入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

九日

文字の大きさ
77 / 78
『入替花嫁』完結記念番外編

第五弾 執事がメイドに落ちた時

しおりを挟む
「クーラはいつからナタリーの事が好きだったの?」
「ぐっ…ゲホっ! けほっけほっ……」

 いきなり直球の質問をされて、クーラは飲んでいたお茶が入ってはいけないところに入ってしまい、盛大にむせてしまった。
 カナのティータイムに付き合わされたクーラが席に付き、早速と口をつけた矢先の事だった。
 なんとか咳が治まり一息ついたクーラに、カナは申し訳無さそうに眉尻を下げ、背をさすった。それに対し「お見苦しいところを」と謝意と感謝を伝え、席に戻ったカナを真っ直ぐに見つめた。

「……少し前のお話になりますが」
「ええ、是非聞きたいわ」
「では僭越ながら……あれは私が初めてこちらのお屋敷を訪れた時にございます」

 ◇  ◇  ◇

 その日、クーラがここフォーミリオ邸を訪れたのは、学院卒業後の就職先を見つける為だった。お屋敷付きの執事として雇ってもらう為の試験を受けに来ていたのだ。
 学院では卒業後の就職先の斡旋も行なってくれる。王城だったり貴族の屋敷だったりと、その斡旋先は多岐に渡る。
 この屋敷へも学院からの就職先の一つとして紹介されてやって来たのだ。
 力のある貴族なら、その人脈やコネクションを活かしてもぎ取るのだろうが、クーラの家にそんな力は無い。よって地道に試験を受けて回るしかないのだ。

 王都からも近く、フォーミリオの領主邸であることも鑑みれば、ここは破格の条件だと言える。
 一発目に受けるにしては格式が高過ぎただろうかと、訪れて早々に後悔しつつあった。なんせデカい。広い。よって迷った。
 初めての事で勝手がイマイチわかっていなかった事と極度の緊張とで、下調べをしてあったにも関わらず面接の行われる大部屋が分からなくなってしまったのだ。
 いつの間にか中庭に出てしまったクーラは、慌てて引き返そうとして女性の声が聞こえるのに気づいた。
 もしもその声の主が屋敷の女主人であったなら、声をかけるのは明らかなルール違反だ。礼儀を欠く行為であり、使用人としてはあるまじき失態である。それでも面接会場へ辿りつけなければ、今までの準備が全て無駄になってしまう。どうか使用人でありますようにと祈りを込めて、声のした方へ歩みを進めた。

 庭のベンチに腰掛けていたのは、二人の少女だ。後ろ姿の為顔は見えなかったが、一人は黒髪、もう一人は侍女服を着ている事から彼女付きのメイドなのだろう。散歩の途中なのかと思ったが、メイドの少女がしきりに黒髪の少女の背をさすっている。よくよく見れば黒髪の少女は口元をハンカチで覆い苦しそうに息をしているように見えた。
 迷ったものの手を貸した方が良いかと考え、声を掛けようかと言うところでメイドの少女と目が合った。

「誰!?」

 直ぐに黒髪の少女を守るように背に隠し、こちらへ鋭い視線を向けるメイドの少女に、クーラは驚きを隠せなかった。
 歳は社交界デビューするかしないかくらいだろうか。少しキツイ印象を与える猫目をキリッと吊り上げ、アメジスト色の瞳に鋭い光を宿し、警戒心を全面に押し出してくる。
 彼女が主なのか、幼いながらも自分が主人を守る盾なのだと体現して見せるその健気な姿に、心を打たれてしまったのだ。
 クーラはその場で片膝をつくと胸に手を当てて礼の姿勢を取った。

「クーラ・シジリアンと申します。お嬢様の憩いの時間を邪魔してしまい、申し訳ありません」

 そして自分が学院生である事や、ここへは面接で来た事を説明する。

「もし必要でしたらお手伝いさせて頂きますが」
「それは……」

 部外者であるクーラに少女を任せてもいいのかと言う戸惑いが見えた。
 それはそうだろう。目の前の人物が信用に値する者かどうかなんてわかる筈がない。今口にした経歴も偽りかもしれないのだから。
 メイドはチラリと黒髪の少女へ視線を移した。そして苦しそうに息をする姿に決意した。

「あの、お願いします」
「かしこまりました。えっと、」
「私はナタリー。こちらはカナリア様です」

 クーラは直ぐにカナリアの前に回ると、膝をつき胸に手を当てたまま柔らかい声色で話しかける。

「カナリア様。急を要すると判断しました。お体に触れる事をお許し頂けますか?」

 カナリアは青ざめた顔をクーラに向け、目尻を下げると僅かに頷いた。クーラは彼女を抱き上げるとナタリーに案内され、近くの客室へと向かった。
 ベッドへ寝かせたところで別のメイドが医者を連れて入ってくる。素晴らしいタイミングとよく連携が取れている事に感心した。この少女の手腕なのだとしたら見事の一言だ。

 クーラはナタリーについて部屋を出た。

「お嬢様を運んでくださり、ありがとうございました」

 そう言って深々と頭を下げた少女の肩は僅かに震えている。
 不安だったろうに、怖かったろうに、気丈に振る舞う姿は幼なくとも確かに侍従のそれだった。主人の為にどう動くべきか何を優先すべきなのか、懸命にそれを果たそうとするその姿勢に、クーラは心を打たれ同時に感銘を受けた。
 机上で『執事とは』とあるべき姿を問われても漠然としていた形が、今まさに色を持って確固たる姿を得たのだ。

「いえ。……私は今日、貴方に出会えて良かった」
「え……」
「なんでもありません。お嬢様が一日も早く回復される事をお祈り申し上げます。では」

 彼女に教えてもらって試験会場に辿り付いたが、やはり遅刻だった。
 しかし、すでに自分がカナリアの救護にまわっていた事が知られており、遅刻については不問となった。これも彼女の手腕だとしたら……。
 彼女のようにありたいと、強く思う。

「では次に、クーラ・シジリアン。貴方が当屋敷を志望した理由をお聞かせください」
「はい。……私には、どうしても共に働きたい方がおります——」

 ◇  ◇  ◇

「合格の通達が来た時は嬉しくて……その日はとても眠れませんでした」

 恐らくもうその時には落ちていた。彼女の強く美しいアメジストが、ずっと瞼の裏に焼き付いている。

「私は初めからカナリア様が大好きな真っ直ぐで健気なナタリーが大好きなのです」
「まぁ! ふふっ……」

 言い切ってお茶を飲み干したクーラは、そのまま食器を持って仕事に戻って行った。
 無理を言って呼び止めたのだから、そこは気にしない。が、無理を言って呼び止めた甲斐があったと、カナは満面の笑みで彼が出ていった扉と反対側の扉へ視線を向けた。その扉は今は開け放っている。

「ですってよ? 素敵なお話ね」

 僅かな衣擦れの音が聞こえ、そこに確かに彼女がいると確信した。
 恐らく両手で覆った手の中は、りんごのように真っ赤に色付いている事でしょう。
 このままずっと幸せでいて欲しい
 そんな事を思いながら、カナは嬉しそうにティーカップを傾けるのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「わざわざ始まるまでまたないで、今のうちに手を打ったってよくない?」

イチイ アキラ
恋愛
アスター公爵令嬢エステルは、夢をみる。それは先を映す夢。 ある日、夢をみた。 この国の未来を。 それをアルフレッド王太子に相談する。彼女を愛して止まない婚約者に。 彼は言う。 愛する君とぼくの国のためなら、未来を変えるのも仕方なくない?

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

【完】瓶底メガネの聖女様

らんか
恋愛
伯爵家の娘なのに、実母亡き後、後妻とその娘がやってきてから虐げられて育ったオリビア。 傷つけられ、生死の淵に立ったその時に、前世の記憶が蘇り、それと同時に魔力が発現した。 実家から事実上追い出された形で、家を出たオリビアは、偶然出会った人達の助けを借りて、今まで奪われ続けた、自分の大切なもの取り戻そうと奮闘する。 そんな自分にいつも寄り添ってくれるのは……。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす

小木楓
恋愛
完結しました✨ タグ&あらすじ変更しました。 略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。 「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」 「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」 大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。 しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。 強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。 夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。 恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……? 「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」 逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。 それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。 「一生、私の腕の中で溺れていろ」 守るために壊し、愛するために縛る。 冷酷な仮面の下に隠された、 一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。 ★最後は極上のハッピーエンドです。 ※AI画像を使用しています。

処理中です...