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甘ったるい避難を
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「芽」
彼女はキッチンに入るなり、少し前屈みになって床に置かれた小さなダンボールの中を覗き見ていた。
そして、くるりと振り向くなり次はこう言ったんだ。
「めっ」
それは僕への甘ったるい非難。
想いが通じあってまだ間もない、とろけるような彼女の可愛い叱り方。
「野菜がだめになる前に私を呼んでって言ったでしょ?」
鼻をくすぐるスパイスの香りの中、例の芽が少しばかり出ていた玉ねぎは形を変えてそこに溶け込んでいる。
僕と彼女はローテーブルを挟んでカレーライスを食べていた。
「だめになってた?」
僕は反省もせずに、笑む。
「ぎりぎりセーフだよ」
彼女も反省を促さず、笑む。
空間に満ちるは、とろとろとした蜂蜜のような橙だいだい色。
選曲をまかせていたAIスピーカーから、恋の歌が流れ出した。
ロックバンドのヴォーカルがかすれた声で繰り返す。
愛してる、と。
僕はこの流れにのって言ってしまおうかと、僅かに口を開く。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してた、のに。
「ねぇ、どうしていつも何も言ってくれなかったの?」
二人の最後に、小雨の中で呟く彼女。
野菜がだめになりそうな時、愛してるとどんなに心で繰り返した時、いつも僕は何も言えず。
永遠に去り行く彼女の後ろ姿にさえ、望みをかけてしまう。
お願いだからもう一度、くるりと振り返って。
僕へ。
あの、甘ったるい非難を。
彼女はキッチンに入るなり、少し前屈みになって床に置かれた小さなダンボールの中を覗き見ていた。
そして、くるりと振り向くなり次はこう言ったんだ。
「めっ」
それは僕への甘ったるい非難。
想いが通じあってまだ間もない、とろけるような彼女の可愛い叱り方。
「野菜がだめになる前に私を呼んでって言ったでしょ?」
鼻をくすぐるスパイスの香りの中、例の芽が少しばかり出ていた玉ねぎは形を変えてそこに溶け込んでいる。
僕と彼女はローテーブルを挟んでカレーライスを食べていた。
「だめになってた?」
僕は反省もせずに、笑む。
「ぎりぎりセーフだよ」
彼女も反省を促さず、笑む。
空間に満ちるは、とろとろとした蜂蜜のような橙だいだい色。
選曲をまかせていたAIスピーカーから、恋の歌が流れ出した。
ロックバンドのヴォーカルがかすれた声で繰り返す。
愛してる、と。
僕はこの流れにのって言ってしまおうかと、僅かに口を開く。
愛してる。
愛してる。
愛してる。
愛してた、のに。
「ねぇ、どうしていつも何も言ってくれなかったの?」
二人の最後に、小雨の中で呟く彼女。
野菜がだめになりそうな時、愛してるとどんなに心で繰り返した時、いつも僕は何も言えず。
永遠に去り行く彼女の後ろ姿にさえ、望みをかけてしまう。
お願いだからもう一度、くるりと振り返って。
僕へ。
あの、甘ったるい非難を。
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