入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

九日

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第四章 忍び寄る魔手

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 熱も下がり本来の元気を取り戻したカナは、今日という日が長くなるだろう事を朝一で悟った。
 ナタリーに連れられてやって来た部屋には、ブティックにでも来たかと思う程様々な色や形のドレスが溢れ、壁という壁を覆っていたのだ。
 もちろん普段着るようなものではなく、到底一人で着られるような類のものでも無い。
 結婚式やそれに伴う催しで着用する為のドレスである。

「……ここから選ぶの?」
「これでも絞りに絞った方でございます」

 あぁそう……

 一体どれ程のお金が掛かっているのか、どれ程の規模になるのか、想像するだけで今更恐ろしくなって来た。

「ここから十着選びます。さぁ忙しいですよ!!」

 そう言って張り切っているのは、滅多に本宅を離れないメイド長のコーラルだ。少々恰幅の良い元気なお母さんと言った印象の女性だった。

「病み上がりですから、体調が優れなければ直ぐに仰ってくださいね」

 用意されたカウンターチェアのような背の高い椅子に腰掛けながら、カナは早速選んだ一着をカナの身体に当てているコーラルを見上げた。

「そんなに必要なの?」
「もちろんでございます。これでも旦那様の命で式典そのものを簡略化しておりますから、通常の半分以下でございます」

 快活な笑顔を浮かべ、たわわな胸を揺らしながら力説されてしまった。

 これで半分……貴族こわっ!

 体力が保つのだろうかと震えていると、周りを一人一着ドレスを持ったメイド達に囲まれた。

「さぁ、時間が惜しいのでどんどん行きますよ!!」

 赤、青、黄色、ピンクに水色と、様々な色の様々な形のドレスを、取っ替え引っ替え当てがわれ、時に着せられていく。
 取り敢えずカナはされるがまま身を任せる事にした。
 着替えの度にメイクを変え、髪も軽く整えられていく。流石は侯爵家のメイド、連携に無駄が無い。カナの身体への負担まで考慮されていて、確かに大変ではあったが、鮮やかでお洒落なドレスを纏いメイクと髪型をバッチリ決めた自分が、どんな姿のアズベルトと立っているかを想像するのは楽しかった。

 お昼をまわりようやく半分終えたところで昼食を済ませた。ナタリーのお茶とカナのおやつで食後をゆったりと過ごす。ここからまた夜まで後半戦が待っている。

「午後からはアズベルト様もご試着にいらっしゃいますよ」
「え!? 本当!?」

 はいとおおらかに笑うコーラルが優雅な仕草でカップをソーサーへと置いた。

「最終確認程度なので、それほどお時間は掛からないと思いますが」

 午前中はオラシオンで合同会議があり、そちらに出席するため不在だった。執事長でコーラルの夫でもあるレイリーが同席し、他にも執事が三人程付き添っている。
 その中にはも含まれていた筈で、カナの中でちょっとしたイラズラ心が芽生えた。

「メインになるドレスはまだ届いてない?」
「下の部屋にご用意がございます。先にご覧になりますか?」
「ええ、そうするわ。それと、当日はナタリーが補佐をしてくれるのよね?」

 急に話を振られて驚いたらしいナタリーがバッと顔を上げた。訝しげな顔をしている事に、そこまで警戒しなくてもと、カナは危うく吹き出しそうになった。

「えぇ……そうですが、それが……?」
「じゃぁナタリーも着替えてくれる?」
「はぁ!?」
「だってナタリーの晴れの日でもあるでしょう? 当日は忙しいのと緊張でちゃんと見られないかもしれないもの! 私だってナタリーの素敵な晴れ姿が見たいわ!」

 そう言って瞳を潤ませながら(本人はそのつもり)、コーラルへ「ダメ?」と首を傾げてみせる。
 案の定コーラルは、母親のような慈悲深い眼差しで「勿論いいですとも」と了承してくれた。
 基本みんなカナリアに甘い。
 ナタリーは何かを悟ったようで、渋い顔をしていたが、こうなっては逃れられまい。


 みんなでお茶を堪能し、ブティックと化した部屋から一階の応接室へと移動する。
 常設されているテーブルやソファが片付けられた部屋の中央に、その真っ白なドレスが飾られていた。

「……わぁ……素敵……」

 あまりの存在感と美しさに目を奪われ、思わず溜め息が零れ落ちる。
 下のスカート部分は光沢のある上質なレースが幾重にも重ねられ、ティアードタイプになっていた。布の重なりが計算されたトレーンが美しく後ろへ伸びていて、部分的に施された銀糸の刺繍が高級感を醸し出している。バッスルラインが強調された腰回りには同じ布で同じく真っ白な大きなリボンがあしらわれ、スカート部分全体にもコードやレースリボンが贅沢に使われている。ダイヤやパールもふんだんに刺繍されていて、陽の光にキラキラと輝きを放っている。
 上半身を覆う部分は、ストレートのビスチェタイプで、スカート部分にも使われているレース生地があしらわれ、オフショルダーになっていた。
 ドレスと一緒に当日身に付けるであろう装飾品も用意されており、一目で大変高価な品だとわかる。
 アズベルトがカナリアの為に用意したウエディングドレスだった。
 今更ながらそれを痛感し、圧倒的な存在感を放つドレスに気後れしてしまう。本当に今更ながら、急に不安になってしまった。

「これを……私が着るのね……本当に、着れるのかしら……」

 覚悟は決めた筈だ。カナリアの代わりに彼の隣に立つと、そう決めた筈だった。その為の勉強も訓練もしてきたのだ。まだ十分とは言えないけれど、彼の隣を誰にも譲らない為に必死に頑張ってきた。
 だけど心のどこかではやっぱり本当にこれで良かったのかと自問していたのもまた事実だ。本当にカナリアは望んだのか、私自身はこれで良かったのか……考えたところで答えは無い。
 そんな風に不安を露わに固まってしまったカナの前に、ナタリーが進み出る。

「貴女以外にアズベルト様の隣に立てる人間なんかいる訳ないでしょう」
「……ナタリー……」
「アズベルト様がそう望まれたのですから。貴女は? 違うのですか?」

 今更怖気付いたなんて言わせないとでも言うかのように、強いアメジストが向けられている。
 そうだ。弱気になっている場合ではない。アズベルトがカナに側にいて欲しいと言ってくれたのだ。誰でもない私が自分でここを居場所にと決めたのだから。

「いいえ。違わないわ」

 フッと表情を崩したナタリーがカナの後ろに回り、そっと背中を押してくる。その先にあるのは、真っ白なウエディングドレスだ。

「だったら、胸を張ってください」
「カナリア様。私共がお支えいたします。だから大丈夫。自信をお持ちくださいませ」

 ナタリーの叱咤とコーラルの励ましに、萎れかけた心が首をもたげる。
 
「そうね! ……ありがとう」

 コーラルを筆頭に数名のメイド達によって、トルソーからドレスが外されていく。カナ達から少し離れてその様子を見守っていたナタリーは、後ろから先輩メイド二人に両脇を固められハッと我に返った。

「さぁ、貴女はこっちよ」
「うんとキレイにしてあげるから覚悟なさい」
「えっ! ちょっ! まっ! 遠慮したいです!!」
 
 半ば引き摺られるように別室へと連れて行かれるナタリーを笑いながら見送り、カナもコーラルの手によってたった一人の特別な花嫁へと変えられていく。




「私の花嫁がここにいると聞いたのだが——」
「!」

 帰宅したアズベルトが応接間へ入るや否や、金縛りにでもあったかのように放心しその場で固まって動かなくなってしまった。
 後ろから一緒に入って来た執事達も言葉を失っている。約一名は違う意味で、だったが。
 純白の豪奢なドレスをその身に纏い髪を結い上げたカナは、メイクと装飾こそ簡単なものだったが、誰もが視線を奪われ思わず溜め息を吐き出してしまう程の美麗さだった。

「……驚いたな……」

 その場から動く事が出来ないカナの元へ、レイリーによって金縛りが解けたアズベルトがゆっくり近付いてくる。手にしていたハットはレイリーが自然な流れで受け取っている。
 黒い襟の濃いワイン色のジャケットをさらりと着こなし、真っ白なクラヴァットにジャケットと同じ色のブローチをつけた華やかな装いが、アズベルトの端麗な容姿を引き立たせている。本日の装いも例に漏れず素敵だ。
 側までやって来て何も言わないまま見つめてくる彼を、カナは不安気な眼差しで見上げた。

「どぉ? ちゃんと着れてる? 変じゃないかしら?」
「変なものか……あまりの美しさに、カロス神が降臨したかと錯覚したよ……」

『カロス神』とは、かなの世界でいうところの美の女神ヴィーナスのような存在だ。熱い眼差しとストレートな褒め言葉に、カナの頬はチークをのせたみたいに紅く染まった。

「今すぐ抱き締めてしまいたいところだが……せっかく合わせた衣装が崩れてしまうな……」

 惜しいなと言いながら、大きな手が肩から二の腕にかけて撫でるように優しく触れてくる。
 不思議なもので、彼が触れた箇所からじわじわと身体に熱が広がっていく。その熱が今度は身体の奥底から得体の知れない感情を揺り起こしてくるのだ。胸の奥がぎゅっと握られるように苦しくなると、たちまち彼の熱がもっと欲しくなって堪らなくなってしまう。
 それだけだなんて、とても耐えられなかった。

 労わるようにカナに触れていたアズベルトの左手を捕まえる。その手をそのまま自分の頬へとくっつけた。
 手のひらに向かって擦り寄るように頬をつけ、願いを込めて彼を見上げる。
 ゆっくり顔を上げると、驚いた表情のアズベルトと視線が交わった。
 頬に当てがわれた彼の親指が掠めるように高いところを撫でてくる。フッと口元を緩めたアズベルトがゆっくりゆっくり近付いて来た。

「コーラルにもう一度頑張ってもらう事にしよう」
 
 鼻先が触れそうになって目を閉じた。頬の手がうなじへ回ると、同時に腰が抱き寄せられ深く口付けられる。
 深くて甘いキスはカナの膝がカクンと落ちる寸前まで続いた。

 人前であった事をすっかり飛ばしていたカナは、案の定メイクも髪型も崩れてしまい、非常に恥ずかしく居た堪れない思いをした。
 コーラルやメイド達が同じ作業をもう一度やってくれている間、あまりの恥ずかしさにカナの身体の見えている全ての肌はピンク色に染まっていたのだった。
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