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最終章

29話——小さな一歩は大きな進歩です!

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『勇者パーティが魔王を退け無事に巫女を救出して王都へ帰還した』

 歴史に残る大ニュースは、様々な形で瞬く間に国中へ広まった。各地でお祝いムードが高まり、国中でお祭り騒ぎとなったのだ。
 魔王は討伐された。
 公にはそう伝わっている。

 帰還後、ハワード様は直ぐに国王陛下へ極秘に謁見した。あの日、魔王城で何があったかを伝える為だ。その場に居たのはハワード様と陛下と宰相様の三人のみ。
 真実を聞いた陛下は直ぐに教皇様との会合の席を設けた。日数が取られるかと思われたそれは、王国側が驚く様な早さで実現した。
 その訳を、教皇様がミランツェ様からの神託を受けた為だと、同席した私とシャルくんも知らされて納得した。

「勇者様と巫女様の願いを聞き届けよ。それらがミランツェ様の願いでもある。と、そう仰っておられました」

 そう言われたら我々はそれに従うのみと、目元の皺を深くしてシャルくんと並ぶ私達へ柔らかな笑みが向けられた。教会のトップから直々に協力関係を確約された瞬間だった。

 その後数日間、私とシャルくんは国の重鎮達と幾度となく打ち合わせという名の軟禁生活を強いられる事となる。
 ワサビちゃんとは涙の再会を果たすも、帰還以降アルクさんとは会えていない。
 しかし重鎮達と魔王の第一回極秘会合の準備は着々と進められていった。
 私やシャルくん、ソラの同席は勿論の事、他の三人の四聖獣を交えての邂逅になる予定だ。
 長い長い道のりの第一歩を、ようやく踏み出す事が出来そうだ。


 救出して頂いてから約一週間。
 ようやく王都にあるアルカン邸への帰宅を許された。ハインヘルトさんが手配してくれた馬車に乗り、見慣れた街並みを眺めたいのをぐっと我慢しながら揺られるコト数十分。
 馬車が停車したことで目的地へ着いたのだと分かったものの、外が何やら騒がしいな。
 どうしたのだろうかとそわそわしながら待っていると、カチャリと扉が開かれる。

「えみ」

 此方へ手を差し伸べ、輝かんばかりの笑顔を向けているのはアルクさんだ。
 久しぶり過ぎる光景に胸がいっぱいになりながらも、彼の手をとった。
 きゅっと握り返された指先に目の奥が熱くなる。
 なんか最近涙脆くなって来た気がするなぁ。色々あったからなぁ…。
 しみじみとそんなことを思っていると、両手を掬い取られて目の前に立つ光の精霊を見上げた。騎士様仕様の装いも、後光が差し輝きを増している笑顔も、なんかもう全部神々しい。
 鼻血出そう。この感じも久しぶりだ。

「おかえり」

「っ…はい、ただいま…です」

 どうしよう。色々決壊しそう。
 必死に堪えていると、少しだけ眉尻を下げたアルクさんが体を横へと移動した。

「本当はえみを独り占めしてしまいたいけど、君を待っていたのは私だけじゃ無かったから」

 アルクさんでいっぱいだった視界が開けると、アルカン邸の玄関前には使用人の皆さんが大勢待っていてくれたではありませんか。

「「えみっ!!」」

「メアリ!! メリッサ!!」

 もう既に決壊していた二人とそれはそれは熱い抱擁を交わしました。あんまり号泣してたものだから、まぁ我慢なんか出来る訳もありません!つられて誰より号泣しましたとも。
 本当に心配かけてごめんね。
「私に構わず好きに過ごすと良い」
 アルクさんから寛大な御許しを頂いたメアリとメリッサは、メイドパワー全開で甘やかしてくれました。それはもう、私病人だったかな? と錯覚しそうになる程に。
 結局その夜はワサビちゃんを含めて四人で一緒に寝る事になり、夜が更けるまで沢山沢山語り合いました。

 その翌日。
 お休みの為、ラフな姿で朝から爽やかさ全開のアルクさんとゆっくりお茶でもしようかしらと話していると、執事から来客の知らせが入った。
 二人で顔を見合わせてから玄関へ向かうと、そこにいたのはお付きのメイド、サラさんを伴ったエリィだった。

「えみ!!」
「エリィ!?」

 あろうことかエリィが駆け寄って来て、これまた熱い抱擁を交わしました。普段ならサラさんが怒るところなのでしょうが、今日は多目に見てもらえたようです。例に漏れず二人で号泣しました。
 その後はエリィに半ば拉致られる形でツェヴァンニ邸へ連行され、その日はお泊まりする事に。
 流石は未来の皇后陛下。魔王城であった事を一から十まで事細かに説明させられ、あっという間に夜は更けていくのでした。


 翌日、ツェヴァンニ邸から帰宅した私を待っていたのは、ナシュリーさんとアーワルドさんだった。帰還したという知らせを受け、わざわざアルカン領から来てくれたようだ。
 お二人とも本当に凄く心配してくれていたようで、ナシュリーさんは涙を流して無事を喜んでくれました。
 ハンナさんやコックの皆んなからの手紙を預かっていたらしく、それらを受け取った時は胸が熱くなりました。
 今夜こそは家族水入らずで過ごせるかと思ったのに、今度はアルクさんがお忙しいようで、夜更けまで待ちましたが、お戻りにはなられませんでした。…残念です。


 そうこうしているうちにまた城から呼び出しがあったり、マフィアスから呼び出しがあったり、何か知らんうちにハワード様のご飯作ったりと、あっという間に一週間経っちまいました。

 もう!! アルクさんと全然会えない!!
 いい加減アルクさんロス!!
 せめてあの鼻血モンの笑顔が見たい!!
 あわよくば名前呼んで欲しい!!

 そんな愚痴を鼻息も荒く零したら、馬車の向かいに座っていたハインヘルトさんにドン引かれ、お似合いの夫婦ですね、としたり顔で言われました。褒められてはいない気がするな。

 アルカン邸へ帰ると、帰宅を待っていたかの如くタイミングでハワード様とプラーミァさん、シャルくんとマーレが来訪した。
 騎士団組は立て込んでいるらしく、珍しい組み合わせでの登場だ。
 もはや誰の家か分からんな。

「晩餐会を開く事になったから、ワサビの手伝いに来てくれ」

 どうやら教会や国の有力貴族を招いての大規模なものになるようだ。
 ワサビちゃんは、実は一足先に無事にエルフへと転身を遂げている。ハワード様たっての希望で、王宮料理人として城で働いている。広い厨房でその手腕をいかんなく発揮しているそうだ。
 お陰でお城で出されるご飯がますます美味しくなったそうで、騎士団の士気も上がっているとかいないとか。
 とにかく頼もしい限りだ。


 そして今度の晩餐会で幾つか重要な発表がなされるらしい。

「オレが正式に王位を継承する事になった」

「それじゃぁルクスとの交渉は…」

「あぁ。オレがやる事になるだろう」

 エリィとの結婚式についても具体的に進んでいくようで、極秘会談とも並行する為忙しくなりそうだと言っていた。
 その席で、討伐隊の解散も正式に発表されるとの事だ。
 シャルくんは勇者としての任を解かれる。

「その後は聖騎士団に籍を置く事になると思う。まだ予定だけどな」

 人間へと転身を遂げるとは言っても、公にされる訳では無いし、魔力持ちである事に変わりもなく戦闘能力も高い。表向きには魔王が討伐された事になってるとはいえ、魔族の脅威が直ぐに消える訳では無いのだ。大事な国防の戦力として、聖騎士団の団長クラスのポストが用意されるだろうと、ハワード様が教えてくれた。
 元勇者とはいえその存在は大いに人々の支えになる事でしょう。

 因みに人間への転身は極秘会談を終えてからの予定である。
 その会談でどこまで決まるかが一つの鍵になるだろう。
 こちらとしても魔王側が積極的に危害を加える事が無いと言った何かしらのアクションが欲しいところだ。


 おやつと雑談で楽しい時を過ごしていると、今度こそアルクさんが帰宅した。
 レンくんとルーベルさんも一緒だ。
 みんなが此方に居ると聞いて、アルクさんが誘ってくれたようだ。
 こうして全員集合するの、久しぶりですね!
 せっかくだからと夕食をみんなで囲み、アルクさんが開けさせられた美味しいワインで乾杯しました。

 最近はずっと慌ただしくて、ゆっくり食事を味わう時間も作る時間もあまり取れていなかっただけに、こんな風に気のおける仲間と過ごす時間が本当に楽しい。
 そんなに飲んだわけではなかった筈なのに、頬は熱く頭がなんだかふわふわしている。
 ほろ酔い気分を冷ますのと、追加で何か簡単なおつまみでも作ろうかとそっと席を立った。

 厨房は通路を進み角を曲がった先だ。
 距離があるわけではないのに、足元がおぼつかないせいで酷く遠く感じた。
 ふらりと壁へ寄り掛かろうかというところで、肩を支えられ背中が何かにぶつかった。

「大丈夫か?」

 降って来たのは穏やかな声。
 その声につられるように振り返り見上げると、目元を柔らかく崩したアルクさんの顔があった。

「すいません。思ったより酔ってしまったみたいです」

「ずっと忙しそうだったからね。疲れた体にアルコールはよくなかったな」

 言いながらなんとお姫様抱っこされてしまいました。いつもなら羞恥のあまり抵抗したのでしょうが、頭がふわふわしていたせいでそれも忘れていたようです。
「このまま休むと良い」
 そう言われて何の戸惑いもなく彼の首へ腕を回し肩口へ顔を埋めていた。
 自分の部屋の扉の前を通り過ぎていくのを肩越しにぼーっと眺めながら、彼が自分の部屋の扉を潜るのを見ていた。
 いつもと色の違うシーツが敷かれたベッドへと下ろされる。
 目の前で此方を眺めながら髪を梳く優しい手が酷く心地良い。急に襲ってくる抗う事の出来ない眠気に瞼がだんだん下がってくる。
 夢と現の狭間でふと思う。

 アルクさん、ありがとう
 助けに来てくれて本当に嬉しかった
 無茶言ってごめんなさい
 でも一人で背負わせたりしないって言ってくれたこと、嬉しかったし心強かった
 アルクさんが居てくれたら、私はきっとどんな事があっても乗り越えていけると思うよ
 だって守ってくれると信じてるから
 一緒に歩んでくれるってわかってるから
 だから、ずっと側にいてね

 空いた手がぎゅっと握られたような気がした。大きくて温かい手に包まれて幸せな夢が見られたなと思いながら、ゆっくりゆっくり私の意識は眠りへと落ちていった。
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