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第八話
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三日後、ティタブタン国での公務を終えたリオン様と一緒に、私は馬車に乗ってミヌレーボ国へと向かっていた。
ティタブタン国は、多くの作物が採れる、緑豊かな国だ。だから、国土の多くが広大な自然に囲まれている。
一方、ミヌレーボ国は乾燥地帯ということもあり、自然が少なくて荒れ地や鉱山が非常に多い国だ。
国境を超えたあたりから、もう自然はほとんど無くなってしまい、ずっと荒れた土地を馬車が走っている。
「エメフィーユ、暑くないか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか。水分補給はしっかりするようにな」
立場とか地位とか関係なしで、誰かに心配されるのは久しぶりの体験だから、不思議な感じだ。
結婚して少しの間は、マルセムが色々と気を使ってくれていたが、乱暴するようになってからは、心配なんてしてくれなかったからね。
「そろそろ町につく。城にも間もなく着くから、降りる準備をしておいてくれ」
「はい」
準備と言っても、私は降ろさなければいけない持ち物は、何一つ持ち合わせていない。強いて言うなら、サンがちゃんと服の中にいるか確認するくらいだ。
「サン、大人しくしててね」
「キー」
服の中から顔だけ覗かせるサンの頭を、人差し指で優しく撫でながら、外を眺める。そこには、多くの人で賑わう市場が広がっていた。
ティタブタン国は、木製の建物が多く立ち並んでいるが、ミヌレーボ国は粘土やレンガを多く使った建物が多いんだね。
「到着したようだ。足元に気をつけて降りてくれ」
リオン様の手を借りて馬車を降りると、目の前には大きなお城が建っていた。町並みと同じく粘土やレンガを使ったお城は、祖国のお城とは違った風情がある。
「部屋に案内をする前に、先に母上に挨拶に行こうと思っているのだが、構わないか?」
「わかりました」
どれだけ滞在するかは不透明だが、お世話になる以上、このお城の主にちゃんと挨拶するのが筋なんだけど……ここだけの話、これから会う人は少し苦手なの。だから、少しだけ気が重い。
「リオン様、おかえりなさいませ。ルシアナ様は、玉座の間でお待ちです」
「わかった」
ふう……ついに来てしまった。粗相のないように気をつけないと……。
「ルシアナ様、リオン様がお見えでございます」
「通せ」
部屋の中から、端的な返事が聞こえてくると同時に、玉座の間の扉が開かれる。そこには、大きな玉座に座った、一人の気品溢れる女性の姿があった。
「母上、お忙しいところお時間をいただき、誠にありがとう存じます」
「お、お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
貴族の人達がよくやる、スカートの裾を持ってするお辞儀をする。
さすがに王族として五年間も過ごしてきたのだから、これくらいはスムーズに出来る……はずなのに、どうにもぎこちないものになってしまった。
「…………」
「えっと……」
「…………」
「あ、あはは……」
この人、悪い人ではないのだけど、本当に無口だし、表情の変化が皆無だから、圧が凄いというか、怒っているように見える。
わかってるよ? 私、特に怒られるようなことはしていないっていうのは。それでも、彼女の無言の圧は生半可なものじゃない。
「母上。事前に手紙を渡した通り、エメフィーユに、しばらくこの城にいてもらおうと考えているのですが、よろしいでしょうか?」
「…………」
こ、怖い! 今までもこの圧が怖かったけど、今日は一段と凄い気がする! もしかして、凄く機嫌が悪いとか!?
「うむ。許可する」
「ひぃっ!? ご、ごめんな――えっ?」
「許可する」
あれ……? てっきり、ダメだと言われるとばかり……よ、よかった。もしティタブタン国よりも過酷な環境のミヌレーボ国に放り出されたら、それこそ生きていけないところだったよ。
「ありがとうございます、母上。彼女については自分が面倒を見る所存です」
「うむ」
「では、彼女に色々と案内をしなければなりませんので、これで失礼します」
「待て。リオンには話がある。この後、私の部屋に来るように」
「わかりました。エメフィーユ、そういうわけだから、俺はこの後、案内をしてあげられない。城の者に部屋まで案内をさせるから、待っててくれるか?」
リオン様のお願いを断る理由は特に無い私は、何度も頷いて見せた。
話って、一体何なんだろう? 随分と重苦しい雰囲気だったけど……そっか、リオン様は国の食糧問題を何とかするために、ティタブタン国に来たんだから、それについての話をするんだね。
それなら、私は一刻も早くいなくなった方がいいよね。早く立ち去って、部屋で大人しくしていよう。
「え、えっと。ルシアナ様、この度は私を受け入れてくれて、ありがとうございます。では、失礼します」
「…………」
言葉による返事は何もなかったが、確かに頷いてくれたのを確認してから、玉座の間を後にする。
き、緊張したぁ~……! 口から色々なものが出るかと思った……! やっぱりあの人のことは苦手だよ。
「エメフィーユ様、お部屋までご案内いたします」
「あっ、はい!」
とてもきっちりしたご年配の男性に連れられて、城の最上階にある一室へと案内された。
パッと見た感じだと、前に使っていた部屋よりも広そうかな? 隅々までしっかり掃除が行き届いていて、とても好印象な部屋だ。
「ここにあるものは、お先にご利用いただいて構いません。もし何かございましたら、部屋のベルを使ってお呼びくださいませ」
「はい、わかりました」
「もう間も無く、リオン様がいらっしゃると思いますので、それまでごゆっくりおくつろぎください。では、失礼いたします」
彼は、見惚れてしまうほど綺麗なお辞儀をしてから、静かに部屋を去っていった。
「なんだか、疲れちゃったかも」
ここまで長旅だったこと、そしてルシアナ様との謁見で思ったよりも疲れてしまった私は、ふかふかのベッドにぼすんっと飛び込んだ。
「キー」
「あ、ごめんね。潰されなかった?」
「ウキッ」
私の服の中から出てきたサンは、短く返事をしてから、枕元に丸くなって寝息を立て始めた。
サンのことを考えずに横になってしまったけど、潰されて怪我とかしてなくてよかった。
「……はぁ……」
ゆっくりしていたら、考える余裕が生まれてきたみたいで、色々なことが頭に浮かんでくる。
お世話になっているのだから、何かお返しをしないととか、リオン様への返事はどうするのかとか……お母さんのこととか。
現実から目を逸らし、逃げ続けても、何も良くはならない。それはわかってるけど……でも……うぅ、お母さん……。
ティタブタン国は、多くの作物が採れる、緑豊かな国だ。だから、国土の多くが広大な自然に囲まれている。
一方、ミヌレーボ国は乾燥地帯ということもあり、自然が少なくて荒れ地や鉱山が非常に多い国だ。
国境を超えたあたりから、もう自然はほとんど無くなってしまい、ずっと荒れた土地を馬車が走っている。
「エメフィーユ、暑くないか?」
「はい、大丈夫です」
「そうか。水分補給はしっかりするようにな」
立場とか地位とか関係なしで、誰かに心配されるのは久しぶりの体験だから、不思議な感じだ。
結婚して少しの間は、マルセムが色々と気を使ってくれていたが、乱暴するようになってからは、心配なんてしてくれなかったからね。
「そろそろ町につく。城にも間もなく着くから、降りる準備をしておいてくれ」
「はい」
準備と言っても、私は降ろさなければいけない持ち物は、何一つ持ち合わせていない。強いて言うなら、サンがちゃんと服の中にいるか確認するくらいだ。
「サン、大人しくしててね」
「キー」
服の中から顔だけ覗かせるサンの頭を、人差し指で優しく撫でながら、外を眺める。そこには、多くの人で賑わう市場が広がっていた。
ティタブタン国は、木製の建物が多く立ち並んでいるが、ミヌレーボ国は粘土やレンガを多く使った建物が多いんだね。
「到着したようだ。足元に気をつけて降りてくれ」
リオン様の手を借りて馬車を降りると、目の前には大きなお城が建っていた。町並みと同じく粘土やレンガを使ったお城は、祖国のお城とは違った風情がある。
「部屋に案内をする前に、先に母上に挨拶に行こうと思っているのだが、構わないか?」
「わかりました」
どれだけ滞在するかは不透明だが、お世話になる以上、このお城の主にちゃんと挨拶するのが筋なんだけど……ここだけの話、これから会う人は少し苦手なの。だから、少しだけ気が重い。
「リオン様、おかえりなさいませ。ルシアナ様は、玉座の間でお待ちです」
「わかった」
ふう……ついに来てしまった。粗相のないように気をつけないと……。
「ルシアナ様、リオン様がお見えでございます」
「通せ」
部屋の中から、端的な返事が聞こえてくると同時に、玉座の間の扉が開かれる。そこには、大きな玉座に座った、一人の気品溢れる女性の姿があった。
「母上、お忙しいところお時間をいただき、誠にありがとう存じます」
「お、お久しぶりです。お元気そうでなによりです」
貴族の人達がよくやる、スカートの裾を持ってするお辞儀をする。
さすがに王族として五年間も過ごしてきたのだから、これくらいはスムーズに出来る……はずなのに、どうにもぎこちないものになってしまった。
「…………」
「えっと……」
「…………」
「あ、あはは……」
この人、悪い人ではないのだけど、本当に無口だし、表情の変化が皆無だから、圧が凄いというか、怒っているように見える。
わかってるよ? 私、特に怒られるようなことはしていないっていうのは。それでも、彼女の無言の圧は生半可なものじゃない。
「母上。事前に手紙を渡した通り、エメフィーユに、しばらくこの城にいてもらおうと考えているのですが、よろしいでしょうか?」
「…………」
こ、怖い! 今までもこの圧が怖かったけど、今日は一段と凄い気がする! もしかして、凄く機嫌が悪いとか!?
「うむ。許可する」
「ひぃっ!? ご、ごめんな――えっ?」
「許可する」
あれ……? てっきり、ダメだと言われるとばかり……よ、よかった。もしティタブタン国よりも過酷な環境のミヌレーボ国に放り出されたら、それこそ生きていけないところだったよ。
「ありがとうございます、母上。彼女については自分が面倒を見る所存です」
「うむ」
「では、彼女に色々と案内をしなければなりませんので、これで失礼します」
「待て。リオンには話がある。この後、私の部屋に来るように」
「わかりました。エメフィーユ、そういうわけだから、俺はこの後、案内をしてあげられない。城の者に部屋まで案内をさせるから、待っててくれるか?」
リオン様のお願いを断る理由は特に無い私は、何度も頷いて見せた。
話って、一体何なんだろう? 随分と重苦しい雰囲気だったけど……そっか、リオン様は国の食糧問題を何とかするために、ティタブタン国に来たんだから、それについての話をするんだね。
それなら、私は一刻も早くいなくなった方がいいよね。早く立ち去って、部屋で大人しくしていよう。
「え、えっと。ルシアナ様、この度は私を受け入れてくれて、ありがとうございます。では、失礼します」
「…………」
言葉による返事は何もなかったが、確かに頷いてくれたのを確認してから、玉座の間を後にする。
き、緊張したぁ~……! 口から色々なものが出るかと思った……! やっぱりあの人のことは苦手だよ。
「エメフィーユ様、お部屋までご案内いたします」
「あっ、はい!」
とてもきっちりしたご年配の男性に連れられて、城の最上階にある一室へと案内された。
パッと見た感じだと、前に使っていた部屋よりも広そうかな? 隅々までしっかり掃除が行き届いていて、とても好印象な部屋だ。
「ここにあるものは、お先にご利用いただいて構いません。もし何かございましたら、部屋のベルを使ってお呼びくださいませ」
「はい、わかりました」
「もう間も無く、リオン様がいらっしゃると思いますので、それまでごゆっくりおくつろぎください。では、失礼いたします」
彼は、見惚れてしまうほど綺麗なお辞儀をしてから、静かに部屋を去っていった。
「なんだか、疲れちゃったかも」
ここまで長旅だったこと、そしてルシアナ様との謁見で思ったよりも疲れてしまった私は、ふかふかのベッドにぼすんっと飛び込んだ。
「キー」
「あ、ごめんね。潰されなかった?」
「ウキッ」
私の服の中から出てきたサンは、短く返事をしてから、枕元に丸くなって寝息を立て始めた。
サンのことを考えずに横になってしまったけど、潰されて怪我とかしてなくてよかった。
「……はぁ……」
ゆっくりしていたら、考える余裕が生まれてきたみたいで、色々なことが頭に浮かんでくる。
お世話になっているのだから、何かお返しをしないととか、リオン様への返事はどうするのかとか……お母さんのこととか。
現実から目を逸らし、逃げ続けても、何も良くはならない。それはわかってるけど……でも……うぅ、お母さん……。
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