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イアン王子がやってきた
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翌日の午前中。予告通りにイアン王子が婚約の書類作成の為、文官や護衛を数人引き連れて我がレナード公爵家にやってきた。
今までも、わたくしが知らなかっただけでイアンは毎日の様に我が邸には訪れていたとの話だったが、こんなに派手に“王族が訪問してますよ~”的な演出? はなかった。
恐らく内密に訪問していたのだろう。
(そりゃ気付かなかったのも当然ですわ)
応接間に通されたイアンが文官から筒状に丸めた書類を受け取り、テーブルの上に広げた。
「こちら既に陛下とイアン王太子殿下のサインが入った婚約の書類になります。後はこの欄にレナード公爵とエミリア嬢がサインして頂けば、責任を持って私が貴族院へ提出致します」
文官の一人がそう説明しながら、インクと羽ペンを書類の横に並べて置いた。
お父様は書類に目を通し、うんうんと頷きながら用意された羽ペンを手に取ってサラサラッと署名した。すかさず文官が書類をお父様の横に座るわたくしの前に手早く並べ直して置いた。
「さぁ、エミリアもサインしなさい」
お父様からそう言われてチラッとイアンの方へ視線を向けると、とても優しい眼差しでわたくしの事を見ていた。視線が絡み合い、急に胸がドキドキとし始めた。
(何あの眼差し! しかも反則的にカッコイイんですけど!! ヤバい、ヤバい……)
ドキドキを隠しながら羽ペンを手に持つ。
(サインしたらもう婚約者決定ね……この状況下でイアンに恥をかかす訳にもいかないし)
覚悟を決めてペン先をインクに浸し書類にサインを入れた。
(今は仕方ないわ)
文官がわたくし達二人の署名を確認し、テーブルの上から書類と筆記用具を片付けて後ろに下がった。
「では、私は先に失礼致します」
ペコリと一礼をし足早に部屋を出ていく。どうやらこのまま貴族院に提出しに向かうらしい。
「公爵、この後少しエミリアと話したいのだが構わないか?」
「勿論です殿下。私達は席を外しますので、どうぞごゆっくりして行って下さい」
お父様の言葉を合図にメイドがお茶を運んで来た。それと入れ違いにお父様とお母様が部屋を出て、護衛兵は部屋の入り口付近に待機する。
テーブルには色鮮やかな小さなカップケーキが数種類載った皿が中央に置かれ、目の前には紅茶と銀色の縁取りが美しい取り皿が並べられた。
今日も我が邸のシェフは腕によりをかけてスイーツを作り上げた様だ。カラフルなカップケーキはチョコレートやマシュマロ、ナッツなどでデコレーションされておりどれを食べようか悩む程だ。
ついつい見惚れてしまい、目の前に王子がいる事をすっかり忘れて「うわ、美味しそう……」と呟いてしまった。瞬時にハッ! と気が付いて、イアンの方へと視線を向ける。
「……ククッ」
頑張って笑いを堪えているのか口元に手を当てた状態で小刻みに肩を揺らしている。
「……っ!!」
恥ずかしさから一気に顔が熱くなり、スカートの上に置いていた両手を握りしめた。
(食いしん坊だって思われたかも! 恥ずかしいっ)
「せっかくだから食べようよ、カップケーキ」
ニコッと笑顔を向けられて、違った意味でまた顔が熱くなる。
(だ、だから、反則なんですってば! 笑顔が眩しすぎますわ)
これから婚約破棄を願い出ないといけない相手に、既にペースを乱されて混乱してしまう。
「これなんか美味しそうだよ」
空色にデコレーションされたカップケーキを、王子自ら取り皿に載せてくれる。
「アリガトゴザイマス」
緊張してしまい、カタコトな返事を返してしまった。受け取る仕草までもがカチコチになった。
「ぷはっ!」
我慢していたイアンも堪えきれなくなったのか、吹き出して笑い始めた。
「ごっ、ごめっ、もう……全部が可愛くてっ」
「うぅぅぅ……」
もう、自分でも何やってるのか分からなくなって頭がクラクラしてきた。
暫くは大人しくカップケーキを堪能して、紅茶をコクリと飲み干してからわたくしは改めてイアンに話しかけた。
「あの……この婚約の事なんですが……」
「あぁ、君が私と婚約したくなかったって話の事だね。いいよ、話を聞くよ」
持っていたカップをソーサーに戻し、イアンはそっと立ち上がった。その美しい所作に見惚れていると気が付いた時にはイアンがわたくしの隣に座っていた。
「ここなら他の人に話を聞かれないから、ね?」
急に詰められた距離感に固まる。真横にキラキラエフェクト背負った本物の王子様が座ってるなんて緊張しない方がどうかしてる。
(理屈は分かる。分かるんですけど近過ぎですわ!)
「あ……うぅ」
世の婚約者同士って皆こんな距離感なのだろうか。早く婚約破棄しないとドキドキし過ぎて、わたくしはおかしくなってしまうんじゃないだろうか。
「リア、ちゃんと聞くから話してごらん」
「……は……い」
そうだ、説明しなくては。いつの間にか勝手に愛称呼びになっているのは気になるが、ドキドキしてる場合じゃない。頑張れ、エミリア!!
今までも、わたくしが知らなかっただけでイアンは毎日の様に我が邸には訪れていたとの話だったが、こんなに派手に“王族が訪問してますよ~”的な演出? はなかった。
恐らく内密に訪問していたのだろう。
(そりゃ気付かなかったのも当然ですわ)
応接間に通されたイアンが文官から筒状に丸めた書類を受け取り、テーブルの上に広げた。
「こちら既に陛下とイアン王太子殿下のサインが入った婚約の書類になります。後はこの欄にレナード公爵とエミリア嬢がサインして頂けば、責任を持って私が貴族院へ提出致します」
文官の一人がそう説明しながら、インクと羽ペンを書類の横に並べて置いた。
お父様は書類に目を通し、うんうんと頷きながら用意された羽ペンを手に取ってサラサラッと署名した。すかさず文官が書類をお父様の横に座るわたくしの前に手早く並べ直して置いた。
「さぁ、エミリアもサインしなさい」
お父様からそう言われてチラッとイアンの方へ視線を向けると、とても優しい眼差しでわたくしの事を見ていた。視線が絡み合い、急に胸がドキドキとし始めた。
(何あの眼差し! しかも反則的にカッコイイんですけど!! ヤバい、ヤバい……)
ドキドキを隠しながら羽ペンを手に持つ。
(サインしたらもう婚約者決定ね……この状況下でイアンに恥をかかす訳にもいかないし)
覚悟を決めてペン先をインクに浸し書類にサインを入れた。
(今は仕方ないわ)
文官がわたくし達二人の署名を確認し、テーブルの上から書類と筆記用具を片付けて後ろに下がった。
「では、私は先に失礼致します」
ペコリと一礼をし足早に部屋を出ていく。どうやらこのまま貴族院に提出しに向かうらしい。
「公爵、この後少しエミリアと話したいのだが構わないか?」
「勿論です殿下。私達は席を外しますので、どうぞごゆっくりして行って下さい」
お父様の言葉を合図にメイドがお茶を運んで来た。それと入れ違いにお父様とお母様が部屋を出て、護衛兵は部屋の入り口付近に待機する。
テーブルには色鮮やかな小さなカップケーキが数種類載った皿が中央に置かれ、目の前には紅茶と銀色の縁取りが美しい取り皿が並べられた。
今日も我が邸のシェフは腕によりをかけてスイーツを作り上げた様だ。カラフルなカップケーキはチョコレートやマシュマロ、ナッツなどでデコレーションされておりどれを食べようか悩む程だ。
ついつい見惚れてしまい、目の前に王子がいる事をすっかり忘れて「うわ、美味しそう……」と呟いてしまった。瞬時にハッ! と気が付いて、イアンの方へと視線を向ける。
「……ククッ」
頑張って笑いを堪えているのか口元に手を当てた状態で小刻みに肩を揺らしている。
「……っ!!」
恥ずかしさから一気に顔が熱くなり、スカートの上に置いていた両手を握りしめた。
(食いしん坊だって思われたかも! 恥ずかしいっ)
「せっかくだから食べようよ、カップケーキ」
ニコッと笑顔を向けられて、違った意味でまた顔が熱くなる。
(だ、だから、反則なんですってば! 笑顔が眩しすぎますわ)
これから婚約破棄を願い出ないといけない相手に、既にペースを乱されて混乱してしまう。
「これなんか美味しそうだよ」
空色にデコレーションされたカップケーキを、王子自ら取り皿に載せてくれる。
「アリガトゴザイマス」
緊張してしまい、カタコトな返事を返してしまった。受け取る仕草までもがカチコチになった。
「ぷはっ!」
我慢していたイアンも堪えきれなくなったのか、吹き出して笑い始めた。
「ごっ、ごめっ、もう……全部が可愛くてっ」
「うぅぅぅ……」
もう、自分でも何やってるのか分からなくなって頭がクラクラしてきた。
暫くは大人しくカップケーキを堪能して、紅茶をコクリと飲み干してからわたくしは改めてイアンに話しかけた。
「あの……この婚約の事なんですが……」
「あぁ、君が私と婚約したくなかったって話の事だね。いいよ、話を聞くよ」
持っていたカップをソーサーに戻し、イアンはそっと立ち上がった。その美しい所作に見惚れていると気が付いた時にはイアンがわたくしの隣に座っていた。
「ここなら他の人に話を聞かれないから、ね?」
急に詰められた距離感に固まる。真横にキラキラエフェクト背負った本物の王子様が座ってるなんて緊張しない方がどうかしてる。
(理屈は分かる。分かるんですけど近過ぎですわ!)
「あ……うぅ」
世の婚約者同士って皆こんな距離感なのだろうか。早く婚約破棄しないとドキドキし過ぎて、わたくしはおかしくなってしまうんじゃないだろうか。
「リア、ちゃんと聞くから話してごらん」
「……は……い」
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