入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

九日

文字の大きさ
40 / 78
第四章 忍び寄る魔手

しおりを挟む
 おでこに何かが優しく触れる感触を覚え、カナは浅い眠りから覚めると瞼を開けた。大きな手が自分から離れていくのが見え、それが不安そうにこちらを覗き込むアズベルトのものだと分かって、無意識に口元が緩んだ。

「ごめん。起こしてしまったな」
「アズ……おかえりなさい」

 ただいまと言いながら、布団に入ってくるアズベルトを見つめる。
 石鹸の香りが仄かにしているから、湯浴みも済ませて来たのだろう。昼間にクーラとお茶をして体調を崩していた事に気づき、それから医者にかかってそのまま横になったのだ。結構な時間眠ってしまっていたようだ。

「ご飯は?」
「済ませた。カナは? お腹空いてないか?」

 横になったままふるふると首を動かす。ずっと眠っていたから夕飯は食べていなかったが、食欲はなかった。

 それよりも……

 カナに寄り添うように身体を横たえたアズベルトにくっついた。直ぐに逞しい腕が背に回され、彼の胸の中に抱き寄せられる。湯浴みをして直ぐだからか、いつもよりも高く感じる彼の体温に包まれれば、安心感からか昼間感じた寂しさなんてどこかへ行ってしまった。
 夜着の隙間から覗く肌に頬を擦り寄せると、アズベルトの唇がカナのおでこに触れてくる。

「微熱があったと聞いたが、下がったようだな」
「ん……薬が効いたみたい」
「ごめんな、無理させたんだろう?」
「違うの……私がやりたかっただけ。……だけど、こんなふうに心配させたらダメね。こちらこそ大事な時期に……ごめんなさい」

 優しく頭を撫でる手が心地良くて目を閉じた。今度は瞼にキスが落ちてくる。

 使って良いからと渡された羊皮紙は、もう全てレシピで埋まっている。それでも足りないくらいだ。
 元々料理は好きで、よくする方だった。既にあるレシピをそのまま作るのも好きだし、アレンジするのも好きだ。あれもこれも作ってみたいと思っていたら、思いの他沢山書き出せてしまったのだ。今は覚えていたものを書き出す作業をしていたが、その中から市場で扱うのに良いものを選ばなければならない。そこから改良しなくてはならないし、調整だって必要になるだろう。まだまだやる事は沢山あるのだ。

「勉強熱心なのは良い事だが、身体が一番だからな」
「はい……でもこうしてアズが甘やかしてくれるなら、悪くないわ」
「お望みとあらばいつでも」

 再び唇が押しつけられたのはおでこだ。今夜はいつものようにはしてもらえなさそうだと残念に思いながら、そういえばと口を開く。

「夢を見たの」
「どんな?」
「アズとレオがいた。ずっとずっと小さいふたりが、私にお花をプレゼントしてくれるの。私は迷って、どちらの花も受け取るの。そうしたら、ふたりが喧嘩になってしまって……」

 幼く可愛らしい二人が瞳を潤ませながら一輪ずつ花を差し出してくれていた。その様子が本当に愛らしくて、思い出すだけで笑みが零れた。

「そこで目が覚めたわ」
「レオの花も受け取ったのか……」
「夢の話よ?」
「夢でもイヤだな」

 アズベルトもそんな風に言う事があるんだなと驚くと同時に、分かりやすい嫉妬に思わず頬が緩んでしまう。ニヤニヤが止まらなくなって、誤魔化すように彼の胸に擦り寄った。

「レオの事だけど……彼、多分カナリアさんの事、好きだったと思うわ」
「え?」
「彼の視線や仕草に違和感があったの」

『カナリア』を見る彼の眼差しは、アズベルトのものと良く似ていた。あれはきっと愛情だ。

「まさか……レオはそんな感じでは……愛情だったとしても、妹のように思っているとかそういう事だろう」
「んー……そうだと良いのだけど……私達の結婚を知った時の表情が気になるのよね」

 変に思い詰めてないと良いのだけれど……

 感じた不安を伝えた方が良いかと顔を上げた時、アズベルトが急に覆い被さるように身体の向きを変えた。
 あれあれと思っているうちに身動きを封じられ、いつもよりも強引に荒々しく唇が塞がれる。息も許さないように深くて、一気に頭の芯が痺れるような濃蜜な口づけに、身体の奥底が揺さぶられぞくぞくと震えが起こった。

「俺の前で他の男の名を呼ぶ口は塞いでおかないと……な」
「っは……ちょっ、待っ——」

 問答無用とばかりに言葉が遮られ、吐息すらも奪ってくる。押し返そうと抵抗する手はたちまちベッドへ縫い付けられ、もう片方の手はカナの身体の線をなぞる様にゆっくりと滑っていく。
 普段着のドレスとは違い、薄い生地の夜着はアズベルトの手のひらの感触だけでなく、熱さまでも如実に伝えてくる。皮膚の薄いところも敏感なところも容赦なく撫で上げられて、カナの身体は微熱を患った時よりも熱く火照ってしまった。
 ようやく離れていく唇が艶っぽくていやらしい。荒い吐息を落ち着けながら抗議の眼差しを向けると、眉尻を下げ反省の色を見せながらも、抑えられない熱を孕んだ琥珀色に自身の姿が映っている。

「そう言うのじゃないって分かってるくせに……」
「……ごめん」
「また熱出ちゃうわ」
「………………ごめん」

 急に大人しくなった姿がなんだか可愛らしくて、カナは思わずクスクスと笑ってしまった。手を伸ばし、目の前でシュンとなった頬に触れる。親指でそっと彼の唇をなぞった。

「今日はないのかと思ってた……」
「我慢しようと思ったんだ……無理だったけど」
「アズ……」
「ん?」

 その先を紡ぐのが恥ずかしくて目が泳ぐ。頬に添えた手にアズベルトのそれが重なり、彼の唇が今度は手のひらに押しつけられた。
 長いまつ毛が伏せられるのを見ながら、察してくれないかしらと思う。
 わざとちゅっと音を立てて唇を離すと、「何?」なんて首を傾げてくる。その表情が悪戯を目論む子供のようで、絶対分かってる顔だと思った。どうしても言わせたいらしい。

「……もう……少し、だけ……」
「ん」
「……その……」
「なに?」

 伝えようと思うとものすごく恥ずかしい。身体も熱いままだけど、頬はもっと熱い。それでも自分の欲求を抑える事が出来なかった。

「……キス、して……」

 僅かに開かれた瞳を嬉しそうに細め、アズベルトがゆっくり顔を寄せてくる。吐息を感じて目を閉じれば、今度は優しいキスが落ちてきた。
 離してほしくなくて、彼の首へと腕を絡める。それに応えるように、アズベルトの腕がカナの身体を優しく締め付けた。
 この時間が続けば良いのになんて思いながら、カナは絡めた腕にほんの少しだけ力を込めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

酒飲み聖女は気だるげな騎士団長に秘密を握られています〜完璧じゃなくても愛してるって正気ですか!?〜

鳥花風星
恋愛
太陽の光に当たって透けるような銀髪、紫水晶のような美しい瞳、均整の取れた体つき、女性なら誰もが羨むような見た目でうっとりするほどの完璧な聖女。この国の聖女は、清楚で見た目も中身も美しく、誰もが羨む存在でなければいけない。聖女リリアは、ずっとみんなの理想の「聖女様」でいることに専念してきた。 そんな完璧な聖女であるリリアには誰にも知られてはいけない秘密があった。その秘密は完璧に隠し通され、絶対に誰にも知られないはずだった。だが、そんなある日、騎士団長のセルにその秘密を知られてしまう。 秘密がばれてしまったら、完璧な聖女としての立場が危うく、国民もがっかりさせてしまう。秘密をばらさないようにとセルに懇願するリリアだが、セルは秘密をばらされたくなければ婚約してほしいと言ってきた。 一途な騎士団長といつの間にか逃げられなくなっていた聖女のラブストーリー。 ◇氷雨そら様主催「愛が重いヒーロー企画」参加作品です。

処理中です...