【完結済】婚約者である王子様に騙され、汚妃と馬鹿にされて捨てられた私ですが、侯爵家の当主様に偽物の婚約者として迎え入れられて幸せになります

ゆうき

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第二十九話 マスターの読み通り

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 マルク様は口角を上げながら、私が提供したステーキを指差した。

 どうして私に食べさせたいのかわからないけど、こんな辛いの食べたら、きっと私は辛さに耐えきれなくて、のたうち回ってしまうだろう。それくらい、私は辛い物が苦手だ。

「どうした、この俺様が恵んでやった物を粗末にするわけがないよな?」
「うっ……うぅ……」
「ほら、早く食え。俺様はその悶える姿を肴に、この美味い酒を楽しむ」

 この人、私に酷い事をする為に、わざと辛い料理を……! やっぱりこの人の本性は、あのパーティーで見せたように酷いものだったんだ……!

「あなた、そんな事を――」
「いい。口出しをするな」

 私が困っていると、常連のお客さんが助けてくれようとしたけど、マスターが彼を何故か静止してしまった。

「まさか、この俺様の言う事が聞けない……なんて事は無いよな?」
「っ……わかり、ました」

 もう逃げられない。助けてくれる人もいない。そう思って腹をくくった私は、恐る恐るステーキを口にする。

「くくっ……その震える姿だけでも面白い。やはりお前はこうでなくては」
「か、から……あれ?」

 凄い辛さで口の中が大変な事になると思っていたのに、辛さなんて全然感じない。甘さとしょっぱさが良い感じに調和していて、いくらでも食べられそうだ。

 おかしい、この料理はもっと辛いはずなのに……緊張しすぎて、私の味覚がおかしくなってしまったのだろうか?

「……おい、なんだそのつまらない反応は。もっと悶える姿を見せろ!」
「そ、そう言われても……ひっ、ひえ~……?」
「馬鹿にしてるのかお前!?」
「ごご、ごめんなさいごめんなさい! そんなつもりは!」

 いきなり悶えろと言われても、どうすればいいのか全然わからなかった私は、身体を縮こませて怯えていると、マスターが私の前に出てきた。

「おいマスター。これは一体どういう事だ? この肉は名前負けか?」
「いや、この料理は特製のソースを使った、激辛料理だ」
「それならなぜこんなに無反応なんだ? こいつがそれほど辛い物に強いのか?」
「それも違う。セーラは辛い物が大の苦手だ。王子がそれを知っているかどうかは、俺にはわからなかったが、これを食べさせて苦しませるのは容易に想像できた」

 えっと……つまり、これは私の味覚がおかしくなったんじゃなくて、元々の味付け自体が違ったって認識でいいんだよね?

「だから、このステーキには特製のトマトソースを使った。色も似ているから、わからなかっただろう?」
「トマトソースだと? 明らかに違うものを提供したというのか。もし俺様が食べていたらどうするつもりだった?」
「その可能性は考えていなかった。何故なら、あなたはセーラに嫌がらせをして恥をかかせるほどの、性根が曲がった人間だと知っていたからな」

 はっきりと言ったマスターの姿はとてもカッコよくて、何故かマスターの背中が、ヴォルフ様のように見えた。

 どうしてヴォルフ様の事を思い出すのだろう? 確かに私はあの人の事を想ってしまうようになったけど、マスターとヴォルフ様は関係ないのに……。

「ちっ……なら、この店の酒を全部出せ。金ならある。早くしろ」
「……それは、本当にあなたが全て飲めるのか?」

 さっきまでは、いつも通り冷静に喋っていたマスターだったが、突然声にドスが効き始めた。ちょっぴり怖いくらいに……。

「なんだお前、俺様にたてつくのか!」
「飲めるのかどうなのか。そう聞いている」

 互いに机を叩いたせいで、店の中にドンッ!! と凄い音が鳴り響いている。それでも、二人は一向に引く気配がない。

「知るか。俺様が飲むもんじゃないんだからな」
「一度目は見逃したが、二度目は無い。国のトップに立つ人間が、食べ物で遊ぶな」

 そうだよね、食べ物や食材になった動植物に、そして作ってくれた人に感謝をして食べないといけないのに、遊ぶなんて駄目だよ!

「……くくっ……あはははは! お前、この俺様に説教するなんて、本当に良い度胸をしてるな! 気に入った! お前を城のコックに雇ってやる! ほら泣いて喜ぶと――」
「面白い冗談だな。満足したならさっさと帰れ。そして二度と来るな」

 マスターに一蹴されてしまったマルク様は、楽しそうに笑っていたのから一転して、完全に怒り狂った顔をマスターに向けた。

「あまり調子に乗るなよ? 俺様を誰だと思っている」
「誰だろうが、ここにくれば等しく客だ。普通に食べて飲んで楽しむ分なら、俺は誰でも歓迎し、最高の料理と酒でもてなす。だが、お前はうちの大切なセーラを、一度ならず二度も弄び、食べ物で戯れた。そんな人間は、客じゃない。営業妨害だから、さっさと帰れ」

 マスターの主張が終わった後、ジッと互いに睨み合う二人。しかし、すぐマルク様の方が顔を逸らし……そして、大きな笑い声をあげた。

「本当に面白いなお前! 最高だぜ……ここに来て心底良かったと思えた! 今日はお前の度胸に免じて帰るとしよう」

 そう言うと、マルク様はテーブルの上にお金を叩きつけるように置いた。

「楽しませてくれた礼だ、釣りはいらねえ。これからも俺様を楽しませてくれる事を期待してるぜ?」
「次など無い」
「そうか? 俺様はあると思うがな。それも近い将来……な。じゃあな貧乏人、また会おうぜ」
「さ、さようなら……」

 私は、とても上機嫌に去るマルク様の姿に呆気に取られながらも、いつもお客さんが帰るときの様に、頭を深く下げてお見送りをした。

 なんだかよくわからないけど……マスターの機転のおかげで助かったのは事実だ。本当に私って、助けてもらってばっかりだよ……もっとしっかりしなきゃ。




「おい、これから俺様の指示する事をしろ。いいか――」
「……え? しかしそれでは他にも被害が出る恐れが……」
「俺様の専属兵の分際で指図するとは、随分と偉くなったものだな。いいからやれ。それと、今言った後を実行後、奴を尾行するのも忘れるな」
「はっ……!」
「くくくっ……セーラにマスター……もっともっと俺様を楽しませてもらうぜ……! この退屈で死にそうな心を潤してくれるほどの惨めさを見せてくれ……!」
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