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第四章 忍び寄る魔手
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「アズとリアが結婚か……そうか……」
レオドルドが美しいブルーの瞳を伏せ、止まっていた手を動かしてお茶を一口含む。その様子をカナは落ち着かない気持ちで見ていた。
執事が持ってきたリストに目を通したアズベルトは、間違いなくレオドルドにも招待状を送っている事を確認している。
「恐らくどこかで行き違ってしまったんだろう。……そうか、二人が結婚とは……それはめでたい事だ。知っていれば祝いの品を用意したのに……すまなかった」
こちらに向けられる表情が穏やかなものに戻っている。さっきのは一体何だったのかと思う程、今は穏やかで凪いでいた。
しかしカナの心臓は驚きと衝撃でバクバクいっている。見間違いなどでは決してない。
「そんな事はいいんだ。……出席は、やはり難しいだろうか?」
アズベルトは気が付いていないのか、いたっていつも通りの様子だった。それとも、自分が気にし過ぎなのだろうか。
無意識の無表情なんて誰にでもある事だし、アズベルトには気にも留めない事だったのかもしれない。
「そうだな……必ず調整するよ。大事な二人の晴れの日だからな」
「ああ、ありがとうレオ」
ナタリーにお茶の追加を頼み、給仕のメイドがセッティングした茶菓子をアズベルトが是非にと勧める。皿に乗せられシルバーと共に用意されたのは、カナが作ったパウンドケーキと一人分サイズに作られたフルーツタルトだ。
パウンドケーキにはお気に入りの洋酒と乾燥果実が練り込まれ、タルトの方はオラシオン産の濃厚な卵とミルクをたっぷり使ったカスタードクリームが使われている。上には色鮮やかな数種類の瑞々しいフルーツが飾られた自信作だ。
テーブルに置かれたケーキスタンドには、クッキーやカップケーキも用意されている。
「これらはすべてカナリアが手作りしたものなんだ。是非試食してみてくれ」
カナはあれから積極的にキッチンへ立ち、お菓子の試行錯誤をしている。今は式の準備もあるからそうそう多くの時間を費やす事は出来ないが、手が空くとナタリーと一緒にキッチンにいる事が増えた。
今日用意されているのは、どれもオラシオンの市場が出来たら売店や喫茶で出したいと考えているものだ。
「……カナリアが?」
一瞬青い瞳が細められ、すぐに戻った。こちらを見た彼が本当に驚いた顔をしている。
「本当にカナリアが、キッチンに立って? 自ら作ったのか……?」
「そうなの。今お菓子作りに夢中で。これはとても美味しく出来たものだから、レオにも感想を聞いてみたくて」
アズベルトはいつものように手づかみでパウンドケーキを頬張っている。「今日のもすごく美味しい」と笑顔を向けられ、カナは気恥ずかしいやら嬉しいやらで頬を染めるのだ。
そんなやりとりを眺め、レオドルドも手でパウンドケーキを掴むと一口齧る。ゆっくり味わうと、お茶を一口。
「うん、美味いな。香り高い洋酒がふわりと効いていて、甘さも丁度良い。このお茶ともすごく合うね」
誉めてもらえた事は単純に嬉しい。好みを知らないレオドルドがどんな反応をするのか、正直なところ気になった。反応から嘘ではなさそうだし、世辞だけでもなさそうだ。紅茶に合うと言ってもらえた点も大きい。
ただ、全体的に違和感があり、それが拭えないままでいた。
「ありがとう、レオ。たくさん召し上がってね」
笑顔が引き攣らないように、態度が不自然にならないように、それらに気を配るので精一杯だった。
「そうだ! 祝いのプレゼントが用意出来なかった代わりに、パーティーを開くのはどうだろう?」
「いや、そんな、気にしなくても」
「そうよ。レオはお忙しいのに……」
「いや。このままでは私の気が済まないんだ」
そう言って椅子から立ち上がったレオドルドが、カナの側に膝を付き手を握ってくる。
「二人の為ならいくらでも都合をつけよう。せめてお祝いをさせて欲しい」
大切な物を扱うかのように手を握られ、天使のような神々しい微笑みを向けられれば、大抵の女子ならうっとりと頬を染めそのまま頷いてしまう事でしょう。今日のカナはそれどころではなかったが。
「私の昔の家は覚えているだろうか? そこには今親戚が住んでいてね。そこならいつでも使えるし、会場にするにも申し分ない。いつなら空いてる? 一晩だけ、私に時間をもらえないだろうか?」
アズベルトが側に控えていた執事にスケジュールの確認をさせている。結果、五日後の昼間と七日後の夜なら空けられそうだと分かった。
「では一週間後の夜にしよう。素敵な夜を約束する。……是非カナリアも」
「私、は……」
青い瞳に射抜かれ、握る手に力が込められる。どう返事をしたものか困ってしまい、アズベルトに助けを求めた。彼は軽く頷くと、その眼差しをレオドルドへ移す。
「カナリアは式に向けて体調を整えておきたいから、私だけ参加させてもらおう。君の心遣いに感謝する」
「……そうか……それもそうだな……」
眩しいものでも見るかの様に目を細め、レオドルドが目尻を下げた。本当に残念そうな表情に落胆が伺える。
「残念だが、仕方ないな。リアの着飾った姿を是非とも見たかったのだが……当日まで楽しみに待つ事にしよう」
その後は軽く雑談をして、カップのお茶が空になった頃にレオドルドが席を立った。
「突然の訪問だったのに、長居してしまって済まなかったな」
玄関先でアズベルトと共に見送りに立つ。目の前につけられた馬車の前で、彼がこちらを振り返った。
「久しぶりに話しが出来て良かった」
「私も。お会い出来て嬉しかったわ」
「私もだカナリア……。ではアズベルト、パーティーの夜に」
「ああ」
馬車が走りだしその姿が見えなくなって、ようやくカナの緊張が解けた。力の抜けた身体を隣に立っていたアズベルトが、腰に腕を回して支えてくれている。
「カナ、大丈夫か?」
「……ええ、少し疲れただけだから。……緊張したわ……」
見上げて微笑んで見せると、労わる様に大きな手が頭を撫で、髪をすいてくる。
「急な事で申し訳なかった。それと、今日中に終わらせないとならない仕事があって、本宅に戻らなければならないんだ」
「そう……」
「午後のお茶の時間は取れそうに無い……本当にすまない」
「お仕事ですもの、仕方ないわ。合間に食べられるように、バスケットにお菓子を用意するわ」
レオドルドの事で少し話がしたいと思ったが、忙しいなら仕方がない。
今までにも似た様な事で、一緒の時間が取れない事はままあった。わざわざ時間を作ってくれている事の方が特例なのだ。わがままは言えない。分かってはいるつもりだが、今日はなんだか特に離れ難いと思ってしまった。
そんな思いが全面に出てしまっていたのか、アズベルトがふわりと抱き締めてくる。
「そんな顔しないで。……今すぐに閉じ込めて離したく無くなる」
耳元で囁かれ、艶っぽい声が耳朶を震わせてくる。たちまちカッと頬が熱くなり、身体の奥からぞくりと震えが起こった。それは甘い痺れとなって、あれこれと浮かんでいた考えを一瞬で吹き飛ばし、アズベルトへと縫い止められてしまった視線を外せないまま、カナの身体の自由を奪う。
「もうっ……またそうやって……」
クスクスと楽しそうに喉を鳴らしながら、彼の大きな手が頬に添えられ高いところを掠めるように撫でてくる。
「本当だよ。……毎日自制心を保つのが大変なんだ。俺の理性の頑強さを褒めて欲しいね」
「っ!」
いつもとは違う熱を孕んだ眼差しに囚われたまま、カナはアズベルトの吐息を感じて瞼を閉じた。いつもより時間を掛けて濃厚な唇を味わわされ、カナの身体はすっかりのぼせてしまった。
この熱を冷ますのがどれだけ大変か……アズにもう少しわかって欲しいわ……
使用人達の生温かい眼差しを感じながら、自分を軽々と抱き上げてくる彼を間近で見つめる。流石にやりすぎたと感じたのか、アズベルトの眉尻は僅かだが下がっている。多少の抗議の目を向けるも、許しを乞うようにカナを抱く腕に力が込められ、こめかみに優しいキスをしてくる。そうやって甘やかすように微笑みを向けられてしまえば、結局は固く逞しい胸に身体を預けて首へと腕を絡め、「まぁいいか」と絆されてしまうのだった。
レオドルドが美しいブルーの瞳を伏せ、止まっていた手を動かしてお茶を一口含む。その様子をカナは落ち着かない気持ちで見ていた。
執事が持ってきたリストに目を通したアズベルトは、間違いなくレオドルドにも招待状を送っている事を確認している。
「恐らくどこかで行き違ってしまったんだろう。……そうか、二人が結婚とは……それはめでたい事だ。知っていれば祝いの品を用意したのに……すまなかった」
こちらに向けられる表情が穏やかなものに戻っている。さっきのは一体何だったのかと思う程、今は穏やかで凪いでいた。
しかしカナの心臓は驚きと衝撃でバクバクいっている。見間違いなどでは決してない。
「そんな事はいいんだ。……出席は、やはり難しいだろうか?」
アズベルトは気が付いていないのか、いたっていつも通りの様子だった。それとも、自分が気にし過ぎなのだろうか。
無意識の無表情なんて誰にでもある事だし、アズベルトには気にも留めない事だったのかもしれない。
「そうだな……必ず調整するよ。大事な二人の晴れの日だからな」
「ああ、ありがとうレオ」
ナタリーにお茶の追加を頼み、給仕のメイドがセッティングした茶菓子をアズベルトが是非にと勧める。皿に乗せられシルバーと共に用意されたのは、カナが作ったパウンドケーキと一人分サイズに作られたフルーツタルトだ。
パウンドケーキにはお気に入りの洋酒と乾燥果実が練り込まれ、タルトの方はオラシオン産の濃厚な卵とミルクをたっぷり使ったカスタードクリームが使われている。上には色鮮やかな数種類の瑞々しいフルーツが飾られた自信作だ。
テーブルに置かれたケーキスタンドには、クッキーやカップケーキも用意されている。
「これらはすべてカナリアが手作りしたものなんだ。是非試食してみてくれ」
カナはあれから積極的にキッチンへ立ち、お菓子の試行錯誤をしている。今は式の準備もあるからそうそう多くの時間を費やす事は出来ないが、手が空くとナタリーと一緒にキッチンにいる事が増えた。
今日用意されているのは、どれもオラシオンの市場が出来たら売店や喫茶で出したいと考えているものだ。
「……カナリアが?」
一瞬青い瞳が細められ、すぐに戻った。こちらを見た彼が本当に驚いた顔をしている。
「本当にカナリアが、キッチンに立って? 自ら作ったのか……?」
「そうなの。今お菓子作りに夢中で。これはとても美味しく出来たものだから、レオにも感想を聞いてみたくて」
アズベルトはいつものように手づかみでパウンドケーキを頬張っている。「今日のもすごく美味しい」と笑顔を向けられ、カナは気恥ずかしいやら嬉しいやらで頬を染めるのだ。
そんなやりとりを眺め、レオドルドも手でパウンドケーキを掴むと一口齧る。ゆっくり味わうと、お茶を一口。
「うん、美味いな。香り高い洋酒がふわりと効いていて、甘さも丁度良い。このお茶ともすごく合うね」
誉めてもらえた事は単純に嬉しい。好みを知らないレオドルドがどんな反応をするのか、正直なところ気になった。反応から嘘ではなさそうだし、世辞だけでもなさそうだ。紅茶に合うと言ってもらえた点も大きい。
ただ、全体的に違和感があり、それが拭えないままでいた。
「ありがとう、レオ。たくさん召し上がってね」
笑顔が引き攣らないように、態度が不自然にならないように、それらに気を配るので精一杯だった。
「そうだ! 祝いのプレゼントが用意出来なかった代わりに、パーティーを開くのはどうだろう?」
「いや、そんな、気にしなくても」
「そうよ。レオはお忙しいのに……」
「いや。このままでは私の気が済まないんだ」
そう言って椅子から立ち上がったレオドルドが、カナの側に膝を付き手を握ってくる。
「二人の為ならいくらでも都合をつけよう。せめてお祝いをさせて欲しい」
大切な物を扱うかのように手を握られ、天使のような神々しい微笑みを向けられれば、大抵の女子ならうっとりと頬を染めそのまま頷いてしまう事でしょう。今日のカナはそれどころではなかったが。
「私の昔の家は覚えているだろうか? そこには今親戚が住んでいてね。そこならいつでも使えるし、会場にするにも申し分ない。いつなら空いてる? 一晩だけ、私に時間をもらえないだろうか?」
アズベルトが側に控えていた執事にスケジュールの確認をさせている。結果、五日後の昼間と七日後の夜なら空けられそうだと分かった。
「では一週間後の夜にしよう。素敵な夜を約束する。……是非カナリアも」
「私、は……」
青い瞳に射抜かれ、握る手に力が込められる。どう返事をしたものか困ってしまい、アズベルトに助けを求めた。彼は軽く頷くと、その眼差しをレオドルドへ移す。
「カナリアは式に向けて体調を整えておきたいから、私だけ参加させてもらおう。君の心遣いに感謝する」
「……そうか……それもそうだな……」
眩しいものでも見るかの様に目を細め、レオドルドが目尻を下げた。本当に残念そうな表情に落胆が伺える。
「残念だが、仕方ないな。リアの着飾った姿を是非とも見たかったのだが……当日まで楽しみに待つ事にしよう」
その後は軽く雑談をして、カップのお茶が空になった頃にレオドルドが席を立った。
「突然の訪問だったのに、長居してしまって済まなかったな」
玄関先でアズベルトと共に見送りに立つ。目の前につけられた馬車の前で、彼がこちらを振り返った。
「久しぶりに話しが出来て良かった」
「私も。お会い出来て嬉しかったわ」
「私もだカナリア……。ではアズベルト、パーティーの夜に」
「ああ」
馬車が走りだしその姿が見えなくなって、ようやくカナの緊張が解けた。力の抜けた身体を隣に立っていたアズベルトが、腰に腕を回して支えてくれている。
「カナ、大丈夫か?」
「……ええ、少し疲れただけだから。……緊張したわ……」
見上げて微笑んで見せると、労わる様に大きな手が頭を撫で、髪をすいてくる。
「急な事で申し訳なかった。それと、今日中に終わらせないとならない仕事があって、本宅に戻らなければならないんだ」
「そう……」
「午後のお茶の時間は取れそうに無い……本当にすまない」
「お仕事ですもの、仕方ないわ。合間に食べられるように、バスケットにお菓子を用意するわ」
レオドルドの事で少し話がしたいと思ったが、忙しいなら仕方がない。
今までにも似た様な事で、一緒の時間が取れない事はままあった。わざわざ時間を作ってくれている事の方が特例なのだ。わがままは言えない。分かってはいるつもりだが、今日はなんだか特に離れ難いと思ってしまった。
そんな思いが全面に出てしまっていたのか、アズベルトがふわりと抱き締めてくる。
「そんな顔しないで。……今すぐに閉じ込めて離したく無くなる」
耳元で囁かれ、艶っぽい声が耳朶を震わせてくる。たちまちカッと頬が熱くなり、身体の奥からぞくりと震えが起こった。それは甘い痺れとなって、あれこれと浮かんでいた考えを一瞬で吹き飛ばし、アズベルトへと縫い止められてしまった視線を外せないまま、カナの身体の自由を奪う。
「もうっ……またそうやって……」
クスクスと楽しそうに喉を鳴らしながら、彼の大きな手が頬に添えられ高いところを掠めるように撫でてくる。
「本当だよ。……毎日自制心を保つのが大変なんだ。俺の理性の頑強さを褒めて欲しいね」
「っ!」
いつもとは違う熱を孕んだ眼差しに囚われたまま、カナはアズベルトの吐息を感じて瞼を閉じた。いつもより時間を掛けて濃厚な唇を味わわされ、カナの身体はすっかりのぼせてしまった。
この熱を冷ますのがどれだけ大変か……アズにもう少しわかって欲しいわ……
使用人達の生温かい眼差しを感じながら、自分を軽々と抱き上げてくる彼を間近で見つめる。流石にやりすぎたと感じたのか、アズベルトの眉尻は僅かだが下がっている。多少の抗議の目を向けるも、許しを乞うようにカナを抱く腕に力が込められ、こめかみに優しいキスをしてくる。そうやって甘やかすように微笑みを向けられてしまえば、結局は固く逞しい胸に身体を預けて首へと腕を絡め、「まぁいいか」と絆されてしまうのだった。
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