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第三十話 二人の意志

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 やっぱり、オーウェン様もそう思うのね。私の目から見てもおかしい点がたくさんあるんだから、頭のいいオーウェン様なら、簡単に気づくわよね。

「明らかに子供に比べて、彼女の見た目が綺麗すぎる。あれは、服装も美容もかなり気を使っているように見える。それに、ほのかにだが……香水の匂いもした」

 香水……こんなに質素な暮らしをしてたら、そんな嗜好品を買う余裕なんてあるはずがない。明らかにおかしすぎる。

「全員が栄養失調になるほど満足に食べられてないのに……何か事情があるのでしょうか?」
「色々と不自然な点が多すぎるから、その可能性は高い。だが、これはあくまで教会の人間の問題だ。俺達の役目は、病人の治療だけだ。余計な詮索をして、厄介毎に巻き込まれるのはよくない」

 ……騎士道に溢れるオーウェン様なら、みんなを助けようとするのかと思っていたわ。ちょっとだけ予想外かも。

「確かにその通りかもしれません。でも……私は薬師になってたくさんの人を助けるって決めたんです。だから……目の前で苦しんでいる人がいるなら、助けてあげたいです!」

 私の目的。それは故郷に帰ってお母さんに会うこと。そして、薬師として多くの人を助けることだ。

 ここで関係ないからと逃げたら、私の目標は達成できないわ。

「……あ、でも……これは私のワガママなので、オーウェン様とココちゃんは無理にとは――」
「いや、エリンの意思が固いなら、俺は手を貸すよ」
「えっ!? でもさっきは……」
「あれは客観的に見た時の意見だということと、エリンとココが心配だったから言ったんだ。だが、エリンが目標を持っているように、俺もエリンのため、アトレのために働くと決めてるから、エリンの意思に賛同したんだ。ただ、何があっても俺から離れないように。そうすれば、必ずエリンを守ってみせるから」

 焚火しか光源が無い中、手をそっと持ち上げながら呟かれた言葉に、思わずドキドキが収まらなくなってきた。

 さらっとカッコいいことを言えるオーウェン様、とっても素敵だわ……じゃなくて、頼ってばかりは良くないわよね。私に出来ることをしないと。

「ありがとうございます、オーウェン様……力を貸してもらえますか?」
「もちろんだ。そうと決まれば、まずはこの教会がどんな状況か、調べた方が良いな」
「調べるといっても、どうするんですか?」
「患者の看病をしながら、教会や子供、そしてシスターの生活を観察するんだ。そうすれば、全貌はわからなくとも、なんとなく事情がわかるはずだ」

 なるほど、変に聞いて回ったら、変に思われてしまうかもしれないものね。仕事をこなしながら観察をして、機会があればそれとなく聞いてみよう。


 ****


 無事に聖女の力を込めた薬茶を完成させた私は、オーウェン様達と共に患者の寝ている部屋へと向かった。

 患者の女の子は、相変わらず静かに眠ったままだ。薬を飲ませるために揺すって起こしてみるが、一切反応が無い。

 可哀想に……きっともう起きる体力も無いのだろう。私が元気にしてあげるからね。

「オーウェン様、この子の体を起こして支えてもらって良いですか? 私が薬茶を飲ませますから」
「ああ、任せてくれ」

 眠ったままのココちゃんをおんぶしながら、器用に彼女を起こしてくれた。

 その姿に感心しつつも、私は作ってきた薬茶を、ゆっくり少量ずつ飲ませてあげた。

「これでよし……この調子で、何日か続けて飲ませて、他にも栄養を摂らせれば、改善に向かうと思います」
「そうなると、数日はここに滞在する必要があるな。セシリア殿に相談をしないといけないな」
「そうですね……あら?」

 どこからか視線を感じると思ったら、部屋の入口から、教会の子供達とセシリア様が、心配そうに見つめていた。

 みんな、この子のことが気になって見に来てくれたのね。

「覗き見るような真似をして、申し訳ございません。食事をお持ちしたのですが……」

 セシリア様はそう仰りながら、小さなパンが入ったカゴを差し出してくれた。

「いえ、私達のことは気にしないで、皆様で食べてください」
「そういうわけには参りませんわ。ところでエリン様、その子は助かりそうですか?」
「はい、セシリア様。すぐに完治とはいきませんが、薬を飲み続けていれば治ると思います」
「それは良かった……では、これは偉大な薬師様であるあなた方へのお礼として、受け取ってくださいませ」

 半ば押し付けられる形で、パンの入ったカゴを渡されてしまった。

 す、凄く受け取りづらい……けど、子供達もセシリア様を止めないところを見るに、きっと彼女と同じ気持ちなのだろう。

「あ、ありがとうございます。それで、この子の治療を数日程させていただきたいのですが……」
「それでしたら、来客用の布団がございますので、こちらの部屋に準備いたしますわ。みんな、ちょっと夕ご飯が遅くなっちゃうけど……手伝ってくれるかしら?」
『はーい!』

 セシリア様の号令の元、子供達は元気よく部屋を飛び出していった。それから間もなく、三人分の敷布団と掛け布団を持って戻ってきた。

 い、一応全員栄養失調気味だというのに、なんて素早い行動……子供ってパワフルな生き物ね……私は体力が無いから、羨ましいかも。

「みんな、手伝ってくれてありがとう。それじゃあ今度こそ食事にしましょうか」
『はーい!』
「セシリア殿、少しお話が」
「私とですか? はい、もちろんです。みんな、先に食堂に行って食べてて」

 まるで聖母のように優しい声色で、子供達を食堂へと誘導する姿は、とてもじゃないけど怪しい人物には見えない。

 ……いや、まだ善か悪か決めるには、情報が無さすぎる。この何日かで、ちゃんと情報を手に入れてからじゃないと、判断はできないわね。

「セシリア殿。彼女は診断の結果、栄養失調とのことでしたので、数日間は治療のために栄養のある物を食べさせなければなりません。教えのことは重々承知ですが、我々が彼女に栄養のある物を食べさせることの許可をいただきたいのです」
「なるほど……あなた達のご厚意は嬉しいですが、これ以上教えを破るわけには……」
「お願いします! 人の命がかかってるんです!!」

 あまり乗り気ではないセシリア様に、何度も何度も頭を下げると、困ったような表情をしつつも、頷いてくれた。

「……わかりました。ただ、なるべく他の子達には見られないようにお願いします。特別なことが普通と思ってしまうと、後々つらくなりますので……」
「セシリア殿のご厚意、痛み入ります」

 オーウェン様は、セシリア様と強く握手をして、感謝の意を示した。

 ……他の女性と触れ合っていると、なんだか胸がモヤモヤするのは置いておくとして……やっぱり手も綺麗だ。目立たない色だけど、マニキュアまでしている。

 これも教えの一つだったりするのだろうか? それとも、教会の責任者として綺麗な格好でいないといけないと思っているのだろうか?

 うーん、今の状態ではよくわからないな……考えてもわからない時は、目の前にあるものから片付けていくしかないわね。
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