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第四章 忍び寄る魔手
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目の前に滑り込むように止まった馬車は、カナの目からも洗練されたシックな見栄えのそれだった。
黒で統一された半月型のフォルムに、金の縁取りがなされた煌びやかな車体。飾り彫の施された四つの車輪は、見た目の華やかさは持たせながらもゴテゴテしたいやらしさは無い。
見るからに高貴なお方が所有しているであろう豪奢な車体を引く馬もまた、体格が良く茶色い体毛を陽の光に艶めかせた美しい四頭だ。
アズベルトが所有する侯爵家の馬車には、家紋にもある鷲のエンブレムが施されているが、こちらは扉に金色の獅子の飾りが施されている。
どれ程屈強な大男が降りて来るのかと緊張に身を固くしていたカナだったが、御者が開けたドアから降り立ったのは、アズベルトにも引けを取らない金髪ブルーアイの優男だった。
特徴的な瞳は、海の青を落とし込んだような、光り輝くサファイアのような美しい青で、初対面だったなら思わず見入ってしまいそうな程だった。
アズベルト同様顔のパーツの大きさ、配置が黄金比で、髪は陽の光のような黄金色だ。短くカットされていて癖っ毛なのか所々跳ねているが、それが上手く活かされておりその髪型がとても良く似合っていた。
目はアズベルトよりも切長で細い。一見冷たい印象を受けるが本人もその自覚があるのか、表情が柔らかく口角が上がっていた為、カナは冷淡そうという印象は抱かなかった。
肩を抱き寄せてきたアズベルトがそっと耳打ちしてくる。
「彼がレオドルド・サージェンス。私の学友でカナリアとは幼い頃から親交がある。レオと呼んで」
本日会う人物がアズベルトの友人だとは聞かされていたが、昔のカナリアを知っていると言われ、大男で無かったことで一度解けた緊張がまたぶり返してきた。
こちらを真っ直ぐに見つめながら歩いて来る彼へと微笑む。
「お久しぶりですね、レオ」
「カナリア! 覚えていてくれた事……嬉しいよ……」
直ぐ目の前までやってきたレオドルドが、カナの手をそっと掬い上げる。
「……驚いたな……昔から美しいとは思っていたが、本当に綺麗になって……」
カナを瞳に写す程近くにあるブルーがゆらりと揺れた。距離の近さに一瞬戸惑ったが、幼い頃からの知り合いならばこんなものだろうか。
彼がカナリアを妹のように可愛がっていたなら、ここで一歩引いてしまうのは不自然すぎる。
「ありがとう、レオ。会えて嬉しいわ」
カナリアの可憐さを損なわないよう、精一杯の笑顔で返す。
「私もだよ」
掬い上げられた方の手の甲に彼の唇が触れた。
挨拶だと分かっている。それなのに、なんとなく違和感を感じてしまった。
「身体の方は大丈夫なのか? 昔から病弱だったから、こんな風に出迎えて貰えるとは思わなかったよ」
「心配してくれてありがとう。最近はとても調子がいいのよ」
「……そうか……それなら良かった」
そう言って微笑む彼は、さながら日本のトップアイドルのようだと思った。もうすでにファンが出来たのか、周りから、特に女性達の悩ましい溜め息が漏れ聞こえてくる。
「立ち話も何だから、応接間へ行こうか。ナタリー、お茶の用意を頼む」
「かしこまりました」
旧友との再会が嬉しかったのか、アズベルトは自ら屋敷の中へ客人を案内している。
気安く言葉を交わすレオドルドに握られたままの手が優しく引かれた。
「カナリアも、行こう」
「え、ええ」
カナリアを見つめるその青い瞳が眩しいくらいに潤んでいる。
この人……もしかして……
カナリアに注がれる優しい眼差しが、なんだかアズベルトのものと似ている気がしたのだ。
考え過ぎ……かしら……
アズベルトのそれは、ちゃんとカナだと分かった上で向けられるものだ。しかしレオドルドは違う。こちらに注がれる眼差しの全てがカナリアに向けられたものなのだ。違和感の正体はそこにもあるのかもしれない。そんな事を思いながら、嬉しそうにエスコートしてくれるレオドルドに微笑みを返すのだった。
「いつまでこっちにいられるんだ?」
ナタリーの美味しいお茶が用意された所で、アズベルトが訊ねた。
「この国には商談で来たんだ。二、三日でまとまりそうだから、後一週間くらいだな」
「「えっ?」」
思いがけない返答に、アズベルトの声と綺麗に重なった。息ぴったりな反応と、似たような表情を同時に向けられて驚いたのか、レオドルドが疑問符を浮かべながら交互にこちらを伺っている。
「? 何か……?」
まさか、アズベルトの古くからの友人なら知らない筈は無いのに。どういう事かとアズベルトも困惑顔だ。
「レオは私達の式には参加してくれないの?」
「式? ……何の事だろう?」
レオドルドが兄のような存在であったなら、是非とも式には参列して欲しいのだが、彼は本当に何も知らない様子だった。
「何って、手紙にも書いたが……招待状が届いて無かったか?」
「招待状? 何の事かわからないな。拠点を移して活動する事が多いから、ここ数年は手紙の類は受け取っていないな」
「……なんて事……」
思わずアズベルトと顔を見合わせてしまった。彼もどうしたものかと考えあぐねているようだ。
「レオ、私達は二週間後に結婚式を挙げるんだ。君にも招待状を送ったんだが、どうやら手違いがあったようだ」
ソーサーからカップを持ち上げたレオドルドの手がピタリと止まった。
「結婚式……だって……?」
「ええ」
「私達は結婚するんだ。君にも是非参列して欲しかったんだが……」
アズベルトが近くに控えていた執事に声を掛けた。招待状を送った人のリストがある筈だからと、用意するよう指示を飛ばしている。
その様子を見て、ふと何の気無しにレオドルドの方を見ると、青い瞳と視線が交わった。その瞬間、背中をぞわりと何かが走り抜けたように寒気に襲われたのだ。
先程までの柔和な笑みはそこには無く、何の感情も読み取れないサファイアブルーがただ真っ直ぐに向けられていたのだ。
黒で統一された半月型のフォルムに、金の縁取りがなされた煌びやかな車体。飾り彫の施された四つの車輪は、見た目の華やかさは持たせながらもゴテゴテしたいやらしさは無い。
見るからに高貴なお方が所有しているであろう豪奢な車体を引く馬もまた、体格が良く茶色い体毛を陽の光に艶めかせた美しい四頭だ。
アズベルトが所有する侯爵家の馬車には、家紋にもある鷲のエンブレムが施されているが、こちらは扉に金色の獅子の飾りが施されている。
どれ程屈強な大男が降りて来るのかと緊張に身を固くしていたカナだったが、御者が開けたドアから降り立ったのは、アズベルトにも引けを取らない金髪ブルーアイの優男だった。
特徴的な瞳は、海の青を落とし込んだような、光り輝くサファイアのような美しい青で、初対面だったなら思わず見入ってしまいそうな程だった。
アズベルト同様顔のパーツの大きさ、配置が黄金比で、髪は陽の光のような黄金色だ。短くカットされていて癖っ毛なのか所々跳ねているが、それが上手く活かされておりその髪型がとても良く似合っていた。
目はアズベルトよりも切長で細い。一見冷たい印象を受けるが本人もその自覚があるのか、表情が柔らかく口角が上がっていた為、カナは冷淡そうという印象は抱かなかった。
肩を抱き寄せてきたアズベルトがそっと耳打ちしてくる。
「彼がレオドルド・サージェンス。私の学友でカナリアとは幼い頃から親交がある。レオと呼んで」
本日会う人物がアズベルトの友人だとは聞かされていたが、昔のカナリアを知っていると言われ、大男で無かったことで一度解けた緊張がまたぶり返してきた。
こちらを真っ直ぐに見つめながら歩いて来る彼へと微笑む。
「お久しぶりですね、レオ」
「カナリア! 覚えていてくれた事……嬉しいよ……」
直ぐ目の前までやってきたレオドルドが、カナの手をそっと掬い上げる。
「……驚いたな……昔から美しいとは思っていたが、本当に綺麗になって……」
カナを瞳に写す程近くにあるブルーがゆらりと揺れた。距離の近さに一瞬戸惑ったが、幼い頃からの知り合いならばこんなものだろうか。
彼がカナリアを妹のように可愛がっていたなら、ここで一歩引いてしまうのは不自然すぎる。
「ありがとう、レオ。会えて嬉しいわ」
カナリアの可憐さを損なわないよう、精一杯の笑顔で返す。
「私もだよ」
掬い上げられた方の手の甲に彼の唇が触れた。
挨拶だと分かっている。それなのに、なんとなく違和感を感じてしまった。
「身体の方は大丈夫なのか? 昔から病弱だったから、こんな風に出迎えて貰えるとは思わなかったよ」
「心配してくれてありがとう。最近はとても調子がいいのよ」
「……そうか……それなら良かった」
そう言って微笑む彼は、さながら日本のトップアイドルのようだと思った。もうすでにファンが出来たのか、周りから、特に女性達の悩ましい溜め息が漏れ聞こえてくる。
「立ち話も何だから、応接間へ行こうか。ナタリー、お茶の用意を頼む」
「かしこまりました」
旧友との再会が嬉しかったのか、アズベルトは自ら屋敷の中へ客人を案内している。
気安く言葉を交わすレオドルドに握られたままの手が優しく引かれた。
「カナリアも、行こう」
「え、ええ」
カナリアを見つめるその青い瞳が眩しいくらいに潤んでいる。
この人……もしかして……
カナリアに注がれる優しい眼差しが、なんだかアズベルトのものと似ている気がしたのだ。
考え過ぎ……かしら……
アズベルトのそれは、ちゃんとカナだと分かった上で向けられるものだ。しかしレオドルドは違う。こちらに注がれる眼差しの全てがカナリアに向けられたものなのだ。違和感の正体はそこにもあるのかもしれない。そんな事を思いながら、嬉しそうにエスコートしてくれるレオドルドに微笑みを返すのだった。
「いつまでこっちにいられるんだ?」
ナタリーの美味しいお茶が用意された所で、アズベルトが訊ねた。
「この国には商談で来たんだ。二、三日でまとまりそうだから、後一週間くらいだな」
「「えっ?」」
思いがけない返答に、アズベルトの声と綺麗に重なった。息ぴったりな反応と、似たような表情を同時に向けられて驚いたのか、レオドルドが疑問符を浮かべながら交互にこちらを伺っている。
「? 何か……?」
まさか、アズベルトの古くからの友人なら知らない筈は無いのに。どういう事かとアズベルトも困惑顔だ。
「レオは私達の式には参加してくれないの?」
「式? ……何の事だろう?」
レオドルドが兄のような存在であったなら、是非とも式には参列して欲しいのだが、彼は本当に何も知らない様子だった。
「何って、手紙にも書いたが……招待状が届いて無かったか?」
「招待状? 何の事かわからないな。拠点を移して活動する事が多いから、ここ数年は手紙の類は受け取っていないな」
「……なんて事……」
思わずアズベルトと顔を見合わせてしまった。彼もどうしたものかと考えあぐねているようだ。
「レオ、私達は二週間後に結婚式を挙げるんだ。君にも招待状を送ったんだが、どうやら手違いがあったようだ」
ソーサーからカップを持ち上げたレオドルドの手がピタリと止まった。
「結婚式……だって……?」
「ええ」
「私達は結婚するんだ。君にも是非参列して欲しかったんだが……」
アズベルトが近くに控えていた執事に声を掛けた。招待状を送った人のリストがある筈だからと、用意するよう指示を飛ばしている。
その様子を見て、ふと何の気無しにレオドルドの方を見ると、青い瞳と視線が交わった。その瞬間、背中をぞわりと何かが走り抜けたように寒気に襲われたのだ。
先程までの柔和な笑みはそこには無く、何の感情も読み取れないサファイアブルーがただ真っ直ぐに向けられていたのだ。
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