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第十五話 恋心
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■ウィルフレッド視点■
「ふぅ……」
自室に戻って書類の山と格闘していた俺は、無意識に溜息を吐きながら、羽ペンを動かす手を止めていた。
さっきから、仕事に集中できない。いや、それは少し語弊があるか……最近仕事に集中できないと言った方が正しい。こんなことは、俺が当主となってから初めてのことだ。
「ウィルフレッド様、お体の具合がよろしくないのですか?」
「いや、大丈夫だ」
俺の身の回りの面倒をみてくれている、初老の使用人に心配をかけないように答えてから、再び書類仕事に取り掛かる。
この書類は……エクウェス家の領地で農家をする民からか。我が領地も、父上が当主をしていた頃に比べれば、かなり寂しくなってしまったが、この民は今も変わらず住んでくれている。
この民の作る野菜は、どれも美味しくて町でも良く売れている。この時期だと、ニンジンがとても甘くて、どう調理しても美味しくいただける。
このニンジンをエレナ殿が食べたら、また笑ってくれるだろうか……。
「はぁ……」
「やはり具合が……」
「はっ!? い、いやなんでもない!」
……またやってしまった。さっきから、何かしらにつけてエレナ殿のことを考えてしまう。それも、どうすれば喜んでもらえるかとか、笑ってもらえるかとか考えてしまう。
俺の為にいてくれるエレナ殿を喜ばせるのは、とても良いことであるのは確かだが、こんなに仕事に支障が出ては、些か困る。
「ウィルフレッド様、ワタクシはあなたが生まれた時から、この家に仕えております。ゆえに、ウィルフレッド様のことは何より存じております」
「……隠し事をしていても、バレバレだと言いたいのか?」
「仰る通りです。何か悩んでおられるのなら、相談してくださいませ。いつも頑張られておられるのですから、それくらいしても罰はあたらないでしょう」
俺に紅茶を差し出す彼の顔は、とても穏やかだった。昔からこの変わらない優しい表情と雰囲気に、何度も俺は助けられた。
そんな彼になら、このよくわからない現象を説明しても、問題は無さそうだ。
「俺自身もよくわかっていないから、メチャクチャな説明になってしまうかもしれないが、それでもいいか?」
「ええ、勿論でございます」
前置きをしてから、淹れてもらった紅茶を口に含む。口の中に広がる優しい花の香りが、俺の気持ちを少し落ち着けてくれた。
「実は、仕事に身が入らなくてな」
「それは見ていてわかりました。ですが、随分と珍しいですね……」
「俺もそう思う。何故かはわからないが、何かしらにつけてエレナ殿のことを考えてしまって……」
「ほう……?」
興味深そうに聞く彼に、俺は手元にあった書類を手渡した。
「例えばだが、この書類の差出人」
「我が領地で農家をしている老人でございますね。この時期に採れるニンジンで作ったケーキは、格別でございますね」
「ああ。そのニンジンをエレナ殿に食べてもらったら、喜んでもらえるかとか思っていたら、自然と手が止まって溜息が出ていたんだ」
「なるほど。他にはなにかございますか?」
他にか……思い当たるものは色々あるが、何から話すべきか……いや、この際だから思い当たるものを全部話してしまおう。
そう考えた俺は、簡潔にわかりやすく説明をすると、彼は顎に手を添えながら、うんうんと頷いた。
「ウィルフレッド様。その原因に、心当たりがございます」
「なんだって?」
まさか、俺がいくら考えても全然原因がわからなかったのに、たった数分話しただけでわかったというのか!? どういうことだ、何かの魔法か!?
「僭越ながら、お伝えしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ! これでは気になって夜も眠れない!」
「……ウィルフレッド様は、エレナ様に恋をされているのかと」
「…………………………は?」
彼の口から出た、あまりにも想定外な回答に、俺は数回瞬きをしてから、素っ頓狂な声を出した。
「いやいや、俺が恋だなんて……」
「ではお聞きします。エレナ様にプレゼントをして喜んでもらえましたが、どう思いましたか?」
「どうと言われても……喜んでもらえて良かったとか、もっと笑顔が見たいとか……幸せそうなエレナ殿ともっと一緒にいたいとか……」
「では逆に、回復魔法が失敗して悲しんでおられた時は?」
「俺のせいで泣いてほしくないとか、申し訳ないとか、元気になってほしいとか……」
簡潔に自分の感情を表現するのは、想像以上に難しいものだ。今の以外にも、言葉に出来ないような感情が、いくつも胸の内にあるのがわかる。
「ウィルフレッド様のお言葉を纏めますと、エレナ殿には笑っていてほしい、幸せになってほしい、悲しんでほしくない。そういうことでございますね」
「ああ、そうだな」
「……エレナ殿が良い方向に向かっていると胸が暖かくなり、悪い方向に向かっていると胸が締め付けられるような痛みを感じたりは?」
「あ、ああ! それもある!」
凄い、なぜそんなに俺の気持ちがわかるんだ!? やはり何かの魔法を使っているとしか思えない!
「やはり、それは恋をしていると思いますよ」
「そ、そうなのか……? 恋なんてしたことがないから、全然気づかなかった」
俺は物心がついた時から、父のような騎士になるために訓練に励み、いつか当主になった時のために必要な勉強ばかりしていた。
だから、恋をしている暇なんて、これっぽっちもなかった。なんなら、俺には一生縁が無いものだとすら思っていたのに。
「以前は婚約者がいらっしゃいましたが、あくまで両家のための婚約でしたからね。致し方ないかと」
「だが、どうして急に恋なんて……普通、こういうものは徐々に育むものではないのか?」
「それは人それぞれでしょう。百人の人間がいれば、百通りの恋があるのですよ」
そういうものなのか? 俺にはよくわからないが……剣を振るという動作だけでも、様々なやり方があるのと同じような考え方か?
「この気持ちは、エレナ殿に伝えた方が良いのだろうか?」
「恋に正解はございません。ウィルフレッド様が伝えたくなった時に伝えるのが、一番のタイミングではないかと」
そう言われても、恋愛初心者どころか素人の俺に、最高のタイミングに気持ちを伝えるのなんて、出来ると思えない。
とりあえずわかるのは、今すぐに伝えても、エレナ殿が戸惑うだけだろうな……難しい。
……恋とは難しく、もどかしいものだな。だが……悪い気分ではないものだ。
「そうだ、今日はエレナ殿もパーティーに行くのだから、最高のドレスを準備しなければ」
「では、ワタクシの方から他の使用人に、大至急屋敷にあるドレスを準備するようにお伝えしてきます」
「ああ、ありがとう。俺も仕事が一息ついたら、ドレスを選ばせてほしい。やはり自分で選んであげたいからね」
「かしこまりました。では失礼致します」
彼は深々と頭を下げてから、その場を後にした。
エレナ殿のドレスか……とても似合うだろうな。考えるだけでワクワクするというか、気分が高揚してしまう。
っと、そんなことを今考えていては、仕事が進まない。既に少し休み過ぎて遅れが出ているのだから、早く進めなければ!
「ふぅ……」
自室に戻って書類の山と格闘していた俺は、無意識に溜息を吐きながら、羽ペンを動かす手を止めていた。
さっきから、仕事に集中できない。いや、それは少し語弊があるか……最近仕事に集中できないと言った方が正しい。こんなことは、俺が当主となってから初めてのことだ。
「ウィルフレッド様、お体の具合がよろしくないのですか?」
「いや、大丈夫だ」
俺の身の回りの面倒をみてくれている、初老の使用人に心配をかけないように答えてから、再び書類仕事に取り掛かる。
この書類は……エクウェス家の領地で農家をする民からか。我が領地も、父上が当主をしていた頃に比べれば、かなり寂しくなってしまったが、この民は今も変わらず住んでくれている。
この民の作る野菜は、どれも美味しくて町でも良く売れている。この時期だと、ニンジンがとても甘くて、どう調理しても美味しくいただける。
このニンジンをエレナ殿が食べたら、また笑ってくれるだろうか……。
「はぁ……」
「やはり具合が……」
「はっ!? い、いやなんでもない!」
……またやってしまった。さっきから、何かしらにつけてエレナ殿のことを考えてしまう。それも、どうすれば喜んでもらえるかとか、笑ってもらえるかとか考えてしまう。
俺の為にいてくれるエレナ殿を喜ばせるのは、とても良いことであるのは確かだが、こんなに仕事に支障が出ては、些か困る。
「ウィルフレッド様、ワタクシはあなたが生まれた時から、この家に仕えております。ゆえに、ウィルフレッド様のことは何より存じております」
「……隠し事をしていても、バレバレだと言いたいのか?」
「仰る通りです。何か悩んでおられるのなら、相談してくださいませ。いつも頑張られておられるのですから、それくらいしても罰はあたらないでしょう」
俺に紅茶を差し出す彼の顔は、とても穏やかだった。昔からこの変わらない優しい表情と雰囲気に、何度も俺は助けられた。
そんな彼になら、このよくわからない現象を説明しても、問題は無さそうだ。
「俺自身もよくわかっていないから、メチャクチャな説明になってしまうかもしれないが、それでもいいか?」
「ええ、勿論でございます」
前置きをしてから、淹れてもらった紅茶を口に含む。口の中に広がる優しい花の香りが、俺の気持ちを少し落ち着けてくれた。
「実は、仕事に身が入らなくてな」
「それは見ていてわかりました。ですが、随分と珍しいですね……」
「俺もそう思う。何故かはわからないが、何かしらにつけてエレナ殿のことを考えてしまって……」
「ほう……?」
興味深そうに聞く彼に、俺は手元にあった書類を手渡した。
「例えばだが、この書類の差出人」
「我が領地で農家をしている老人でございますね。この時期に採れるニンジンで作ったケーキは、格別でございますね」
「ああ。そのニンジンをエレナ殿に食べてもらったら、喜んでもらえるかとか思っていたら、自然と手が止まって溜息が出ていたんだ」
「なるほど。他にはなにかございますか?」
他にか……思い当たるものは色々あるが、何から話すべきか……いや、この際だから思い当たるものを全部話してしまおう。
そう考えた俺は、簡潔にわかりやすく説明をすると、彼は顎に手を添えながら、うんうんと頷いた。
「ウィルフレッド様。その原因に、心当たりがございます」
「なんだって?」
まさか、俺がいくら考えても全然原因がわからなかったのに、たった数分話しただけでわかったというのか!? どういうことだ、何かの魔法か!?
「僭越ながら、お伝えしてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ! これでは気になって夜も眠れない!」
「……ウィルフレッド様は、エレナ様に恋をされているのかと」
「…………………………は?」
彼の口から出た、あまりにも想定外な回答に、俺は数回瞬きをしてから、素っ頓狂な声を出した。
「いやいや、俺が恋だなんて……」
「ではお聞きします。エレナ様にプレゼントをして喜んでもらえましたが、どう思いましたか?」
「どうと言われても……喜んでもらえて良かったとか、もっと笑顔が見たいとか……幸せそうなエレナ殿ともっと一緒にいたいとか……」
「では逆に、回復魔法が失敗して悲しんでおられた時は?」
「俺のせいで泣いてほしくないとか、申し訳ないとか、元気になってほしいとか……」
簡潔に自分の感情を表現するのは、想像以上に難しいものだ。今の以外にも、言葉に出来ないような感情が、いくつも胸の内にあるのがわかる。
「ウィルフレッド様のお言葉を纏めますと、エレナ殿には笑っていてほしい、幸せになってほしい、悲しんでほしくない。そういうことでございますね」
「ああ、そうだな」
「……エレナ殿が良い方向に向かっていると胸が暖かくなり、悪い方向に向かっていると胸が締め付けられるような痛みを感じたりは?」
「あ、ああ! それもある!」
凄い、なぜそんなに俺の気持ちがわかるんだ!? やはり何かの魔法を使っているとしか思えない!
「やはり、それは恋をしていると思いますよ」
「そ、そうなのか……? 恋なんてしたことがないから、全然気づかなかった」
俺は物心がついた時から、父のような騎士になるために訓練に励み、いつか当主になった時のために必要な勉強ばかりしていた。
だから、恋をしている暇なんて、これっぽっちもなかった。なんなら、俺には一生縁が無いものだとすら思っていたのに。
「以前は婚約者がいらっしゃいましたが、あくまで両家のための婚約でしたからね。致し方ないかと」
「だが、どうして急に恋なんて……普通、こういうものは徐々に育むものではないのか?」
「それは人それぞれでしょう。百人の人間がいれば、百通りの恋があるのですよ」
そういうものなのか? 俺にはよくわからないが……剣を振るという動作だけでも、様々なやり方があるのと同じような考え方か?
「この気持ちは、エレナ殿に伝えた方が良いのだろうか?」
「恋に正解はございません。ウィルフレッド様が伝えたくなった時に伝えるのが、一番のタイミングではないかと」
そう言われても、恋愛初心者どころか素人の俺に、最高のタイミングに気持ちを伝えるのなんて、出来ると思えない。
とりあえずわかるのは、今すぐに伝えても、エレナ殿が戸惑うだけだろうな……難しい。
……恋とは難しく、もどかしいものだな。だが……悪い気分ではないものだ。
「そうだ、今日はエレナ殿もパーティーに行くのだから、最高のドレスを準備しなければ」
「では、ワタクシの方から他の使用人に、大至急屋敷にあるドレスを準備するようにお伝えしてきます」
「ああ、ありがとう。俺も仕事が一息ついたら、ドレスを選ばせてほしい。やはり自分で選んであげたいからね」
「かしこまりました。では失礼致します」
彼は深々と頭を下げてから、その場を後にした。
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