36 / 127
弐 婚約者と鬼の関係
20
しおりを挟む人間になりたかった鬼。人間になれず、人間を愛した。愛するあまり、殺すことを躊躇った。それでも殺して殺して、そしてたった一人を見つけた――《ゆき》。
愛した故に、最後も、人間を殺す終わりになってしまった。
「そんな櫻はどうしてまた?」
「存在しているのか、か?」
湖雪はこくりと頷く。
殺されることはなかった鬼が、殺された。しかし今、この世界に息づいている。
「俺は今、生きているわけじゃない。鬼としても、勿論人間としてだって。いわば残留思念ってやつだ」
櫻は片手を軽く掲げて見せた。その手は風に溶けるように形が揺らめく。実体を持たない……ということだろうか。
「桜の樹に、残った……?」
残留思念体。
「ああ。あれは《夏居》の家にあった樹だった。ゆきの最期のとき、俺は夏居に刀で首元を貫かれ桜の樹に張り付けられた。しかしそれでも死ねず、俺は夏居を殺した。その時……もう死んでもいいと思った。人間になりたいという願いも、総て叶えられた気がしたんだ。ゆきに逢えたことで。――そして俺は死んだ。だが、心残りはあったんだな。ゆきに、もう一度逢いたかった。それをあの樹がわかっていたのか――俺の一部を取り込み、封じた。以来、俺は桜の中に眠りゆきを待った。早春の度に華をつけていた桜は咲かなくなったのは、俺が宿ったからだ。……――桜が咲くのはゆきが生まれるとき」
《ゆき》が生まれるときに咲く、気まぐれな桜。
最後に咲いたのは、十年前、雪の中――《夏桜院湖雪》が誕生した日。
「……わたし………?」
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
10
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる