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第3章

20話—……いつの間に?

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 目が覚めたアルクさんは、それはそれは驚く程のペースで回復していった。
 怪我は治癒師とマーレのお陰で完治していたが、私の病人食もどうやら功を奏したようだ。

 目覚めた翌日には上半身を起こして過ごし、更に翌日にはベッドから起き上がっていた。
 全く反応が無かったのが嘘のように、殺人級のアイドルスマイルが完全復活している。

 本人的には直ぐにでも騎士団の訓練に参加したいようだったが、流石にお医者様に怒られていた。
 ウォルフェンさんには「アルらしい」と笑われ、ルーベルさんからは「許す訳がないでしょう」と呆れられていた。
 そしてローガンさんからは「こういう時くらいしっかり休養せよ」と、直々に御達しがあったのだ。

「お陰で体が鈍ってしまいそうだ」
 なんて言いながら、ちょっぴり嬉しそうにベッドで体を起こして、膝には本を乗せている。
 お陰で何故か私も離して貰えず、相変わらずアルクさんの部屋で過ごしている。

「体は大丈夫ですか? 変なとことか、痛かったりいずかったりする所はありませんか?」

「ああ。大丈夫だよ。違和感は全くない」

「そうですか…本当に良かった…」

 ベッドの脇に置かれた椅子へ座り直すと、アルクさんの視線と絡んだ。
 なんだかあっついのを送られているような気がするな。
 と思っていたら、左手を掬われる。
 薬指にはリングがはめられたままで、アルクさんの長い指がそれをなぞった。

「夢を見たんだ」

「はい」

「とても都合の良い夢だった」

「え? は、い…」

 嫌な予感

「えみの声がしてね」

「………」

「名を呼ばないと寂しいと…」

 嘘ですよね

「私の声が好きだとも言ってたかな?」

 やめてやめて
 本当に恥ずかしい!!

 顔が熱い。
 私のほうが発熱していて寝込みたいくらい。

「都合の良い夢…だったかな」

 絶対全部聞こえてたじゃん!
 もう起きてたんじゃん!!

「えみ」

 今呼ぶのは反則じゃないですか?
 恐る恐る顔を上げると、穏やかな表情の彼が国宝級のアイドルスマイルを浮かべている。
 少し前の私なら昇天してたヤツだ。

 でも、今は違う。
 この笑顔が見られなくなるかもしれない怖さを知った。
 左手を握る彼の手を握り返す。

「アルクさん…——」

 コンコン

 ですよねー

 ノックの音が聞こえ、一度彼を見て二人で苦笑いしてから扉を開けに行った。
 折角意を決して…て、お約束ですよね。

 来てくれたのはハワード様とエリィだった。
 絶対そうだと思ったよ。
 そして最近よく一緒に居る気がする。
 昨日もその前もだったような。
 私が微妙な顔をしていたせいか、エリィが目敏く気を使ってくる。

「もしかしてお邪魔だったかしら?」

「全っ然!」

 ぶんぶん手を振る私と、営業スマイルを貼り付けたまま無言のアルクさんを見て、二人は察したようだ。
 後でエリィにはしこたま謝られてしまった。

「回復したようで何よりだ」

 ハワード様もすっかり元気を取り戻したみたい。いつもの太々しさが戻っている。

「心配を掛けてしまって、すまなかった」

「アルの事だ。直ぐに目を覚ますと思っていたさ」

 カラカラと笑うハワード様を見て、エリィが私に顔を寄せてくる。

「あんな事言ってるけど、心配で心配で夜も眠れなかったのよ」

「え? そうなの?」

「ええ。判を押す書類を何枚も間違えたりしてね…——」

 こそこそ話すエリィの腕を引き、ハワード様が腰を抱き寄せる。
 今度は彼がエリィの耳元へ顔を寄せた。

「いい加減黙らないと、その可愛い口を塞いでしまうぞ」

 途端にエリィが顔を真っ赤に染めて俯いてしまう。

 え、何コレ。

 アルクさんも全く同じ事を思ったようだ。
 珍しく私と同じ顔をしている。

「あぁ、言って無かったな。エリィと婚約したから」

「「え??」」

 ちょっとコンビニ行ってくるから~みたいなノリで言うの止めて欲しい。
 私の叫びが屋敷中に響いた後、二人から事の経緯を教えて貰った。
 エリィがこっそり料理の練習をしていたらしく、アルカン家の料理人に教室を開いて貰っていたのだとか。
 メアリとメリッサもお菓子作りの手解きをしていたようだ。
 なんと、あの超箱入りエリィがパウンドケーキを焼けるようになったというではないですか!
 しかも上手で美味しいらしい。

 皇子の結婚決める基準が『料理』ってどうなんだ? とは思ったけど、まぁ気持ちはわからなくも無い。
 兎に角二人の関係が良い方向に進んでくれているようで、本当に良かった。
 何よりエリィが幸せそうで、見ている此方まで幸せな気持ちになってくる。

「良かったね、エリィ! おめでとう!!」

「あ、ありがとうございます……恥ずかしいわ…」

 照れる姿も可愛いらしいよ!!
 正式な発表は調査部隊の遠征が終わってからになるようなので、絶対漏らすなって釘を刺されました。
 マジでルーベルさんの無表情スキルが欲しい。


 二人が帰ると、今度はレンくんとメアリが部屋へ来てくれた。

「心配かけたな」

「いえ。アルクさんは絶対大丈夫だと信じてましたので」

 男の友情って素敵ですよね!
 なんか感動しちゃう…

「えみが毎日酷い顔してたので、そっちの方がよっぽど心配でした。な?」

 え?

「ホント、『グール』になっちゃうんじゃないかって、ハラハラしました! アルク様が早く目を覚ましてくださって良かったです! ねぇ?」

 えええ?
 私そんな酷い顔してたのか……
 出来れば教えて欲しかったな……

 というか、なんだろう。
 この二人の息が合って来たな。
 いよいよ外堀埋められそうだ。


「あれ? レンもいる」

「ホントだ。えみ顔色良くなってる! アルクさんも元気そう」

 扉から顔を覗かせたのはシャルくんと、教会で一緒に訓練を受けているマーレだ。

「シャルくんにマーレ!」

 マーレはウォレスだけで無く、他の二人の精霊とも『契約の儀』を行い、三人の水の精霊の契約者となった。

 元々、治癒師クーラーの素質があったマーレは、教会で高位の治癒魔法を会得する為、訓練しているらしい。
 シャルくんがスパルタだと少し困ったように笑っている。
 同じ歳で境遇も似ている二人は、もうすっかり意気投合している様だ。
 こちらの関係性も良い方向に向いているみたいだ。

 一番大変そうなのはラットさんだな。
 ワサビちゃんがマイペースなので、中々に苦戦しているようだ。
 個人的には応援している。
 是非頑張って欲しい。
 ワサビちゃん、風の精霊だけれども。




 結局、きちんと話が出来ないまま、今日が終わろうとしている。
 私はハワード様からアルクさん宛に預かった包みを抱いて、彼の部屋の前で躊躇っていた。

 どうしよう。
 明日には王都を出るのに、また何も変わらないままなんて…
 でも、アルクさん病み上がりだしな。
 この時間は、前の『虫刺され』事件の事もあるしな……

 そうしてウロウロオロオロしていると、不意に扉が開く。
 立っていたのはクスクス笑っているアルクさんだ。

「扉を隔てても、心の声が聞こえて来たよ」

 そう言って手を引かれた。
 もう本当に恥ずかしい。
 女神の恩恵から気配を殺せるスキルって取り出せないのかな。

「こんな時間にすいません。これを渡さないとと思って……ハワード様から預かっていました」

 アルクさんに手渡すと、彼が中を確認する。
 入っていたのは新しいローブだった。
「あいつらしい」と言いながら、嬉しそうに笑っている。
 なんだかんだ、お互いの考えが分かっているようだ。
 流石悪友ですね。

「あの…アルクさん」

「ん?」

「夢じゃないですから」

「え?」

 スカートがクシャクシャになるのも忘れて握り締める。
 大丈夫。骨は拾って貰える!
 粉々に砕けても、後悔するよりずっといい。


「あなたが好きです。大好きです! 側にいさせてください」

「……」

「…ダメですか?」

 手が震える。
 心臓が痛いし、息だって苦しい。
 早く何か言って欲しいのに、アルクさんがこっちを見たまま固まってるけど、それってどういう事ですか?
 怖いし恥ずかしいし、心的ダメージ半端ないんですが、何をどう察しろと!?
 プチパニックを起こしていると、フリーズが解けた彼にホールドされた。
 この感じが久しぶりすぎて泣けてくる。

「本当に、都合の良い夢を見たんだと…そう思ったんだ」

「夢じゃないです」

「本当に…?」

「本当です」

 背中に回された腕がキツく締まる。
 彼の肩に顎を乗せて広い背中に手を回した。

「側に、居たいです…おじいちゃんとおばあちゃんになっても、手を繋いで散歩したり、一緒にお茶したり……。私のおばあちゃんがそうだったから…そんな夫婦が、理想なんです」

 少しだけ体を離すと、アルクさんの優しい笑顔が直ぐ前にある。
 眩し過ぎて直視が辛い。

「必ず叶えよう。一緒に」

「はい」

 大きな手が頬を覆い、親指が掠めるように触れていく。
 壊れそうな心臓の音を聞きながら、落ちてくる影に私はそっと瞼を閉じた。
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