きなお鍋からスープをよそって私に手渡してくれた。
「……ありがとうございます。ごくっ……ごくっ……」
「美味いか」
「はい。マスターのスープ、野菜がたくさん入ってて……優しい味がするので、大好きです」
「そうか。もっと飲むといい」
「で、でも……お客さんの分が……」
「足りなければ作る。お前は、何も気にせずに甘えておけ」
「は、はい……」
気遣ってくれて嬉しい反面、申し訳なさも感じながら、私はスープを全て平らげてしまった。
マスターの料理は、彼の優しさが反映されているのか、基本的にとても優しい味付けだから、いくらでも食べられちゃうし、何度食べてもまた食べたくなる魅力がある。
「美味しかったです。ちょっとだけ……元気出ました」
「そうか」
「その……昨日、婚約者の家族のパーティーだったんです。そこで……婚約者に騙されてるって知って……捨てられて……」
「そうか。そんな最低な男は、さっさと忘れろ。セーラには、笑顔の方が似合う」
「マスター……ありがとうございます」
深々と頭を下げてお礼をしてから、私はホールの方へと向かう。まだお客様は入っていないから、ガランとしているけど……すぐに賑やかになる。
ちなみに私の仕事は、注文を取ったり、完成した料理をテーブルに運んだり、会計をしたりと、やる事が多い。これを一人でやる。お客さんがいなくなったら皿を片付け、皿洗いもやらないといけない。
「はぁ……今日、大丈夫かな……」
あんな事があってから間もないせいで、まだ気持ちの整理がついてない。こんな状態で、接客なんて……ううん、やらないとマスターに迷惑がかかっちゃう。
それに、ちゃんと仕事しないと、お金がもらえない。生活費を稼いで、余った分は貯金して……こんな所で落ち込んでても仕方ない……仕方、ない……うぅ。
「……もうっ! 頑張れ、セーラ! セーラなら出来る!」
また落ち込みかけた気持ちを、無理やり鼓舞したのとほぼ同時に、一人のお客さんが入ってきた――
マルク様に迷惑をかけないようにと、今日の為に無理して買ったドレスのせいで歩きにくく、家に着くまでかなりの時間を費やしてしまった。
「ただいま……」
誰もいない真っ暗な家の中に、私の声が虚しく響く。
ここが私の家。プロスペリ国の城下町の外れにある、貧民街に住んでいる。家は壁の至る所に穴が開き、雨が降れば雨漏りが酷い。隙間風が入ってくるのも日常茶飯事だ。
……はっきり言って、人が住めるような家ではないけど、引っ越そうにも、私はお金が無い。働いて稼いではいるが、日々の生活で殆ど消えてしまっている。
「お父さん……お母さん……」
私はポケットから、先程マルク様に拾われたハンカチを取り出しながら、小さく呟く。ハンカチは汚れて茶色くなってしまっていて、お世辞にも綺麗とは言えない。
このハンカチは、炭鉱の街に出稼ぎに行ったきり、音信不通になったお父さんと、病気で亡くなったお母さんが、私の誕生日にプレゼントしてくれた形見だ。
……もうハンカチとして使えないと言ってもいいくらいボロボロだけど、絶対に捨てる事は出来ない。
「私……マルク様に捨てられちゃったよ……ううん、最初から結婚する気なんて無かったんだから、捨てられたっていうのは……おかしい、かな……えへへ……」
無意識にハンカチを握る手に込める力を強めながら、虚しく笑い声を響かせる。すると、また涙が溢れてきた。
「わ、私……ずっと、騙され……う、うぅ……ぐすっ……」
誰かに認められて、幸せになれると思っていた。マルク様の事は好きではなかったけど、それでも嬉しかった。それなのに……こんな仕打ちなんて、あんまりだ。
「起きてても辛いだけだし……もう……寝よう……」
慣れないパーティーなんかに行って疲れてしまった私は、ギシギシと音を立てるクローゼットにドレスをしまってから、部屋着に着替えて横になった。
もちろんすぐに寝る事なんて出来るわけもなく……私はずっと一人ぼっちですすり泣いて過ごした。
****
「……うぅ……」
……一人で泣いていたら、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
帰ってきたのが遅かったのと、なかなか寝付けなかったせいか、外は既にお日様が高く昇っているどころか、既に少し傾いてしまっている。
「今日は仕事だから……そろそろ準備しなきゃ……」
私は疲れて重いままの体を何とか起こすと、所々割れてしまっている鏡で身支度をする。
……なんだろう、マルク様と、その婚約者の女性を見たからなのだろうか。自分の姿を見るのが、凄く嫌だ……。
この変に白くて長い髪も、少し垂れた大きな緑色の目も、痩せてて貧相で小柄な体も、全部好きじゃない。
「早く着替えなきゃ」
部屋着をクローゼットに戻し、ドレスとは別に入っていたエプロンドレスに着替える。この服もボロボロだけど、動きやすさでこれに勝るものは無い。
「それじゃ……行ってきます」
誰からも返事が返ってくるはずもないのはわかってるけど、昔からの癖でいってきますを言った私は、慣れない靴でお城から帰ってきたせいで痛む足を引きずりながら、なんとか職場へと到着できた。
そこは、いろんな飲食店が並ぶ場所にある、小さな酒場。私はここで仕事をして、生計を立てるのと共に、ある目的の為に、コツコツお金を貯めている。
「お、おはようございます」
「ああ、おはよう」
裏口から酒場に入ると、厨房で料理の仕込みをしている一人の男性がいた。
彼はこの店のマスターだ。身長は私より頭一つ分くらい大きく、目の大きな傷と、ツルツルの頭が特徴的な人だ。
正直、凄く怖い見た目だとは思う。でも、以前勤めていた仕事をクビになり、色々な所を面接しても落とされ続けていた私の事を雇ってくれた。口数は少ないけど、いつも私を気にかけてくれる、とても優しい人だ。
「元気無いな」
「え、そんな事……私、暗いから……いつもこんなですよ」
「これを食べろ」
マスターはそう言うと、大きなお鍋からスープをよそって私に手渡してくれた。
「……ありがとうございます。ごくっ……ごくっ……」
「美味いか」
「はい。マスターのスープ、野菜がたくさん入ってて……優しい味がするので、大好きです」
「そうか。もっと飲むといい」
「で、でも……お客さんの分が……」
「足りなければ作る。お前は、何も気にせずに甘えておけ」
「は、はい……」
気遣ってくれて嬉しい反面、申し訳なさも感じながら、私はスープを全て平らげてしまった。
マスターの料理は、彼の優しさが反映されているのか、基本的にとても優しい味付けだから、いくらでも食べられちゃうし、何度食べてもまた食べたくなる魅力がある。
「美味しかったです。ちょっとだけ……元気出ました」
「そうか」
「その……昨日、婚約者の家族のパーティーだったんです。そこで……婚約者に騙されてるって知って……捨てられて……」
「そうか。そんな最低な男は、さっさと忘れろ。セーラには、笑顔の方が似合う」
「マスター……ありがとうございます」
深々と頭を下げてお礼をしてから、私はホールの方へと向かう。まだお客様は入っていないから、ガランとしているけど……すぐに賑やかになる。
ちなみに私の仕事は、注文を取ったり、完成した料理をテーブルに運んだり、会計をしたりと、やる事が多い。これを一人でやる。お客さんがいなくなったら皿を片付け、皿洗いもやらないといけない。
「はぁ……今日、大丈夫かな……」
あんな事があってから間もないせいで、まだ気持ちの整理がついてない。こんな状態で、接客なんて……ううん、やらないとマスターに迷惑がかかっちゃう。
それに、ちゃんと仕事しないと、お金がもらえない。生活費を稼いで、余った分は貯金して……こんな所で落ち込んでても仕方ない……仕方、ない……うぅ。
「……もうっ! 頑張れ、セーラ! セーラなら出来る!」
また落ち込みかけた気持ちを、無理やり鼓舞したのとほぼ同時に、一人のお客さんが入ってきた――
28
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
私達、婚約破棄しましょう
アリス
恋愛
余命宣告を受けたエニシダは最後は自由に生きようと婚約破棄をすることを決意する。
婚約者には愛する人がいる。
彼女との幸せを願い、エニシダは残りの人生は旅をしようと家を出る。
婚約者からも家族からも愛されない彼女は最後くらい好きに生きたかった。
だが、なぜか婚約者は彼女を追いかけ……
裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。
夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。
辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。
側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。
※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる