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第四話 侯爵家の方にお呼ばれしました
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「わぁ……」
エリカさんと一緒にゆっくりと馬車に乗り込んで揺られる事一時間。私はとても大きな屋敷を前にして、思わず圧倒されてしまった。
私の家なんか、足元にも及ばないくらい綺麗で大きい。玄関の前には大きな噴水があるし、庭園まである。ここだけキラキラと輝く別世界と言ってもいい。
本当に、こんな凄い家の人が、私に何の用なんだろう。ずっと考えていたけど、その答えは当然出ていない。
「セーラ様、ライル家にお越しいただき、誠にありがとうございます。我が主、ヴォルフ様がお待ちです」
「は、はい」
エリカさんの案内の元、私は屋敷の応接室に通された。そこは部屋のはずなのに、私の家よりも大きく、そして何よりも煌びやかだ。
「ヴォルフ様。セーラ様をお連れしました」
「ご苦労様、エリカ。急に呼び出して申し訳なかった」
応接室に置いてあるソファに座っていた男性は、私に微笑みを向けてから、ゆっくりと立ちあがった。
私よりも頭一つ分くらいの身長がある彼は、灼熱のように真っ赤な髪と、黄金色に輝く目が特徴的な男性だ。とても優しい声色と雰囲気が、一緒にいるだけで安心感を与えてくれる。
しかし、私は筋金入りの人見知りだ。そのうえ内気な性格だし……凄い身分の人と、はじめましてをしているのだから、緊張しない方が無理な話だ。
「はじめまして。ヴォルフ・ライルと申します。若輩者ですが、ライル家の当主を務めております」
「は、はは、はじめまして! 私はセーラともうしましゅ!!」
緊張のあまり、盛大に舌を噛んでしまった。家族の人がやるような、お上品なお辞儀も全然できなかった……出だしは最悪だ。
「緊張しなくて大丈夫ですよ。何も君を食べてしまうわけじゃないので」
「は、はひ……」
私の事を気遣ってくれているのは伝わってくるけど、それでも私の緊張は解れる気配は無い。
「ふむ、これを用意しておいてよかった。よかったら座って飲んでくれませんか?」
「え、これは……」
ヴォルフ様の座っていた前に置かれていたテーブルには、綺麗なガラスのコップが置かれていた。それに注がれていたのは……リンゴジュースだ。
「先程僕が用意したものでして。リンゴジュース、好きでしょう?」
「た、確かに大好きですけど……なんで知ってるんですか?」
私の記憶が間違ってなければ、ヴォルフ様とは初対面のはずだ。それなのに、私の好みを知っているのは、おかしな話だ。
そう思っていると、隣に立っていたエリカさんが、コホンと咳ばらいをしてから口を開いた。
「実は、私達も先日のパーティーに参加しておりました」
「パーティーって……もしかして、マルク様の弟様の?」
「はい。そこで、ヴォルフ様も私も、あなたの事をお見かけしておりまして。その際に、丁度リンゴジュースをお飲みになられていたのです」
「な、なるほどです」
確かに私は、あのパーティーでリンゴジュースを飲んでいた。あの時を見ていたのなら、私が好きなのを知っていても、おかしくはない。
それにしても、ヴォルフ様とエリカさんも参加していたなんて……こうして顔を合わせても、全然気づかなかった。
「立ち話もなんだから、どうぞ座ってください」
「はい……失礼します」
私は恐る恐るソファに座ってから、用意してもらったリンゴジュースを飲む。この爽やかなリンゴの味……凄く美味しい。
でも、何処かで飲んだ事があるような……こんな凄い家の人が用意してくれたリンゴジュースを、私が飲んだ事があるなんて思えないし、気のせいかな?
「少しは落ち着きましたか?」
「なんとか……ありがとうございます。それで、今日はどうして私を招いてくれたんですか……?」
「実は、あなたに頼みたい事があって、わざわざ遠路はるばる来てもらったんです」
「頼みたい事、ですか?」
「僕と婚約を結んでほしいのです」
「…………はい?」
全くと言って良いほど想像していなかったお願いのせいで、私は間抜けな声を出してしまった。
婚約……婚約って……私がヴォルフ様と!? 全然意味がわからないんだけど!?
「ご、ごほんごほん。私から説明いたします。実は、ヴォルフ様は以前からお父上に、もう二十歳になったというのに、いまだに婚約者がいないから、早く婚約者を見つけろと常々言われておられました」
「は、はあ」
「しかし、一向に見つかる気配がありません。なので、婚約者を見つけるまで、なんとかして凌ごうと思っておりました。そんな時、あのパーティーであなたをお見かけした時――」
「僕は君が放っておけなかった!! あんな大衆の前で恥をかかせた君を、助けたかった!!」
エリカさんが説明をしてると言うのに、ヴォルフ様は割って入るように言いながら、勢いよく立ち上がった。
「ヴォルフ様は、お座りになっていてくださいませ。そういうわけで、セーラ様が可哀想と思ったヴォルフ様は、とあることを思いつきました。それは、あなたを偽物の婚約者として迎えようということです」
「私を偽物の婚約者に……?」
「はい。こちらとしては、本当の婚約者を見つけるまで時間を稼げますし、あなたは生活が豊かになるでしょう。お互いにとって利点があるかと」
正直、何がなんだかわからない。だって、いきなり婚約者だなんて……つい最近捨てられたばかりなのに、話が突然すぎるよ!
……でも、心配してくれたからこそ、私にこんな提案を持ちかけてくれたんだよね。
「私なんかで良いのでしょうか……グズで、ドジで、のろまなんですけど……」
「ああ、もちろん。今から君は、僕の婚約者のセーラです」
「は、はい。あの……よ、よろしくお願いします……」
なんだかよくわからないうちに、私はヴォルフ様と偽の婚約を結ぶ事が決定した。よくわからないけど……優しそうな感じの人だし……信じても大丈夫、かなぁ……?
エリカさんと一緒にゆっくりと馬車に乗り込んで揺られる事一時間。私はとても大きな屋敷を前にして、思わず圧倒されてしまった。
私の家なんか、足元にも及ばないくらい綺麗で大きい。玄関の前には大きな噴水があるし、庭園まである。ここだけキラキラと輝く別世界と言ってもいい。
本当に、こんな凄い家の人が、私に何の用なんだろう。ずっと考えていたけど、その答えは当然出ていない。
「セーラ様、ライル家にお越しいただき、誠にありがとうございます。我が主、ヴォルフ様がお待ちです」
「は、はい」
エリカさんの案内の元、私は屋敷の応接室に通された。そこは部屋のはずなのに、私の家よりも大きく、そして何よりも煌びやかだ。
「ヴォルフ様。セーラ様をお連れしました」
「ご苦労様、エリカ。急に呼び出して申し訳なかった」
応接室に置いてあるソファに座っていた男性は、私に微笑みを向けてから、ゆっくりと立ちあがった。
私よりも頭一つ分くらいの身長がある彼は、灼熱のように真っ赤な髪と、黄金色に輝く目が特徴的な男性だ。とても優しい声色と雰囲気が、一緒にいるだけで安心感を与えてくれる。
しかし、私は筋金入りの人見知りだ。そのうえ内気な性格だし……凄い身分の人と、はじめましてをしているのだから、緊張しない方が無理な話だ。
「はじめまして。ヴォルフ・ライルと申します。若輩者ですが、ライル家の当主を務めております」
「は、はは、はじめまして! 私はセーラともうしましゅ!!」
緊張のあまり、盛大に舌を噛んでしまった。家族の人がやるような、お上品なお辞儀も全然できなかった……出だしは最悪だ。
「緊張しなくて大丈夫ですよ。何も君を食べてしまうわけじゃないので」
「は、はひ……」
私の事を気遣ってくれているのは伝わってくるけど、それでも私の緊張は解れる気配は無い。
「ふむ、これを用意しておいてよかった。よかったら座って飲んでくれませんか?」
「え、これは……」
ヴォルフ様の座っていた前に置かれていたテーブルには、綺麗なガラスのコップが置かれていた。それに注がれていたのは……リンゴジュースだ。
「先程僕が用意したものでして。リンゴジュース、好きでしょう?」
「た、確かに大好きですけど……なんで知ってるんですか?」
私の記憶が間違ってなければ、ヴォルフ様とは初対面のはずだ。それなのに、私の好みを知っているのは、おかしな話だ。
そう思っていると、隣に立っていたエリカさんが、コホンと咳ばらいをしてから口を開いた。
「実は、私達も先日のパーティーに参加しておりました」
「パーティーって……もしかして、マルク様の弟様の?」
「はい。そこで、ヴォルフ様も私も、あなたの事をお見かけしておりまして。その際に、丁度リンゴジュースをお飲みになられていたのです」
「な、なるほどです」
確かに私は、あのパーティーでリンゴジュースを飲んでいた。あの時を見ていたのなら、私が好きなのを知っていても、おかしくはない。
それにしても、ヴォルフ様とエリカさんも参加していたなんて……こうして顔を合わせても、全然気づかなかった。
「立ち話もなんだから、どうぞ座ってください」
「はい……失礼します」
私は恐る恐るソファに座ってから、用意してもらったリンゴジュースを飲む。この爽やかなリンゴの味……凄く美味しい。
でも、何処かで飲んだ事があるような……こんな凄い家の人が用意してくれたリンゴジュースを、私が飲んだ事があるなんて思えないし、気のせいかな?
「少しは落ち着きましたか?」
「なんとか……ありがとうございます。それで、今日はどうして私を招いてくれたんですか……?」
「実は、あなたに頼みたい事があって、わざわざ遠路はるばる来てもらったんです」
「頼みたい事、ですか?」
「僕と婚約を結んでほしいのです」
「…………はい?」
全くと言って良いほど想像していなかったお願いのせいで、私は間抜けな声を出してしまった。
婚約……婚約って……私がヴォルフ様と!? 全然意味がわからないんだけど!?
「ご、ごほんごほん。私から説明いたします。実は、ヴォルフ様は以前からお父上に、もう二十歳になったというのに、いまだに婚約者がいないから、早く婚約者を見つけろと常々言われておられました」
「は、はあ」
「しかし、一向に見つかる気配がありません。なので、婚約者を見つけるまで、なんとかして凌ごうと思っておりました。そんな時、あのパーティーであなたをお見かけした時――」
「僕は君が放っておけなかった!! あんな大衆の前で恥をかかせた君を、助けたかった!!」
エリカさんが説明をしてると言うのに、ヴォルフ様は割って入るように言いながら、勢いよく立ち上がった。
「ヴォルフ様は、お座りになっていてくださいませ。そういうわけで、セーラ様が可哀想と思ったヴォルフ様は、とあることを思いつきました。それは、あなたを偽物の婚約者として迎えようということです」
「私を偽物の婚約者に……?」
「はい。こちらとしては、本当の婚約者を見つけるまで時間を稼げますし、あなたは生活が豊かになるでしょう。お互いにとって利点があるかと」
正直、何がなんだかわからない。だって、いきなり婚約者だなんて……つい最近捨てられたばかりなのに、話が突然すぎるよ!
……でも、心配してくれたからこそ、私にこんな提案を持ちかけてくれたんだよね。
「私なんかで良いのでしょうか……グズで、ドジで、のろまなんですけど……」
「ああ、もちろん。今から君は、僕の婚約者のセーラです」
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