婚約者に騙されて巡礼をした元貧乏の聖女、婚約破棄をされて城を追放されたので、巡礼先で出会った美しい兄弟の所に行ったら幸せな生活が始まりました

ゆうき

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第二話 全てを失い

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「どうして何もないんですか……?」

 更地になってしまった土地を見ながら、私は声を震わせました。

 もしかして、場所を間違えてしまったのでしょうか? そんな事は絶対に無いはずです……だってすぐ近くにある木に見覚えがあります。ほら、根元に……私が幼い頃に彫った跡があります。

 やっぱりここは私の家があった所に違いありません。なのに、どうして更地になってしまったんですか? ううん、家なんて最悪どうでもいいです。それよりもお母さんは……!?

「……おや、そこのお嬢さん……そんな所で何をしてるんだい?」
「え……? あっ、あなたは!」
「……?」

 呆然と立ち尽くしていると、腰が大きく曲がったお爺様に声をかけられました。その方は私の知っている方でした。私の家の近所に住んでいた方で、幼い頃によくお話をしたんです。

「もしかして……シエルちゃんかい?」
「は、はい……シエルです」
「なんと、帰ってきていたのか! 話は聞いておる。世界を旅しておったのだろう?」
「そうなんです……それで、帰って来たら……」
「そうか……なんて言ったらいいか……」

 お爺さんは困った様に視線を逸らしてから、とても悲しそうな瞳を私に向けました。

「君のお母さんだが……旅に出てから一年程経った日に……」
「嘘です! お母さんは亡くなってません! だって、ずっと手紙を……!」
「信じたくない気持ちもわかるが、事実なんだ。近くにある墓地に埋葬されたそうだから、帰ってきたと報告してあげるといい」
「…………」

 いまだに信じられない私は、疲れ以上に酷いものを感じながら、近くにある墓地へと向かいました。そこには、大きさも形もバラバラで歪な墓標が、静かに佇んでいました。

「こんなにたくさんの中から探すなんて……墓地の管理をしてる人ならきっとわかるはずですよね」

 そうですよ、管理をしてる人に聞いて、お母さんがここにいないって証明すればいいんです。きっとお母さんの名前なんてあるわけないんですから。

「あの小屋でしょうか……ご、ごめんくださーい……」
「はいはい。何か御用ですか、お嬢さん」

 小屋のドアを控えめに叩くと、中から若い男性の方が出てきました。この方がきっと管理をしてる人だと思います。

「ここに……アンヌという名前の女性が埋葬……されてませんよね?」
「アンヌ? アンヌ……ここには沢山の人が埋葬されてるので、個人の名前までは覚えてないのです。その名前なら、恐らくここから北の方にある墓地辺りき埋葬されてるはずなので、ご自身で確認してもらえますか?」
「わ、わかりました……」

 私は男性と別れると、言われた通り北へと向かいます。

 あの男性が知らなかったんだから、きっとお母さんはここにいないんです。きっと……ううん、絶対にいません。どこかに隠れていて、タイミングを見て私をビックリさせるつもりなんでしょうう。

「お母さんったら、いつからそんな悪い趣味を持ったんですか……あはは……」

 乾いた笑い声を漏らしながら、私は北に集まった墓地を確認しました。お金が無くて職人に頼めなかったのか、この辺の墓地は特に歪なものが多いです。

 その中に……あったんです。アンヌ・マリーヌと刻まれた墓地が……。

「嘘……やだっ……嘘だよね、お母さん……!!」

 何度見ても、墓標に刻まれた文字は変わりません。それは……お母さんは本当に亡くなったんだという事実を、ありありと私に突きつけてきました。

「うっ……うぅ……うわぁぁぁぁん!! お母さぁぁぁぁん!!」

 私はお母さんの名が刻まれた墓標を抱きしめながら、声を上げて泣きました。

 もうお母さんはこの世にいない。私の名を呼んでくれる事も、私を撫でてくれる事も、私を抱きしめてくれる事も……もう無い……。

 私のせいだ……私が巡礼なんかにいかなければ……私が騙されなければ、ずっと傍にいられたのに……! 看病できたのに……! もしかしたら、聖女の力が上手に使えるようになって、病気を治せたかもしれないのに! もっとお金を稼いで来れば、国の回復術師に頼んで治せてもらえたかもしれないのに!

「ごめんなさい……私のせいで……ごめんなさい……!」

 誰も応えてくれない。慰めてもくれない。それでも私は……冷たくなってしまったお母さんを抱きしめながら、謝る事しか出来ませんでした――


 ****


 ひとしきり泣いた私は、何もせずにお母さんの事を、虚ろな目で見つめていました。いつの間にか振りだしていた雨に濡れたせいで、今も瞳の下に流れる雫が、涙か雨かわかりません。

 ……お母さん……私、どうすればいいんでしょうか。私の目的は、お母さんと一緒に幸せに暮らす事でした。私が赤ちゃんの頃、事故で亡くなったお父さんの分まで私を育ててくれたお母さんに、恩返しがしたかったのに……。

「お母さん……お母さんがいない世界に……意味なんてあるのかな……」

 私にとって、お母さんは色んな意味で全てでした。大切な家族で……私の気味の悪い真っ白な髪も、何一つ言わずに愛してくれました。

 そんなお母さんがいなくなったという喪失感は、私にある事を思いつかせました。

 ……もう死んじゃおうかな、と。

 でも、死んだところでお母さんは絶対に喜ばない。むしろ悲しませるだけでしょう。そんなのはわかってるんですが……行く所もないし、味方もいない……。

「……あっ……そういえば……」

 ぼんやりとしていると、私はある人の事を思い出しました。それは、巡礼の旅をしている時に出会った方……小さな領主の息子様で、私にお母様の治療をお願いしてきた方です。

 その方は愛想の無い方でしたが、根はとても優しい方で……別れ際に、困った事があったらすぐに来いと言ってくれたほどの人です。

 もしかしたら……今の私を助けてくれるかもしれません。ここでこうしてても落ち込むだけですし……ダメ元で行ってみましょう。それで駄目だったら、その時は……。

「……でも……置いてはいけない……ずっと離れてたんだから、最後くらいは一緒でいいよね……」

 私は一度管理人の方に話をして、お母さんを墓地から出してもらいました。そして、小さな箱の中に、お母さんを入れてもらいました。

 これで準備は出来ました。こんな遺骨なんて持っていったら、絶対に気味悪がられるでしょうけど……もうお母さんとは離れたくないんです。だから……一緒に行きます。

 お母さん……これからは一緒だからね。こんな親不孝者で……本当にごめんなさい……。
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