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第三章 近づく心
章閑話—6 アズベルトの覚悟
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固く閉じられた瞼に、薄っすらと涙が光っている。そんな彼女の姿をじっと見つめていた。
月明かりに浮かんだ震える白い身体が、酷く美しいと思った。
静かな寝息を立て、身を守る様に小さくなって眠る彼女は、最愛の人の姿をした別人だ。
露出した肩に夜着を纏わせると、身じろぎしたカナが私の胸に擦り寄ってくる。甘えるように、縋るように、胸の中で安堵を求めるように小さくなっている。
カナはカナなりに内に秘めた不安や恐怖と戦っていたのだろう。
掛布を引き上げ、その上から細くて折れてしまいそうな腕に触れる。胸に抱いたカナは小さくて儚くて……とても温かかった。
カナは、俺の元を離れると、そう言うだろうか。真面目で優しい彼女なら、俺やナタリーが心を痛めると、気を揉んでしまう事だろう。
俺はそれを受け入れられるだろうか。カナが傷つき苦しまなくて済むのなら……手放す事が出来るだろうか……。
目覚めた時、カナは俺と同じベッドで眠っていた事に、酷く動揺していた様だった。結局肌は少しばかり暴いてしまったものの、胸に収めて眠るに留まったのだが、それすら思い出せない程動揺し、混乱していた。あまりにも狼狽えていたものだから、遂には笑いを堪えきれなくなってしまった。
「大丈夫。一線は超えていない」
そう伝えた時の安心したような困惑したような複雑な表情が、未だに瞼に焼きついている。
仕事をすっぱり休みにして、彼女との時間を過ごそうと思った。ここのところちゃんとした休みが取れていなかった事もあったが、カナと過ごし向き合う時間が必要だと思ったからだ。二日間しか時間は作れなかったが、お互いを知る事が何よりも必要だった。
天気も良く散歩日和だった事もあり、別荘近くの塔まで散策しようと彼女を誘った。戸惑っていた様子だったが、散歩は嬉しかったようだ。恥ずかしがり屋のカナは、一人でも着られるワンピースを選んでいた。困っているなら手を貸そうかと思ったが、杞憂だったようだ。差し出した手を当たり前のように握り返され、気分が高揚するのを抑えるのに苦労した。
並んでゆっくり歩きながら、カナの国や文化に触れた。どれもこの国とは異なり、季節をとっても行事をとっても様相も意味合いも全然違っていて、単純に興味深かった。
例えば『四季』という言い回しひとつとっても、様子の変わる季節を待ち望み、楽しむ様子が伝わってきた。それが季節ごとに違う行事に良く現れている。春は花を愛で、夏は暑さを楽しむかのように催しに興じるのだ。今までの自分にはなかった発想に驚き、新鮮で興味深かった。
ゲネシスに見せてもらった歴史書にあった『賢者』という存在。カナを見ていると、あながち間違いではないと思えた。カナもまた自分とは違う考えや価値観を持っている。生活様式も随分違う。彼女を知りたいと思うなら、それらは出来る限り尊重すべきではないかと思った。それがきっと自分だけでなく、この国にとってもプラスになる筈だ。
塔へ登ると、カナはそこから見える景色をとても喜んでくれたようだ。自分のいたところとは全然違うのだと、見入っているようだった。
そんな姿を見つめていた。ここには一度だけカナリアも連れて来た事がある。その時もこんな風に瞳を輝かせていたなと、懐かしく思った。
やはり俺には、この人が必要だと思った。カナリアのいない世界など考えられなかった。
「カナ。どうか結婚して欲しい」
君に側にいて欲しい。
どんな姿になったとしても。
どんな君でも愛すると、あの日誓ったんだ。
だからどうか、居なくなるだなんて選択はしないで欲しい。
「妻として、側にいてくれないか」
歩み寄ろう。
例えどんなに時間が掛かったとしても。
君の事が知りたい。
例えカナの望みとは違ったとしても、俺はもう離してやれない。
カナリアを強制もしない。
カナはカナで良い。せめて自由に、君の笑顔を殺してしまうような事は二度としない。
「カナには酷な事を強いるのは分かってる。どんな罰も甘んじて受けよう」
君に強いる無茶を、どうか許して欲しい。どんな罰も罪も、全て俺が引き受ける。
君が抱える不安も恐怖も罪悪感も、俺が必ず取り除くから。
タケルの代わりにカナを守らせて欲しい。
一番側で共に歩む事を許して欲しい。
「私、アズの側にいたい」
胸に閉じ込めて口付けてしまいたい衝動を必死に堪え、こちらを真っ直ぐに見つめてそう言ってくれたカナの手を握り締めた。
「君が心を許してくれるまで、カナの気持ちを蔑ろにするような事は絶対しない」
その気持ちに嘘偽りは無い。無かったが、そう言ってしまった事を、俺は早くも後悔しつつあった。
『今夜から一緒に寝る事』を承諾してくれたカナだったが、隣に横になっている彼女は酷く緊張した様子で、遠慮がちに近づいてくると恥ずかしそうに鼻まで掛布を引き上げたのだ。その姿が愛らしくて、余裕なフリは拷問のようだった。
警戒されているのか、はたまたそれだけ意識してくれているのか。困ればいいのか喜べばいいのか……ただ嫌じゃ無いのなら、『心を許してくれるよう』最大限努力するとしよう。
当面の目標は口づけを許して貰う事だな。そんな事を考えながら、俺はカナの身体を抱き寄せた。あんなに寝つきの悪かったのが嘘のように安心して眠る事が出来たのだ。
カナリア
君に心から感謝する
カナリアと過ごしたかけがえのない時間も、君がくれた沢山の想いも、愛おしい思い出も全部決して忘れはしない。
君がそう言ってくれたように、『どんな姿になったとしても』俺は君を愛し続ける
君が選んだこの人を、必ず守り抜く
生涯大切にすると、カナリア、君に誓うよ
月明かりに浮かんだ震える白い身体が、酷く美しいと思った。
静かな寝息を立て、身を守る様に小さくなって眠る彼女は、最愛の人の姿をした別人だ。
露出した肩に夜着を纏わせると、身じろぎしたカナが私の胸に擦り寄ってくる。甘えるように、縋るように、胸の中で安堵を求めるように小さくなっている。
カナはカナなりに内に秘めた不安や恐怖と戦っていたのだろう。
掛布を引き上げ、その上から細くて折れてしまいそうな腕に触れる。胸に抱いたカナは小さくて儚くて……とても温かかった。
カナは、俺の元を離れると、そう言うだろうか。真面目で優しい彼女なら、俺やナタリーが心を痛めると、気を揉んでしまう事だろう。
俺はそれを受け入れられるだろうか。カナが傷つき苦しまなくて済むのなら……手放す事が出来るだろうか……。
目覚めた時、カナは俺と同じベッドで眠っていた事に、酷く動揺していた様だった。結局肌は少しばかり暴いてしまったものの、胸に収めて眠るに留まったのだが、それすら思い出せない程動揺し、混乱していた。あまりにも狼狽えていたものだから、遂には笑いを堪えきれなくなってしまった。
「大丈夫。一線は超えていない」
そう伝えた時の安心したような困惑したような複雑な表情が、未だに瞼に焼きついている。
仕事をすっぱり休みにして、彼女との時間を過ごそうと思った。ここのところちゃんとした休みが取れていなかった事もあったが、カナと過ごし向き合う時間が必要だと思ったからだ。二日間しか時間は作れなかったが、お互いを知る事が何よりも必要だった。
天気も良く散歩日和だった事もあり、別荘近くの塔まで散策しようと彼女を誘った。戸惑っていた様子だったが、散歩は嬉しかったようだ。恥ずかしがり屋のカナは、一人でも着られるワンピースを選んでいた。困っているなら手を貸そうかと思ったが、杞憂だったようだ。差し出した手を当たり前のように握り返され、気分が高揚するのを抑えるのに苦労した。
並んでゆっくり歩きながら、カナの国や文化に触れた。どれもこの国とは異なり、季節をとっても行事をとっても様相も意味合いも全然違っていて、単純に興味深かった。
例えば『四季』という言い回しひとつとっても、様子の変わる季節を待ち望み、楽しむ様子が伝わってきた。それが季節ごとに違う行事に良く現れている。春は花を愛で、夏は暑さを楽しむかのように催しに興じるのだ。今までの自分にはなかった発想に驚き、新鮮で興味深かった。
ゲネシスに見せてもらった歴史書にあった『賢者』という存在。カナを見ていると、あながち間違いではないと思えた。カナもまた自分とは違う考えや価値観を持っている。生活様式も随分違う。彼女を知りたいと思うなら、それらは出来る限り尊重すべきではないかと思った。それがきっと自分だけでなく、この国にとってもプラスになる筈だ。
塔へ登ると、カナはそこから見える景色をとても喜んでくれたようだ。自分のいたところとは全然違うのだと、見入っているようだった。
そんな姿を見つめていた。ここには一度だけカナリアも連れて来た事がある。その時もこんな風に瞳を輝かせていたなと、懐かしく思った。
やはり俺には、この人が必要だと思った。カナリアのいない世界など考えられなかった。
「カナ。どうか結婚して欲しい」
君に側にいて欲しい。
どんな姿になったとしても。
どんな君でも愛すると、あの日誓ったんだ。
だからどうか、居なくなるだなんて選択はしないで欲しい。
「妻として、側にいてくれないか」
歩み寄ろう。
例えどんなに時間が掛かったとしても。
君の事が知りたい。
例えカナの望みとは違ったとしても、俺はもう離してやれない。
カナリアを強制もしない。
カナはカナで良い。せめて自由に、君の笑顔を殺してしまうような事は二度としない。
「カナには酷な事を強いるのは分かってる。どんな罰も甘んじて受けよう」
君に強いる無茶を、どうか許して欲しい。どんな罰も罪も、全て俺が引き受ける。
君が抱える不安も恐怖も罪悪感も、俺が必ず取り除くから。
タケルの代わりにカナを守らせて欲しい。
一番側で共に歩む事を許して欲しい。
「私、アズの側にいたい」
胸に閉じ込めて口付けてしまいたい衝動を必死に堪え、こちらを真っ直ぐに見つめてそう言ってくれたカナの手を握り締めた。
「君が心を許してくれるまで、カナの気持ちを蔑ろにするような事は絶対しない」
その気持ちに嘘偽りは無い。無かったが、そう言ってしまった事を、俺は早くも後悔しつつあった。
『今夜から一緒に寝る事』を承諾してくれたカナだったが、隣に横になっている彼女は酷く緊張した様子で、遠慮がちに近づいてくると恥ずかしそうに鼻まで掛布を引き上げたのだ。その姿が愛らしくて、余裕なフリは拷問のようだった。
警戒されているのか、はたまたそれだけ意識してくれているのか。困ればいいのか喜べばいいのか……ただ嫌じゃ無いのなら、『心を許してくれるよう』最大限努力するとしよう。
当面の目標は口づけを許して貰う事だな。そんな事を考えながら、俺はカナの身体を抱き寄せた。あんなに寝つきの悪かったのが嘘のように安心して眠る事が出来たのだ。
カナリア
君に心から感謝する
カナリアと過ごしたかけがえのない時間も、君がくれた沢山の想いも、愛おしい思い出も全部決して忘れはしない。
君がそう言ってくれたように、『どんな姿になったとしても』俺は君を愛し続ける
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