入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

九日

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第六章 幸せな花嫁

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 アズベルトが元々城勤めだった事もあってか、式の参列者はそうそうたる顔ぶれだった。

 本来ならアズベルトの立場や諸々を踏まえても、城下の大きな聖堂を貸し切って執り行うレベルだったろう。しかし、彼がカナの身体の負担や様々な事情を考慮して、自分の領地の教会でという事に決めたようだ。カナにしてみたら非常に有難い事だ。

 元々所属していた騎士団からも団長クラスが夫婦揃って出席してくれていたり、文官から武官から王族に関係する上流貴族まで、選り取り見取りだ。勿論と言って良いのか、学友でもあり近衛時代の直属の上司だったジル皇子の姿もあった。
 幾度となく式が延期となり領地でとなったにも関わらず、当時の関係者が数多く参列してくれていると聞いて、アズベルトの人望にカナは驚くばかりだった。それだけ彼の仕事ぶりや為人ひととなりが高く評価されているという事なのだろう。
 そんな人が自分の夫になる、その事は素直に嬉しいし、誇らしく思える。

 しかし、そんな風に説明されてしまっては、ますます緊張してしまうというものだ。
 ただでさえ人前に出る事には慣れていないのだ。近しい人間だけならまだしも、見知らぬ大勢に『これがアズベルトの妻か』と品定めされるのかと思うと、恐ろしくて指先まですっかり冷え切ってしまった。
 聖堂へ続く大扉の前でアズベルトと並びながら、カナはブルブルと震えの止まらない手を彼の腕へと添えた。
 そんなカナの緊張や不安が伝わったのか、アズベルトがカナの腰をグッと抱き寄せ、ベールの上からこめかみにキスをしてくる。

「っ!」
「緊張してる?」

 フッと甘く表情を崩すアズベルトに、強張ったまま痙攣しそうな表情を向ける。

「ええ……とっても……」
「大丈夫だカナ。君は前か私だけ見ていてくれればそれでいい」

 そんな風に本気なのか冗談なのか分からない声色で囁かれ、ついつい頬が緩んでしまう。
 今日のアズベルトは、朝から糖分が多めだなと思う。いつもは甘さの中にも冷静さが垣間見えるが、今日はそれが片鱗もない。
 ずっと下がりがちな目尻と緩く上がった口角、醸し出されるオーラもいつもの冷厳なものでは無く、カナには常時ピンク色に見えている。
 それらが正しく伝えてくるのは、カナだけに向けられる溢れんばかりの慈愛だ。いつも過不足なく伝わっているが、今日に限ってはまた別だった。
 そんないつもとはまた少し違う特別に、いつも以上に気持ちを浮つかせながら、カナは今度こそ差し出された彼の腕にしっかりと手を絡めた。

「お時間です」
 
 そう伝えられ、アズベルトと顔を見合わせてから真っ直ぐに前を見た。
 ゆっくりと開かれる両開きの扉の先を見据え、眩しい光が降り注ぐ室内へと、アズベルトと共に足を踏み出した。

 
 隣には最も愛する人を、後ろには最も信頼出来る人を感じながら、祭壇へと伸びる通路を歩く。
 正面の壁は一面がほぼステンドグラスになっており、様々な色に変化した光が室内へと差し込んでいた。
 その前に設置された祭壇には、美の女神『カロス神』の像があり、七色の光を浴びる姿がまるで祝福を受けているかのようだ。
 女神像の前にこちらを向いて厳かに立っているのはゲネシスだ。いつもとは違う白地に金の刺繍が施された豪奢なローブを纏い、神々しい女神像の前に佇む姿は、まるで本物の聖職者の出立ちだ。
 カナはそんなゲネシスの姿も含め、室内の美しい様をもっとじっくり見ていたかったが、花嫁がキョロキョロする訳にはいかない。正面で嬉しそうにこちらを見ているゲネシスへ微笑み視線を向けたまま、俯く事なく胸を張り一歩ずつ確かに歩を進めた。


 参列者の多くが美しい二人を感嘆の溜め息を漏らしながら眺めていた。
 以前アズベルトがカナの事をカロス神と例えたが、純白のドレスに身を包み差し込む光を浴びながら堂々と歩く麗しい少女を、誰もがまさにその女神の化身だったと話した。
 そして、隣に寄り添う勇猛な紳士を、女神を守る騎士だったと伝えられる『ボロス』のようだったと口を揃えたのだった。


 アズベルトと共に祭壇前のゲネシスの元へと歩みよる。穏やかに目元を緩めるゲネシスがゆったりとした動作で形式的に手元の祭典を開き手を添えた。

「この佳き日に、長く苦しめられた病魔を退け、苦難を共に乗り越えた二人が、皆様に見守られ夫婦となります」

 一度言葉を切ったゲネシスが二人の顔を交互に見つめる。

「これから先、健やかなる時もまた試練の時も、共に支え、慈しみ、分かち合い……互いに愛することを、誓いますか」

「「誓います」」

 誰よりも嬉しそうに満足そうに頷くゲネシスが、近くに控えていたナタリーに合図を送ると、小さな台座にセットされた指輪が用意された。

「誓いをより強固なものとする為に……指輪の交換を」

 小さい方の指輪を手に取ったアズベルトが、カナの左手を掬いあげる。薬指に収まっていく指輪を、自分の鼓動を聞きながら見つめた。
 大きい方の指輪を手にしたその手が震えている。指輪を落としてしまいそうで怖かったが、アズベルトが手を添えてくれて、何とか落とさず彼の指にはめる事が出来た。
 
「では、誓いの口付けを」
 
 アズベルトがカナの頭を覆っていたベールをゆっくりと捲り上げ、間近で見つめ合う。彼の大きな手がカナの両肩をふわりと包んだ。

『愛してる』

 カナにだけ聞こえるように囁かれ、彼の首に腕を回してしまいたい衝動を必死に堪えた。
 目の前が彼でいっぱいになるのを見届けてそっと目を閉じる。

 と、会場のそこかしこから小さな歓声が上がった。何もない筈の天井から、無数の光の粒が降り注いだのだ。
 それらはステンドグラスを通じて室内を鮮やかに照らす光に色を貰いながら、キラキラと幻想的な雰囲気を演出している。

「これは……」

 ゲネシスですら滅多に見る事のない、俗に言う『女神の祝福』という現象だった。
 一説には、教会のステンドグラスを通った光が変則的に見えているだとか、精霊の悪戯だなどと言われているが、詳しい事は分かっていない。
 美しく幻想的な光が降り注ぐ事で『未来が明るい』と信じられ、滅多に見られない事からいつしかそのような呼び名がついていた。

 室内が大騒ぎになっているというのに、この夫婦は……
 
 ゲネシスは騒然とする参列者などお構いなしに、目の前でいちゃつく二人に苦笑を零す。 
 結局、ゲネシスの不自然な咳払いが聞こえるまで、二人が離れる事はなかったのだった。 

 こうしてカナとアズベルトの婚姻の儀は、少しのハプニングと共に無事終了した。
 後に『女神カロスと騎士ボロスの祝福を受けた』として、長く語り継がれる事になるのだが、二人はまだその事実を知らない。
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