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第三話 一人の方が気楽
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使用人の手によって、私は汚いエプロンドレスから、綺麗なドレスに着替えさせられた。高い技術力によるお化粧で日頃の傷は全く見えないし、髪も綺麗に整えられた。
「終わりました。もうすぐ迎えがまいりますので、ここで大人しくお待ちください」
「わかっておりますわ」
まるで、用が済んだから一秒でも早く去りたいと言わんばかりに、使用人達は私の元を去っていった。
こちらとしても、一人の方が好きだから都合がいい。束の間の静かな時間を堪能させてもらうとしよう。
「…………はぁ」
ぼんやりと、姿見に映った自分の姿を見つめる。
鏡には、長い金色の髪と、クリッとした金色の目が特徴的な女性の姿がある。その体は驚く程小さく、二つ年下のマーガレットのほうが姉と言われた方が、しっくりくるほど貧相だ。
それもそのはず……私は生まれた時から、既にお父様に見放されている。ゆえに、赤子の時から満足な食事を与えられていない。そんな私が、たくさん食事を与えられているマーガレットのように成長できるはずがない。
「私が魔法を使えていれば、私もお母様も、酷い目に合わなかったのかしら……」
もう何度考えたかわからない仮定を、ボソッと呟く。
貴族というのは、子供が生まれた時に魔法の才能があるかを調べる儀式をする。
私はその儀式で、才能が無いと言われて……その結果、優秀な魔法使いが欲しかったお父様に見放され、私を生んだお母様も役立たずの烙印が押されたの。
「考えても仕方がないですわね。今は目の前の問題を片付けましょう」
これから行くパーティーで、もし何か失敗をしてしまったら、また酷いことをされるのは明白だ。余計なことを考えてないで、集中しないと。
「やっほー! 暇だから遊びに来てあげたよ! 感謝してよね!」
人が静かに集中しているところに、呼んでもいないのに、マーガレットがノックもしないで入ってきた。
「こな……ごほん。なにかしら、マーガレット」
「だから、暇だから来てあげたんだって。話聞いてた?」
危うく来ないでって言いそうになったのを、なんとか飲み込むことが出来た。油断していると、つい本音が出てしまいそうになる。
あと、マーガレットの話を一々しっかり聞いていたら、どれだけ時間と精神力があっても足りないだろう。
「ここに来ても、楽しいことはなにもありませんわよ」
「いや、そんなことはないよ。あたし、今のお姉様を見てるだけでも楽しいもん」
そう言いながら、マーガレットは私のことをじろじろ見てから、視線を自分の体に向け……勝ち誇るように、大きく空いた胸を張った。
「さすがうちの使用人が準備をしただけあって、多少は見れるようになってるけど、あたしの方が何十倍も美しくて、色っぽい! 見た目も惨めとか、お姉様には本当に同情するよ~」
「そう。同情するなら、一人にしてくれませんこと? 大事なパーティーで失敗して、余計に惨めになりたくありませんの」
遠回しに、かつマーガレットがイライラしないような言い方で、出ていくように促す。
本当なら、もっとガツンと言いたいところだけど、それが許されないのがつらいところだ。
「シャーロット様、出発の準備が整いました。おや、マーガレット様もいらしたのですね」
「暇だったからね。それじゃ、出発しましょ!」
本当は嫌だけど、仕方なく一緒に屋敷を出ると、二台の馬車が用意されていた。
一台は、大きくて装飾もしっかりした立派なもので、もう一台は明らかに大きさも装飾も一段階は落ちている。
決して悪いわけじゃないのだけど、見比べると随分と差がある。どっちに乗るかは……言わなくてもわかるだろう。
「ご主人様は、既にお乗りになられています。お二人もお乗りくださいませ」
使用人に促されて、マーガレットは大きくて綺麗な馬車にリードされて、ゆっくりと乗る。そして私は、小さな方にリード無しで乗りこんだ。
私達が馬車に乗りこむと、目的地に向かってガタガタと動き始める。目的地のイグウィス家まで、一時間程度だ。
到着までの間、特にこれといってすることは無い。誰かと一緒に乗っていれば、お喋りとかできるだろうけど、一人の私にはそれが出来ない。
「……少し仮眠を取ろうかしら」
今朝も朝早くから動いているのに加えて、フロワを採りに行った疲労もある。少しくらい休んだって、罰はあたらないだろう。
****
無事に会場に到着した私は、多くの参加者の談笑する声が響く、広くて豪華な部屋の隅で、一人寂しく立っていた。
本来なら、ベルナール家の者として、挨拶をするべきなのだが、私がいるとお父様は嫌そうな顔をする。それに、なによりも――
「まあ、見てくださいな。あそこにシャーロット様がいらっしゃいますわ」
「相変わらず、何を考えているかわからないお顔ですこと……ああ気味が悪い」
「ふん、主催の婚約者とはいえ、あんな無能がパーティーに参加するだなんて、場違いもいいところであるな」
聞いての通り、私は家の人間だけじゃなく、他の貴族からのあたりも強い。私のことをよく言ってくれる人なんて皆無だ。
認めたくはないけど、こんな散々な評判の私を挨拶回りに連れていかないのは、英断だと思う。
「近づいたら殺されるかもしれませんよ。向こうに行きましょう」
別に何も思っていないのに、近くにいる女性に少しだけ視線を向けたら、連れていた小さな子供を連れて、そそくさと離れていった。
殺すだなんて、そんな物騒なことを考えるわけもないが、そう思われるのも仕方がない。
なにせ、感情を表情に出すと、叱られたり嘲笑されて育ってきたから、誰かがいる時は、無表情でいるようにしている。それが、不気味なのだろう。
「まあ、私としては一人の方がいいから、離れてくれるのは気が楽でいいのですが……」
「ふん、相変わらず辛気臭い顔をしているな」
せっかく一人になれたというのに、わざわざ話しかけてくる珍しい人の声に反応して、視線を向けると、そこには綺麗な女性を侍らせた男性が立っていた。
「終わりました。もうすぐ迎えがまいりますので、ここで大人しくお待ちください」
「わかっておりますわ」
まるで、用が済んだから一秒でも早く去りたいと言わんばかりに、使用人達は私の元を去っていった。
こちらとしても、一人の方が好きだから都合がいい。束の間の静かな時間を堪能させてもらうとしよう。
「…………はぁ」
ぼんやりと、姿見に映った自分の姿を見つめる。
鏡には、長い金色の髪と、クリッとした金色の目が特徴的な女性の姿がある。その体は驚く程小さく、二つ年下のマーガレットのほうが姉と言われた方が、しっくりくるほど貧相だ。
それもそのはず……私は生まれた時から、既にお父様に見放されている。ゆえに、赤子の時から満足な食事を与えられていない。そんな私が、たくさん食事を与えられているマーガレットのように成長できるはずがない。
「私が魔法を使えていれば、私もお母様も、酷い目に合わなかったのかしら……」
もう何度考えたかわからない仮定を、ボソッと呟く。
貴族というのは、子供が生まれた時に魔法の才能があるかを調べる儀式をする。
私はその儀式で、才能が無いと言われて……その結果、優秀な魔法使いが欲しかったお父様に見放され、私を生んだお母様も役立たずの烙印が押されたの。
「考えても仕方がないですわね。今は目の前の問題を片付けましょう」
これから行くパーティーで、もし何か失敗をしてしまったら、また酷いことをされるのは明白だ。余計なことを考えてないで、集中しないと。
「やっほー! 暇だから遊びに来てあげたよ! 感謝してよね!」
人が静かに集中しているところに、呼んでもいないのに、マーガレットがノックもしないで入ってきた。
「こな……ごほん。なにかしら、マーガレット」
「だから、暇だから来てあげたんだって。話聞いてた?」
危うく来ないでって言いそうになったのを、なんとか飲み込むことが出来た。油断していると、つい本音が出てしまいそうになる。
あと、マーガレットの話を一々しっかり聞いていたら、どれだけ時間と精神力があっても足りないだろう。
「ここに来ても、楽しいことはなにもありませんわよ」
「いや、そんなことはないよ。あたし、今のお姉様を見てるだけでも楽しいもん」
そう言いながら、マーガレットは私のことをじろじろ見てから、視線を自分の体に向け……勝ち誇るように、大きく空いた胸を張った。
「さすがうちの使用人が準備をしただけあって、多少は見れるようになってるけど、あたしの方が何十倍も美しくて、色っぽい! 見た目も惨めとか、お姉様には本当に同情するよ~」
「そう。同情するなら、一人にしてくれませんこと? 大事なパーティーで失敗して、余計に惨めになりたくありませんの」
遠回しに、かつマーガレットがイライラしないような言い方で、出ていくように促す。
本当なら、もっとガツンと言いたいところだけど、それが許されないのがつらいところだ。
「シャーロット様、出発の準備が整いました。おや、マーガレット様もいらしたのですね」
「暇だったからね。それじゃ、出発しましょ!」
本当は嫌だけど、仕方なく一緒に屋敷を出ると、二台の馬車が用意されていた。
一台は、大きくて装飾もしっかりした立派なもので、もう一台は明らかに大きさも装飾も一段階は落ちている。
決して悪いわけじゃないのだけど、見比べると随分と差がある。どっちに乗るかは……言わなくてもわかるだろう。
「ご主人様は、既にお乗りになられています。お二人もお乗りくださいませ」
使用人に促されて、マーガレットは大きくて綺麗な馬車にリードされて、ゆっくりと乗る。そして私は、小さな方にリード無しで乗りこんだ。
私達が馬車に乗りこむと、目的地に向かってガタガタと動き始める。目的地のイグウィス家まで、一時間程度だ。
到着までの間、特にこれといってすることは無い。誰かと一緒に乗っていれば、お喋りとかできるだろうけど、一人の私にはそれが出来ない。
「……少し仮眠を取ろうかしら」
今朝も朝早くから動いているのに加えて、フロワを採りに行った疲労もある。少しくらい休んだって、罰はあたらないだろう。
****
無事に会場に到着した私は、多くの参加者の談笑する声が響く、広くて豪華な部屋の隅で、一人寂しく立っていた。
本来なら、ベルナール家の者として、挨拶をするべきなのだが、私がいるとお父様は嫌そうな顔をする。それに、なによりも――
「まあ、見てくださいな。あそこにシャーロット様がいらっしゃいますわ」
「相変わらず、何を考えているかわからないお顔ですこと……ああ気味が悪い」
「ふん、主催の婚約者とはいえ、あんな無能がパーティーに参加するだなんて、場違いもいいところであるな」
聞いての通り、私は家の人間だけじゃなく、他の貴族からのあたりも強い。私のことをよく言ってくれる人なんて皆無だ。
認めたくはないけど、こんな散々な評判の私を挨拶回りに連れていかないのは、英断だと思う。
「近づいたら殺されるかもしれませんよ。向こうに行きましょう」
別に何も思っていないのに、近くにいる女性に少しだけ視線を向けたら、連れていた小さな子供を連れて、そそくさと離れていった。
殺すだなんて、そんな物騒なことを考えるわけもないが、そう思われるのも仕方がない。
なにせ、感情を表情に出すと、叱られたり嘲笑されて育ってきたから、誰かがいる時は、無表情でいるようにしている。それが、不気味なのだろう。
「まあ、私としては一人の方がいいから、離れてくれるのは気が楽でいいのですが……」
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