入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

九日

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第四章 忍び寄る魔手

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 カナは今、誰もいないキッチンで茶葉と睨めっこをしている。目の前の棚には何種類もの茶葉の入った容器がいくつも並んでおり、紅茶好きなカナにしてみたら美観の極みである。

 いつもなら、お茶菓子がこれならと、ナタリーがそれによく合う茶葉を見繕ってくれるのだが、今日は仕事で街へ出ている。
 もう二週間後に迫った式で着用するドレスや装飾品等の最終的な打ち合わせの為、本宅のメイド長と共に仕立て屋へ出掛けているのだ。夕方までには帰ると言っていた筈だから、もう少ししたら帰ってくるだろう。
 アズベルトも式の準備だけで無く領地統合の件も大詰めらしく、今日も夜まで帰らないという話だった。
 カナはカナで市場の為のレシピを考えたりとやる事はあるのだが、二人とも半日以上居なかった事が今までに無かったせいか、何となく寂しいような落ち着かないような、そわそわとした気持ちになっていた。

 ずっと羊皮紙と睨めっこしていたせいか、少し痛む目頭をぎゅっと押さえて伸びをすると、気分転換でもしようかと思い、今に至る。
 たまには自分でやってみようと準備はしてみたものの、見慣れない銘柄も多く何が良いかと目移りしてしまう。決められない時、子供の頃によくやった『どれにしようか~』と口ずさみそうになったところで、背後から声が掛かった。

「よろしければ、私どもがお淹れ致しますが」
「クーラ!! 今日は貴方だったのね!」

 入り口に姿勢正しく佇んでいたのは、求婚騒動から顔を合わせていなかった渦中の執事だった。

「お久しぶりですね。……少しお疲れのように見受けられますが……」
「そう? 貴方にそう見えたのなら頑張りすぎてしまったのかも。今日はもうゆっくり過ごす事にするわ」

 そう微笑んで見せれば、彼は安堵したように頷き、カナの立つ棚の前までやって来た。

「今日のお茶菓子はなんですか?」
「今日はプリンを試食しようと思ってたの」
「では、こちらのすっきりした飲み心地の茶葉などはいかがでしょうか?」
「ええ、それにするわ! あ、二人分淹れてね?」

 テキパキと手を動かしながら、不思議そうにこちらを見るクーラにニッコリと笑って見せる。

「私のティータイムに付き合ってくれるでしょう?」
「いえ、それは……」
「今日はアズもナタリーもお仕事でいないから、折角毎日楽しみにしているティータイムなのに独りぼっちなの……」

 わざとらしく溜め息を吐き出す。目は伏目がちに、肩を落とす事も忘れない。

「カナリア様……」
「……付き合ってくれるわよね?」

 ここで上目遣いだ。理想としては瞳が潤んでいればなお良い。

「かしこまりました! 私で良ければ喜んで」

 普通に頼んでもきっと「うん」と言ってくれたような気もするが、まぁいいか。
 なんせ基本みんなカナリアに甘いのだ。

「良かった! クーラにもプリンの感想を聞いてみたかったの」

 彼がお茶の用意をしてくれている間に、井戸水で冷やしておいたプリンをテーブルへ運んだ。

 今回は味を変えて三種類作ってみた。試食用なのでサイズはうんと小さめだ。
 ひとつは、オラシオンに自生する固有種で、その名も『オラシオン』という花の蜜を使用したもの。蜂蜜とはまた違う風味とコクがあって、オラシオンの市場に置くのなら是非使いたいと思っていたものの一つだ。
 二つ目は、生産量ナンバーワンの野菜で見た目も形も小ぶりのかぼちゃのような『カッチャ』。蒸すとホクホクして甘味も強く、子供の人気も高い野菜だ。濃いオレンジ色も綺麗で、こちらも使って見たかったものだ。
 三つ目に、大粒の豆でこちらも生産量の多い『クワワ』だ。さやを剥いて中の身を食べるのだが、茹でると美しい翡翠色になるのが特徴だ。
 カッチャもクワワも、とても栄養価が高く、王国騎士団の遠征時に食料として携帯する程だそうだ。
 おやつとは言え子供の口に入った時、ちゃんと栄養が取れるものが良いと思いついたものだった。

「この二つは色がとても美しいですね」

 野菜入りの二つを観察したのち、オレンジ色のプリンを食べたクーラの瞳がみるみる大きくなっていく。

「これは……カッチャの風味がします。なのにボソボソとした食感は一切なくて、とても滑らかですね。甘さも丁度良いです」
「オラシオン産のカッチャがとても甘いから、お砂糖もあまり使ってないの」

 今度は翡翠色のプリンを手に取る。

「こちらは……クワワですか? あれはそのまま食べると少々青臭さがあるのですが、全然感じられませんね。とても美味しいです」
「塩で下茹でして潰してるの。色が本当にキレイだったから、絶対使いたかったのよ」

 最後に見た目はごくごく一般的なプリンを試食した。

「蜜のプリンも……あぁ花の香りが、すごく良いですね! どれも濃厚で滑らかで、とても美味しいです」
「……良かったぁ」

 緊張で乾いていた喉を潤す。クーラの淹れてくれたお茶も美味しい。濃厚なプリンを食べた後に飲むと、口の中をさっぱりさせてくれる。
 お茶とプリンを嬉しそうに堪能するカナの姿を見ていたクーラが、徐にスプーンを置き膝に手を置いて姿勢を正す。

「あの……失礼を承知で、カナリア様にお聞きしたい事がございます」
「えぇ、なぁに?」
「カナリア様はこれらの知識を、いつどうやって得たのですか?」

 随分と直球な質問が飛んで来た。もしかしたらクーラは薄々感じていたのかもしれないと思った。

 カナリアがもっと動揺するかと思っていたクーラは、全然動じない彼女の姿に逆に驚いてしまった。
 最初にカナリアに対して違和感を感じたのは、アズベルトとナタリーに料理を振る舞いたいと言われた時だ。
 料理など数える程もした事が無かった彼女が、調味料の用途や味、更にはどういったものに使いたいか等、細かく指示を出した事に驚いた。
 それだけなら「本を読んで知っていたから」と言われても説明がつくかもしれないが、ナタリーをお使いに向かわせる作戦の中で『カカオ』の話題が出た時、カナリアはそれを『豆』だと言った。
 クーラは話しを聞いた事がある程度だった為に、カカオがどういった食材なのかは知らなかった。だからカナリアが「カカオ豆が手に入れば良いけど」と言った時、あぁ豆なのかと思ったし、カナリアはそれを知っているんだなぁと思った。手に入れたいと言った事からも、既に用途も知っていたのかもしれない。
 読書が趣味のカナリアなら本で読んで知っていたのかもしれないし、貴重な食材とはいえ他国では栽培されているのだから、侯爵家の蔵書の中にはカカオに関する記述があったかもしれない。
 それでも、料理に精通しているとは程遠いカナリアが、『カカオ』と聞いただけで『豆』だと連想させると言うのは、やはり違和感があったのだ。

「不思議に思うのも無理はないわ。ナタリーと一緒に色んな本を読んだから、それで得たものもあるけど……最初から知ってたって言ったら、驚く?」
「……どういう意味ですか……?」

 目の前に座るカナリアは、何も答えずに微笑んでいる。見た目も、声も、天使の微笑みも、確かにカナリアの筈なのに、クーラには何故だか別人に見えてしまった。……そんな事、ある筈もない事なのに。

「秘密なの。とっても大事な……大変な秘密。だからアズとナタリー以外は誰も知らない。言ってもいけないの」
「……っ!」

 カナリアが言っている事は本当なのか、はたまたただの戯れか。秘密とは何なのか、本当に秘密なんてあるのか……クーラには何ひとつ分からない。それでも、ここ最近のナタリーの様子が常とは違っていたのは、きっとその秘密が関係していたのだと、初めて合点がいった気がした。

「……私のせいなの」
「え?」
「ナタリーが思い詰めてしまったのは、私のせいなの」
「カナリア様……」

 クーラの見つめる先にある大きな灰銀の瞳が、憂いを帯び畏れるかのように揺れている。

「私はナタリーに、私のせいで自分を犠牲にして欲しくない。ナタリーが大好きだから、幸せになって欲しい」
「……」
「お願いクーラ。ナタリーを諦めたりしないで。……支えになってあげて欲しいの」

 気がつけば膝の上の両手を固く握り締めていた。当の本人には全く気付かれていなかった想いが、カナリアに既にバレていた事も驚きだったが、もっと驚きだったのは彼女への想いの深さが伝わり切れていなかった事だ。

「カナリア様。私はとても諦めの悪い男なのです。一度や二度断られたからと言って引き下がったりしません」
「!」
「ずっと好きだったんだ……簡単に諦めたりなんて出来ませんので」

 真っ直ぐに見つめるカナリアの顔には、その答えに満足したのか、誰もが思わず溜め息を吐き出してしまう程の天使の微笑みがあった。

「良かった……安心したら急に疲れが……」
「!!」

 小さく息を吐き出すカナへ、慌てて席を立ったクーラが駆け寄った。頬が少し赤く色づいて見えるのが気になったのだ。

「カナリア様! 大丈夫ですか?」
「……ええ、少し疲れが出たみたい」
「お熱があるやもしれません。すぐに医者を呼びますので、お休みになられてください」
「ええ、そうするわ」



 ナタリーが業者との打ち合わせを終えて帰宅すると、屋敷の玄関前に本宅からの馬車が付けられていた。「こんな時間にどうしたのかしら」と疑問に思いながら、他の使用人共々荷物を持って裏口から室内へ入る。
 使われていない部屋へ見た目よりも重量のある荷物を運んでいると、階段の上から声が掛かった。

「ナタリー!!」
「クーラ……」

 あれから顔を合わせないままだったクーラの姿に、一瞬身体の動きが止まってしまう。どう取り繕えば、と瞳をうろうろと彷徨わせるナタリーに、クーラが階段を駆け降りてくる。

「カナリア様が熱を出された」
「え!!」
「今主治医が来てて、診てもらってる。早く行ってやって欲しい」

 そう言いながらナタリーの持っていた荷物を受け取った。

「ありがとっ」

 慌てた様子で駆け上がって行く彼女を見送る。
 カナリアが体調を崩したと聞くや否やすっ飛んで行った彼女は、やっぱりカナリアの為の専属メイドだ。それが彼女の生きがいで幸せでもあるのだろう。
 ナタリーの一番は何をおいてもカナリアだ。それは揺るがない。

「でも俺は、そんな君に惚れたんだ」

 一番になりたいだなんて言わない、して欲しいとも思わない。ただそんな君の隣に居れたらそれでいい。
 それを許してくれる日が来れば、それで良いかな。
 ま、ただ待つだけなんてしないけど、などと考えながら空き部屋へと足を向ける。ナタリーが軽々と持っていたその箱は、想像よりもはるかに重い。何となくこれしきの事で彼女のポーカーフェイスが崩れる事はないのだろうなと考え、それなら自分もと、思ったよりずっと重かったその箱を何でもない風を装って奥へと運んだのだった。
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