【完結済】逆恨みで婚約破棄をされて虐待されていたおちこぼれ聖女、隣国のおちぶれた侯爵家の当主様に助けられたので、恩返しをするために奮闘する

ゆうき

文字の大きさ
1 / 45

第一話 憎しみの捌け口

しおりを挟む
 硬い石畳の上に無造作に敷かれた藁のベッドに寝転んでいた私は、カツンッ……カツンッ……という後に反応して、ゆっくりと目蓋を開けた。藁のベッドには温もりはまるでなく、身も心も凍え切っている。

 私の前に広がっていたのは、壁に掛けられた僅かな数のロウソクしか光源が無い、小さな部屋だ。いや、部屋と表現するのは、少々御幣を招くかもしれない。

 何故なら、その部屋にはまともな家具が無く、藁のベッドの他には、お手洗い代わりの小さなツボ、そして普通の部屋にはあるはずもない、錆びた鉄格子があるのだから。

 しかも、私が逃げられないように、足には鎖が繋げられていて、その先には大きな鉄球が付けられている徹底ぶりだ。

「おはようエレナ。今日もしぶとく生きていたようだね」

 足音が止むと、鉄格子の前に一人の男性が立っていた。短く揃えた金の髪を揺らし、黄色に輝く目で私を見下すように見ている。

 彼の名はアーロイ・レプグナテ様。この国にある侯爵の爵位を持つレプグナテ家の一人息子で、最近当主の座についた、私の婚約者だ。私と彼は幼馴染でもある。

「どれ、そのボロボロの顔を、もっとボクに見せてくれ」
「くっ……」

 鉄格子を開けたアーロイ様は、何とか体を起こして座った私の顎を力任せに上げると、私の顔をジッと見つめる。

 彼の顔は、貴族社会に留まらず、沢山の方に愛されるほど整っているが、私を見るその顔は、まるで氷のように冷たくて、恐ろしいものだった。

「こうして生かして監禁し、その薄汚れた無様な姿を見るのも痛快だが、生きていられるのも、それはそれで腹が立つものだな」
「きゃあ!?」
「この……死神がっ!」
「かはっ……や、やめてください……!」
「何を偉そうに反発してるんだ、人殺しの分際で!」

 私を地面に叩きつけたアーロイ様は、私のお腹を思い切り蹴飛ばした。

 ――婚約者のアーロイ様が私に酷い仕打ちをしているのには、もちろん理由がある。

 その理由とは、私と母さんが、アーロイ様のお母様を助けられなかったことが関係している。

 私、エレナ・ゲリールの母さんは、世界的に見ても数が少ない、回復魔法の使い手……一般的に聖女と呼ばれている人間だった。

 母さんはレプグナテ家に仕える聖女として、レプグナテ家の方の病気や怪我を治しつつ、国の困っている人を助ける為に尽力していた。

 そんな母さんの一人娘として生まれた私は、同じ聖女の力を授かった。

 偉大な聖女である母さんの足元にも及ばないくらい、聖女としての才能が乏しい私だったけど、近くで母さんの仕事を手伝いながら、聖女だけが使える回復魔法を教わっていたわ。

 その傍らで、私はレプグナテ家の一人息子であるアーロイ様と交流を深め、彼から婚約を申し込まれるほどの関係になった。

 しかし、一年前に事件が起こった……アーロイ様のお母様が病に侵され、倒れてしまった。

 もちろん、私も母さんも治すために力を使ったが、病は既にアーロイ様のお母様の体をボロボロにしてしまっていた。それは、多くの人を救ってきた母さんでも治せないほどだった。

 それからアーロイ様のお母様が亡くなるのに、時間はさほどかからなかった……。

 そして、母さんは……主人である、レプグナテ家の人を助けられなかったショックで体を壊してしまい、後を追うようにこの世を去った。

 残された私は、大切な家族を失ったアーロイ様の悲しみや怒りの捌け口として、こうして屋敷の地下牢に幽閉され、毎日酷い仕打ちを受けている。

 外に出ることは許されず、食事は一日一回で量も少なく、暴力を振るわれ、罵声を浴びせられ続ける毎日。

 昔はこんなことをする人じゃなかったのよ。ワガママな一面はあったけど、基本的には紳士で優しい方だったの。お母様が亡くなってから、変わってしまったわ。

 ……でも、アーロイ様が酷いことをするのも仕方がない。彼はお母様のことをとても尊敬し、日頃からとても楽しそうに接していた。そんな人を失ったら、性格が曲がってしまっても、逆恨みをしてもおかしくはないのだから。

「ふん、今日はこの辺にしておいてやる。代わりに久しぶりにお前に仕事を持ってきてやったから、ありがたく行うと良いぞ」
「……はい、わかりました」

 私が動けるように、足に繋がれた鎖を外したアーロイ様は、肩より少し長くなった、明るい茶色の髪を掴み、力任せに引っ張りながら歩き出す。

 連れて来られた先は、屋敷の裏に広がる、広大な庭だった。

「見ての通り、かなり雑草が生えてしまってな。お前にはこれを一人で片付けてもらう」
「この量をですか……!?」

 目の前に広がる庭は、私が何百人いても、土地が余裕で余るくらいには広大だ。これを一人で片付けるなんて、どれくらい時間がかかるか、想像もできない。

「出来ないなんて言わないよな? お前は偉大なる聖女様なんだから、これくらいは余裕だろう?」
「……聖女は関係ないような……」
「何か言ったか?」
「いえ、何も……それよりも、なにか草むしりの道具と、上着を貰えないでしょうか?」

 最悪、道具は無くても何とかなるかもしれないけど、上着だけは無いと駄目そうだ。

 風が吹くだけで、針が刺さったような痛みを覚えるくらい寒いのに、私はボロボロな布一枚しか着させてもらっておらず、靴も履いていないのだから。

「そんな物があるはずないだろう。くだらないことを言ってないで、さっさと仕事をしろ。言っておくが、逃げようと思わないようにな。まあ、逃げられるはずもないか」

 アーロイ様はニヤニヤと笑いながら、私の顔を覗き込む。

 レプグナテ家は侯爵の爵位を持つ家だから、当然警備も厳重。だから、ここから逃げようにも、簡単に警備に見つかってしまうのが関の山だ。

「あ、毟った草はそこの麻袋に入れておくように」
「あっ……ま、待って!」

 私の声なんて聞く素振りなど一切見せないまま、アーロイ様はその場を後にした。

 ……仕方ないわ。こんな量が一人で出来るとは思えないし、寒さで既に少し感覚が無くなってきているけど、これ以上逆らって殺されでもしたら……。

「はぁ……さあ、少しでも多く片付けないと」

 私は唯一準備されていた麻袋を傍に置いてから、力任せに雑草を引っ張ってみたが、中々引っこ抜けない。

 このまま葉の部分だけをちぎることも出来なくはないけど、根っこが残ってたら、またすぐに生えてきてしまう。

「うぅぅぅぅん……! ひゃあ!?」

 少し掘ってから引っ張ると、なんとか抜けたけど、思い切り尻餅をついてしまった。

 雑草一つ抜くのすら、こんな苦労をするなんて、我ながら笑ってしまう。あの地下牢に入れられてから、食事もまともに食べてないし、運動もしていないから、体力と筋力が著しく落ちているんだわ。

「よい、しょっ……よい、しょ!」

 まだ初めて大した時間は経っていないのに、体のあちこちの感覚が無くなってきた。それに、作業の間に手や足をすりむいたのか、ビリビリと痛んでいる。

「別に放っておいても良いんだけど、作業が遅れるのはよろしくないわね……」

 私は一旦手を止めると、胸の前で手を組む。すると、目の前の小さくて真っ白な魔法陣が現れた。

「我が傷を癒したまえ」

 私の声に従うように、魔法陣から出現した優しい光が体を包む。すると、痛んでいた手や足の傷が、綺麗に無くなっていた。

 ……これでよし。まあこの環境では、すぐにまた怪我をしてしまうのは目に見えているけど、やらないよりはマシだわ。

「よいしょっ……うぅ、寒いし辛いわ……でも、負けないんだから……!」

 ここで心を折り、全てを諦めてしまうのは簡単だろう。むしろ、諦めて全てを投げ出し、人生に幕を下ろした方が楽だと思う。

 でも、私はそんなことは絶対にしない。母さんが亡くなる時に、当分の間は自分の所に来るなという遺言を残したから。それも、苦しいはずなのに、私に心配をかけないように、満面の笑顔で。

 だから……私は生きるのを諦めない。こんな劣悪な環境でも、一秒でも長く生きるんだ。

 それに、いつかはアーロイ様の憎しみが消えて、優しくしてくれるかもしれないからね。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

現聖女ですが、王太子妃様が聖女になりたいというので、故郷に戻って結婚しようと思います。

和泉鷹央
恋愛
 聖女は十年しか生きられない。  この悲しい運命を変えるため、ライラは聖女になるときに精霊王と二つの契約をした。  それは期間満了後に始まる約束だったけど――  一つ……一度、死んだあと蘇生し、王太子の側室として本来の寿命で死ぬまで尽くすこと。  二つ……王太子が国王となったとき、国民が苦しむ政治をしないように側で支えること。  ライラはこの契約を承諾する。  十年後。  あと半月でライラの寿命が尽きるという頃、王太子妃ハンナが聖女になりたいと言い出した。  そして、王太子は聖女が農民出身で王族に相応しくないから、婚約破棄をすると言う。  こんな王族の為に、死ぬのは嫌だな……王太子妃様にあとを任せて、村に戻り幼馴染の彼と結婚しよう。  そう思い、ライラは聖女をやめることにした。  他の投稿サイトでも掲載しています。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります

秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。 そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。 「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」 聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

ボロボロになるまで働いたのに見た目が不快だと追放された聖女は隣国の皇子に溺愛される。……ちょっと待って、皇子が三つ子だなんて聞いてません!

沙寺絃
恋愛
ルイン王国の神殿で働く聖女アリーシャは、早朝から深夜まで一人で激務をこなしていた。 それなのに聖女の力を理解しない王太子コリンから理不尽に追放を言い渡されてしまう。 失意のアリーシャを迎えに来たのは、隣国アストラ帝国からの使者だった。 アリーシャはポーション作りの才能を買われ、アストラ帝国に招かれて病に臥せった皇帝を助ける。 帝国の皇子は感謝して、アリーシャに深い愛情と敬意を示すようになる。 そして帝国の皇子は十年前にアリーシャと出会った事のある初恋の男の子だった。 再会に胸を弾ませるアリーシャ。しかし、衝撃の事実が発覚する。 なんと、皇子は三つ子だった! アリーシャの幼馴染の男の子も、三人の皇子が入れ替わって接していたと判明。 しかも病から復活した皇帝は、アリーシャを皇子の妃に迎えると言い出す。アリーシャと結婚した皇子に、次の皇帝の座を譲ると宣言した。 アリーシャは個性的な三つ子の皇子に愛されながら、誰と結婚するか決める事になってしまう。 一方、アリーシャを追放したルイン王国では暗雲が立ち込め始めていた……。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

処理中です...