【完結済】婚約者である王子様に騙され、汚妃と馬鹿にされて捨てられた私ですが、侯爵家の当主様に偽物の婚約者として迎え入れられて幸せになります

ゆうき

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第十話 新メニュー……?

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 ライル家でお世話になるようになってから一カ月が経った。ここでの生活も、だいぶ慣れて来たおかげで、読書をする時間や、偽物の婚約者としての振る舞いを勉強する余裕が出来てきた。

 しかし、最近ヴォルフ様とエリカさんが多忙を極めていて、ほとんど話せていない。たまに鉢合わせになる事があるけど、いつもすぐに去ってしまう。

 きっと家長やメイド長としての仕事が忙しいのはわかるけど、正直寂しいというのは否めない。

「セーラ様は、本当に読書がお好きですね」
「はい。時間が許すなら、ずっと読んでいられます」
「ですが、そろそろお仕事に行かれる時間ではありませんか?」
「え……あ、本当だ!」

 一緒に部屋にいてくれたメイドの女性に言われて、初めて時間が迫ってきている事に気が付いた。

 私ってば、いくら余裕が少し生まれたからといって、ボーっとしてちゃ駄目じゃない。

「馬車は用意してありますので」
「いつも本当にありがとうございます」

 メイドさんにお礼を言ってから、私は馬車に乗って仕事場に行くと、そこでは既にマスターが仕込みを行っていた。

 ……それはいいんだけど、いつもと比べて仕込みに使う鍋が多い気がする。

「おはようございます」
「ああ、おはよう」
「あの、なんか今日は仕込みの数が多いですね」
「今日は、少々忙しくなる」

 忙しくって……基本的にこの店で忙しい事ってあまりないのに……それに、店を開ける前から忙しくなるってわかるのも不思議だ。

「実は、今日から数量限定の新メニューを提供する。その記念として、数日限定の値引きをする」
「あ、なるほど……それで忙しくなると」
「そうだ。事前に告知をしていたから、いつもより来ると予想できる」

 そうなんだ……よし、そうとわかれば、今のうちに気合を入れて備えておこう。頑張るぞ……!

「マスター、ホールのテーブルを拭いてきます!」
「頼む。忙しくなるとわかっていても、焦る必要は無い。落ち着いてやれば出来る。何かあったらすぐに呼べ」
「はい、ありがとうございます!」

 マスターにそう言ってもらえると、凄い安心感があるから不思議だ。

「よし、テーブルも床もピカピカ……! これで新しいお客さんが来ても大丈夫!」
「ホールの準備、ご苦労だった」
「マスターの方はどうですか?」
「問題ない」
「さすがです! そろそろ開店時間ですね」
「そうだな」

 忙しくなると予想しているのに、相変わらず口数があまり多くないマスター。でも、その方が一緒にいて安心感がある。

「あ、いらっしゃいませ~」
「こんばんは」

 最初のお客さんは、いつも通り常連の男性だった。この人は、本当にいつもオープンと同時に来てくれる。

「ご注文は?」
「いつもので。あ、リンゴジュースは今日は無しで」
「あ、はい。ではエールとフルーツ盛り合わせですね。少々お待ちください」

 ……珍しいな、リンゴジュースを頼まないなんて。まあいつも私にご馳走してくれるものだから、本人的には無くても困らないものだろうけど……。

 そんな事を思っていると、チリンチリン――と、店の扉が開かれる音が聞こえた。

「お~いセーラちゃん、来たぜ~!」
「い、いらっしゃいませ~空いてるところにどうぞ」
「おう!」

 私が婚約破棄をされた日に、お店に来てくれていた二人組の男性は、適当な席に座ってメニューを見始めた。

「お、このデカデカと書いてあるやつが、マスターの新メニューってやつか!」
「は、はい! 私も何なのか知らなくて……」
「そうなのか? よし、それじゃエールと、この新メニューを二人分!」
「ありがとうございます。え、エールと新メニューを二人前です~」

 伝票を持って厨房に行くと、マスターは早速仕事に取り掛かっていた。今日も流れるようなその手さばきは、見ていて惚れ惚れしてしまう。

「……あれ、また鈴の音が……」

 ホールに戻ると、そこには新規のお客さんが来店していた。女性の二人組なんて、ちょっと珍しい。

「いらっしゃいませ~。空いてるところにどうぞ」
「ど~も~。へぇ、思ったより綺麗だね!」
「確かにー!」

 綺麗……えへへ、実は私がお掃除したんですよ。えっへん……なんて……変な事を考えてないで、さっさと仕事をしなきゃ。

「ご注文は?」
「店員さんのオススメが良いな~」
「わ、私のですか……あの、その……えっと……」

 どうしよう、いきなり聞かれたせいで、頭が全然回ってない。早く答えないと、怒られてしまうかもしれない。

「あはは、焦らなくてもいいよ」
「そうそう。うちら、そんな事で怒らないからさ!」
「あ、ありがとうございます。オススメはこの新商品です。それと……リンゴジュースが美味しくてオススメです」
「リンゴジュース好きなの? やだぁ~可愛い~!」
「あ、こ、困ります……」

 一人の女性が、私に抱きついて頭をなでなでしてくれた。いきなりそんな事をされたら驚くけど、ちょっと喜んでる自分がいるのが怖い。

「じゃあこの新メニューとリンゴジュースね!」
「ウチも~」
「かしこまりました。新メニューとリンゴジュース二人前です~」
「わかった。それと、これを一番卓に提供してくれ」

 マスターの前には、エールが注がれた樽ジョッキと……これは、大きなお肉を煮込んだ料理? 凄く良い匂いがする……あ、お腹鳴りそう……。

「丸ごとビーフシチュー煮込み肉だ。ネーミングはあれだが、自信作だ」
「そ、そんだんでしゅねぇ……」
「セーラ、ヨダレ」
「はっ……!? あ、危ない所でした……とにかく提供してきます!」

 危うく大失態をしそうになりながらも、私は先に来た男性達に、エールとお肉を提供した。もちろん、ひっくり返さないように慎重に。

「もぐもぐ……な、なんだこれ……歯がいらないくらいトロトロじゃねーか!?」
「やべえ……これがこの値段はやべえ……他の所で食おうとしたら、倍ぐらいはするぞ……」

 え、ええ……? マスターってば、かなり攻めた事をしたんだなぁ……決めるのはマスターだから、私がどうこう言う立場じゃないけど……。

「こっちも出来たから提供してくれ」
「はいっ」

 提供してから間もなく、私はリンゴジュースとお肉を持って、女性のお客の所にいくと、二人共とても喜んで食べてくれた。

 すごいなぁ……マスターの新商品、大当たりだ。多分さっき言ってた通り、数量限定にはなるだろうけどね。

 さて、これから忙しくなるだろうな……改めて気合入れておこう! 頑張るぞー!

 ……なんて余裕を出せれるのは、ここまでだった事を、私はまだ知らない。
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