5 / 45
第五話 久方ぶりの心配
しおりを挟む
ルナちゃんとお風呂を堪能した私は、先程私が休んでいた部屋へと戻ってきた。
こんなにゆっくりとお風呂に入ったのなんて、本当に久しぶりだわ……。
「そうだ、ルナちゃんに聞きたいことがあるの」
「ルナに? なんでも聞いていいよ!」
一緒についてきたルナちゃんは、大きな目を輝かせながら、私のことを見つめてきた。
本当に可愛いすぎて、実は動くぬいぐるみだと言われても、信じ込んでしまいそうだ。
「その隣に飛んでいる生き物って、なんなのかしら?」
ルナちゃんの隣には、薄い緑色の髪と服、そして掌サイズの人型の生き物が、背中に生えている蝶々のような羽をパタパタと動かして、宙を飛んでいる。
「シーちゃんのこと?」
「ええ。見た感じ、小さな人って感じだけど……」
シーちゃんと呼ばれた生き物に視線を向けると、彼女はビクッと体を震わせてから、ルナちゃんの陰に隠れてしまった。
もしかして、嫌われちゃったかしら……もしそうなら、ちょっとショック。
「シーちゃんはね、風の精霊なんだよ!」
「精霊……?」
「うん! ルナね、お兄様がお父様のお仕事をするようになってから、ずっと一人で遊んでいたの。それでね、やっぱり一人は寂しかったの……だから、絵本の主人公が使っていた……えっと、ショウカンジュツ? っていうのを試したら、シーちゃんが来てくれてね、お友達になったの! 他にもお友達がいるの!」
きっとルナちゃんの言っているのは、召喚術のことだろう。召喚術とは、万物に宿ると言われる不思議な魔法生命体――精霊を呼び出す超高等魔法だと、本で読んだことがある。
そんな難しい魔法を、こんな幼い子が使えるだなんて、信じられない。でも、嘘を言っている感じには見えないし……。
「ルナちゃんは、とっても魔法が上手なのね」
「えへへ……お姉ちゃんは何か魔法は使えるの?」
「ええ、一応ね」
「すごーい! どんな魔法が――」
「失礼する」
私達の会話を遮るように、ウィルフレッド様が部屋の中へと入ってきた。
うん、やはり何度見ても、とても美しすぎて言葉を詰まらせてしまう。これでも母さんについていって、色々人に会ってきたけど、こんな綺麗な人は見たことがない。
「使用人から聞きました。ルナと遊んでくれていたようで。ありがとうございます」
「いえ、そんな。私こそ彼女に励ましてもらいまして、感謝を申し上げたいです」
「お兄様、何かご用? あ、ルナと遊んでくれるの!?」
「それはまた今度。今はエレナ殿について、話を聞きに来たんだよ」
そうだ、さっきはほんの少しだけ事情を話してから、そのまま暖まりに行ってしまったから、ちゃんと話していなかった。
「あれだけボロボロだったのですから、きっと何かお辛い目に合っておられたのでしょう。説明するのがお辛いようでしたら、無理にとは申しません」
「いえ、大丈夫です。実は――」
私はここに来る前に、レプグナテ家に仕えていたことや、地下牢に閉じ込められて酷い目に合っていたこと、婚約破棄をされたこと、そして屋敷から逃げ出した途中で川に落ちてしまったことを話した。
すると、ウィルフレッド様は何か考えるように眉間に深いシワを刻んでいた。
一方のルナちゃんは、小さな鼻をすすり、目に沢山の涙を溜めながら、私の手を優しく握ってくれた。
「ルナ、難しいお話はよくわからない。でも……エレナお姉ちゃんが凄くかわいそうっていうのはわかったよ……そんな所に帰っちゃダメっ!」
「ルナちゃん……」
私がここから離れないように、ルナちゃんは私の手を強く握ったまま、自分の方に引っ張った。
こんな風に誰かに心配されるなんて、本当に久しぶりの経験だ。母さんが亡くなってから、私の味方なんて誰もいなかったからね。
「レプグナテ家か……なるほど……」
「ウィルフレッド様は、レプグナテ家をご存じなのですか?」
「ええ。同じ侯爵家ですので。それに……まあ色々とありまして」
「色々、ですか」
ちょっと気になるけど、あまり深入りするのはよしておこう。誰にだって、話したくないことはあるだろうし。
「お話を伺った限りでは、エレナ殿がレプグナテ家にいる必要性はない。もしあなたがよければ、行くあてが出来るまで、屋敷に滞在してくれて構いません」
「そんな、申し訳ないです!」
「お兄様、それ凄く良いね! エレナお姉ちゃん、一緒にいようよ!」
私のことを考えてくれるのは、凄く嬉しく思う。だからといって、ではよろしくお願いしますなんて、そんな図々しことなんて言えない。
「エクウェス家は、古くから騎士を多く輩出している家です。私もご先祖様も、騎士として困っている人間を助ける剣となり、守る盾となることを誓っております。ですから、ここであなたを見捨てるという選択肢は、私の中には無いのです」
「…………」
ど、どうしよう……断ろうと思ったのに、全然断れる雰囲気ではない。ここはこの場だけは好意に甘えて、数日後に行くあてが出来たって嘘をついて出ていくのが無難そうだ。
「わかりました。ではしばらくの間、お邪魔させていただきます」
「やったー! ルナにお姉ちゃんが出来ちゃった! えへへ、沢山遊ぼうね!」
「え、ええ。そうね」
……こ、こんなに無邪気に喜んでくれるなんて……数日後に出て行った時に寂しがるかもと思うと、心が痛む……!
「えっと……よろしくお願いします」
「…………」
私はウィルフレッド様のすぐ前に行き、よろしくの意を込めて右手を差し出すが、ウィルフレッド様は困った様に笑うだけだった。
「えっと……?」
「ああ、申し訳ない。見ての通り、私は身体が不自由でして。右の手足が、全く動かないんです」
こんなにゆっくりとお風呂に入ったのなんて、本当に久しぶりだわ……。
「そうだ、ルナちゃんに聞きたいことがあるの」
「ルナに? なんでも聞いていいよ!」
一緒についてきたルナちゃんは、大きな目を輝かせながら、私のことを見つめてきた。
本当に可愛いすぎて、実は動くぬいぐるみだと言われても、信じ込んでしまいそうだ。
「その隣に飛んでいる生き物って、なんなのかしら?」
ルナちゃんの隣には、薄い緑色の髪と服、そして掌サイズの人型の生き物が、背中に生えている蝶々のような羽をパタパタと動かして、宙を飛んでいる。
「シーちゃんのこと?」
「ええ。見た感じ、小さな人って感じだけど……」
シーちゃんと呼ばれた生き物に視線を向けると、彼女はビクッと体を震わせてから、ルナちゃんの陰に隠れてしまった。
もしかして、嫌われちゃったかしら……もしそうなら、ちょっとショック。
「シーちゃんはね、風の精霊なんだよ!」
「精霊……?」
「うん! ルナね、お兄様がお父様のお仕事をするようになってから、ずっと一人で遊んでいたの。それでね、やっぱり一人は寂しかったの……だから、絵本の主人公が使っていた……えっと、ショウカンジュツ? っていうのを試したら、シーちゃんが来てくれてね、お友達になったの! 他にもお友達がいるの!」
きっとルナちゃんの言っているのは、召喚術のことだろう。召喚術とは、万物に宿ると言われる不思議な魔法生命体――精霊を呼び出す超高等魔法だと、本で読んだことがある。
そんな難しい魔法を、こんな幼い子が使えるだなんて、信じられない。でも、嘘を言っている感じには見えないし……。
「ルナちゃんは、とっても魔法が上手なのね」
「えへへ……お姉ちゃんは何か魔法は使えるの?」
「ええ、一応ね」
「すごーい! どんな魔法が――」
「失礼する」
私達の会話を遮るように、ウィルフレッド様が部屋の中へと入ってきた。
うん、やはり何度見ても、とても美しすぎて言葉を詰まらせてしまう。これでも母さんについていって、色々人に会ってきたけど、こんな綺麗な人は見たことがない。
「使用人から聞きました。ルナと遊んでくれていたようで。ありがとうございます」
「いえ、そんな。私こそ彼女に励ましてもらいまして、感謝を申し上げたいです」
「お兄様、何かご用? あ、ルナと遊んでくれるの!?」
「それはまた今度。今はエレナ殿について、話を聞きに来たんだよ」
そうだ、さっきはほんの少しだけ事情を話してから、そのまま暖まりに行ってしまったから、ちゃんと話していなかった。
「あれだけボロボロだったのですから、きっと何かお辛い目に合っておられたのでしょう。説明するのがお辛いようでしたら、無理にとは申しません」
「いえ、大丈夫です。実は――」
私はここに来る前に、レプグナテ家に仕えていたことや、地下牢に閉じ込められて酷い目に合っていたこと、婚約破棄をされたこと、そして屋敷から逃げ出した途中で川に落ちてしまったことを話した。
すると、ウィルフレッド様は何か考えるように眉間に深いシワを刻んでいた。
一方のルナちゃんは、小さな鼻をすすり、目に沢山の涙を溜めながら、私の手を優しく握ってくれた。
「ルナ、難しいお話はよくわからない。でも……エレナお姉ちゃんが凄くかわいそうっていうのはわかったよ……そんな所に帰っちゃダメっ!」
「ルナちゃん……」
私がここから離れないように、ルナちゃんは私の手を強く握ったまま、自分の方に引っ張った。
こんな風に誰かに心配されるなんて、本当に久しぶりの経験だ。母さんが亡くなってから、私の味方なんて誰もいなかったからね。
「レプグナテ家か……なるほど……」
「ウィルフレッド様は、レプグナテ家をご存じなのですか?」
「ええ。同じ侯爵家ですので。それに……まあ色々とありまして」
「色々、ですか」
ちょっと気になるけど、あまり深入りするのはよしておこう。誰にだって、話したくないことはあるだろうし。
「お話を伺った限りでは、エレナ殿がレプグナテ家にいる必要性はない。もしあなたがよければ、行くあてが出来るまで、屋敷に滞在してくれて構いません」
「そんな、申し訳ないです!」
「お兄様、それ凄く良いね! エレナお姉ちゃん、一緒にいようよ!」
私のことを考えてくれるのは、凄く嬉しく思う。だからといって、ではよろしくお願いしますなんて、そんな図々しことなんて言えない。
「エクウェス家は、古くから騎士を多く輩出している家です。私もご先祖様も、騎士として困っている人間を助ける剣となり、守る盾となることを誓っております。ですから、ここであなたを見捨てるという選択肢は、私の中には無いのです」
「…………」
ど、どうしよう……断ろうと思ったのに、全然断れる雰囲気ではない。ここはこの場だけは好意に甘えて、数日後に行くあてが出来たって嘘をついて出ていくのが無難そうだ。
「わかりました。ではしばらくの間、お邪魔させていただきます」
「やったー! ルナにお姉ちゃんが出来ちゃった! えへへ、沢山遊ぼうね!」
「え、ええ。そうね」
……こ、こんなに無邪気に喜んでくれるなんて……数日後に出て行った時に寂しがるかもと思うと、心が痛む……!
「えっと……よろしくお願いします」
「…………」
私はウィルフレッド様のすぐ前に行き、よろしくの意を込めて右手を差し出すが、ウィルフレッド様は困った様に笑うだけだった。
「えっと……?」
「ああ、申し訳ない。見ての通り、私は身体が不自由でして。右の手足が、全く動かないんです」
28
あなたにおすすめの小説
【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。
猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。
復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。
やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、
勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。
過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。
魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、
四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。
輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。
けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、
やがて――“本当の自分”を見つけていく――。
そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。
※本作の章構成:
第一章:アカデミー&聖女覚醒編
第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編
第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編
※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位)
※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。
異世界から本物の聖女が来たからと、追い出された聖女は自由に生きたい! (完結)
深月カナメ
恋愛
十歳から十八歳まで聖女として、国の為に祈り続けた、白銀の髪、グリーンの瞳、伯爵令嬢ヒーラギだった。
そんなある日、異世界から聖女ーーアリカが降臨した。一応アリカも聖女だってらしく傷を治す力を持っていた。
この世界には珍しい黒髪、黒い瞳の彼女をみて、自分を嫌っていた王子、国王陛下、王妃、騎士など周りは本物の聖女が来たと喜ぶ。
聖女で、王子の婚約者だったヒーラギは婚約破棄されてしまう。
ヒーラギは新しい聖女が現れたのなら、自分の役目は終わった、これからは美味しいものをたくさん食べて、自由に生きると決めた。
似非聖女呼ばわりされたのでスローライフ満喫しながら引き篭もります
秋月乃衣
恋愛
侯爵令嬢オリヴィアは聖女として今まで16年間生きてきたのにも関わらず、婚約者である王子から「お前は聖女ではない」と言われた挙句、婚約破棄をされてしまった。
そして、その瞬間オリヴィアの背中には何故か純白の羽が出現し、オリヴィアは泣き叫んだ。
「私、仰向け派なのに!これからどうやって寝たらいいの!?」
聖女じゃないみたいだし、婚約破棄されたし、何より羽が邪魔なので王都の外れでスローライフ始めます。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
「異常」と言われて追放された最強聖女、隣国で超チートな癒しの力で溺愛される〜前世は過労死した介護士、今度は幸せになります〜
赤紫
恋愛
私、リリアナは前世で介護士として過労死した後、異世界で最強の癒しの力を持つ聖女に転生しました。でも完璧すぎる治療魔法を「異常」と恐れられ、婚約者の王太子から「君の力は危険だ」と婚約破棄されて魔獣の森に追放されてしまいます。
絶望の中で瀕死の隣国王子を救ったところ、「君は最高だ!」と初めて私の力を称賛してくれました。新天地では「真の聖女」と呼ばれ、前世の介護経験も活かして疫病を根絶!魔獣との共存も実現して、国民の皆さんから「ありがとう!」の声をたくさんいただきました。
そんな時、私を捨てた元の国で災いが起こり、「戻ってきて」と懇願されたけれど——「私を捨てた国には用はありません」。
今度こそ私は、私を理解してくれる人たちと本当の幸せを掴みます!
妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】
小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」
私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。
退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?
案の定、シャノーラはよく理解していなかった。
聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……
【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。
氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。
聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。
でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。
「婚約してほしい」
「いえ、責任を取らせるわけには」
守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。
元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。
小説家になろう様にも、投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる