【完結】 ずっと夫を信じて暴力や暴言に耐えてきましたが、もう耐えられません ~あなたが離婚を望むなら、喜んで受け入れます~

ゆうき

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第三話

「なんですの、ここは。埃っぽいしかび臭いし、最悪の環境ですこと。こんな場所は、あなたのような田舎者にとっては、都のような場所でしょうけど。だって、あなたの故郷は、いまだに洞窟や木の下に住んでいるのでしょう?」

「確かに私の故郷は田舎ですけど、ちゃんとした家に住んでますから」

 私とまだ仲が良かった頃は、マルセム様と同じように、笑顔が素敵な優しい女性だったのに、化けの皮が剥がれた途端にこれだ。人によっては、人間不信になってもおかしくない。

「それで、何かご用ですか?」

「私達、もう会うことは無いでしょう? だから、最後に昔のようにお喋りをするのも一興と思いましてね。面白い話を用意いたしましたの」

 ものすごく興味が湧かないのだけど。そんな話なんてしなくて良いから、私の前からいなくなってほしい。

「まず最初に感謝を。あなたのおかげで、私は富と権力、そしてマルセム様の愛を得られましたわ」

「私のおかげ……? 何が言いたいのですか」

「あら、気づきませんでしたの? 私があなたと友人ごっこをしていたのは、最初からあなたからマルセム様を奪うつもりで、お近づきになる機会を得るためだったからですわ。王子である彼と結婚出来れば、私の欲しいものがすべて手に入りますもの」

「あなただって、一応貴族ではないですか。私なんかよりも、富も権力もあるはず」

「田舎者にはわからないでしょうが、私の家の爵位は男爵。下から数えた方が早い程度の爵位ですわ。その程度では、富も権力もたかが知れてます」

 私からすれば、爵位を持っているだけでも恵まれている。人間の欲というのは、なんとも醜いものだね。

「あなたに近付いて仲良くし、興味もない相談を受けて信頼を得ながら、マルセム様にお近づきになれる機会を伺った。そして、四年前のあの日……二人きりになれたタイミングで、私はマルセム様を誘惑したわ。その時点で、既にあなたへの愛情は少し冷めていたみたいでしてね。すぐに私を愛するようになってくださいましたの」

 まるで武勇伝を話すように笑うベアトリス様は、更に言葉を続ける。

「そうそう。実は私のお腹には、新しい命が宿っておりますのよ。もちろん、愛するマルセム様との」

「そうですか。おめでとうございます」

「……反応が面白くありませんこと。普通なら、もっと悲しんだり怒ったりするものではなくて?」

 まだマルセム様を愛している頃なら、きっと言われた通りの反応をしていたと思うけど、ずっと離婚がしたいと思っていたから、望まれている反応を返すことは出来ない。そもそも、愛のある結婚でもなかったしね。

「では、とっておきの話をして差し上げましょう。っと、その前に……あなたが結婚する際に、マルセム様と交わした約束を覚えていらっしゃいますか?」

「ええ……もちろん。故郷にいるお母さんを、支援するというものですよね」

 ――元々私は、結婚をする五年前までは、ティタブタン国の広大な自然の中にある、田舎の村の出身で、そこでお母さんやサン、あと村に住んでいる数人のお年寄りの方と一緒に、つつましく暮らしていた。

 お母さんは、体が強くないのに、女手一つで私を育ててくれたのだけど……五年前の時点で体を壊してしまい、寝たきりの生活を送っていた。私は、そんなお母さんを支えながら生きていた。

 ある日、森に食べ物を探しに行った際に、遭難したマルセム様を見つけた私は、放っておけなくて看病をしてあげたの。

 どうやら彼は、森にウサギ狩りをしに来ていたようだが、夢中になって護衛とはぐれてしまった挙句、崖から転落して動けなくなってしまったそうだ。

 幸いにも、怪我はそこまで酷いものじゃなかった。それに、ほどなくして城から迎えが来てくれた。

 短い期間の出来事だったとはいえ、その時はまだ優しかったマルセム様との生活は、楽しかった。それはマルセム様も同じだったようで、私との別れを惜しんだ。
 そして、別れ際に彼は私に告白をしてきた。

『エメフィーユ、僕は君の優しさ、そして美しさに心の底から惚れこんでしまった。ぜひ僕と結婚をして、一緒に暮らしてくれないか?』

 生まれて初めての告白。それもとても情熱的なものに、私は戸惑った。

 告白自体が初めてだったし、なによりも……私が結婚をして家を出ていったら、お母さんを放っておくことになってしまうもの。

 そんな私のことを考えてか、マルセム様は私を一人にして、考える時間をくれた。その間、彼はお母さんと一緒にいてくれたの。

 しばらく考えた結果、私はやっぱり断ろうとした。
 他の女性と恋に落ちて、私達を捨てて家を出たお父さんの分まで、私を大切に育ててくれたお母さんを、一人ぼっちにさせるわけにはいかなかったから。

 それを伝えようとしていたら、お母さんから思わぬ言葉が投げかけられた。

『エメフィーユ、あなたはずっと私のために生活していた。そろそろ、自分の幸せのために生きてもいいんじゃないかしら』

 お母さんは、ずっと自分の面倒を見ていた私に、負い目を感じていたのは知っていた。だから、この機に私を自分から解放させたかったのだと思う。

 もちろん、私はお母さんを説得しようとした。しかし、一向に折れる気配がないお母さんに根負けをしてしまった私は、とある条件をマルセム様に出した。

 それが、結婚したら、私の代わりにお母さんの生活を支えてほしいというものだった。

 マルセム様は快く了承し、私はそのまま城へと連れていかれ……あれよあれよという間に結婚をした。

 結婚をしたものの、マルセム様への恋愛感情はまだ無かったから、愛し合うことは無かったけど……恵まれた生活を送っていたが……恋愛感情が生まれる前に、あのつらい時期に入ってしまったの。

 毎月お母さんには手紙を送っていたのだけど、暴力を振るうようになってから、お母さんへの手紙も許してもらえなかったから、きっと心配しているだろう。自由になった暁には、まずは手紙を出して無事を伝えたい。

「その支援ですが、もうとっくの昔に打ち切られていることは、ご存じですか?」

「……は……? そんなはずは……」

「信じられないのも無理はありませんわね。今月の分だって、ちゃんと支援金も人員も送ったという報告書は出てますもの。ですが、人員なんてもう何年も送られてませんし、お金はマルセム様が中抜きして、この美しい宝石やアクセサリーになりましたの。ああ、なんて有意義なお金の使い方でしょう!」

 お金も、人も行っていない? お金が無ければ、たまに故郷に来てくれる商人から、生活に必要なものが買えない。食料だって、村のお年寄りだけで、動けないお母さんの分まで賄うのは難しいから、人もお願いしたのに……。

「それじゃあ……お母さんは……?」

「さあ? 興味がないから、知る由もありませんわ、今頃野垂れ死んでいるのではなくて?」

「そ、そんな……うそだ……うそ……う、うわぁぁぁぁああああ!!!!」

 ベアトリス様……いや、ベアトリスのふざけた態度に堪忍袋の緒が切れた私は、耳がつんざけそうなくらいの声量の雄たけびを上げながら、ベアトリスに殴りかかろうとする。

 しかし、今の私は磔にされている状態だ。がしゃんっ! という金属の音が虚しく響き、私の体は止められる。
 それでも、私は何度も何度も体を前にやろうとして、そのたびに金属の音を響かせ、無駄に自分の体を痛め続けた。

「ふざけるな! どれだけあなた達は、私に酷いことをすれば気が済むの!? 私が何をしたっていうの!?」

「あら、やっと面白い反応が見られましたわね。言っておきますが、事の発端はあなたが母親を見捨てたことですのよ?」

「違う! 私はお母さんを見捨ててなんかいない!」

「なら、どうして結婚を受けたのですの? 目の前に好条件が吊るされた状態でも、本当に母親のことを想っているのなら、力づくでも追い出したのではなくて?」

「そ、それは……ち、違う……私は、お母さんを見捨ててなんかいない……」

「あなたが知らないうちに、あなたは母親の面倒を見ることが嫌になっていたのですわ。だから、マルセム様の申し出も受けた。それで私達のせいにされてもねぇ?」

「あ、あぁ……私……わた、し……わたしのせいなの……?」

 さっきまでの、身を全て焼きつくすような怒りは完全に消え、一気に血の気が引いていく。
 そして、深い悲しみと絶望が私の心を支配し……目から溢れた大粒の涙が、薄汚れた床を濡らした。

「あなたは母親と幸せになるとか仰っておりましたが……母親を見捨てたあなたに、幸せになる資格なんてあるのかしら?」

「ぐすっ……う、うぅ……」

「あなたは許されない罪を犯した。母親も、きっとさぞお怒りでしょう。その贖罪をするためにも、ここに残って私達のために働くことを勧めますわよ。あなたが世界一不幸になることが、母親に出来る唯一の贖罪ですから」

「……キッ……キキー!!」

 絶望に打ちひしがれている私を守るように、サンが鳴き声を上げながらベアトリスの顔に飛び掛かると、鋭い爪で何度も引っ掻いた。

「きゃああぁぁ!? い、痛い! 痛いですわ! このサル、私の美しい顔に傷をつけるだなんて!!」

「ウキー! ウキキキー!!」

「ああ、早く手当てをしないと、跡が残ってしまいます! 覚えておきなさい!」

 さっきまでの余裕の態度から一転して、ヒステリックを起こしたかのように喚きながら、ベアトリスは地下牢から逃げていった。

「……キー……」

「サン……ダメでしょ、危ないことをしたら……私のことなんて、放っておいていいのに……」

 私は、お母さんを見殺しにした罪人だ。そんな私が、サンに助けてもらう資格なんて……これっぽっちもない。

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