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第三話 今日も仕事!
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「い、いらっしゃいませ! あっ……お席はいつもの所で?」
「はい。ありがとうございます」
お客さんは窓際の席に座ると、その場で本を読みだした。この人は常連のお客さんで、いつも一人でやってくる。
「ご注文は?」
「エール一つとフルーツ盛り合わせ、それとリンゴジュース」
「は、はい。いつものですね。少々お待ちください」
私は伝票を持って厨房に行くと、すでにエールと、フルーツ盛り合わせと、リンゴジュースが準備されていた。
相変わらず、マスターの仕事の早さはとんでもない。グズな私から見たら、神業と言っても良いくらいだ。
「持っていけ」
「はい、行ってきます」
私は転ばないように気を付けながら、なんとか運ぶ事に成功した。すると、お客さんはエールをちびちび飲み始めた。
いつも思うんだけど……この方、男の人……だよね? 中性的な顔立ちでわかりにくいけど、声が結構低いし、スラッとした長身で、とても美しい。エールを飲んでるだけでも絵になるよ。
そんな事を思っていたら、彼は私にリンゴジュースを差し出した。
「こちらをどうぞ。好きでしょう、リンゴジュース」
「はい、大好きです」
「では、暇な時に飲んでください」
「いつもありがとうございます……」
私は一旦裏に戻って、いただいたリンゴジュースを飲むと、リンゴの甘さと酸味が口いっぱいに広がって……凄く幸せな気分になれた。
「今日も貰ったか。よかったな」
「はいっ」
「元気、だいぶ出たな。今日も二人で頑張るぞ」
「はいっ!」
マスターの言う通り、この店の従業員は、ホール担当の私、セーラと……マスターの二人だけ。
さすがに人員不足じゃないかと思うかもしれないけど、マスターの料理の腕は凄く、一人で何でもできてしまうくらいだ。
更に店も十組程度しか入れない程度の大きさだし、そもそもお客さんの数自体がそんなにいない。だから、二人でも大丈夫だ。
……まあ、私の仕事は遅いし、人見知りをするし、よくドジをするから……それらを加味したら、もう一人くらい雇っても良いんじゃないかって思うけど。
「うぃ~……お~いマスタ~! セラちゃ~ん! 来ちゃったぜー!」
「い、いらっしゃいませ~……」
次に来店してきたのは、小柄で貫禄のある男性と、身長が高くて細い男性の二人組だ。この人達も常連さんで、いつも来てくれる人達だ。
って……小柄な人の方が、既に顔が真っ赤になっている。どこか別の場所で飲んできたのだろうか?
「あの、私はセーラです……」
「こいつ、もう酔ってるから、気にしなくていいから! セーラちゃん、注文頼めるかい?」
「は、はい! も、もちろん!」
アタフタしつつも、身長が高い常連さんから注文を聞き、それを厨房へと持っていく。すると、マスターは凄いスピードで準備を始めた。
本当に凄いなぁ……料理の腕もそうだけど、事前にたくさんお酒の準備もして、料理の仕込みも……一人でそれをしてるなんて、いまだに信じられない。
「あ……い、いらっしゃいませ~」
「おい姉ちゃ~ん、オレ一人なんだけどさ~ちょっと遊んでくれよ~」
「ひぃ……!?」
さっきとは別に、珍しく新規のお客さんが来店したと思ったら、変に私に絡んできた。顔が真っ赤だし、息も酒臭いし、この人も既にかなり飲んでるみたい。
「ちょっとくらい良いじぇねえかよ~!」
「その、困ります……」
「あなた、迷惑をかけるのはよしなさい」
どうすれば良いか困っていると、あのリンゴジュースをくれた男性が、私と彼の間に割って入ってきた。
「大の男が、か弱い少女を困らせてどうするのですか」
「はぁ~? こんな所で働いてるなら、少しくらいは良いって事だろ!」
「い、嫌です……」
「嫌だと? 自覚が無さすぎんだろ、ふざけやがって! こっちはお客様だぞ!」
恐る恐る首を横に振ると、案の定怒り出したお客さんは、目の前にあったテーブルを強く叩いた。
これはマズいかもしれない……そう思った矢先、厨房からヌッとマスターが出てきた。
「おい、なにやってる」
「あんたが店主か? こいつが客に舐めた態度を取ってきたんだよ! 責任取りやがれ!」
「厨房から聞いてた。お前、俺の大切な従業員に手を出そうとしたのか?」
「はぁ? なんだ偉そうに!」
「五秒やる。ちゃんとセーラに謝罪をしろ。さもなくば、無理やりたたき出して、二度と店の敷居を跨がせない」
「ふざけんな! こんなとこ、こっちから願い下げだボケ! 二度と来るか!」
結局私に謝るなんて事はせず、男性は怒りの形相で帰っていった。
あー……こ、怖かったぁ……接客自体はほんの少し慣れてきたけど、ああいう類の相手は、この先も慣れそうにない。
「セーラ、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます。大丈夫です」
「そうか。一回厨房に来い」
「わかりました」
マスターと一緒に厨房に戻ると、マスターは私の頭の先からつま先まで、ジッと見つめてきた。
「本当に怪我はないか」
「無いです」
「そうか」
「その……私のせいで、お客さんが一人いなくなっちゃって……」
「あんなのは客じゃない。それじゃ、俺は仕事に戻る。何かあったら、すぐに呼べ。それと、これを持っていってくれ」
「わかりました」
私は注文があったお酒を持って、再びホールへと戻っていく。
今日はちょっと特殊なパターンだったけど、その後は何事もなく、私の仕事の時間は過ぎていった――
****
「……んう……ぐぅ」
コンコン――
「……ふにゃ……?」
コンコンコン――
「……??」
翌日のお昼頃、なにかが叩かれるような音に反応して、私は目を開けた。
……一体誰だろうか? 基本的に私の内に来る人なんていない。だって、遊びに来るような友達なんて出来た事がないし、知り合いだってマスターくらいしかいない。
……マスター……? え、もしかして本当にマスターが用があって来たとか? 一応あの人は私の家は知ってるから、無いとは言えない。
「は、はーい!」
急いで玄関を開けると、そこにいたのはマスターではなく、メイド服を着た綺麗な女性が立っていた。
その女性は、この国にはほとんどいない黒髪を短く揃えている、とても綺麗な女性だ。私よりも少し身長が高くて、切れ長の黒い目がちょっとだけ怖いけど、悪い人って雰囲気は無い。
「……ど、どちら様でしょう……?」
「突然の訪問、誠に申し訳ございません。私はライル家に仕えております、メイドのエリカと申します」
「ら、ライル家? それって侯爵家の……?」
「はい、仰る通りです」
エリカと名乗った女性は、一切無駄のない動きでお辞儀をしてから、私の質問に簡潔に答えた。
ライル家とは、貴族の世界に詳しくない私でも、名前を聞いた事があるくらいには名の知れている、侯爵の爵位を持つ家だ。そんな家の人が、私なんかに何の用だろう?
「我が主君のヴォルフ様が、あなた様に大切なお話がございます。なので、こうしてお迎えに上がりました」
「お話? も、もしかして私……知らないうちに何かご迷惑になる事を!?」
「いえ、そのような事はございません。悪いお話ではないので、ご安心を」
よかった、もし知らない所で誰かに迷惑をかけてたら、その人に申し訳ない。
……うーん、本当に何の用で来たのか、全然わからない。もしかしたら、この人も私を騙そうとしているのかも?
でも、そんな悪い人には見えないし、断るのも申し訳ないというか……そもそも、私にはお願いを断れるほどの度胸は無い。
「わ、わかりましたエリカ様。少し準備をするので、少し待ってもらえますか?」
「かしこまりました。焦る必要はございませんので、ごゆっくりご準備くださいませ。それと、私の事はエリカで構いませんわ」
「え、でも……それじゃあ、エリカさんで」
「はい。では後ほど」
そう言って去っていくエリカさんを見送ってから、私は身支度を始めた。
まさか、こんな所でこの前のドレスが役に立つとは思ってなかった。待たせるのも申し訳ないし、早く着替えないとね……。
「はい。ありがとうございます」
お客さんは窓際の席に座ると、その場で本を読みだした。この人は常連のお客さんで、いつも一人でやってくる。
「ご注文は?」
「エール一つとフルーツ盛り合わせ、それとリンゴジュース」
「は、はい。いつものですね。少々お待ちください」
私は伝票を持って厨房に行くと、すでにエールと、フルーツ盛り合わせと、リンゴジュースが準備されていた。
相変わらず、マスターの仕事の早さはとんでもない。グズな私から見たら、神業と言っても良いくらいだ。
「持っていけ」
「はい、行ってきます」
私は転ばないように気を付けながら、なんとか運ぶ事に成功した。すると、お客さんはエールをちびちび飲み始めた。
いつも思うんだけど……この方、男の人……だよね? 中性的な顔立ちでわかりにくいけど、声が結構低いし、スラッとした長身で、とても美しい。エールを飲んでるだけでも絵になるよ。
そんな事を思っていたら、彼は私にリンゴジュースを差し出した。
「こちらをどうぞ。好きでしょう、リンゴジュース」
「はい、大好きです」
「では、暇な時に飲んでください」
「いつもありがとうございます……」
私は一旦裏に戻って、いただいたリンゴジュースを飲むと、リンゴの甘さと酸味が口いっぱいに広がって……凄く幸せな気分になれた。
「今日も貰ったか。よかったな」
「はいっ」
「元気、だいぶ出たな。今日も二人で頑張るぞ」
「はいっ!」
マスターの言う通り、この店の従業員は、ホール担当の私、セーラと……マスターの二人だけ。
さすがに人員不足じゃないかと思うかもしれないけど、マスターの料理の腕は凄く、一人で何でもできてしまうくらいだ。
更に店も十組程度しか入れない程度の大きさだし、そもそもお客さんの数自体がそんなにいない。だから、二人でも大丈夫だ。
……まあ、私の仕事は遅いし、人見知りをするし、よくドジをするから……それらを加味したら、もう一人くらい雇っても良いんじゃないかって思うけど。
「うぃ~……お~いマスタ~! セラちゃ~ん! 来ちゃったぜー!」
「い、いらっしゃいませ~……」
次に来店してきたのは、小柄で貫禄のある男性と、身長が高くて細い男性の二人組だ。この人達も常連さんで、いつも来てくれる人達だ。
って……小柄な人の方が、既に顔が真っ赤になっている。どこか別の場所で飲んできたのだろうか?
「あの、私はセーラです……」
「こいつ、もう酔ってるから、気にしなくていいから! セーラちゃん、注文頼めるかい?」
「は、はい! も、もちろん!」
アタフタしつつも、身長が高い常連さんから注文を聞き、それを厨房へと持っていく。すると、マスターは凄いスピードで準備を始めた。
本当に凄いなぁ……料理の腕もそうだけど、事前にたくさんお酒の準備もして、料理の仕込みも……一人でそれをしてるなんて、いまだに信じられない。
「あ……い、いらっしゃいませ~」
「おい姉ちゃ~ん、オレ一人なんだけどさ~ちょっと遊んでくれよ~」
「ひぃ……!?」
さっきとは別に、珍しく新規のお客さんが来店したと思ったら、変に私に絡んできた。顔が真っ赤だし、息も酒臭いし、この人も既にかなり飲んでるみたい。
「ちょっとくらい良いじぇねえかよ~!」
「その、困ります……」
「あなた、迷惑をかけるのはよしなさい」
どうすれば良いか困っていると、あのリンゴジュースをくれた男性が、私と彼の間に割って入ってきた。
「大の男が、か弱い少女を困らせてどうするのですか」
「はぁ~? こんな所で働いてるなら、少しくらいは良いって事だろ!」
「い、嫌です……」
「嫌だと? 自覚が無さすぎんだろ、ふざけやがって! こっちはお客様だぞ!」
恐る恐る首を横に振ると、案の定怒り出したお客さんは、目の前にあったテーブルを強く叩いた。
これはマズいかもしれない……そう思った矢先、厨房からヌッとマスターが出てきた。
「おい、なにやってる」
「あんたが店主か? こいつが客に舐めた態度を取ってきたんだよ! 責任取りやがれ!」
「厨房から聞いてた。お前、俺の大切な従業員に手を出そうとしたのか?」
「はぁ? なんだ偉そうに!」
「五秒やる。ちゃんとセーラに謝罪をしろ。さもなくば、無理やりたたき出して、二度と店の敷居を跨がせない」
「ふざけんな! こんなとこ、こっちから願い下げだボケ! 二度と来るか!」
結局私に謝るなんて事はせず、男性は怒りの形相で帰っていった。
あー……こ、怖かったぁ……接客自体はほんの少し慣れてきたけど、ああいう類の相手は、この先も慣れそうにない。
「セーラ、大丈夫か?」
「あ、ありがとうございます。大丈夫です」
「そうか。一回厨房に来い」
「わかりました」
マスターと一緒に厨房に戻ると、マスターは私の頭の先からつま先まで、ジッと見つめてきた。
「本当に怪我はないか」
「無いです」
「そうか」
「その……私のせいで、お客さんが一人いなくなっちゃって……」
「あんなのは客じゃない。それじゃ、俺は仕事に戻る。何かあったら、すぐに呼べ。それと、これを持っていってくれ」
「わかりました」
私は注文があったお酒を持って、再びホールへと戻っていく。
今日はちょっと特殊なパターンだったけど、その後は何事もなく、私の仕事の時間は過ぎていった――
****
「……んう……ぐぅ」
コンコン――
「……ふにゃ……?」
コンコンコン――
「……??」
翌日のお昼頃、なにかが叩かれるような音に反応して、私は目を開けた。
……一体誰だろうか? 基本的に私の内に来る人なんていない。だって、遊びに来るような友達なんて出来た事がないし、知り合いだってマスターくらいしかいない。
……マスター……? え、もしかして本当にマスターが用があって来たとか? 一応あの人は私の家は知ってるから、無いとは言えない。
「は、はーい!」
急いで玄関を開けると、そこにいたのはマスターではなく、メイド服を着た綺麗な女性が立っていた。
その女性は、この国にはほとんどいない黒髪を短く揃えている、とても綺麗な女性だ。私よりも少し身長が高くて、切れ長の黒い目がちょっとだけ怖いけど、悪い人って雰囲気は無い。
「……ど、どちら様でしょう……?」
「突然の訪問、誠に申し訳ございません。私はライル家に仕えております、メイドのエリカと申します」
「ら、ライル家? それって侯爵家の……?」
「はい、仰る通りです」
エリカと名乗った女性は、一切無駄のない動きでお辞儀をしてから、私の質問に簡潔に答えた。
ライル家とは、貴族の世界に詳しくない私でも、名前を聞いた事があるくらいには名の知れている、侯爵の爵位を持つ家だ。そんな家の人が、私なんかに何の用だろう?
「我が主君のヴォルフ様が、あなた様に大切なお話がございます。なので、こうしてお迎えに上がりました」
「お話? も、もしかして私……知らないうちに何かご迷惑になる事を!?」
「いえ、そのような事はございません。悪いお話ではないので、ご安心を」
よかった、もし知らない所で誰かに迷惑をかけてたら、その人に申し訳ない。
……うーん、本当に何の用で来たのか、全然わからない。もしかしたら、この人も私を騙そうとしているのかも?
でも、そんな悪い人には見えないし、断るのも申し訳ないというか……そもそも、私にはお願いを断れるほどの度胸は無い。
「わ、わかりましたエリカ様。少し準備をするので、少し待ってもらえますか?」
「かしこまりました。焦る必要はございませんので、ごゆっくりご準備くださいませ。それと、私の事はエリカで構いませんわ」
「え、でも……それじゃあ、エリカさんで」
「はい。では後ほど」
そう言って去っていくエリカさんを見送ってから、私は身支度を始めた。
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